第15話さあ立ち上がれ!
走っていた。
全身レザーのコーディネートで。
これが意外といいトレーニングになる。
動きにくいし、汗をかくと不快だ。
メンタルも鍛えられる。
佐渡との試合から3日……本当はただの散歩のつもりだったがついつい走ってしまった。
どうしても輝貴の試合を思い出すと……
試合後すぐに病院につれてかれた俺はあいつの試合を生で見れなかった。
なので映像で見たが……
「1ラウンドKOだったなぁ……」
ランキング一位を1ラウンドKOした輝貴とフルラウンドギリギリで五位に勝った俺。
専門家の意見も厳しいものだった。
『黒木は挑戦すべきでない』
『芦屋は黒木のためにベルトを返上しろ!黒木を殺す気か!?』
『元世界チャンピオンにきいた!黒木対芦屋勝つのはどっち?』というテレビ企画でも10人中10人が輝貴を推した。
俺の勝ち目は0パーセントだそうな。
『ボクシングというスポーツをここまで注目されるコンテンツに押し上げてくれた黒木に感謝はするが世の中には実力があっても試合を組めずランキングに入れない選手もいる。黒木の挑戦は時期尚早。他の選手にチャンスを与えるべき』
ライト級の元世界チャンピオンはそう言った。
俺と同い年。
そうか。
そうなのか?
……
プロテスト以来に田中に会った。
緊張で震えていた田中はもういない。
29ながら新人王にあと一つの立派なプロボクサーだ。
俺は彼にあの質問を投げかけた。
「そりゃあ黒木さんをきにいらないボクサーはたくさんいますよ」
……だよなぁ
「私だって新人王優勝でやっと日本ランクにはいれてA級で勝ち続けるか後楽園トーナメントで優勝しないとチャンピオンに挑戦できないのに黒木さんはもうゴールデンタイムの生放送でタイトルマッチでしょ?気に入りませんよ。始めから世界チャンピオンの器と言われている芦屋に文句をつける人はいないでしょうが黒木さんは……」
俺と輝貴の試合がゴールデンタイムで放送されることになったのは寝耳に水だった。
お茶の間に俺が1ラウンドKOされる映像がながれるかもしれない。
「バラエティーで活躍した黒木さんとボクシングをしながらモデル、俳優としても活躍する芦屋輝貴……テレビ向けの因縁。そりゃテレビも食いつきますけど協会は狂ったと怒り心頭の人もいます」
そうだなぁ。
「どれだけ頑張っても。勝とうが負けようが黒木さんは妬まれるでしょうね」
同じボクサーから嫌われるのはつらいなぁ。
なんだかこう……闘争心のようなものが萎んでいく気がする。
「黒木さんにしてほしいことはただひとつ」
「なんだ?」
「『あの試合は黒木零士にしかできない』と言われるような試合をしてください。『あのリングにたつのは黒木じゃなきゃ駄目だったんだ』と評される後世に残るような名勝負を」
「いくらなんでもハードルたけぇぞ」
「知りませんよ。あとは自分で考えてください。知っての通り私は私の戦いがあるんです」
田中は走り出した。
「できるだけがんばるよ!お前らが納得するような試合をする!」
振り向かないまま軽く手を振ってくれた。
辛くとも戦い続けてる同士がいる。
心強かった。
……
「まいったな……」
「まさかこんな所で会うとは……」
一緒にいるのは娘と嫁さんか?
たまたま立ち寄ったファミレスで佐渡に会ってしまった。
「あなた。車の鍵かして」
「おっ……おおっ」
気を使ってくれたのだろう。
嫁さんは子供をつれて外に出た。
「……」
「……」
気まずい。
顔を腫らした男が二人向かい合って座ってるのも不気味な光景だろう。
「引退するよ」
「引退か」
佐渡が沈黙を破ってくれた。
そうか佐渡は引退か。
「いっとくけど俺の勝ちだったからな。あの試合」
「……かもな」
「……否定しないんだ?」
実際内容では負けてたし何より……
「俺はあの時立てた」
……やっぱりな。
「敗因は……お前は俺を見ていたけど俺はその先に目がくらんでた」
「……ふぅん」
勝者は敗者にコメントしづらい。
「あと……今まで試合を見せたことがなかった妻と子供を会場につれてきたこと」
「それが?」
「妻と子供を連れてくるのは世界戦ってきめてたのに……だ。心のどっかで最後の試合になるとわかってたんだろうな」
「最後の試合を大事な人に見てもらいたい気持ちはわかるよ」
俺も……
「あとはお前の目」
「目?」
「ダウンしたときお前と目があった。『世界にいけるのはこういう目の奴だ。俺はここまでだ』って思わされちまった」
小田も言っていたが……なぜ俺にそんな過大評価を?
「帰る」
「……ん」
「熊本にいくんだ。その内蓮根でも送るよ」
「いいね」
こうして去っていくボクサーもいる。
正直いって寂しい。
「闘えなければボクサーじゃない」
……この台詞は?
「立ち上がれなければボクサーじゃない?」
やっぱり知っているなという目で佐渡に見られた。
恥ずかしいもんか。
「どんな時でも前を見続ければ死ぬまでボクサーでいられる……明日のシュンの名台詞。黒木。お前はボクサーで居続けろよ」
「いかんともいえないな」
佐渡はハンバーグセット2つとお子さまランチ一つの伝票を残して去っていった。
俺は自分のコーヒーの伝票と一緒にそれを支払い、外にでると大型トラックが大きな音を立てて駐車場から出て行くのを見送った。
……
「母さん」
輝貴は佐和子を後ろから抱きしめた。
「……」
「僕は黒木零士をリングで殺すよ」
「……」
「あいつがいる限り僕たちは前に進めない」
「……」
「……ロードワークにいってきます」
……
「ロードワークじゃない散歩はどうだったみゃー?」
「不思議な気持ちになった」
やはりジムは落ち着く。
練習生も増えて賑やかになった。
「あっ!黒木さん!今日は練習してくんですかー!?」
「しない。ちょっと見にきた」
「こらっ!西原よそ見禁止!」
「いてっ!」
西原を含めた十代の若いボクサーたちがリング上でシャドーをしたり、ミット打ちをしている。
この中の何人がプロを目指し何人が挫折するのだろう?
……随分感じやすい感傷的な性格になってしまったな。
西原のパンチを受けるのは箱崎。
この二人がゲイなのを何人が知っているのだろう……これは感傷的ではないな……。
「黒木。こんど後援会のみなさんとロッキー2のトレーニングやろうって話があるんだけどファンサービスでどうみゃ?」
「却下」
街をあげて後援会なんて作ってくれたのはありがたいがロッキー2のトレーニングって……あのすげーたくさんの子どもたちと一緒にランニングするやつだろ?
ごめんだね。
「もっかい散歩」
「あらー機嫌を損ねただね」
「散歩つーか勝負だけどな」
「……?パチンコか?」
「……いってくる」
……
『僕らの町の未来の世界チャンピオン!ロッキー!』
「……すげー横断幕だな」
「何て書いてあるの?」
「イチコが気にするようなことじゃないよ」
「……そう?」
俺とイチコは住民たちにひやかされながら夕方の商店街を歩いていた。
緊張して落ち着かなく、ジッとしてられないので俺は歩きながらイチコに告げた。
「次で最後にしようと思う」
「やめてどうするの?」
さすが付き合いが長い。
ボクシングのことだとすぐに察してくれた。
「どうもしない。普通の仕事につくかトレーナーをやるか。まだ考えてもいない。そんな状態で言うのもなんだけどね」
「うん」
「そんな俺でよければさ……よければだけど結婚してみないか?」
「……」
断られたらどんなパンチよりも効くだろうな。
「こんなのもあるんだ」
俺はイチコの頬に指輪を触れさせた。
「……いいよ」
「本当か!?」
喜びで叫びそうになったがイチコの表情が優れないのでなかなか困った。
「私今はセックスできないよ。それにもう昔の奥さんのことは吹っ切れたの?」
「俺だってたたない。心の傷にはなったが少なからず今、佐和子より俺はお前が好きだ」
「私すごい秘密があるよ」
「秘密?」
「……結婚の条件があります」
「いってみなよ」
「次の試合。いいチケットちょうだい」
「え?」
イチコは目が見えない。
だから俺は試合に呼んだこともないし、イチコも来たいとは言ったことがなかったのに。
「言いたいことはわかるわ。目が見えなくてもあなたがそこにいて闘っているのを感じることぐらいできる」
「最前列をとる。秘密ってなんだよ?」
「試合が終わったら話すわ。私の秘密を受け入れてくれたら……その時は私を」
「君を」
「お嫁さんにして。指輪はその時はめてね」
「……」
怯えていた。
悩んでいた。
苦しんでいたのがすべてふっとんだ。
「結婚にむけて『辛くても後ろを振り返るな。キツくても前に進め!』がんばれロッキー!」
「どこかできいたことある台詞だな?」
「多分ロッキーの台詞?」
「やっぱりな」
ビビってても仕方がない。
今更逃げられない。
結婚という目標もできた。
ならとことんトレーニングだ。
『キツくても前へ』!
俺はどんなイチコでも愛せる。
さあいこう!
頭の中でロッキーのテーマが流れてきた。
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