第11話テレビ
『ウチのジムの経営が厳しいのは知ってますよね』
ああ。
『ウチみたいなプロの少ないジムが試合をくむのは一苦労なんす。会長も色んなとこに頭下げて……』
知っている。
『それだけ黒木さんに期待しているってことです。俺が引退したあとランカーになれそうなのは黒木さんぐらいすから』
そうだといいんだが。
『会長への恩返しみたいなつもりででてみましょうよ。練習生集めてきてくださいよ。ジムの宣伝!ねっ?』
……わかったよ。
……
「はいっ!というわけで今日は次期世界チャンピオンとして期待されている芦屋輝貴選手の元お父さんの黒木零士さんにきてもらいましたー。皆さんもニュースなどでみてご存知ですよね?」
「……」
俺は小田に押し切られる形で昼の情報番組に生出演していた。
御手洗ジムTシャツをきて……
「黒木さん。芦屋選手と闘うためにボクシングを始めたのは本当ですか?」
コメンテーターのお笑い芸人がいきなり答えにくい質問をしてきた。
「本当だよ。一度も喧嘩をすることのないお互いいるだけの親子関係だったからな。一度ぐらい拳で語り合いたいなと思ってさ」
微妙に本当で微妙な嘘だ。
芸人の顔がひきつってる。
なんだ?
「芦屋君は東洋太平洋チャンプに挑戦し、すぐに返上し、世界タイトルを目指すと噂されていますが?」
今度は相方か。
俺はボクシング依存症みたいになっている。
他のボクサーが学校や会社に行っている間、一日中ボクシングをすることでボクサーとしての自信をたもっていたのでこんなとことでくだらない話をしていていいのだろうかと不安になる。
……ああ質問ね。
「そうなったらしかたねぇよな。縁がなかったとしかいいようないよ」
「あ……ありがとうございました」
こいつも顔色が悪い。
なんなんだ。
居心地の悪い沈黙。
「終わりなら俺は帰っていいかな?」
「えーっと……」
女子アナが困っているとMCの上坂しのぶが机を叩いた。
「……どうした?」
「どうしたじゃない!なんだあんたさっきからその態度は!?それでも大人か!?礼儀がなってない!輝貴君はあんたなんかよりよほど礼儀正しかった!恥を知れ恥を!」
「上坂さん……落ち着いてください」
「そうだぞ」
そういえば出演前に誰かから「上坂さんは礼儀に厳しいから気をつけろ」と言われたな。
聞き流したが。
「敬語ぐらい使え!俺は年上だぞ!」
「そうだな」
「だからそうだなじゃないよ!スポーツってのは礼節が大事なの!あんたなんかチャンピオンになれないよ!」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「わかるよ!俺は!」
面倒なことになった。
だからテレビは嫌なんだ。
「俺は誰かに敬語をつかって欲しいなんて思ったことないからわからねぇけどよ。敬語なんて使いたきゃ使えばいいし使わなきゃ気に入らないって奴とは相性が悪い。つまり俺とあんたは相性が悪い。それがわかっただけでいいじゃないか。帰るぜ」
「待て!こらっ!」
「まだなにかあるのかよ……」
うんざりだ。
早く走り込んでミット打ちをやりたい。
「それが芸能人に対する口の効き方か!……あっ」
これはさすがに失言だったと思ったのだろう。
「……とにかく!態度が気に入らない!」
「あんたがそれだけいうならよ。俺はあんたの面がきにいらねぇよ。これは言いたくなかったけどあんたを見てると好きに発言していい気がしてな」
「な・ん・だ・と!?」
「ほっ!」
「いてぇっ!」
上坂が殴ってきたのでおでこで受けた。
鍛えてない拳では殴った上坂のが痛かろう。
「暴力ボクサーだ!」
「上坂さん……それは無理があると……手を出したのは上坂さんですし」
「うるさい!女丸出しで媚びを売ることしか能のない女子アナ風情が!」
「ひ……ひどい」
女子アナは泣き出した。
かわいそうに。
「俺とあんたの話にこいつを巻き込むなよかわいそうに」
「うるさいっ!」
「おうっ?おおっ?」
上坂はがむしゃらに殴りかかってくる。
ディフェンスの練習には……ならないな。
一分で攻撃は収まった。
運動不足だな。
「おめぇよ。毎日こんな狭い場所で裸の王様やってたら心も狭くなるし、この通り運動不足になる。細かいことは忘れてボクシングしてみないか?ボクシングはいいぞ。御手洗ジムは練習生随時募集中だ」
さすがに馬鹿馬鹿しい。
俺は本当に帰ることにした。
ピンマイクを外すときスタッフ何人かが
「ぶっちゃけスッキリしましたよ。あの人ずっと偉そうなんだもん」
と言ってくれたのは嬉しかった。
その後上坂は白いお薬関連で逮捕されたらしいが俺には関係ない話。
そしてこの日の映像が
『遅れてきたロッキー。生放送で暴走覚醒上坂をノックアウト』
という動画が無料動画サイトでまた数百万アクセスしたのも俺には関係ない。
……
「それではカメダコウキさんのどーしても会いたい人……『黒木零士さん』でーす!」
この日もテレビ出演だ。
呼び出しを受けてスタジオに入っていくとスキンヘッドの眉無し男が涙目で俺を見ていた。
「……だれ?」
「僕ですよぅ。ユニコーンのカメダコウキ……というかデビュー戦で最速KOされた!」
「……あー!おまえかー!」
ず……ずいぶん変わったなぁ。
「お久しぶりっす~!うっ!」
「大丈夫かっ!」
カメダコウキはうつぶせに倒れて白目をむいていた。
「黒木さん。ネタですネタ!潰さないでくださいよ~」
「ネタぁ?」
後から知ったがカメダコウキは俺にKOされて芸人として『覚醒』したらしい。
『僕がプロデビューしたときに1ラウンドKOされた時のまね』
倒れて白目をむく。
相方が
「自分のモノマネて!つーかみっともな!」
というネタがウケにウケたらしい。
イケメン芸人から一皮むけたカメダコウキはスキンヘッド眉無しにして
『イケメンだけど強面だけどいじられキャラでヘタレ』という訳の分からないキャラで芸能界の空いていた隙間にピッタリとはまった。
そのきっかけとなった俺にどうしても会いたかったそうだ。
「改めまして~『散々期待されてリングにあがったのに瞬殺されてテレビの企画ぶっ壊した僕の真似!』黒木さん。ちょっと右手を前にだしてください」
「……こうか」
「ふんぎゃあ~~!」
カメダコウキは倒れて白目を向いてよだれを垂らしながら大げさにガクガク震えた。
このボケを『イケメンがやっている』というギャップがたしかに面白い。
「夢の共演や~あの時の再現や~」
「嘘付け!やりすぎだろ。死ぬ間際のゴキブリじゃねぇか!」
俺がそう言うと思った以上に会場はうけた。
……
「最終競技~!パンチングモグラたたきー!」
もう好きにしてくれ。
この日はアイドルグループ『スピーシーズ』と『今課題の人たち』がゲームで対決するというバラエティー番組に出演していた。
ここまで同点。
最終競技はステージのどこから出てくるかわからないモグラの人形をどれだけパンチで倒せるか?という『パンチングモグラたたき』だ。
大将は俺。
アイドルチームは最年少13才の西原駿。
スタッフには最後はアイドルチームの逆転勝利という脚本を渡されたがもちろん八百長なんてする気がなかった。
「それではゲームスタートぉ!」
「だっしゃあ!」
これもトレーニングと俺は百メートルは先にある俺のターゲットである赤のモグラの人形まで走りジャブを打った。
次のターゲットは……遠い!
次は……また遠い!
『今いる場所から一番遠いところ』ばかりにモグラがでる。
「えいっ!えいっ!」
対して西原の青モグラは手の届く範囲ばかり。
露骨だな!
「あーっと!黒木さん。運がない!モグラの出てくる場所はランダムですから……こういうこともあるんですよねぇ……」
わざとらしい。
西原の横を走り抜けるとき囁いてやった。
「いつまでも誰かに勝たせてもらうとダメになるぞ?敗北を教えてやる!」
「……ふぇ?」
「うおおぉ!」
……
結果俺は勝利を収め会場の女性ファンから大ブーイングを受けた。
構うか。
俺は大泣きする西原を抱きしめた。
試合が終わればノーサイドだ。
「う……うわぁー!」
「なくなっ!西原!いやっ!駿!これより辛いことなんて人生やまほどある!本気には本気で立ち向かうんだぞ!」
「うわあー!」
西原が俺にしがみついてきた。
ブーイングは収まり、すすり泣く声が聞こえてきた。
……なんだこれ?
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