第10話竜虎

 

「……なんで」


「確か輝貴と同じ階級なんだよな?」


「そうだよ」


「偶然だよな……」


芦屋夫婦は輝貴の差し出したタブレットに釘付けになっていた。


零士のデビュー戦の動画である。


「あの人がボクシング……?スポーツなんてどれも小馬鹿にしていたような人だったのになんで?」


「当てつけじゃないの?僕たちに対する。もしかしたら僕たちに対する逆恨みの感情を僕を殴ることで解消しようとしてるのかも?馬鹿だよね。僕と同格になれると思ってるのかな?あいつは小さくて卑劣な人間だから……」


「輝貴やめなさい!仮にもあなたのお父さんだったのよ?あなたが飢えずに義務教育を終えられたのはこの人のおかげなんだから」  


「……ごめん」


佐和子が零士を庇うのが気に入らなかった。

どうしてあんな奴をと苛立つ。


(本当にうっとおしい。今僕たち家族は幸せなのに……なぜ未練がましく。黒木零士……本当に殺してしまおうか?リングで殺しても罪にはならない)


悪くないなと思った。


「どこ行くの?輝貴」


「部屋だよ。母さんたちは楽しんだら?最近父さんはバイアグラで調子いいんでしょ?」


「こら輝貴!」


「からかわないの!」


と言いながら二人は嬉しそうだ。

そろそろ自分の夜の勤めはお役御免と思っていた。


それでいい。


輝貴は『普通の家族』を欲していた。


(やはり黒木零士は邪魔だ。汚点だ)


「……どうしてくれるか?」






……


俺とイチコの関係はよくわからない段階まできていた。




「君はこれで本当にいいのか?」


「うん十分すぎるほど幸せ」


俺はイチコとラブホテルのでかいベッドに裸で一緒に寝ていた。


俺のねぐらはジムだし、イチコは障害者の労働施設にグループで住んでいるらしいのでこんなところにくるしかない。


当然俺はインポなのでセックスはできない。


裸で抱き合ってキスをして腕枕をしてイチコを眠らせた。

イチコは指や口による愛撫を拒んだ。

 

「私どうしてもここがそういう場所だと思えないの。私にとってここはおしっこをする場所で血のでる場所で……」


無理強いはしなかった。


お互いの性器の上に手をのせているだけで落ち着いた。


でもそろそろチェックアウトの時間だ。

俺は素早く服を着た。


「俺は先にいくよ」


「……零士さん。私たち他とちがってもちゃんと愛し合ってるわよね?」


「……何度聞かれてもわからないよ……」


「……そうだったわね」


罪悪感とはすごいハードパンチャーだ。

俺の心にはまだ佐和子がいる。


俺がイチコを抱ける体だったら何か変わっただろうか? 


考えるのはよそう。


ハードパンチからは逃げることも大事だ。



   



……



「お疲れ様ー」


「おう」


「がんばれよー!」


「お前がな」


顔が売れてよく声をかけられるようになった。

ランニングコースの住民やらはともかくこうやって山を登っていても声をかけられる。


山道までの10キロプラス山登り。

会長秘密の場所でのボルダリング(岩壁登り)。


『全ての筋肉を鍛える』『自然に勝てれば敵にも勝てる』がモットーの会長のトレーニングは野性的なものが多い。

冬でもドライスーツを着せられバタフライで泳がされたり、嵐の日に巨大な波を相手に倒れぬようシャドーをやれとも言われた。

※密漁と間違われ警察に事情聴取された。


しかし山登りは奥が深い。


数百メートルなんて平地なら準備運動にもならないのに山道となるととんでもない疲労感を生む。

手足につけた重りが米俵クラスに重く感じる。


いつか頂上まで走って登りきりたいものだ。


「はっ……はれ?」


スマホがなっている。


俺のスマホは会長とイチコからしか連絡がこない。

イチコは野菜販売の仕事の時間だし……会長だろ。


「なに?わかっていると思うがトレーニング中だ」


『決まっただね』


そうかいよいよB級デビューか。

俺はデビューからKOを重ねC級(四回戦ボクサー)からB級(六回戦ボクサー)に昇格していた。


「相手は?」


『ラムダン・トカルチャダ』


「……外人さんか」


『元タイのムエタイ王者。ボクシング戦績は3勝3KO』


「ムエタイ王者?おいおい。B級デビュー戦の俺をつぶす気か?」


『何か勘違いしてるみゃ?芦屋輝貴のデビュー戦だね』


「……輝貴の?」


輝貴がB級テストにあっさり受かったのは知っていたが……


『プロモーターはもちろん未来のスターをKOスタートさせるつもりだに』


つまり……相手がムエタイ王者だろうと輝貴なら問題なしと判断したわけだ。


『ちなみにデビュー戦のファイトマネーは700ま……』


電源ごと切った。


輝貴が……輝貴がいよいよきた……。

早速追い抜いてきやがった。


どうするつもりだ?


外国人とばかり試合をして世界タイトルまで一気に走られたら俺が追いつくのは一生……。


「……おちつけ!」


不安になったらとりあえず走るべきだ。


輝貴のデビュー戦……見に行くべきだよな?




……




「……終わったよ」


「えっ?」


輝貴のデビュー戦当日。


俺は試合が始まった瞬間『闘う輝貴』を見るのが怖くなり、目を伏せた。


それではいけないと目を上げたら輝貴の対戦相手がのびていた。


1ラウンド15秒KO。


「えー!皆さんご来場いただきありがとうございます。勝てて嬉しいです。でもちょっと悔しいな!黒木さんが作ったライト級の最速KOタイムを超えられなかったー!」


「……あいつ」


「ひょっとして黒木さん!この会場にきてたりしてー!」


輝貴がそう言うと『ロッキー』コールが起きた。


……恥ずかしながら俺のことだ。


黒木だからロッキー。


キャッチフレーズは『遅れてきたロッキー』


「あれー!本当にいらしたんですね!」


「……」


俺は立ち上がって輝貴の目を見つめた。

正直こわかった。


俺に気がついたアナウンサーの女が慌てて俺に近づきマイクを渡した 。


「テレビが入ってるだね……変なこと言うなよぅ」


「心配するな」


「動画みましたよ黒木さん!僕と一緒にすんでいた仕事人間だった頃とはまるで別人ですね!」


どういうことかとアナウンサーが訊ねる。


「黒木さんは僕の前のお父さんなんです!離婚してからボクサーになるとは思ってもいませんでした!もしかして僕をおいかけてきました?」


「……」


落ち着け……落ち着け。

落ち着けるかっ!


「そうだ!俺はお前を殴るためにボクサーになったんだぁ!」


「ありゃー!いってもたー!」


悪い会長。



「『あの時』殴れなかったから?」


「ああ!」


「ふぅん。お待ちしております……以上です」


「……だそうだぜ?ねーちゃん」


俺と輝貴は同時にマイクを床になげた。


親子のように息ピッタリだった。





……






「デビュー戦といい芦屋のことといい黒木さんはテレビと縁があるというか……」


引退し、トレーナーになった小田が腕を組んで唸っている。

なぜ俺より年下なのにみんなやめていくのだろう?


「あれは向こうがふっかけてきた」


「それにしてもやりすぎす」


小田がボクシング雑誌を放り投げた。


表紙は向かい合う俺と輝貴。


『竜虎ならぬ親子向かい合う?』


くだらん表紙だ。


暇なのか?


ジムの入口では何を聞かれても『しらねぇ』『邪魔だどけ』しか言わない俺の代わりに会長が取材を受けている。


電話もうるさいのでジャックを引き抜いた。


「ネットもほらー」


「やりたいやつにはやらせとけ」


ネット上では暇人たちが俺と輝貴の因縁をあーだこーだと妄想して盛り上がっていた。


「いよいよ逃げられなくなったなぁ俺」






……



夜になって取材陣がいなくなり、会長がため息をつきながら戻ってきた。


「お疲れ様」


「お疲れ様じゃないよ~」


おっ?よそ行きモードが解けてない。


「このジムにこんな人が集まるのは久しぶりだね。人が多いのはいいね。楽しかった」


なんだ楽しんでたんじゃないか。


そういえば会長はこういう人間だった。


ネジが外れてると言いたいところだがあえて『おおらか』とほめておこう。


「しかしあのしつこいマスコミたちをよく帰らせたな」


「うん。そのことだがね?お前がテレビで直接話すっていったら納得してくれた」


「……そうか」


空耳が聞こえた。


「明日。生放送」


「冗談だよな?」


「マジ。『御手洗ジムTシャツ』きて宣伝してきてちょ!」


「おいっ!」


巻き込まれるならともかくなんで自分からテレビ局にいかなきゃならないんだ!?


御手洗Tシャツなんかきてテレビでたら


『あの人トイレなの?』


とか言われるだろうが!



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