15:体育祭は強制発生イベント

 さて、なぜかこの時期に体育祭である。

 梅雨時期に何をバカな、と思わなくもないけど、この学校ではそうなんだと言われたら、そうかと納得するしかない。

 いまだに晴れが続いているから、まあよしとしよう。

 でも絶対、過去に雨天延期になったことも多いはずだ。本当、なぜに六月にした。


 第二日曜日である本日、晴れ。

 朝は涼しかったのに、今は日がかんかんと照っている。……暑い。

 今は午前の部の途中。なのにもう水筒の中身がなくなりかけている。

 個人の水筒以外に、各クラスごとに麦茶が用意されていたりする。とはいえ活躍が期待される運動部の連中優先だったりするから、運動音痴な私には手が届かない。

 応援に来てくれた伯父さんたちとお昼を食べることになっているから、そのときに水筒の中身も補充できるかな。

 自動販売機で買うという手もあるけど、それはなんとなく最終手段にしたい。


「暑いねー」


 そう私に声をかけてきたのは、隣に座っている倉橋さん。

 席は、最初は名前の順だったんだけれど、競技に出る人が抜けて、その席に友だちと話したい人が座って、って具合に入り混じっていき、今はもう仲のいい人同士で座っている。いつものことらしい。

 倉橋さんとはここ最近、本の貸し借りをするくらいに仲良くなった。

 友だちと呼んでもいいくらいだと、個人的には思っている。

 高校生にもなって、改めて「友だちになって」なんて言えるわけもないから、あいまいなところではある。


「倉橋さんは玉入れだっけ」

「うん、だから午前中は何もなくて楽ちんだよ」


 倉橋さんはえへへ、と悪びれなく笑う。

 多くの文学少女がそうであるように、倉橋さんも運動が苦手らしい。

 気持ちは大いにわかるので、いいなぁ、と私はつぶやく。

 玉入れはほぼ唯一、運動音痴な人間が足を引っ張らない競技だ。だから立候補者が多くて、争奪戦になった。

 もちろん私も立候補した。じゃんけんで負けたけど。

 他になるべく足の速さが関係しない競技、ということで私は借り物競走に出ることになった。

 これもゲームの弊害なのかもしれない、と季人は言っていた。ゲームでは出る競技を選択肢で選べたらしいけど、そこには玉入れはなかったんだそうだ。


 競技以外にも、不安材料はある。

 花園学園の体育祭は縦割りでチームを作る。一年二年三年の一組、一年二年三年の二組、というふうに。

 私は一組で赤組なわけだけれど、同じクラスの桜木ハル以外に、攻略対象の一人が同じチームなのだ。

 文芸部で図書委員の一年生、萩満月。

 同じチームだから、席だってそう遠くない。今いる二年一組のスペースから少し移動しただけで、見つけることができてしまうだろう。

 ゲームでは体育祭で出会いイベントはなかったそうだけど、現実ではどうなるかわからない。

 出会わないように、細心の注意を払わないといけない。


「あ、萩くんだ」

「え?」


 聞き間違いかと思った。直前までその名前を思い浮かべていたから。

 思わず聞き返すと、倉橋さんは私に向き直ってからもう一度、萩くん、とその唇で刻んだ。

 そして、赤組の一年の席から競技の待機列へと向かおうとしている少年を指さす。

 緑っぽい髪。目が隠れるほどに長い前髪。猫背気味。季人に聞いていたとおりの外見だ。


「部活の後輩。委員会も一緒なんだ」


 指さしたまま、倉橋さんは私に説明してくれる。

 ……そういえば、倉橋さんは文芸部に入っていると言っていた記憶がある。

 加えて、文学少女が図書委員を選ぶことは、何も不思議じゃない。私だって萩満月の存在がなかったら図書委員に入るつもりだったんだし。

 だけどまさか、こんなところで攻略対象とつながりができてしまうとは。

 いや、大丈夫。友だちの部活と委員会の後輩なんて、他人と一緒だ。

 そう思おうとしていたのに。


「萩くん、がんばれー!」


 何を思ったのか――私の事情なんて知るはずがないんだから、応援することしか考えていなかったんだろうけど――倉橋さんは萩満月に向かって声を張り上げた。

 まさかそんなことをするとは思っていなかった私は、隣の席に座ったまま固まってしまっていた。萩満月がすぐに振り返ったから、逃げる猶予もなかったというだけだが。

 こちらに顔を向けた萩満月に、倉橋さんは大きく手を振る。

 倉橋さん、おとなしい子だとばかり思っていたけれど、意外と快活な面もあるようだ。なんて現実逃避をする。

 萩満月は遠目から見てもわかるくらいに顔を赤くさせて、首が落ちるんじゃないかというくらいに何度も勢いよくうなずく。

 それに倉橋さんは満足そうに笑って、隣の私に視線を戻す。


「萩くん、がんばってくれるって」

「……そうみたいだね」


 見ていただけなのに恐ろしく体力を消耗した私は、引きつった笑顔でそう返すしかない。

 萩満月は、ずっと倉橋さんだけを見ていた。

 隣の私には気づきもしていなかった。

 それはそうだろう、赤の他人なのだから。

 つまりこれは、ニアミス。私――プレイヤーキャラと、萩満月は、出会ってはいない。

 そう判断していいはずだ。

 というか、そうであってくれと願うしかない。


 それから少しして、百メートル走が始まった。

 いかにも運動が苦手そうに見えた萩満月は、なんと二位を取った。

 トップは逃したものの、同じ列の走者に運動部もいただろうに、二位。

 もしかしたら倉橋さんの声援のおかげかもしれない。

 当然、倉橋さんは大はしゃぎだった。

 はしゃぎついでに、とんでもないことを言い出した。


「私、おめでとうって言ってくる! 立花さんも一緒に行こうよ!」


 すでに席を立った倉橋さんが、私の手をひかえめに引く。

 でも、それに立ち上がるわけにはいかない。

 ここで流されるままについていけば、攻略対象である萩満月と倉橋さん経由で出会ってしまう。

 それはゲームにはない出会い方。そこからどう展開していくかわからない出会い方。

 どう考えても、危険でしかない。


「私は萩くんと知り合いじゃないから、一緒に行っても気を使わせちゃうよ」


 困ったような笑みを貼りつけて、萩満月を気遣うように私は言う。

 何がなんでも行くものか、という本心は隠して。

 それでも倉橋さんは私を連れていきたいらしく、手を離さない。

 一人で行くのは少し心細いのかもしれない。

 だからといって、私もここで折れるわけにはいかないのです。


「あ、私、家族に用があったんだ。ごめんね、ちょっと行ってくる」


 今思い出したとばかりに、私は自分から立ち上がる。

 もちろん口から出任せだけれど、こう言えば倉橋さんも引くしかなくなるはず。

 思惑どおりに、それなら仕方ないね、と倉橋さんは手を離してくれた。

 そして、私と倉橋さんは違う方向へと向かう。

 歩きながら、私は季人にメールを打った。


『倉橋さんが、萩満月と知り合い。あやうく出会いイベントを起こすところだった……。

 季人、今どこ?』


 メール送信完了画面を見ながら、私は深いため息をつく。

 本当に、本当に危なかった。

 でも、大丈夫。



 出会ってない。ぎりぎり出会ってない。セーフ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る