Act.2-01

 実家に戻り、宏樹は車を、朋也は荷物を自室に置いてからすぐに家を出た。

 予想通り、母親には、「もうちょっと落ち着けないの?」とぼやかれたが、兄弟揃って聴いていないふりを装った。


 ふたりが向かった先は、徒歩十分ほどの場所にある焼き鳥屋。

 朋也が家を出て間もなく出来た店らしい。


 焼き鳥屋だけあって、店の中は煙が充満している。

 換気扇は回しているようだが、あまり意味をなしていない。

 とはいえ、煙たさもまたその店の味だと思えばさほど気にならない。


 朋也と宏樹は一番奥のテーブル席に着いた。カウンター席も決して悪くないが、宏樹なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

 確かに、カウンター席だと密談するには不向きだ。

 それを考えると、奥の席が空いていたのは幸運だった。

 密談と呼ぶには大袈裟かもしれないが。


「まずはビールでいいよな?」


 宏樹に訊かれ、朋也は「ああ」と頷く。

 それを見届けてから、宏樹が店の従業員を呼び、瓶ビールと焼き鳥をお任せで注文した。


 ほとんど待つことなく、ビールは運ばれてきた。

 一緒にお通しもそれぞれの前に置かれる。


 従業員が離れてから、宏樹がビール瓶を持ち上げる。

 そして、注ぎ口を朋也に無言で向けてきた。


 朋也は少し慌ててコップを手に取った。

 わずかに傾けて差し出すと、琥珀色の液体がコップの中にゆっくりと注がれてゆく。


「次は俺に寄越せ」


 そう言いながら、今度は宏樹からビール瓶を分捕った。

 同じように注ぎ、互いのコップにビールが満たされてから、どちらからともなく軽くコップをぶつけ合った。


 乾いた喉にビールの苦みが染み渡る。

 あっという間に一杯目を飲みきり、宏樹が素早く瓶を手にして新たに注いでくる。


「不思議だな」


 ゆったりとしたペースでビールを飲みながら、宏樹が不意に口を開く。


 朋也はコップを握り締めたままで、「なにが?」と問い返した。


「お前と一緒に酒を飲んでることがだよ」


 宏樹は口元に弧を描きながら続けた。


「俺とお前は十歳離れてるからな。お前が小学校の間に俺が成人して、酒を飲むようになったら、散々嫌味を言われたこともあった。それがいつの間にか、お前も大人になってしまったから。俺もトシを取るはずだな……」


「なに急に年寄りくせえこと言ってんだよ……」


 朋也は苦笑いしながら箸を持ち、お通しの肉じゃがに手を付けた。


「兄貴はまだ三十ちょいじゃねえか。ジジイになるにはまだ早過ぎるし」


「三十過ぎたらあっという間だぞ?」


「なんの脅しだよ、それ?」


「別に脅しちゃいない。事実だ」


「偉そうに言うほどのことじゃねえだろ……」


 朋也は一口サイズに裁断したジャガイモを咀嚼してから、それをビールで流し込んだ。


「どうせ兄貴のことだ。紫織とのトシの差のことも未だに気にしてんだろ? 紫織はそんなもん、ちっとも気にしちゃいねえってのに」


「ん? 俺が気にしてるように見えたか?」


「俺はそこまで鈍感じゃねえよ」


「そうか」


 朋也の指摘に宏樹は短く答え、朋也に倣うように肉じゃがの肉を口に入れた。


「で、紫織の友達絡みの話って?」


 不意を衝いて、宏樹が話題転換をしてきた。


「今日は俺の話を聴くために来たわけじゃないだろ?」


 確かに宏樹の言う通りだ。

 だが、いざとなるとやはり切り出しづらい。

 それ以前に、上手く頭の中で内容を整理出来ずにいる。


 どうしたものかと考え込んでいたら、焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきた。

 素材によって味付けを変えているのか、塩とタレの二種類が違う皿に盛られている。


「焼き鳥は熱いうちに食うのが礼儀っつうもんだろ」


 適当なことを言って話題を逸らした朋也は、早速塩の焼き鳥に手を伸ばす。

 何だろうと思いながら口に入れてみたら、モツだった。


「モツの焼き鳥なんて初めて食う! うめえよ!」


 焼き鳥に無邪気に喜ぶ朋也を前に、宏樹は微苦笑を浮かべている。

 だが、話を急かすわけでもなく、宏樹もまた、塩の皿からレバーの串を一本取り、ゆったりと口に運んでは噛み締める。


「お、ビール空だな」


 ビール瓶に手を伸ばした宏樹が咄嗟に気付いたらしい。

 たまたま側を通りかかった従業員を呼び止め、追加のビールと、自分が飲みたかったのか、日本酒の冷やも注文していた。


「時間はまだある。急ぐ必要はないよな」


 ひとり言のように呟き、宏樹は新たにタレの皿からぼんじりを取った。


 ビールと冷や酒はほどなくして運ばれてきた。

 朋也は温くなったコップの中のビールを飲み干すと、真っ先にビール瓶に手を伸ばして宏樹に注ぎ口を差し出した。


 朋也から進んでビールを勧めてくるのは予想外だったのかもしれない。

 宏樹はわずかに目を見開き、けれどもすぐに口元に笑みを湛えながら朋也の酌を受ける。

 そして、今度は無言で朋也からビール瓶を受け取って注いでくれた。


 やはり、冷蔵庫から出したての、しかも栓を抜いたばかりの冷えたビールは格別だ。

 調子に乗って一気に呷り、素早く自分で手酌して新たにコップに注いだ。


 酔いが回ってきた。

 辺りの風景もぼんやりとしてきて、身体もふわふわとしている。

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