43:縁日イベントも乙女ゲームのお約束?

 咲姫はどうせわかってない、と。

 様子のおかしい季人にそう言われてから、早数日が過ぎていた。

 あのあと、私が我に返るよりも先に、季人は自分の部屋に戻ってしまって。

 次に顔を合わせたときにはもうすっかりいつもどおりの季人で、まるですべては夢だったかのよう。

 私だけが気持ちを切り替えられずに、なんとなくギクシャクしてしまっていた。




「仲直り、しよう」


 そんな中での、季人からの提案。

 ん? そもそもあれってケンカだったの?

 なんて思いつつも、ここ数日の微妙な緊張感をどうにかしたかった私には、渡りに船ではあった。

 なんだけども……。


「……で、なんで仲直りするために縁日なの」


 現在、季人と私は二人で近所のお祭りにやってきている。

 花園神社、というそのまますぎる名称の神社は、実はけっこう歴史が古く、この縁日も私が生まれるずっと前から、毎年七月の終わりに行われていた。

 昔はそこまでわいわいしなかったらしいけど、神社の近辺と境内の一部に出店が立ち並ぶ様子を見るかぎり、今では一般的な夏祭りと変わらない。

 出店以外にも神輿があったり有志の踊りがあったり、朝から始まる縁日は夕暮れ時になってもまだ人でにぎわっていた。


「夏にこっちに来たときはいつも来てるでしょ。今さらじゃない?」

「でも、今年はさぁ……」


 ここまで来てしまったものの、気の進まない顔で文句を垂れる。

 みなまで言わなくとも、季人は十二分にわかっていることだろう。私がどんな懸念を持っているかなんて。

 何しろ季人は、ヒロインの《サポート役》なんだから。


「夏休み中、縁日と花火大会があるけど、両方とも攻略対象と一緒にデートに行かないかぎりイベントは起きないよ。一人とか、友だちと行ってばったり会う、なんてイベントはない」


 私を安心させるためか、季人は『コイハナ』内のイベント内容について話してくれる。

 ありがたいけど、今までゲームどおりに進んだことのほうが少なかったじゃないか。

 百合川陽良との出会いだって、いざこざだって。

 結局、ゲームとはまったく関係ない展開を見せて、ゲームとは全然違う収束に至った。


「イベントがなくても、会わないとは限らないじゃん」


 ギロリ、と軽く睨んでみると、季人は苦笑した。

 苦笑……というよりも、それはどこか寂しげな微笑だった。


「咲姫は、来たくなかった?」

「……そんなことは、ないけど」


 返答に困って、思わずそう答えてしまった。

 絶対来るもんか、って思っていたら、私は仲直りのためだろうがなんだろうが断っていた。でも私は、迷いながらも自分の足でここにやってきている。

 本当は、来たかった。

 人混みは得意じゃないけど、お祭りとかそういうのは、私だって人並みにわくわくする。

 今年はやめておいたほうがいいと思っていたから、こうして季人が半ば強引に連れ出してくれなかったら、来なかっただろう。

 ああもう、結局季人は私に甘い。

 あんなに怒っていたのに。あんなに震えていたのに。

 仲直りとかなんとか言っておいて、ただ臆病な私をお祭りに連れ出してくれただけじゃないか。


「でも、服まで指定したのはなんで?」


 素直に認めるのも癪だったので、話題を変えてみる。

 現在、私が着ているのは、ゴールデンウィークに季人に買ってもらった生成のワンピースだった。

 なんだかんだで、今の今まで一度も袖を通したことのなかったワンピースは、あつらえたように私にピッタリだ。買うときに試着したからわかっていたけれど。

 夏とはいえ夜は肌寒くなるからと、誕生日に伯父伯母からもらったカーディガンを羽織って、ワンピースの下には七分丈のレギンス。おしゃれなサンダルやパンプスなんて持っていないから、足下が飾り気のないカジュアルシューズなのはちぐはぐかもしれないけど、総合的なバランスはそこまで悪くはないと思う。

 今日は、上から下まで季人のコーディネートだ。これ着て、と渡されたものをそのまま着た。誕生日に季人にもらったペンダントもつけている。

 そりゃあ、浴衣とかを指定されるよりは楽だし、この服を着たくなかったわけでもないけど。

 今まで一緒に出かけるときに、こうやって着る服を決められたことなんてなかったから、なんだか違和感を覚えてしまった。


「特に理由はないけど、タンスの肥やしにするために買ったわけじゃないからね」

「……だって、普段着にはもったいないデザインなんだもん」

「いつ着てもいいと思うんだけどなぁ、似合ってるし」


 夕日に照らされた季人の瞳が、やわらかく細められる。

 嘘とか、お世辞とか、じゃないんだろうなぁ。

 本気で言っているんだろう、季人は。


「……シスコンめ」


 赤くなってしまっているだろう頬は、夕日のおかげでごまかせているはずだ。

 季人が私に対して甘々なのはいつものことなのに、なんだろう、なぜか、軽く流せない。


「咲姫、手貸して」

「へ?」

「人が多いからね。はぐれないように」


 そう言うが早いか、季人は私の手を取って、しっかりと握り込んでしまった。

 あれ? と思う。去年だって私は夏に伯父の家に遊びに来て、この祭りにも来た。でも手はつながなかった。

 私があんまり外でそういう触れ合いを好まないと、季人は知っているはず。別に振り払うほどではないけど。

 こうして手をつなぐのなんて何年ぶりだろう。たぶん、小学生のとき以来だ。

 季人の手は思っていたよりもごつごつしている。……まるで、大人の男の人の手のように。


 咲姫はどうせ、わかってない、と。

 彼らしくなく弱々しい声が、また脳内で再生される。

 あのとき肩をつかんだ手は震えていた。何かに怯えているみたいに。

 今はもう、その手は震えていない。

 なのに。

 ドキドキ、ドキドキ、と。

 同じように胸が音を立てているのは、なんでなんだろう。

 あのときは、混乱していたから、だと思っていたんだけれど。


「何食べたい? 大判焼き? ベビーカステラ? 好きなもの買ってあげる」


 神社の方向に向かいながら、季人は機嫌がよさそうに聞いてきた。

 相変わらず季人は貢ぎ癖を持っているらしい。そして相変わらず季人は私の好みを知り尽くしている。

 特にベビーカステラは大きい袋で買って、半分くらい持って帰って食べるくらいに好きだ。


「……大判焼きと、ベビーカステラとかき氷は絶対食べる。あと、リンゴ飴のパイナップルのやつを買って帰りたい」

「甘くないものはいらないの?」

「広島風お好み焼き、食べたいかも。普段食べるものじゃないし」

「じゃあ、半分こしようか」


 私の手を引きながら、季人は心底楽しそうに笑っている。

 数日前、身体を震わせながら私をなじった季人はどこにもいない。

 でもあれは夢じゃない。季人は私よりも年上だから。大人だから……何もなかったふりもできる、というだけで。

 きっと、まだあのときの季人は、季人の中のどこかに、ひそんでいる。


 立ち並ぶ出店と人混みを横目に見ながら、だんだんと神社に近づいていく。だんだんと空は薄暗くなっていく。

 二人で手をつなぎながら、祭りを見て回るなんて本当に久しぶり。

 子どもじゃないのに、そんな簡単にはぐれたりしないのに、離して、とは言えなかった。

 季人の私の手を握る力は、少し痛いくらいの強さで。

 それが、季人の弱さを示しているように、私には思えたから。



 ……ああ、もう。

 心臓の音が、うるさい。

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