重厚かつ流麗な筆致で、美しい世界を描く、魔法少女の青春物語

青春は、元来ネガティブなものだと思います。膨れ上がる全能感と、それに比例しない現実とのギャップに苦しむ世代。自分の力ではどうにもならないものの存在に、膝を折ることこそが青春と言えるのではないでしょうか。
主人公の由は、どうにもならない非現実のような現実と、それを打ち崩す魔法少女を同時に目にします。男の子なら、ワクワクしないわけがない。でも、その魔法少女が、自分と同じように、どうにもならない現実を目の当たりにし、それに抗おうとしている、ただの女の子だとしたら。そこに由君は、どのように関わっていくのでしょうか。
重苦しくも静かに、情緒溢れる表現力で美しい世界を描く本作。この先、二人がどのような青春を繰り広げるのか、楽しみでしかたありません。





完結後感想(ネタバレあり)

この物語は、花紗里ちゃんが「赦される」ための物語だったのかな、という感じがします。

花紗里ちゃんは凡人です。それは、エンディングにも如実に現れていて、もともとの願いを叶えたらあっさり魔法の力を手放して、それを後でちょっと後悔するなんて、いかにも凡人の思考ではないかと思います。
そもそも、花紗里ちゃんが魔法少女をするための根本的な原動力こそが、「死んだ人を生き返らせる」という、愚かなまでに後ろ向きな、しかし誰にとっても叶えたい願いだったことが、花紗里ちゃんの凡人性を象徴していると思います。
自分の責任でもなんでもない、単なる事故死をなかったことにする。花紗里ちゃんは、ある意味とてつもなくわがままで、容易く禁忌に踏み込んでいるように思います。きっと、深い思索をする賢人であれば、己の行いを省みて、悩んでしまうのではないでしょうか。
けど、花紗里ちゃんは生命倫理については悩まない。悩むのは、生き返らせたその人と自分がどう相対するかという、ミニマムなもの。いろんな意味で、彼女は主人公に向いていない人材な気がします。

ある意味、そんな花紗里ちゃんだからこそ、過ぎた力を持ち、自分の願いが叶えられるということにも、「自分のような小さな人間が、願いを叶えてしまって良いのか」というネガティブな思いがあり、許されないという意識があるのではないでしょうか。
花紗里ちゃんが戦いで傷つくことにあまり頓着がないのは、そのような許されない自分に対する、自傷行為のような面もあるのではないかな、と思います。

しかし、花紗里ちゃんは後ろ向きであっても、前に進んでいます。それが、傷つくための行いであったとしても、自分の願いを叶えるために、努力し、苦難に耐えます。
そして、その後ろ向きな努力のおかげで、由君は助けられました。
由君は、ネガティブな努力をする花紗里ちゃんを受け入れ、赦した。この瞬間、本来主人公になるべきではない、後ろ向きで凡人な、たまたま魔法少女になってしまっただけの花紗里ちゃんは、由君の物語の主人公になれたのではないでしょうか。

ヒーローになれないただの凡人にも、そこには願いがあり、そのための行動がある。行動するということはなにかを得ることであり、なにかを失うことです。嬉しいときもあれば、悲しいときもある。ネガティブになることだって、もちろんあります。
けど、それを誰かに赦してもらえるならば、それだけで人は生きていけるのではないかとおもいます。
後ろを向いていたとしても、前には進める。そして、それを赦してくれる誰かがいる。それは、何よりも幸福なことであると、この物語を読むと、そう思えるのです。

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