ミステリアスな佐原さん⑤

「にしても僕、何しに家に帰ったんだろ」

家を出て商店街を通りながらそんなことを呟く。

佐原さんから連絡が来た、と聞いて、掛け直すのが普通かもしれない。

でも、どうしても佐原さん本人に会って、本人の口から、例のプリントをすり替えた犯人について聞きたかったのだ。

そうすれば、あのプリントの暗号なぞのヒントくらい、分かるかも知れないから。

「えーっと、確か此処だよな」

僕は商店街通りにあるどこにでもあるような、普通の二階建ての一軒家の前で立ち止まる。

表札には達筆な字で「佐原」と、手書きしてあった。

此所が、佐原さん家。

さっき来て、さっき帰ったばかりだったが、少しこの家が愛しく感じた。

多分、佐原さんが中にいると分かっているからだろう。

チャイムを押すのに少し緊張して指が震えるが、思い切って押してみる。

インターホンから「ちょっと待っててくださいね」と、佐原さんの声がして、暫くすると玄関から佐原さんが出てきた。

「佐倉君、また来たの?そんなに暗号なぞが気になっちゃった?」

玄関扉に片手をつけ、首を少し傾かせて口角をあげ、微笑む佐原さん。

「あぁ、うん。あの暗号なぞのことが、頭から離れなくてね」

僕が頭をかきながら言うと、佐原さんは今日一番の笑顔で言った。

「佐倉君、どうぞ入って!」

そして僕の、今日で二度目の佐原宅への訪問を始まったのだった。


         ☆☆☆


「さぁさぁ、ここが私の書斎だよ」

佐原さん家に入ってすぐ。

リビングでは実可子さんが仕事を行っているらしく、入って気を使わせては悪いからと言って。

流れで、佐原さんの書斎に入ることになった僕。

佐原さんは

「私の部屋と書斎は別だから『初めて入った女子の部屋がさはらなんかの部屋で何かショック』とか、後で思うことはないからね」

とは言ってくれていたけど………。

でもなぁ………。

書斎と部屋って、あんまり変わりがない気がするのって、僕だけなのかな?

と、そんな「初めて入る女子の部屋」に興味津々な僕の気持ちには気付いていない佐原さんは、両壁にある本棚の本の背表紙をなぞりながら「あった!」と、小さく感激の声をあげる。

「これを見て」

と言って佐原さんが僕に差し出した本は、一冊の古めかしい本。

題名は「The art which knows your name」

僕が何て書いてあるのかが分からず困っていると、佐原さんは気付いたのか、本の題名を読み上げる。

「ザ アートウィッチノウズ ユアネイム。日本語で言うと────君の名前を知る術を。この本、暗号についてたくさん書いてあるミステリー小説なんだ」

その本を持って本棚の近くにある椅子に座り、本を読み進める佐原さんの姿は、何処か天から舞い降りてきた天使のように美しいものだった。

普段は、何も特別さを感じない、普通の女子なのに。

今は、とても特別な、美少女のような気がする。

僕がほーっと佐原さんに見とれていると。

「何か言いたいことでもあるの?佐倉君」

本人に生暖かい視線で見られてしまった。

「いや、特に言いたいことはないよ。それにしても佐原さんって、そんな英語の本読めるんだね、凄い」

僕が慌てて取り繕うかのように笑うと、佐原さんは少し照れたように頬を赤く染めた。

「その………急に誉められると照れちゃうな」

初めてみる佐原さんの表情。

少し照れているような、でも嬉しさの混じった表情。

僕は思わず───。

「ふふっ」

笑いをこぼす。

「ちょっ、佐倉君、何で笑うの?何か恥ずかしい………」

恥ずかしそうにした佐原さんは、気を紛らすためなのか、本を机に置き、手近にあったスマホを取り何やら検索し始める。

暫く、何の物音もしないような静かな時が進む。

静かな時が進んで、10分程度立った時。

「わかった………わかっちゃったよ、佐倉君。私、あのプリントの暗号、わかっちゃった」

佐原さんが静かにそう呟く。

それと同時に、実可子さんの声が廊下に響く。

「晩御飯、出来たよー!」

その声を聞いた佐原さんはスマホを片手に立ち上がる。

「佐倉君。急だけど、晩御飯食べていって。佐倉君の分くらいは余ると思うから」

僕は無言で頷く。

「じゃあ、行こうか。暗号についての話も、晩御飯を食べながらしよう」

好奇心に満ち溢れた表情かおで、佐原さんはそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る