ミステリアスな佐原さん(終)

「まず、この暗号を見て」

そう言って佐原さんは、食事の広げられたダイニングテーブルに、例の暗号プリントを出す。

書いてある文字は、前回と変わらない。

「dmwe/xdp。.jgm-qawbgyeetk_wmzeet。G-gyPKKhkbjd_。」

と、記されている。

「そして、こっちも見て欲しいんだ」

佐原さんはそう言って、どこから取り出したのか『今この場に全く関係の無いようなもの』を取り出す。

それは───。

「ね、これを見て」

そう言い液晶画面を僕に見せつける。

それは───スマホだ。

佐原さんのスマホの画面には、例の暗号プリントと同じ文字が書かれている。

「この文字、どうやって入力したと思う?」

佐原さんは唐突にそんなことを聞いてくる。

「どうやってって………普通に、プリントを見ながら文字を打ったんじゃないの?」

僕が言うと、佐原さんは余裕の笑みを浮かべて首を横に振る。

「最初はそれで打ったけどね。でも、私が佐倉君に答えてほしいのは、別の答え」

佐原さんは「君ならわかるよね?」と言うような表情かおをする。

佐原さんが僕に答えを求めているのならば、その答えは、僕でも分かるようなものなのだろう。

「じゃあ、そうだね………スマホで“abc”を入力する時。普通にローマ字打ちが出来るようにスマホを操作して“abc”を入力する方法もある」

佐原さんはそう言いながら、自分のスマホでやって見せる。

「でも、もしローマ字打ちすること“以外”で“abc”を入力しようとしたら?」

“abc”を、ローマ字打ち以外で入力する方法?

僕はじっくりと佐原さんの持っているスマホを見つめてみる。

今は平仮名打ちが出来るようになっており、“あ~わ”の平仮名が書かれている。

平仮名以外には、「!」「?」「、」「。」の記号四つと、それから………。

「まさか、平仮名をローマ字に直して“abc”の文字を打ったの?」

僕が言うと、佐原さんは静かに言った。

「うん、正解」

そうか………。

今の佐原さんの問題からすると………。

犯人は、スマホの「ローマ字変換機能」を使ったのか。

と、分かりにくいかもしれないので、もう一度説明を入れて置くと………。

まず、スマホで入力できる文字の種類は四つある。

一つ目は平仮名、主に使う文字。

二つ目はローマ字、時々使う文字。

三つ目は数字、時間などを入力する時によく使っている。

四つ目は記号、「!」「?」などのものや、顔文字のこと。

この四つが、スマホで入力できる文字だ。

その文字の中でも、特に「平仮名」は凄い。

例えば僕が、「369」という数字を打ちたかったとする。

でも、平仮名打ちから数字打ちに変えてまで打つのは面倒。

そんなとき、平仮名打ちのままで数字を打つことが可能な方法がある。

その方法は簡単なもの。

数字打ちの時に、打ちたい数字があるところにある平仮名───「369」の場合は「3」がさ、「6」がは、「9」は、らの場所にある。

その平仮名を入力して、入力した際に画面の中のどこかに表示される「英数カナ」というものをタップする。

それを押すと、「さはら」の文字を数字に変換したときの数字───「369」が出てくる。

それで「平仮名」を「数字」に変換完了だ。

でも「平仮名を数字に出来たとはいえ、平仮名をローマ字に変換出来るわけはないだろ?」と思う人もいることだろう。

でも、出来ます。

平仮名から、ローマ字に変換することくらい、朝飯前です。

で、手順はと言うと───。

数字に変換する時とあまり変わりはない。

打ちたいローマ字の場所にある平仮名を打てば完了、だ。

とはいえ、何でこんなことが今回の暗号のことに関係あるのかと言うと、恐らくだけど………。

この暗号プリントは「暗号の答え」をローマ字変換にしたものなんだと思う。

僕は食事中だということを忘れて、暗号プリントを見つめ、頭の中でローマ字を平仮名に変換してみる……が、やっぱり頭の中でするのは難しく、すぐに断念する。

すると、佐原さんはそんな僕に気づいたのか、無言でスマホを差し出す。

女子いせいのスマホに触るのは初めてだ。

って、佐原さんいいの?!

クラスメイトの男子いせいにスマホを扱わせるって!

まぁ、佐原さんが良いなら良いかな………良いのかなぁ?

と、迷いつつも。

僕はスマホを起動させ、メモ機能を見つけて起動させる。

それから暫く。

佐原さん家のリビングは、静寂に包まれる。

暗号を解くのに必死な僕と、それを見つめる佐原さん。

ただ、実可子さんがカレーを食べる音は、静かにリビングの中に響き続けた。


☆☆☆


「佐原さん、出来たよ!」

僕は自信満々にいう。

ローマ字を平仮名に直す作業は案外手間の掛かるもので、暗号を時終わったときには、佐原さん家の夕御飯は冷めきっていた。

「ねえ佐倉君。暗号、読んだ?」

佐原さんはそう言う。

僕は無言で頷いた。

「じゃあ、『暗号の中の暗号』については、また後で話そう。今は───」

そこで切って、佐原さんは今日一番の飛びっきりの笑顔で言った。

「叔母さんの料理、食べよう」

その笑顔を見て、僕は思わず笑ってしまう。

そんな、とても可愛らしい笑顔を僕に向けてくる極々普通の女の子が、さっきの難解な「暗号」を楽勝という様に解いて見せたのだ。

そう思うと「ギャップ」を感じてしまい、可笑しくて堪らない。

やっぱ佐原さんは────。

「何笑ってるの、ハルヤマ。さっさと食べて見なさいよ!カレー、美味しいから!」

実可子さんが僕にカレーを押し付けてくる。

僕の名前、春哉ですけどね。

呆れながらも僕は、はいはいと言ってカレーを口に含む。

少し甘くて、でも癖になるような味のカレーだった。

「実可子さん、このカレー美味しいですね」

僕が言うと実可子さんは「当然当然!」と言う。

その光景を見て思わず吹き出す佐原さん。

僕と実可子さんも、つられて笑い出す。

佐原さん家の夕食は、スリルも味も、百点中百点満点の、とても飽きない楽しい家だった。

でも。

頭の隅に残る、あの「暗号プリント」の答え。


「さはらしおりさま、あなたはうみからきたるししやにえらばれししゃ。てんたるもののちにきなさい。」


それは、新な佐原さんへの暗号ちょうせんじょうでもあった。

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