第四話 彼女と彼女の間

Act.1

 心の底から合コンなんてものは参加したいとは思わなかった。

 だが、充からの強引な誘いで、仕事が終わってから渋々出ることを了承させられてしまった。


「俺、二次会とかあってもぜってえ出ないからな?」


 合コン会場になっている居酒屋に向かっている間、朋也は何度同じことを充に言っただろうか。


 だが、当の充は、「分かった分かった」と、明らかに適当に返事をしている。

 だからこそ、しつこく念を押してしまう。


「ほんとに気が進まねえな……。つうか、俺はただの人数合わせだろ? 他にいなかったのかよ?」


「他にも何も、女子達がお前をご指名だったんだから仕方ねえだろ」


「はあ? なんで俺が指名されるわけ……?」


「自覚がまるっきりねえな……」


「どういう意味だよ?」


「言ってる通りだ」


「だからそれが分からないっつうの……」


「かあーっ! お前ってほんと罪な男だねえ!」


 嘆かわしい、と充が大袈裟に頭(かぶり)を振る。


 朋也は朋也で、やっぱり充の言わんとしていることが理解出来ずにいるから頭が混乱していた。


(ただでさえめんどくせえのに、まためんどくせえ……)


 そう思っている間に、目的の居酒屋に到着した。

 充が先頭になって引き戸を開けると、ほどなくしてそこの従業員が駆け寄ってきた。


 充はそこで予約していた人物の代表名を告げ、従業員は復唱してからふたりをその場所まで案内してくれる。

 通された広めの個室には、男子三人と女子五人が先に待機していた。


「おっせーぞ!」


 幹事と思しき男子が、挨拶もそこそこにふたりに言ってくる。

 何となく、すでに出来上がっている様子だ。


「お前、先に飲んじまったのか……?」


 充が問うと、幹事男子は「ちょーっとだけな」と答える。いや、絶対ちょっとじゃねえだろ、と朋也は心の中で突っ込みを入れた。


「ま、これで無事全員揃ったし、そろそろ始めようか?」


 ピッチャーで注文していたビールをそれぞれ注ぎ、乾杯の音頭とともに一斉に飲み始める。

 朋也も充分いける口だから、なみなみに注がれたビールを一気に半分以上飲み干した。


 いったい、どんな面子なのだろうと思っていたら、何のことはない。

 女子は全員、同じ会社の人事や経理、総務に所属する人間だった。しかも同期だから、何となくではあるが、入社時の研修期間中に見たことがあるような気がする。

 ただ、わりと大きめな会社だから、よほどのことがない限りは、同じ部署の人間と関わる機会は非常に少ない。

 だからこそ、彼女達の顔を見ても、〈何となく〉でしか思い出せない。

 元々、朋也が紫織以外の女子に関心を持たないからというのもあるにはあるのだが。


「ねえねえ高沢君、私達のこと憶えてる?」


 女子の中でも一番積極性のありそうな人物が、身を乗り出す勢いで朋也に訊ねてくる。


 朋也は温くなったビールをちびちびと流し込みながら、その女子を一瞥した。


「まあ、ちょっとだけ……」


 つい、馬鹿正直に答えてしまった。


 だが、その女子は気分を害した様子はなく、むしろ、「やっぱあんまり憶えてなかったんだねえ!」とケラケラ笑っていた。


「高沢君ってさ、すっごくクールで私ら女に全く関心なさそうだったもん。けど、そうゆうトコが結構良かったんだけど」


「く、クール……?」


「うん。若いのにちょっと大人びた印象があった」


 マジかよ、と思っていたら、隣から、ククク、と忍び笑いが聴こえてきた。

 笑い声の主は考えるまでもない、充だ。


(こいつ……!)


 朋也がキッと睨み付けるも、目が合った充はさらにツボにはまったらしく、とうとう声を上げて爆笑した。


「いやいやいや! そりゃねえわ! こいつ大人ぶってるようだけど中身は純情少年そのものだぜ? ちょっとからかうとムキになるから面白いんだこれが!」


 言いながら、またさらにヒイヒイと笑い続ける。

 確かに言っていることは的を射ているが、完全に馬鹿にされているとしか思えないから、納得するどころか苛立ちが募る。


 朋也は拳を握り締めた。

 一発ぶん殴ってやろうかこいつ、と思ったが、何度も深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着かせた。


「でも、そうゆう高沢君もいいよ」


 朋也と充、ふたりのやり取りを見守っていた女子が、頬杖を突きながら訥々と続けた。


「つまり、高沢君ってちょっと不器用なんでしょ? クールに振る舞ってしまう人に多い気がするし。私、そうゆうギャップって好きよ」


 深い意味はなかったと思う。

 しかし、恥ずかしげもなく、サラリと『好き』などと口に出してしまうのは如何なものだろうか。

 これには朋也だけではなく、充までも固まってしまった。


「あれ、私なんか変なこと言った?」


 呆然としている男ふたりに気付き、女子が首を傾げながら訊いてくる。


「あ、いやあ、別になんも変なこと言ってねえよ。なあ?」


 充に振られた朋也は、我に返って、「あ、ああ」と同意する。

 喉の渇きも急に覚え、残っていたビールを一気に飲み干した。


「俺、ちょっとトイレ」


 充が思い立ったように腰を上げた。


 残された朋也は、近くにあったピッチャーに手を伸ばしかけた。


「手酌なんてしたら出世しないわよ?」


 朋也よりも先に、女子がそれを取り上げた。

 そして、朋也に向けてそれを傾けてくる。


 朋也が無言でグラスを持つと、女子は上手にビールを注いでゆく。


「ねえ、高沢君」


 ピッチャーを元に戻してから、女子が真っ直ぐな視線を向けてきた。


 朋也はグラスに口を付けた状態で女子を見返す。


「メールアドレス交換しない?」


 いきなりの申し出に、危うくビールを噴き出しそうになった。


 だが、そんな朋也にお構いなしに女子は続ける。


「別に深い意味はないから、友達になってくれればって思って。ついでに私の名前もちゃんと教えとく」


 朋也が返事をする間も与えず、女子は自分のバッグから手帳と携帯電話を取り出した。

 手帳を開き、携帯画面を見ながらメモする様子を、朋也はジッと見守る。


 ほどなくして、女子が手帳の一部を破き、それを朋也に渡してきた。

 考えるまでもなく、携帯番号と名前が記載されていた。


井上誓子いのうえせいこさん、でいいの……?」


 間違っていては失礼だと思い、恐る恐る確認する。


 女子――誓子はパッと表情を輝かせ、「そう!」と大仰に頷いて見せた。


「やっと憶えてもらえたわあ! あ、私のことは『誓子』って呼んでいいから!」


 誓子はそう言ってきたものの、いきなり下の名前でなど呼べるわけがない。

 紫織のように子供の頃からつるんでいれば別だが、誓子とは面識がないといっても過言ではないのだ。

 そもそも、高校からの知り合いである涼香ですら、苗字で呼ぶだけでもかなりの勇気が必要だった。


「まあ、そのうちに……」


 曖昧に濁すのが精いっぱいだった。


 誓子は是とも非とも答えなかった。

 代わりに、朋也の表情を口元を緩めながら眺めている。


(どうも調子狂うな……)


 朋也は誓子から視線を逸らすと、再びビールを飲み始めた。

 そのうち、充が戻ってきたタイミングで誓子は朋也の側を離れ、別のグループの元へと行ってしまった。

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