第12話三つ巴

この日の俺のみ対戦相手『藤』は腹の立つ奴だった。


「お前嫁さんに捨てられたんだろ?かわいそうになぁ」


クリンチで密着する度に藤は俺にネチネチと悪口を言う。

こういう戦い方があるのも知っていた。

というか俺もしたことがある。


「そういうお前は一生結婚できなそうだよな」


「×イチよりはマシだろ」


「俺が一番イヤなのは×より黒星だよ!」 


「うおっ!」


B級戦も二戦目だ。


これに勝てば……A級!


ロッキー!ロッキー!ロッキー!


観客もどうやら俺の味方のようだ。


「うらやましいよな……芦屋の元……父親ってだけで……注目……」


囁き戦術は俺には通用しない。


クリンチされながらもボディを細かく鋭く打ったのでだんだん藤の息が荒くなってきた。


おいおい。


まだ3ラウンドだぜ?


「スタミナねぇなぁ藤」


「黙れやDVのロリコンのインポやろー……ぐっ!」


「ふんっ!」


適当に言ってんだろうが一個当たってんだよ!


積み重ねられたボディのダメージが爆発したのか藤はマウスピースを吐き出しながらダウンした。


レフリーがカウント10を告げる。


『勝者~くろーきー!』


ロッキー!ロッキー!ロッキー!


「よーし!やっただね!」


「ぷへー……」


勝った。


自分でも信じられないがデビュー以来6勝6KOである。


「しかし勝ってもこのトランクスだと決まらないな」


「我慢だね。スポンサーは大事にしみゃーと」 


トランクスには『毛利薬品』のウサギの『モーリーちゃん』がデザインされている。


情報番組で大御所作家と言い争いを一時間して最後には抱き合って気に入られたり、タメ口ハーフタレントに『お前はブスだから敬語使えば?年取ったらキツいぞ』と言って逆に評価を上げている内にこの『毛利薬品』のCMのオファーがきてスポンサーになってくれた。


CMは「怪我には毛利薬品の……おいカンペだせ。……みえねーよ。ああキズナオールZが最高だ。俺も使ってる。本当は使ってないけど。えっ?そんなこと言わなくていい?撮り直し?面倒だよ。とりあえずキズナオールZかってくれよな!」

と傷だらけの顔に見える特殊メークをした俺が言ってキズナオールZを顔ではなくなぜか腕に塗るNGカットをそのまま使うとんでもないCMだったが……好評だったようだ。





……



「お疲れ様です!」


「A級おめでとうございます!」 


「ありがとよ」


西原とカメダが控え室で祝ってくれた。


西原は『黒木さんのように強くなりたい』と、カメダは『黒木さんといるとネタが湧いてくる』と御手洗ジムに入会した。


「シャワー浴びて着替えて……あいつの試合をみにいくか」


今日のメインイベントはなんといっても……


俺は壁に貼ってあるポスターをみた。





『日本ライト級タイトルマッチ。チャンピオン『佐竹憲明』(ビッグボクシングジム)対チャレンジャー『芦屋輝貴』(帝勝)』






……





輝貴がまさか東洋でも海外タイトルではなく日本タイトルに挑戦するとは……プロモーターにスポンサー、ジムはそうとうやきもきしただろう。


どういう風の吹き回しだ?


俺はドクターの診察を受けて会場に戻ってきた。


ちょうど試合が始まるな……。






……


「あ~あ。佐竹……引退するかもな」


客のその声に俺も同感だ。


それだけ一方的だ。


そしてイヤらしい。


「ふっ!はっ!」


「シッ!シュッ!」


相手がワンツーをしたならワンツーを、コンビネーションをみせたなら同じコンビネーションを輝貴は『相手よりもクオリティー高く』やってみせた。


『あなたにできることを僕はもっとハイレベルにできる』 


と言わんばかりに。


おなじことをやってくるとわかっても避けられない。

そして自分の攻撃は当たらない。


相手の心を十分傷つけた上で惚れ惚れするようなアッパーカット。


輝貴は4ラウンドで日本チャンピオンになった。


賞状とベルトが授与される。


ベルトは悔しいが輝貴によく似合っていた。


『え~。ありがとうございました。次の挑戦者は一位の選手だとして……その次は黒木さんがきてくれると嬉しいですね』



会場がオオッと沸いた。


なるほどね。


読めたぞ魂胆が。

わざわざ日本タイトルに手を出したのは俺を潰すためか。


確かに東洋や世界に比べたら日本タイトルは遥かに近いところにある。


『まあ黒木さんが日本ランクに入ってくれないと意味ないけど。二回目のタイトルマッチは黒木さんか黒木さんに勝った人とやります。それでタイトル返上。世界へ行きます。十代のうちにベルトとりたいんで』


よくできた筋書きだ。


俺が上がってきたら叩き潰し、上がってこれなかったら『所詮黒木さんはこんなもん』とさっさと世界へ行けば『芦屋は黒木より遥かに格上。黒木は芦屋と戦う資格さえなし』となる。


最初の防衛戦は既に勝つつもりでいきなり逆指名。


色んな人たちをバカにしてるぞ。


くそっ!むかついたー!


俺は会長やジムメイトの言うこともきかずリングに上がってマイクを持った。


(まるでプロレスだな……)と誰かがつぶやいた。


「黒木さん!最近メディアに露出して調子にのってるみたいですが……それとボクシングが関係ないことぐらいわかりますよね?……いい加減目障りなんですよ」


「ああ。そうだな。俺が強いのは俺が俺だからだ。目障りなら仰向けにダウンさせてやる。それなら俺の顔は見えない」


「いいぞロッキー!」


大ロッキーコール。


そのコールのなかヒゲを伸ばした長髪の男がリングインしてきた。


(おい……佐渡だよ。元日本チャンピオンの……)


佐渡剛。


確か日本ランク五位……

 

佐渡の登場は予想外だったので俺も輝貴も面食らった。


「お邪魔して失礼。実においしい話を聞いたもので……是非黒木君とやらしてくれ。そして芦屋君からベルトを奪いたい。ベルトが僕に巻かれたがってる気がするんだよね。僕は黒木君の弱点も芦屋君の弱点も知っているし」


今度は大『佐渡』コール。


しかし黒木君かぁ。

君付けは久しぶりだ。


佐渡は一つ上だったな。


「受けてくれるね?黒木君。チャンピオン?」


「僕はどっちでもいいですけどね。格下の試合なんか興味ないから勝手にやってくださいよ」


リングをおりる芦屋に『テルタカ』コール。


口は悪いがそれだけの実力がある輝貴のファンも多い。


リングに残されたのは俺と佐渡。


佐渡が握手を求めてきたので俺はそれに応じた。


「あんだよ気持ち悪い」


ハグしてきた。


(演技派だな黒木君。漫画通りだ)


そう言って佐渡は離れた。


「……お前」


『バレてる』


こいつはマジで俺の弱点を……?


俺は肩を落としながら。


佐渡はファンに手を振りながら悠々とリングを下りた。



……   


×月○日


セミファイナル


次期挑戦者決定戦。


『佐渡剛』(ウォリアー)ライト級五位対『黒木零士』(御手洗)


メーンイベント



日本ライト級チャンピオン

『芦屋輝貴』(帝勝)対『小森達也』(馬場)同級一位。



……




(ロッキーだ)


(ロッキー彼女いたんだー)


(ロッキーだ!声かけちゃおうかなー?)


(やめとけよこえーよ)


イチコと街を歩いているとヒソヒソそんな声が聞こえてきた。


「零士さん。すっかり有名人だね」


「こうなると否定できないね」


「私なんかより芸能人の女の人のがいいんじゃない?」


「そんなことないさ!」


「セックスできない女なのに?」 

 

「俺だってそうだよ。そうじゃなくて。俺が大事にしているのは心の繋がりというか……」


「心は元奥さんにあるくせに」


「……それは言わない」


「お約束だったね。ごめん。ここでいいよ。またね」 

俺は駅に歩き出したイチコの肩を掴んで振り向かせてキスをした。


「……ビックリした」


「俺も……ただ、こうしてわかれるのが今日は正解だと思ったから……自信をもって君を愛してると言えないが君を大事に思っていることはわかって欲しかったんだ……ん?」


今度はイチコに軽くキスをされた。


「そんなの知ってる」


「自信満々だね」


「私週刊誌に乗っちゃうかな?ロッキーの恋人って」


「そうなったらどうする?」


「二人で考えよう。裸になって」


俺たちは笑いあい、それで別れた。






……





『演技派だな』






ひとりになると佐渡のその言葉が頭の中でリピート再生されてたまらなかった。



「アイツは気づいてる……ちくしょう!」


俺は不安を打ち消すため走った。


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