03:オープニングは飛ばします
花園学園に転入してから、一ヶ月近くが経った。
もうすぐ四月が終わる。
……え? その間に何かなかったのかって?
あったはあったけど、三行ですむ程度のことしかなかった。
一つ目、攻略対象三人と出会った。クラスメイトの
二つ目、花園彩子が学級委員長となったため、学園に慣れていない私に何かとかまってくる。ちょっと高飛車な子だけど、悪い子ではないみたい。
三つ目、この一ヶ月近く、桜木ハルによく話しかけられる。かなり人懐っこい性格のようだ。
強制で出会うことになった攻略対象三人について、季人に聞いた情報を整理してみようと思う。
まず、桜木ハル。季人いわく、桜木ハルはメインヒーローで、攻略が一番簡単なキャラらしい。
好感度の初期値が他の攻略対象よりも若干高く、下校のお誘いやデートのお誘いをあっちからしてくる。
ちなみに他のキャラなら、最初はプレイヤーキャラから積極的に誘いに行かなきゃいけない。しかも当然、断られる可能性もある。
桜木ハルは、うまくやればプレイヤーキャラのほうから行動を起こさなくても落とすことができてしまうんだとか。どんなぬるゲーだ。
赤茶のくせっ毛に、黄緑色の瞳。サッカー部所属。見たまんまわんこタイプといった感じ。
お次は花園彩子。これは友情的な意味での攻略対象。ちなみに恋のライバルでもあるらしい。
花園彩子が誰を狙うのかは、毎回ランダムなんだとか。プレイヤーキャラが複数人を同時攻略できるように、花園彩子も何人かの男性に粉をかける。
運悪く同じキャラ狙いになってしまったときは、ちょっとしたキャッツファイトがあったりして、それを楽しむ人もいれば彩子うざいとなる人もいたらしい。
花園という名字からもわかるかもしれないけど、お約束すぎる学園長の娘。だから外見も口調も性格もお嬢さま。
でも学級委員を頼まれるくらいにはしっかり者だったりもする。
赤くてくるくるとした腰までの髪に、琥珀色の瞳。文句なしの美人だ。西洋のドールみたいな外見だけど、華道部に所属しているらしい。
最後に椿 邦雪。今年で三十二歳になる、なんとなくうさんくさい国語教師。でもって、お約束だけど担任。
ひょうひょうとした性格で、いつもしまりのない顔をしていて、何を考えているのかよくわからない。
ゲームでは、序盤は全然相手にしてくれないらしい。そりゃあ生徒を恋愛対象にしちゃあかんよな。
先生のイベントは教師と生徒の禁断の恋ということで、他のキャラよりも切ない、とのこと。うん、至極どうでもいい。
薄茶のどこかぼさっとして見える髪に、藍色の瞳。吹奏楽部の顧問なんだとか。真面目にやっているんだろうか。
ちなみに、花園さんが学級委員長と言ったけれど、実は最初に指名されたのは私だったりする。
理由は、私が教卓の目の前の席だったから。適当すぎる。
学級委員になるかどうかは、ゲームで選択肢として出る、という話を季人から聞いていたので、驚くことなく対処できた。
転入したばかりということを理由に断ったら、花園さんが立候補したということだ。
副委員長はどう見ても完全にモブですありがとうございました、という感じの島田くんが選ばれた。いや、親しみやすいおしょうゆ顔でなかなかいいと思うぞ、私は。
もしプレイヤーキャラが学級委員になった場合、それによって起きるイベントと起きなくなるイベントがあるらしい。
特に先生と、生徒会長を狙う場合は、学級委員になったほうがイベントも増えるし好感度も上昇しやすいしでいいことずくめなんだとか。
難点は、週に一回必ず委員会活動という行動が決定されてしまうこと。上昇するのは主に社交で、文系が少し。でも、その上昇値は普通に育成したほうが高い。
そう、『コイハナ』は恋愛シミュレーションゲーム、育成ゲーとなっている。好感度も大切だけどパラメーターはもっと大切。
文系、理系、芸術、運動、家庭、魅力、社交、体調、の八つのパラメーターがあり、その数値によってキャラが登場したり、イベントが起きたりするらしい。
成績優秀かつ芸術的センスもあり、社交的で魅力も高くないといけない学園の王子サマ狙いのときなんかは、学級委員になったりしたら育成がかなりきつい、とは季人談。
まあそんな攻略とは全然関係なく、単純に面倒くさそうだからやりたくない、と私は断ったわけなんだけど。
そのおかげで担任と生徒会長の強制イベントを回避できたんだから、正しい判断だったと思う。
普通に考えて転校してきたばかりの人間が学級委員とか、ありえない気がするし。
何より本を読む時間が減るのは嫌だからね。
「立花はゴールデンウィークはどこかに行くの?」
そう、昼休みに声をかけてきたのは、おなじみとなった桜木ハル。
人好きのする笑みを浮かべながら、私の席の前までやってきた。
「……特に予定はないけど」
礼儀として、本から顔を上げて答える。
本を読んでるのに邪魔するな、というのが本心だけど。
そんなことを口にすればクラスの空気を悪くすることくらいは、わかっている。
「じゃあさ、一緒に遊びに行こうよ!」
「ごめんなさい」
デートのお誘い、早速来たか、と思いつつ断る。
季人の言っていたとおりだ。
人懐っこいにしても限度があるような気がする。まだ出会って一ヶ月も経っていないのに。
ゲームシステムというものがどこまでこの世界に影響を及ぼしているのか、そこを深く考えてしまうと怖いことになりそうだ。
「即答!? 傷つくなぁ……」
桜木ハルはしょんぼり、と本当に悲しそうな顔をする。
犬だ、しっぽを垂らした柴犬がここにおる。
近くにいた桜木ハルの友だち連中が、振られたなーとかざまぁとか笑いながら彼を慰める。慰めるというより冷やかしていると言うほうが正しい気もするが。
クラスの人気者的なイケメンを無下に扱っていても私が孤立しないのは、ひとえに桜木ハルの属性にある。つまり、いじられキャラというやつだ。
好感度を上げないためには、誘いに乗るわけにはいかない。会話だって最低限の受け答えだけになる。
かといってイケメンを邪険にしていては、そのイケメンに好意を持つ女子の反感を買いやすい。
だから正直、桜木ハルのキャラ性には助けられていた。
「あ、花園さん」
教室に入ってきた花園さんを目敏く見つけ、私は桜木ハルを放置して声をかける。
きっと今まで委員会の仕事でもしていたんだろう花園さんは、私に目を向けて小首をかしげる。
その角度すらも自然な美しさがあるんだから、美人はすごい。
「何か用かしら?」
「午前の授業で少しわからないところがあって。よければ教えてくれないかな?」
真面目な生徒の皮を被って、教科書を手にしながらそう尋ねる。
花園さんは形のいい眉をわずかにひそめ、ため息をついた。
「しょうがないわね。特別よ」
しょうがない、と言いつつも頼られてちょっとうれしそうに見える。
ツンデレだ。この子ツンデレだ。
美人とはえてして近寄りがたいものだけれど、花園さんは彼女から声をかけてくれたということもあって、それほど壁は感じない。
すでにできているグループにまだなじめずにいる私は、遠慮なく花園さんを頼るようにしている。
そうすることでクラスでぼっちになることを防ぎつつ、うまい具合に桜木ハルからも逃げているのだ。
イケメンと違って、一定の距離を保ってさえすれば、美人と仲良くなるのは周囲の反感を買いにくい。
もちろん過剰にべったりしていれば、学園長の娘ということもあるから、よろしくはないだろうけどね。
「ありがとう、花園さん」
私は外行きの笑顔を貼りつける。
こうして、あなたの敵ではありませんよ、と示すことも忘れない。
花園彩子は友人キャラであり、ライバルキャラでもある。
キャッツファイトなんて面倒なこと、万が一にもしたくない私は、早々に白旗を振ることにしたのだ。
学園長の娘に目をつけられて、いいことなんて一つもないからね。
そんな、四月の終わりごろの一幕。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます