02:まずは信じてゲームスタート

「何か質問はある?」


 季人の確認に、私は腕を組んで考えた。

 信じるか信じないか、まだ私は決められていない。

 ゲーム内容や攻略対象のことを詳しく聞くのは、季人の話を信じることにしてからだろう。

 ならまず最初に、季人に聞かないといけないことは。


「なんで私に話したの? 言わなきゃイベント自体が起きなくて平和そのものだったと思うんだけど」


 季人がこの話を私にした理由。というよりも、利点。

 どうして話す必要があったのか。話すことによって何が変わるのか。

 私の性格をわかっているなら、私がイケメンにちやほやされたいと思うわけがないことくらいは当然わかっているはず。

 イベントを避けるためだとしても、そんなの発生条件を知らなければそもそも起きないんじゃないだろうか。


「強制イベントっていうのもあるからね。攻略対象の好みを知っておかないと、うっかり好感度の上がる受け答えをしちゃうかもしれないし」


 なるほど、強制イベントなるものは厄介だ。

 強制、つまり必ず起きるイベント。回避しようのないイベント。

 もしそれが本当なら、一も二もなく季人に攻略情報を教えてもらわなければ、面倒事に巻き込まれてしまう危険性がある。


「それに、他にもちょっと問題があってね……」


 と、そこで季人は言葉を切った。

 顔に浮かんでいるのは、言おうか言うまいかという迷い。

 ここまで話しておいて、何を迷うことがあるんだか。

 早く言えとばかりに、私はじーっと季人を見つめ続ける。

 季人はそれに苦笑をこぼしてから、あきらめたように口を開いた。


「この乙女ゲーム、一部に過激なバッドエンドがあってね。いわゆるヤンデレ化ってやつなんだけど。咲姫、嫌でしょ? 刺されたり監禁されたりするのは」

「そりゃもちろん嫌ですとも」


 私は即答した。何それこわい。

 ヤンデレは『ただし二次元に限る』の筆頭だと思う。

 ただのほのぼの甘々系の乙女ゲームだと思っていたら、ダーク要素まで含んでいたのか。面倒な。


「俺はさ、咲姫には誰よりもしあわせになってほしいんだ。だから、俺の知識が役に立つなら、喜んで咲姫のサポート役を買って出るよ」


 真剣な声音で、季人は言う。

 嘘なんてどこにも含んでいないまなざし。

 私のしあわせを願う気持ちが、心に染み入るように伝わってくる。

 よくこんな恥ずかしいことを真顔で言えるな、季人は。


「……まだ、信じるって決めたわけじゃないよ」


 往生際悪く、私はぶつぶつと小さな声で告げる。

 すでにだいぶ信じる方向に意思がかたむいているのは、内緒だ。


「とりあえずは信じてみない? もし嘘だったとしても、咲姫に不利益はないんだし」


 そう言われてみればそうかもしれない。

 たとえ季人の話を信じて、イケメンを避けるよう行動したとして。

 そんなのぶっちゃけいつものことのような気がする。

 中学生のときだって高校生になってからだって、人気のある男子には近づかないようにした。そもそも関わる機会もなかったわけだけれど。

 イケメンを落とすつもりで近づくならイタい子認定される危険があるが、避けるだけなら、内気な子なのね、で終わるんじゃないだろうか。

 ライバルは少なければ少ないほどいいのだから、イケメンを狙っている女子は細かいことは気にしないだろう。


「咲姫がイケメンと関わり合いたくないなら、なおさら俺を頼りなよ。好感度や攻略ヒントを知っていたほうが面倒を避けやすいでしょ?」

「まあ、たしかにね」


 一理ある、と私は思った。

 ノーマルエンドを目指すなら、強制以外のイベントを極力起こさないようにすればいい。

 イベントの発生条件がどんなものかは知らないけれど、教えてもらうことで避けることができるなら万々歳だ。

 イケメンと関わる機会のなかった今までと違って、イベントがあるということは、関わる機会はすでに用意されてしまっているということ。

 たとえ不可抗力でも、たとえイケメンのほうにもそのつもりがなかったとしても、イベントが起きる=イケメンと接触する、ということ。

 強力な恋する乙女フィルターを搭載している方々の目に止まったら、面倒なことこの上ない。


「だからさ、咲姫。俺を信じて」


 緑みをおびた焦がれ色の瞳が、すがるように私を見つめてくる。

 そういえばさっき、この世界の日本人は前世よりも色が少し派手だと言っていた。

 前世では、ほとんどの日本人は、染めていたりしない場合は髪も瞳も黒か焦げ茶だったのだとか。

 ゲームではもっとはっきりとした緑だったり赤だったり青だったりしたらしく、ちょうど前世の世界とゲームとの中間的な色合いらしい。

 この世界ではめずらしい真っ黒な私の髪と瞳の色は、季人の前世ではありふれたもの。

 こうして目にしている見慣れた緑と茶の混じった不思議な瞳の色は、季人の前世では外国人が持っていた色。

 前世と今と、あまり変わりはないと季人は言っていたけれど、大きな違いなんじゃないだろうかと思う。


 私にとって当たり前となっている世界とは、違う世界を知っている季人。

 そのことを私に話してくれたのは、私にしあわせになってほしいから。

 疑われるかもしれない、信じてくれないかもしれない。そんな不安だってあっただろうに、季人は話してくれた。

 そんな季人の、他人を優先する優しさは、本物だと信じられた。

 元々、人のいい季人を疑えというほうが無理な話なのだ。

 どれだけ考えたところで、私は同じ答えを出すだろう。


「……季人は、冗談でこんなことを言ったり、カルトにハマったりするような奴じゃないって、私は一番理解してるよ」


 ため息を一つついてから、私はそう告げた。

 素直に信じると言うのはなんだか照れくさくて、回りくどい言い方になってしまった。

 私のことを一番に理解していると言ってくれる彼だから。

 私も、そうであれればいいと思っての言葉だった。


「うれしいな。ありがとう、咲姫」


 ふんわり、と季人はやわらかな笑みをこぼした。

 どうして季人のほうがお礼を言うのか、わけがわからない。

 手助けしてもらうのはこちらのほう。お礼を言うべきなのも、たぶん。

 信じてもらえたのがうれしかったのかもしれないけれど、そもそも私に信じないという選択肢はなかったような気がする。

 まあ、悪い気はしないから、これでいいということにしておこう。


「じゃ、これからよろしく?」

「全力でサポートするよ」


 なんとなく握手をしようと手を出すと、季人はそれを両手で握って縦に振った。

 今は四月になったばかり。私が花園学園に通い始める始業式は、もう数日後に迫っている。

 新しい学校で、どんなことが待っているのかはまだわからない。

 それでも、季人が味方なら、悪いようにはならないだろうという気がした。




「そういえば一つ、謎なんだけどさ」

「何?」


 話が一段落ついたタイミングで、私は気になっていたことを思い出した。

 首をかしげる季人に、私は人差し指を突きつける。


「前世でやってた乙女ゲームって言ったけど、季人、男なのに乙女ゲームが好きだったの? それとももしかして、前世は女だったり、した?」


 そう、引っかかったのはそこ。

 一般的に、乙女ゲームというものは文字どおり乙女、つまり女性がプレイするもののはずだ。

 もちろんどんなところにも少数派というものは存在するから、乙女ゲームが好きな男性だっていないわけじゃないだろう。

 問題は、季人がその少数派だったのか、それとも……前世は今と性別が違ったのか。

 話にはまったく関係ないことだったけれど、気になって仕方なかったのだ。


「どっちだと思う?」

「性転換してたら楽しいなぁ、とは思う」


 質問に質問を返す季人に、私は正直に答える。

 前世が女性だったなら、すごいおもしろい話が聞けそうだ。

 TS主人公がこんな身近にいたなんて、灯台もと暗しとはこのことだろうか。

 もちろん性転換なんて簡単なものではないだろうし、もしそうだったなら色々と苦労したんだろうけれど。

 どっちなのかと、私は季人ににじり寄る。


「じゃあ、内緒にしておくよ」


 にっこり、と季人は考えを悟らせない笑みで言った。

 こういうところを見ると、ただ人がいいだけの奴ではないということを思い知らされる。

 優しいけれど、基本はお人好しだけれど。

 ちゃんと自分というものを持っていて、他人に流されているわけじゃない。

 そんな季人だからこそ、とりあえず信じてみようという気になったのだ。


「えー、引っ張っておいてそれはひどいよ」


 私は肩を落として、非難の声を上げた。

 季人は頑固なところがあるから、一度言わないと決めたなら話してはくれないだろう。

 すごく気になるのに、と未練たらしく季人を見つめる。



 私の言いたいことはわかっているだろうに、季人はずっとにこにこしたままだった。

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