佐原さんと小鳥と鈴と②

「ねー、汐里ー。行こうよー」

「やめとくよ。結構遠出だし」

「ねぇ、そんな事言わずにー。いーこーうーよー!」

今日は6月24日、金曜日。

時刻は17:46。

僕たち五人以外、誰もいない教室で。

さっきからこんなやり取りを続けているクラスメイトの女子二人がいる。

一人は佐原汐里さん。

少し無口で大人しいこと以外は何処にでもいる普通の女子。

───の、はずなのだけれど。

ただ、佐原さんには不思議な趣味と言うか、特殊な特技と言うか。

とにかく、そんなものを佐原さんは持っている。

その趣味兼特技とは─────「謎解き」だ。

謎々を解いたり、意味不明な怪文書を解いたり。

そう言うことをするのが、佐原さんの特技であり趣味。

そんな、ミステリアスでクール系な佐原さんと話しているのは、クラスメイトの女子。

名前は四ノ宮甘菜さん。

佐原さんの一つ後ろの出席番号で一つ後ろの席、僕の二つ後ろの席で二つ後ろの出席番号。

佐原さんと仲の良い女子で、クラスでも中心にいる人物。

明るく優しく気が強い、それでいて可愛らしい少女で、男女学年関係無しに人気がある。

で、そんな謎解き少女・佐原さんとイマドキ人気女子・四ノ宮さんが、なんで僕──と、その隣にいる秀と灯の前で「行こうよー」「行かないー」などの会話を繰り返しているのかと言うと。

始まりは、ほんの数分前のこと。


☆☆☆☆☆


「よぉし、今この教室に残ってる人!私と汐里と一緒に、ショッピングモールに出掛けよう!」

突然そんなことを教室で言った四ノ宮さん。

その時教室に残っていたのは、日直だった僕と灯、それに付き添っていた秀、学級委員長の四ノ宮さん。

そして、本を読んでいた佐原さんだけだった。

「えっ、ちょっと待って甘菜。私達、ショッピングモールに行く約束なんてした?」

読んでいた本から顔をあげ、さっきと変わらない落ち着き様で訪ねる佐原さん。

四ノ宮さんは綺麗な白い歯を見せた笑顔を見せ、親指を立て言った。

「してないよ!たった今決めたんだもん!」

当たり前のように言う四ノ宮さんに、佐原さんは呆れたように溜め息をつき、視線を本に戻す。

そして、落ち着いた声で言った。

「私、行かないよ」

その素っ気ない態度に、何故か反感を覚えた四ノ宮さん。

「汐里ー。そんなこと言わないで、一緒に行こうよー!」

どうやら、意地でもショッピングモールに連れていきたいらしい。

「行かないってば」

ブレない佐原さん。

「行こうよー!」

諦めない四ノ宮さん。

「行きたくない」

「そんなこと言わずにー!」

と、そんなやり取りを始めた二人。

僕ら三人は互いの顔を見合って、苦笑いした。


☆☆☆☆☆


で、始めに戻るわけだけど。

「そんなに行きたくないの?!」

「面倒だしね」

容赦ないなぁ、佐原さん。

と、そんな佐原さんを見て四ノ宮さんは口角をあげ、にやつく。

「ねえねえ汐里ぃ。もし、ショッピングモールに佐倉君も来るって言ったら、どうするぅ?」

何でそこで僕の名前を出すんだろ、四ノ宮さん。

別に、僕が行くからって佐原さんは来ないでしょ。

と、僕はそう思っていたんだけど………。

「………佐倉君、ショッピングモール行くの?」

佐原さんはセミロングの髪で顔を隠すようにして、僕に訪ねてきた。

「うん。楽しそうだし、行くつもりだよ」

僕はいつもの様に、愛想笑いを交えて言う。

「そっか、佐倉君行くんだ…………じゃあ、私も行くよ」

佐原さんは髪を耳にかけながら、四ノ宮さんに言った。

ちらっと見えた佐原さんの顔は、少し照れている様に赤かった。

「にっしっしっー。やっぱり汐里は素直だねぇ。佐倉君が教室にいてくれて助かったよー」

何で僕のお陰で助かるんだ?

よくわからないけど………。

佐原さんは眉間にしわを寄せて四ノ宮さんを睨み、小さく呟いた。

「………はめられた」

四ノ宮さんは相変わらずにやにやと笑っている。

「あ、君らも行くよね?ショッピング」

四ノ宮さんは、半ば空気状態だった秀と灯に声を掛ける。

やばい、この二人のそんざい忘れてた………。

「あぁ、俺は勿論行くよ」

「僕も行きたいなぁ」

と、二人の返事を聞いて満足そうにした四ノ宮さん。

「よーし、じゃ、日程は改めて伝えるよー。じゃ、また明日ねー」

四ノ宮さんは軽く挨拶をして、教室から去って行く。

「汐里、行こ!」

───と、教室から出ていったと思ったら、佐原さんを呼びに教室の入り口から顔を出す。

「直ぐ行くから、少し先に行ってて」

佐原さんは四ノ宮さんにそう言う。

「はいよー、了解。じゃ、校門で待ってるよー」

四ノ宮さんはそう言って、校門の方へと向かって行った。

「あ、あのさ、佐倉君」

佐原さんが僕を呼ぶ。

少し照れたような、赤く染まった顔で。

───何だか今日の佐原さん、いつもと違うなぁ。

いや、これがいつもの佐原さんなのかも。

僕が知っている佐原さんは、あくまで「謎を解いている」佐原さんで、クラスメイト達と話している佐原さんは、僕があまり知らない「普通の佐原さん」なんだ。

だから、これがいつも通りの佐原さんなわけで。

でも何だか…………ちょっと寂しい感じだ。

僕が勝手に佐原さんと仲良くなった気になっていただけだってことはわかっている、けど。

でも、僕の知らない佐原さんがいることは、何だか寂しかった。

自分だけ、置いていかれているみたいで。

と、僕がそんなことを考えてぼーっとしていると。

「ねえ、佐原君。聞いてる?」

気付くと、目の前には佐原さんの顔が。

できものの無い白い肌、潤った唇、澄んだ黒い瞳。

そして、嗅いだことの無い、仄かな甘い苺の香り。

「あぁ、うん。聞いてるよ」

僕が愛想笑いをすると、佐原さんは怒ったように顔を背けた。

「もぅ、折角言えたのに………。もう一度言うから、よく聞いてて」

佐原さんは言うと、僕の方に顔を向ける。

「これ、私の電話番号とメールアドレス。今まで家の電話でしか連絡できなかったから」

そう言って佐原さんは、僕の手に佐原さんの電話番号とメールアドレスが書かれた手紙を押し付けた。

って、えぇ?!

何の予兆も無く佐原さんの電話番号を教えてもらえるなんて………。

と、僕が初めて女の子の連絡先を教えてもらって、喜んでいると。

「まぁ、今日相談したいこともあるんだ。電話だと長くなっちゃうから、メールの方が効率良いと思って」

………そうだよね、無条件に教えるわけ無いよね。

「まぁ、いずれ────だし」

何て言ったんだろ。

声が小さくて聞こえなかったけど………。

「おい春哉、何時まで佐原さんといちゃついてるんだよ。帰るぞ!」

「いちゃついては無いと思うけど………。でも、もうすぐ帰らないと。日も落ちちゃうよ、春哉君」

と、教室の入り口の方で立っている秀と灯に呼ばれる。

「わかったよ、今行く」

僕は鞄を手にして秀達の方へと駆け寄る。

「じゃあね、佐原さん」

僕は佐原さんに軽く手を振る。

「うん、また今度、佐倉君」

佐原さんも、楽しそうな笑顔で手を振り返す。

「佐原さん、またなー」

「またね、佐原さん」

僕達三人は、佐原さんに挨拶を交わして、玄関口へと向かった。

佐原さん、相談したいことがあるって言ってたよね。

多分、一昨日の事だろう。

一昨日の「プリント」に書かれていた、あの暗号。

あの暗号の答えは、更に暗号になっていたんだっけ。

たしか───。

「さはらしおりさま、あなたはうみからきたるししやにえらばれししゃ。てんたるもののちにきなさい。」

意味不明な文章。

でも、一つだけ分かることがある。

それは、この新たな暗号は、佐原さんに送られた暗号ちょうせんじょうだということだ。

佐原さんに送られた暗号ちょうせんじょう………。

何だかワクワクする。

僕は嬉しさを隠しながら下駄箱から靴を取り、履く。

僕が靴を履き終え、最後に灯が履き終えた時。




「大変っ!」




校門から駆け寄ってきたのは、四ノ宮さんだった。

さっきまで元気で明るかった四ノ宮さんの表情は、さっきまでの面影も無く、怯えたように青く染まっている。

慌てて走ったのか、息を切らしながらも、四ノ宮さんは静かに言った四ノ宮さんは静かに言った。

「今、ここで、私の知人が倒れてるんだ。名前は野沢実可子さん。両足と右腕から、すごく出血してる。だから、今すぐ救急車を呼んでほしいの」

その人を、僕は知っている。

僕だけじゃない。

佐原さんも。

その人は、僕の知る佐原さんの叔母さんで。

佐原さんにとっての、唯一とも言える家族だ。

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