第9話デビュー

「ワシは芦屋輝貴をうちのジムに欲しいったがありゃー撤回だーね」


ロードワークを終えてジムに戻ると会長が珍しくパソコンのモニターをみながら怒っていた。


「なんだ?エロサイトか?ここから先は有料か?」


「おみゃーよ!芦屋が今どうなっとるかしらんだに?このブログをみるだーよ!」


「ブログぅ?」


そういえば迂闊だった。

ボクシングに夢中になりすぎて目標である輝貴の情報収集を怠っていた。

ブログ?

ブログなんてやってんのかあいつ?


『芦屋輝貴の今日も明日もKO日和』


ふざけたブログのタイトルだ。

なになに?


タイトル『家族団らん!』


「……」


『今日は家族三人でピクニックなんかしてきちゃいました。母も幸せそうだし僕ももちろん。やっと本当のお父さんに出会えた気がします。今まで味わえなかった家族の幸せ……そんななにかを実感した』


「……このやろう!」


遠まわしな俺に対するイヤミか!?

悪かったなぁ!

俺はお父さん失格で!


「そこじゃないみゃー!ここ!」


タイトル『青春は一度きり!』


『プロの件ですがしばらく検討期間というか……一度しかない青春を謳歌したいと思ってます。去年一年はボクシング三昧だったし……遊ぶとき遊んでおかないとレールにのったつまらない人生歩みそうで……またそういう人ほどレールからはずれると弱いんですよね(笑)無駄にプライド高くてキレやすい(笑)しばらく青春したらB級テスト受けます!その前に期末テストかな?なんてね♪』


「……脳みそが腐りそうになるな」


これはハッキリ俺に対するイヤミだろ。


「にゃー?ボクシングを舐め腐っとるだね!」


『テルきゅん!それがいいよ!テルきゅんにはつまらない人生歩んで欲しくない!わたしはずーっとテルきゅんの味方だよ!テルきゅんだーいすき♪』


ブログのコメントもなんか気持ち悪い。

モテるだろうとは思っていたが輝貴にはすでにかなりの女性ファンがいるようだ。


B級テストを軽く受かるつもりかよ?

こちとらC級のデビュー戦前なのにムカつくな。


「でもチャンスだろ?」


俺が早い段階でB級に上がればB級同士で試合がくまれる可能性が出てきた。


「どうかみゃー?芦屋ほど期待された大手ジム所属のボクサーは無名のボクサーとはマッチアップされんだろにー」


「現実か……」


プロモーター的にも逸材は課題性のある相手と派手にやらせたいもんな。

輝貴にはすでにスポンサーもつく予定らしい。

大手スポーツドリンクメーカーだ。


超期待のボクサーを無名の中年ボクサーとやらしてもなぁ……自分でむなしくなってきた。

名をあげたいな……


「そんなことよりおみゃーのデビューの相手が決まっただにー」


「えっ!?……だ、だれだ?」


いよいよか。


「カメダコウキ」


「カメダコウキ!はぁっ!?」


「心配しなくても同姓同名だに。亀多浩基。和田ボクシングスクール。19歳、芸人」


「……芸人?」


「それがみゃー……」






……



『クロキーレイージー!』



「おっさんがんばれよー!」


「おっさん1ラウンドはたえろよー!」


……と、俺よりおっさんが応援(?)してくれている。

どうやら俺のファンはこいらだけのようだ。

寂しいデビュー戦になったな。


『カメダーコーウーキー』


俺の時とは桁違いの声援。


旬の人気芸人だけあるじゃないか。


181センチ。


ハンサム。


人気お笑いコンビ『ユニコーン』のツッコミ担当。




……




(カメダコウキはテレビのバラエティー番組でプロボクサーになる企画をやってるだね。元バレーボールジュニア代表。運動神経抜群。元世界チャンピオンと現役世界チャンピオンがつきっきりでトレーニングしたから油断は禁物だに)






……




俺とカメダコウキはリング上で向かい合った。

身長差はちょうど10センチか?

減量辛かったろう?


うわ……そりゃそうだけどテレビカメラ入ってる。





……





(要するにおみゃーはかませ犬みゃー。30代でまぐれでプロテストに受かったおっちゃんだと思ってる。番組の筋書きとしては絶対勝てる相手とカメダコウキを戦わせて勝利させ、カメダコウキプロボクサーの道完結と……カメダコウキは芸人の世界に戻りボクシングも強いハンサム芸人として売り出される。ユニコーン自体はおもしろくも何ともない一発やだけどねー) 







……





「わりっ。おっさん。踏み台にさせてもらうわ」


「……やってみろ」


動画でこいつの出演したテレビ番組をみたが……普段の爽やか兄さんのイメージとは違うな。


「俺はおっさんに勝って芸能界でも勝つ」


「だからやってみろよ。お前なんか芸能界で生き残れるかよ。ネタはつまんねえ替え歌だけのくせに」


「……痛い目みせてやる」


「俺がな」


グローブを合わせて自分のコーナーに戻った。


ボクシングを両天秤でやってる奴に負けたくない。


「いいか!リーチの差は明らかだね!なんとしても懐に潜り込め!ダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!」


「ん!」


最悪なのはジャブで牽制されて近寄れないまま終わること……とにかく一発。


ガードの上からでもいい。


叩いてリズムをつくりたい。


開幕だ。


開幕勝負だ。


『ラウンド1』


「……」


「……」


カーン……ゴングがなった。


……と思ったらすぐにまだゴングがなった。



カンカンカンカン……


客もカメラマンも呆然としていた。






……






「いやすごかったですね!」


「これは予想していなかっただにー。炎のダッシュ!タツマキノ右!」


「……飽きないねぇ」


動画サイトで俺のデビュー戦の映像を見る箱崎と会長。


この動画の再生回数は二百万を超えたそうだ。

動画タイトルは『プロボクサー芸人カメダコウキ。デビュー戦でおっさんに爆死させられるwww』


「もう一度みーよーう」


「……やめろよ」






……





カーン。



ゴングがなる。


猛烈なダッシュで一気に距離を詰めた俺。


面食らって一瞬固まったカメダコウキの顔面にダッシュの勢いをそのままのせた右のスクリューブローがカメダコウキの高い鼻を潰した。


前のめりに膝を突いて倒れたカメダコウキ。


俺のデビュー戦は1ラウンド僅か10秒未満で幕を閉じた。


この試合をきっかけに俺はカメダコウキのサクセスストーリーを潰した中年新人ボクサーとして名をあげることになった。


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