Act.4

 ◆◇◆◇◆◇


 電話が終わったとたん、涼香は一気に力が抜けた。

 朋也に緊張が伝わらないよう、必死で明るく振る舞ったものの、心臓の鼓動は張り裂けそうなほど早鐘を打ち続けていた。


 いきなり電話をするなど、ずいぶんと思いきった行動に出たものだと自分に感心してしまう。

 怖くて途中で携帯電話を投げ出しそうになったが、朋也の声がどうしても聴いていたかったから、最後まで〈押し付けがましい女〉を演じ続けた。


「しかもやっちゃったよ、私……」


 勢いに任せて、つい、飲みに誘ってしまうとは。

 だが、後悔は全くしてない。

 むしろ、何の行動も移さずに会話を終わらせてしまう方がよほど辛い。


 紫織を除け者扱いしてしまったのは申しわけないと思ったが、下戸なのは事実だから、軽々しく居酒屋へは連れていけない。

 ましてや、今度行くつもりの場所は、以前に上司の夕純に教えてもらった男性向けな居酒屋だから、なお無理がある。


「さて、紫織にも報告しといた方がいいのかな……?」


 紫織は涼香と朋也のことをとても気にしている。

 高校の頃から涼香の気持ちを知っているから、朋也と上手くいってほしいと願ってくれているのだ。

 ただ、朋也がまだ紫織に未練があることも薄々勘付いているようだから、それはそれで複雑な心境でもあるようだ。


「私は別に、高沢と今のままの関係でいられれば充分なんだよ」


 そう自分に言い聞かせる。

 本音を言えば、友人以上の関係になりたい。

 だが、下手に近付き過ぎたら、真面目な朋也のことだ。

 今までと同様に接してはくれないだろう。

 せっかく仲良くなってきたのに急に距離を置かれてしまったら、さすがに立ち直れない。


「ほんと狡い女だよな、私って……」


 あまりにも臆病な自分が滑稽で、惨めな気持ちにもなる。

 そんな自分を嘲り、深い溜め息を漏らす。


 涼香は携帯を握り締めたままでいたが、それをローテーブルに置き、立ち上がった。


 キッチンに入り、冷蔵庫を開けると、そこから缶ビールを一本取り出して再びリビングへ戻る。


 プルタブを上げると、プシュ、とガスの抜ける音が響いた。


 涼香は一気に半分ほどを呷り、また溜め息を吐く。


「こーんなガサツ女じゃねえ……」


 ひとりでクツクツと笑い、今度はちびちびと残りのビールを流し込む。

 夕飯は済ませていたから酔いの回りは遅かったが、疲れていたからすぐに睡魔に襲われた。


「もうちょっと可愛げのある女になりたいわ……」


 空になったビール缶をテーブルに置き、そのまま突っ伏した。

 少し強く握ってみれば、脆いアルミ缶は簡単にグシャリと潰れた。


 歪んで情けない姿になった缶は、虚しく鎮座している。

 それを眺めながら、涼香は意味もなく口元を緩めた。


(そういや、これが最後の一本だったね。明日買ってこないと)


 本当にどうでもいいことを考えていた。

 これが紫織なら、好きな相手と逢うために早くから服選びをしていそうなものなのだが。


「どうせオッサンですからー!」


 開き直れば開き直るほど、また虚しさが募る。

 やっぱり、ちょっとぐらいは紫織を見習うべきか。

 そう思いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。


[第四話-End]

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