33:ライバルの幼なじみ

「花園さんの幼なじみって、もしかして、百合川陽良?」


 家に帰って、出迎えてくれた季人にただいまを言うよりも先に、私はそう尋ねた。

 尋ねたと言うより、確認したというほうが正しいか。

 答えを聞かなくても、私はほとんど確信していたから。


 家に帰ってくるまでの間に、ずっと考えていた。

 百合川陽良は、花園さんのことを名前で呼んでいた。

 百合川陽良は花園さんの携帯番号を知っていた。

 二人が親しい仲なのは、二つの情報を照らし合わせればわかることだ。

 学園の王子サマである百合川陽良が名前を呼ぶなんて、それだけで仲のよさがわかるというもの。ゲームの設定でも、百合川陽良に名前を呼んでもらうのはすごく大変なんだそうだ。

 そして、考えているうちに思い至った。

 花園さんと百合川陽良。種類は違えど、二人とも良家の出だということに。

 子どものころから関係があったって、不思議じゃない。

 いや、むしろ。攻略対象の中で、花園さんの幼なじみとして一番ありえそうなのが、百合川陽良だ。


「その顔は、やっぱりもう何かあったんだね」


 季人は苦笑を浮かべてそう言って、それから一つうなずいた。

 こっちこそ、やっぱり、だ。

 メールの文面では確信はないと言っていたけれど、季人は怪しい情報を口にするようなタイプじゃない。実はしっかり裏が取れていたのかもしれない。


「とりあえず、何があったのか話して」

「うん。……どこから話せばいいのか、わかんないけど」

「ゆっくりでいいよ。ちゃんと全部聞くから」


 季人は微笑んで、私の頭をぽんぽんとなでた。

 電話越しじゃ見れない表情と、伝わらない体温に、肩の力が抜けていく。

 表情一つ、仕草一つで、季人は簡単に私の心をほぐしてくれる。

 さっき、季人の言葉のおかげで前向きになれたように。

 季人がいてくれるだけで、私はいつも救われているんだ。


 それから、季人の部屋に行って、今日あったことをすべて話した。

 花園さんの元気がなさそうだったから相談に乗ろうとしたこと。放課後に約束したこと。その約束場所に、百合川陽良がやってきたこと。

 言葉にしてみるとそれだけのことだったんだけども、攻略対象に、特に百合川陽良には絶対に会いたくなかった私には、衝撃が大きすぎた。

 私がうまく話せなくなると、季人は答えやすい質問をして、私の口から言葉を引き出してくれた。

 全部話し終えると、私はベッドに突っ伏して、大きくため息をついた。


「百合川陽良だけは、百合川陽良だけは近づいちゃならんと思ってたのに……」

「そうだね、彼と蓮見蛍は、周りの女子も怖いだろうし。特に百合川陽良は、イベントも他の攻略対象とスケールが違ったからなぁ」


 百合川陽良のイベントの中には、ファンクラブとの衝突がある。蓮見蛍の場合は、彼に片思いしている女子との衝突が。

 スケールが違うというのは、たぶん百合川陽良の恋愛イベントでヒロインが誘拐されそうになることを指している。

 乙女ゲームだからもちろん無事にすむし、そのおかげで百合川陽良との愛も深まる、というイベントらしいんだけど。

 現実で考えると、絶対にそんな目には遭いたくないと思う私は間違っていないだろう。


 百合川陽良と出会ったからと言って、仲良くならなければいいじゃないかという意見もあるかもしれない。

 周りにいくらでも女子のいる百合川陽良が、私に目をつけるはずがない。パラメーターだって求められている値にはなっていないだろうし。

 でも、問題はそこじゃない。

 問題は、私がプレイヤーキャラクターだということ。『コイハナ』という大本があるということ。

 私が『立花咲姫』である以上、何が起きてもおかしくない、ということ。

 ありえない、と可能性を排除して考えるのは、危険だ。

 特に、百合川陽良みたいな二面性のあるキャラは、愉快犯のように何をしでかすかわからないんだから。

 出会わない、というのが最大の防御になる。


「何はともあれ、出会わずにすんでよかったね」


 私の心を読んだのかというタイミングで、季人はそう言った。

 お疲れさまとでも言うように、季人は私の頭を優しくなでてくれる。

 それがとても心地よくて、私は目をつぶる。

 なんだかこのまま眠ってしまいそうだ。

 今日は色々あって疲れたから、仕方ないだろう。


「でも、これで確定かな」

「何が?」


 私はベッドから顔だけ上げて、季人に目を向ける。

 百合川陽良が花園さんの幼なじみということだろうか?

 季人はめずらしく笑みを消して、真剣な瞳で私を見下ろし、


「花園さんは、『コイハナ』を知っている転生者だ」


 そう、言ってのけた。


「……は?」


 私は思わずマヌケな声をもらす。

 ぽかんと口が開きっぱなしになって、元に戻らない。

 目が点になる、というのはこういうときに使う表現なんだろう、と理解できてしまった。


「もしかして、と前々から思ってはいたんだけどね」

「え、ちょっと待って、どうしてそうなるの?」


 一人で話を進めようとする季人を、私は止める。

 まったくわけがわからなかった。

 どこからどうつながって、花園さんが転生者なのか。どうして季人がそう思ったのか。何一つ私にはわからない。

 事実がどうこうよりも、まずは私にわかるよう説明してほしかった。


「花園さんの好物を覚えてる?」

「え? たしか、ミネストローネにアップルパイにローズティーだっけ?」

「そう。これは、今の花園さんの好物。でも、ゲーム内では少し違ったんだ。アップルパイじゃなくて、イチゴタルトだったってだけなんだけどね。花園さんの好物は、彼女の象徴色でもある赤に統一されていたんだよ」

「そういえば、ゲームと現実とで好物が違う人がいるって言ってたよね。花園さんだったんだ」


 ゲームと現実に相違点があることは、一番最初に聞いていた。たとえばキャラの好物。たとえば細かな設定。

 誰がどう違うのか、までは面倒だったので聞かなかったけれど、そのうち一つは花園さんの好物だったらしい。

 余談だが、季人はゲームの設定と好きなものがすべてかぶっているんだそうだ。

 一番好きな料理と言われるとグラタンで、一番好きなデザートはチョコケーキ。一番好きな飲み物は紅茶。

 もちろん、ゲームの設定で決められているもの以外にも好きな食べ物はあるけれど。

 前世の記憶を思い出したのが、高校入学時だったからだろうと季人は言っていた。好みはそれまでに決まっていたから、と。

 季人がそうだったということは、花園さんは好みが決まる前に前世の記憶を思い出したってことなんだろうか。

 ……いやいや、まだ花園さんが転生者だと納得したわけじゃないからね。


「でも、それだけで疑うのっておかしくない? そうごろごろ転生者がいるとは思えないんだけど」

「他にも、咲姫の話を聞いている限り、花園さんはゲーム中とは性格も少し違う。ゲーム中では、ライバルってことで、典型的なお嬢さまみたいな、けっこう嫌な描かれ方もしていたんだよ」

「ゲームと現実に違いがあるのなんて、当然じゃない?」


 ゲームは所詮、ゲームだ。

 パズルゲームくらいしかろくにやったことない私が、ゲームのなんたるかを語ることはできないけれど。

 ゲームは、決められたとおりにしか動かない。

 どんなに自由度が高く見えるゲームでも、その裏では計算式が動いていて、条件づけがなされている。

 ストーリーの決まっている乙女ゲームなら、なおのこと。

 そんなゲームを現実に当てはめようとしたって、どこかしら無理が出てくるものなんじゃないだろうか。

 ゲームと現実が違うのは、私にとっては当たり前にしか思えなかった。


「今回のことを考えると、確定的だと思うよ。花園さんは、百合川陽良の出会いイベントを発生させようとしたんだ」


 出会いイベント、という言葉にピクリと反応してしまった。

 そう、たしかにおかしいとは思っていたんだ。

 なぜ、約束場所が中庭だったんだろうと。

 なぜ――。


「じゃないと、どうして花園さんと約束していた中庭に、同じく花園さんと約束したと思われる百合川陽良が来たのか、説明がつかない。違う?」


 私の疑問をそのまま、季人は口にした。

 帰ってくる間も、ずっとずっと考えていた。考えても答えが出なかった。

 あの場所に百合川陽良が来たのが、ただの偶然だとはとても思えない。

 花園さんが、うっかり約束をブッキングさせてしまったとも考えづらい。そもそも結局あの場に花園さんは来なかったのだし。

 まるで、私と百合川陽良を、故意に出会わせようとでもしたかのようだ。

 そんな考えを、私はぬぐい取ることができずにいる。


「……ただ、百合川陽良とはち合わせたかっただけなのかも。ゲームは関係ないかもしれないよ」


 自分で言っていて、苦しいと思った。

 そんなことをしていったいどうするつもりなのか。花園さんには動機がない。

 これがたとえば、私を嫌っている人だったら、百合川陽良と個人的に接触させて、そのことを口実につるし上げる、なんてこともありえるんだけど。

 花園さんがそんなことをするとは思えない。少なくとも、嫌われてはいないはずだ。

 私と百合川陽良にはなんのつながりもない。……『コイハナ』というゲームを知らない人にとっては。

 会わせようとする理由が、ない。


「花園さんは、意味もなくそんなことをするような人?」

「……違う、けど」


 案の定、ツッコミを受けて返す言葉を失った。

 ベッドにうつ伏せに転がったまま、私は口を閉ざす。


「花園さんは、咲姫が攻略対象と関わり合いになりたくないことを知らない。咲姫のプレイの手伝いをしようとしたのかもしれないし、咲姫に百合川陽良を攻略してもらいたかったのかもしれない。それは、本人に聞いてみないことにはわからないけど」


 思考停止状態の私に、季人は可能性の話をする。

 前世の記憶を持っている季人にも、花園さんの考えていることはわからない。

 いや、花園さん以外に、わかる人がいるわけがないんだ。


「一度、ちゃんと話してみたほうがいいと俺は思うよ」


 なだめるように、元気づけるように。

 季人は微笑みを浮かべながら、そっと私の背中をさすってくれた。

 簡単に言ってくれる、と文句が口からこぼれそうになった。

 花園さんは転生者なの? なんて聞けるわけがない。頭がおかしいんじゃないかって思われるのがオチだ。

 私だって、季人以外の人に言われたら信じなかった。

 前世だとか、転生者だとか。そんなことは私にはわからない。

 でも、このままにしておけばまた、同じことが起きるかもしれないってことはわかる。


 どこか自分の知らないところでしあわせになってもらいたい幼なじみがいる、と花園さんは言っていた。

 しあわせを願うのは好意を持っている人だけ、と季人は言っていた。

 花園さんは、百合川陽良に対してどんな感情を抱いているんだろうか。

 どうして、私と百合川陽良を出会わせようとしたんだろうか。



 ……それは、やっぱり、直接本人に聞いてみるしかないんだろう。

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