Act.2
翌日、仕事が休みになっていた朋也は、午前中は部屋で過ごし、昼近くになってから外に出た。
本当は丸一日寝ていたかったが、ダラダラするのも身体に良くない。
それに元々、少しでも身体を動かしていないと落ち着かない性分なのだ。
ちなみに、同室の充は仕事だ。
しかも今日は早番らしく、五時半には出て行ってしまった。
朋也もその時間帯に一度は目を覚ました。
しかし、眠気には勝てず、そのまますぐに寝入ってしまった。
何となく、夢と現の境の中で充を見送った記憶はある。
「とりあえず、メシでも食ってくるか」
朋也はひとりごちると、財布と携帯電話を手に取る。
ふと、外の気温が気になった。
春になり、雪は融けたものの、日中でもまだ肌寒さを感じる。
朋也は少しばかり考えたが、結局、やせ我慢する方が馬鹿馬鹿しいと思い、薄手のブルゾンを纏った。
もし、暑ければ途中で脱げばいい。
荷物にはなるが、極端にかさばるものでもないし、寒い思いをするよりはだいぶましだ。
◆◇◆◇
外に出てみたら、やはり上着を着て正解だったと改めて実感した。
部屋の中は暖房を点けていたからそれほど寒さは感じなかったが、外はやはり、まだ冷気が漂っている。
吐き出される息も、ほんのりと白かった。
ひんやりとした空気の中、朋也はブルゾンのポケットに手を突っ込みながら街中に向かって歩き出した。
気分転換のために外に出たようなものだから、目的は特にない。
とはいえ、昼時だから、とりあえずはどこかで腹ごしらえでもしようか、などと考えていた。
◆◇◆◇
歩くこと十分強、目の前に街が見えてきた。
一応、県内では一番栄えている場所だが、都心に比べたらだいぶ田舎かもしれない。
だが、さらに田舎に住んでいた朋也にとっては、この辺も充分過ぎるほど都会に思える。
(さて、なに食うかなあ?)
朋也はゆったりとした足取りで、街中の店を物色する。
色んな店があるから、かえって悩んでしまう。
実家にいた頃だったら、入るのは近所の中華料理屋か焼肉屋と決まっていたのに。
(ラーメンが一番無難か……)
そう思い、目に付いたラーメン屋に足を向けようとした時だった。
「高沢君?」
後ろから声をかけられた。
だが、最初は自分が呼ばれているとは思わず、そのままラーメン屋の戸に手をかけた。
「高沢君、だよね?」
再び呼ばれた。
今度はさすがに自分だと察し、朋也はそのままの姿勢で首だけを動かして振り返った。
そこにいたのは、ひとりの女。
アクのないすっきりとした顔立ちだが、化粧気があまりなく、それでも彼女の美貌は際立っている。
しかし、それ以上に驚いたのは背の高さだった。
朋也も180センチ以上あるから充分長身だが、彼女も女性にしてはかなり身長が高い。恐らく、170ぐらいはあるのではないだろうか。
(けど、こんな知り合いいたっけ?)
不躾なのを承知で、長身の彼女をジッと凝視していたら、彼女は困ったように微苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
「私ってそんなに存在感薄かったのかな?」
いや、薄いどころか相当強いインパクトがある。
だが、やはり、いつ、どこで逢っていたのか全く想い出せない。
「――どちらさん、でしたっけ……?」
相手の素性が分からない以上、素直に訊くしかない。
しかも、年上かも年下かも分からないから、無難に敬語を使った。
そんな朋也に、彼女は、「まあ、無理もないか」と小さく溜め息を吐いたあと、訥々と続けた。
「山辺涼香よ。あ、名前を言ってもダメか。えっと……、加藤紫織とずっとつるんでいた女、って言った方が分かりやすいかしら?」
(ヤマノベ、リョウカ……?)
朋也は心の中で彼女の名前を反芻する。
だが、紫織とつるんでいた、というキーワードで、朋也はようやくハッと気付いた。
「――もしかして、同じクラスにもなったことあった?」
さらに問うと、彼女――涼香はパッと花が咲いたように満面の笑みを見せた。
「やっと想い出してくれたのねっ? そうそう、高二と高三で紫織と三人で同じクラスだったの!」
そう言うと、「良かったあ」と胸を撫で下ろす。
「ほんとはいきなり話しかけるのもどうかと思ったんだけど、高沢君らしき人を見たら、つい懐かしくなっちゃって。でも、そっくりさんだったらとんだ大恥だったわね。本人でほんと良かったわあ」
涼香は言いながらケラケラと笑う。
元から屈託ない性格だとは思っていたが――第一印象だけは全く違ったものの――、今でも全く変わってなさそうだ。
「ところで、高沢君はここで何してたの?」
「何って……、ちょっとメシでも食おうかと思ってただけだけど?」
「あ、そっか。ちょうどお昼時だもんね」
涼香は朋也をまじまじと見つめ、それから少し間を置いてから、「ねえ」と続けた。
「良かったら、これから一緒にご飯食べない?」
あまりにもサラッと誘われ、朋也は一瞬、答えに窮した。
「――もしかして、迷惑、だった……?」
なかなか答えない朋也に、涼香がおずおずと訊ねてくる。
何となく悪いことをしているような気持ちになり、さすがに内心焦ってしまった。
「いや、迷惑とかじゃないけど……」
「――『けど』?」
「むしろ、山辺さんの方に迷惑かけるんじゃないか、って……」
「どうして?」
「いや、だってさ……」
朋也は少し躊躇ったが、思いきって言葉を紡いだ。
「つまり、彼氏とか? 俺と一緒にいるトコを見られたら誤解されるんじゃない?」
朋也の言葉に、涼香は目を丸くさせた。
そのまましばらく凝視されたが、そのうち、声を上げて笑い出した。
「あっははは……! そんなのないない! 私彼氏とかしないし! てか、全然モテないもの! だからその手の心配ご無用!」
公衆の面前で、涼香は恥じらいもなく笑い転げる。
時おり、近くをすれ違う人がチラッとこちらに視線を送ってくるから、朋也としては気まずくて仕方ない。
「わ、分かったから山辺さん。だからそろそろ笑うのは抑えて……」
やんわりと注意され、涼香はそこで、「ごめんごめん」と言いながら、ようやく笑うのをやめてくれた。
「それじゃ、場所移そうか? あ、誘ったのは私だから奢るから」
どうやら、一緒に食事をするのは決定事項らしい。
別に拒否する理由もないから良いのだが。
「食べたいものとかある? それとも、私に任せてもらってもいい?」
「俺は別にどっちでも」
「遠慮深いなあ。まあいいわ。じゃ、私の行きたいトコにさせてもらおっかなあ」
そう言うなり、涼香は先に遭って歩き出す。
朋也は少し遅れて、そのあとを追った。
(ラーメン屋、じゃなさそうだな)
涼香と並んで歩きながら、特にラーメンが食べたいという気分ではなかったしいいか、と朋也は心の中で自分に言い聞かせた。
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