05:重要パラメーターというもの
「文系と理系は間違いなく高いだろうね。逆に低いのは運動と家庭と魅力かな。社交は猫を被れるからそれなりとして、芸術はまあ普通くらい?」
さすが、私が物心つく前からの付き合いだけはある。私の長所も短所もよくわかっている。
本を読むのが好きで、勉強も嫌いじゃないから、基本の五教科はけっこう優秀。
身体を動かすことは子どもの頃から大の苦手で、体育の成績はいつも散々だ。
家庭的だったなら、そもそもわざわざ転校してまで親戚の家にお世話にならなくても、一人暮らしができただろう。料理を含む家事が壊滅的だったからこそ、親が伯父夫婦に頼み込んだのだから。
おしゃれにまったく興味がなく、オタク仲間にも驚かれるほどに流行にも疎いのだから、魅力値が低いというのにも納得できる。
どれも充分に自覚しているものの、はっきり言われるとさすがに少々堪えた。
今さら改善できるとは思っていないし、その気もなかったけれど。
「じゃあ、危険なのは生徒会長かぁ」
ふむふむ、と私は二度うなずく。
出会いイベントを含めたキャラ別のイベントには、キャラごとに決まっている重要パラメーターというものが関係してくるらしい。
たとえば、桜木ハルとのイベントを起こすには、家庭が最重要で、社交もある程度必要。とはいえ桜木ハルは必要値が低いので、普通に育成していると起こす気がなくてもイベントが起きてしまうんだとか。
でもって、なぜ生徒会長が危険なのか。
現生徒会長、三年の
学級委員にならなかったことで強制イベントは回避したとはいえ、まだまだ油断はできないようだ。
「そうなるね。あとは
萩 満月は一年生の図書委員らしい。
出会う方法は二種類あって、一般的なのは文系と家庭を必要値にすること。
二つ目は、どの部活にも入っていない状態で図書室に三回行くこと。そうすると文芸部に入らないかと誘われる。半分以上の部員はただ本を読んでいるだけの、読書部のような文芸部に。
そう、こいつのせいで、私はこの一年間、図書室に行くことができなくなったのだ。恨むぞ、萩 満月。
出会いイベントが起きるのは一学期までらしいから、それ以降なら大丈夫かもしれないけど、少なくとも今は駄目。
すぐ近くに本が山ほどあるのに読めないのは、かなりきつい。豪華な食事を前に待てをされた犬ころと同じ。
解決策として季人が大学の図書館で本を借りてきてくれているから、なんとかなっているけどね。
「
百合川陽良は三年生で、学園の王子サマ的存在。
キャーキャー言ってる女子がいる方向に彼がいると思ってほぼ間違いない。
菊池 実はOBで、現在大学二年生らしい。
よくバスケ部の指導に来ていて、女子バスケ部に入るか男子バスケ部のマネージャーになることで出会う、隠しキャラにも近い存在の攻略対象なんだとか。
「正直、どこまで攻略を当てにしていいか、怪しいところなんだよね」
「どういうこと?」
不安をあおるような季人の言葉に、私は眉をひそめる。
「桜木ハルは毎日のように咲姫に話しかけてくるんでしょ? でも、ゲームでは毎日イベントなんて起きなかった。ゲームにはない日常が、現実には存在しているんだ。当然のことなんだけどね」
目から鱗が落ちたような気がした。
考えてみれば、約一年間も期間があるのに、毎日シミュレーションしていたら、ゲームを一周するだけでかなり時間がかかってしまうだろう。
ゲームでは、日曜日の夜に平日の育成内容を決める。土日は自由行動で、デートをしたり、もちろん育成に使うこともできる。
イベントは発生条件を満たしたとき、もしくはランダム要素によって起きる。
そんなシステムで、毎日イベントが起きるはずがない。
乙女ゲームをプレイしたことがないから気づかなかった。
この世界は、乙女ゲームの世界だったとしても、乙女ゲームそのものではない。
ゲームの中では起きなかったことが、当たり前のように存在している。
と、いうことは。
「つまり、ゲームにはない出会い方をする可能性もある、ってこと?」
「そのとおり」
私が確認すると、季人はうなずいて答える。
ゲームにはない日常は、ゲームのパラメーターやイベントの発生条件が関係ない日常ということ。
いくら攻略情報どおりにイベントを避けていても、ゲームに関係ない日常で出会ってしまえば、アウトだ。
「めんどい……」
私はそうつぶやいて、小さな折りたたみ式のテーブルに突っ伏す。
イケメンというものは、関わるとろくなことがない。それを私は過去の経験から知っている。
平穏を壊されたくない私は、ずっとカースト上位組とは距離を置いてきた。これまでは、それが可能だった。
けれど、もし私が乙女ゲームのヒロインなのだとすれば、それは簡単なことじゃない。すでに桜木ハルに懐かれていて、花園さんとも若干仲良くなってしまっているように。
私にはただ、本があればいい。
恋なんて、物語の中だけでいい。
なでなで、と大きな手が私の頭をなでる。
それが誰のものかなんて、考えなくてもすぐわかる。
いたわりのこもった手つきに、鬱屈としていた私は慰められる。
私はテーブルに身体を預けたまま顔を上げた。
包み込むようなあたたかな微笑みを浮かべた季人と、目が合った。
「面倒だろうけど、俺も一緒に対策を考えるから。がんばろう?」
優しさだけを煮詰めたようなまなざしが、私に向けられている。
少なくとも、ここに一人、私のことを思って、私に手を貸してくれる人がいる。
季人の持つ情報は、些細なもののようでいて、強い。
わかりやすい条件のあるイベントは確実に避けられるし、攻略対象のお気に入りの場所には近づかないように気をつけることもできる。
穴はいくらでもあるけれど、対策しないよりはずっといいはずだ。
「孤軍奮闘するよりかは、マシかな」
「でしょ?」
素直にお礼を言えない私に、それでも季人は笑いかけてくれる。
私の天の邪鬼っぷりを、季人はちゃんと理解してくれている。
だから季人と一緒にいるのは楽だし、ついついこうして甘えてしまう。
季人はシスコンだけど、私も負けないくらいブラコンな気がする。
「休み時間はできるだけ教室から出ないほうがいいだろうね。窮屈かもしれないけど」
「それに関しては別に、本読んでればいいだけだし」
「なるほど、いつもの咲姫だったね」
心配はいらなかったかな、と季人は苦笑する。
うん、大丈夫。季人が味方なんだから、なんとかなるような気がする。
「私は、私だからね。私らしく過ごすよ」
結局は、それが結論だ。
それ以外にどうすることもできない。
私は私の日常を壊されないために、イケメンを避けるだけ。
私の日常に、イケメンは必要ないんだから。
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