第6話ひろいもん

「……んあ?」


起きた。


布団?


リングの上?


会長からの置き手紙があった。


どうやら俺は小田に失神させられ、そのまま眠りこけてしまったらしい。

電池切れだな。


手紙の横におにぎりとスポーツドリンクがあったので一気に食べた。


薄暗いジムに1人リングの上でおにぎり……シュールだな。


これを食べたら……体は鉛のように重いし、あちこち痛いがジムの掃除をしなければ。

それが住み込みの条件だからな……あと一つあったな。


俺はポケットに入っていたスクラッチくじを爪で削った。

ハズレだった。

そりゃそうだ。


『1日一枚くじを買うこと』


会長の出した訳の分からない宿題の一つだ。


「おいててて……」


ノルマの腕立て腹筋スクワットをしてからモップをもって掃除し始めた。


「ギャンブルだな。本当」


ムチャし過ぎだ。


もしケガでもしたらプロテストどころじゃない。


そうなったら輝貴の背中に一生追いつけなくなる。


「……終わりと」


掃除用具をしまってバスタオルと毛布を持ってシャワー室に向かった。


シャワーを浴び、雑に体と髪を拭いてそのままシャワー室で毛布にくるまって寝た。


もう本当に指一本動かせないほど疲れてる。


あー……歯磨きしてない。


頭を洗うのが面倒だから髪を短くしよう。


そのあたりで落ちた。


多分自分史上最速で眠りに落ちた。


あの日以来俺は輝貴を殴れなかった悪夢を見続けていたのだが……この日は疲れすぎて夢すら見なかった。



ボクシング……悪くないな。





……



ひどい筋肉痛で目が覚めた。

翌日筋肉痛とは俺もまだ若いな。


……いや、シャレにならない。






……


「ストーップ!」


「……ぶはぁ!」


この日の朝はパンチの基本の他に縄跳びをした。

縄跳びは足よりも二の腕にクルことがわかった。


「それでは今日もいってらっさいみゃー」


「あい……よ」


会長がストレッチしてくれたおかげで少し楽になったが走れるだろうか?


いや


走らねば。






……



「ふっ……ふっ……ふっ……ハアハアハア……ふっ……ふっ……ゼエゼエゼエ」


学んだことは2つ。


呼吸はリズムよく。


そして、とばしすぎて途中で歩きになるより歩くようなゆっくりなスピードで長く走った方がよい。


それでも地獄には変わりはないが……あれ?


急に呼吸が整って頭がもや~っとしたかと思ったらスキッとして足取りが軽くなった。


止まるのがもったいない。


俺は走るスピードをあげ、途中のシャドーをあきらめて、そのままゴールまでなんとノンストップでたどり着いた。


「……あれ?」


立ち止まって落ち着くと疲れがドッとでて結局俺は杖をついてジムまで帰った。





……





「ランナーズハイですね。すごいですね。もうその段階ですか?」


「ほう」


ジムで箱崎に先ほどのことを話すとそう教えてくれた。


脳はあまりにも苦痛を感じると苦痛から逃れるため苦痛を快楽と勘違いするらしい。


人間の脳はよくできている。


「脳内麻薬状態ともいうんですけどね。脳質って言葉も変ですがハイ状態になりやすい脳質の人は辛いトレーニングも乗り越えやすいんです」


「ふーん」


肉体的な才能はともかく。


俺の脳みそは案外アスリート向きだったようだ。

……部活とかやっておけばよかったかな。


「今日は早くかえってこれたからストレッチしましょう。体中痛いでしょう?黒木さんは少し体が硬いし。一流のアスリートで体が硬い人はいません」


「ん……そうなんだろが……」


できればこいつとはあまり練習したくない。


俺は勘がいいので多分当たっていると思うが……箱崎は多分ホモだ。

ボディタッチが多い。






……


「シャドーは三種類あるだね。持論だけどね」


「昨日もきいた」


「そうだったかみゃー?」


会長の言う三種類のシャドー。


『鏡を見てとにかく型を確かめ調整するシャドー』


『戦う相手を想定してのシャドー』


『ロボット相手にするシャドー』……これはよく分からない。


「ロボットは光より速く地球を破壊するほどのパンチ力。機械だから寸分のくるいもない。そんな相手を想定して戦うんよー」


「脳内とはいえそんな奴に負けつづけたら嫌になるだろ?」


「みんなそう言うだがね。しないだね」


会長は少し寂しそうにした。


……わかったよ。


ロボット相手のシャドーもやるよ。


俺はまず基本のシャドーを始めた。


小田のシャドーを見ながら……。


「なんか視線がこわいす。やめてほしいす。昨日のことは謝ったじゃないすか」


「……気にするな」


「……気になるす」






……


ウェイトトレーニングをしていると小田が他のジムからやってきた練習生とスパーリングを始めた。


「零士。少し休んでスパーリングみるだーね」


願ってもない。


「んふっ!……んふっ!」


「…んふっ!うぐっ」


小田が押している。


相手は格下か?


「……」


ABCD……俺は小田の攻撃パターンを覚えていた。

相手がこうしたとき小田はこうする。

全て覚えるつもりだった。


「あーあ……」


相手が追いつめられた。


「……ふっす!」


「んあっ!」


小田はゴンゴンと左のジャブを当てていきなり強い右のストレートを打った。

ガードが割れた。

焦った相手は苦し紛れの右を……


「……」


……打ったがそれをギリギリのタイミングでかわしアゴに左のショートアッパー。


これで相手はダウンした。



「……あれだな?昨日俺がノックアウトされたのは?」


「おっ?気づいただね?」


「シャドーに戻るよ」


俺は『相手を想定してのシャドー』を始めた。


相手はもちろん小田だ。


こうしたらこうする……そしたらこう……ダメだ。

今の俺の力じゃ……ならこう……よけられた……ちくしょう!


「ネガティブなシャドーだみゃー」


「……話しかけるな」


「でもいいシャドーだね。失敗を想定し、克服のための策を講じて己を高め成功のイメージに近づけようとする」


俺は無視して脳内での小田とのシャドーを続けた。


全てKOされた。





……



「んふっ!」


「らあっ!」


それから一週間後の小田とのスパーリング。


やはり俺のパンチはヌルヌルと避けられる。

イメージに俺のポテンシャルが追いつかなくてもどかしい。

けれども成長もある。

何百に一回。

『パンチをガード』させた。

今までかわされるかいなされるかだったのでこれは成長だ。

ガードの上からでもパンチを当てるとリズムに乗れると学んだ。


「ほっ!……あれ?」


Dパターン!俺は右フックを屈んでよけて後ろに飛んだ。


「ようし!」


Dパターンクリア!


「ぬうっ!」


「お……あ……」


初めてパンチをかわされカッとなったのだろう。

小田は鋭いステップで一気に距離を縮め、油断した俺のわき腹にショートフックを放った。


「ああ!すんませんす!」


たえらんねぇ。


俺は仰向けになって痛みに悶えた。


「……Jパターンだ」


「J?……なんすか?」


「次はねえぞ……うぷっ!」


収穫ありだ。



俺はリングをおりて便所で吐いた。


「大丈夫かー?」


個室から話しかけられた。


「会長か?大丈夫……だ」


「そかー。ワシはいいひろいもんしたみゃー」


いいひろいもん?


まさか俺のことか?


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