第3話御手洗ジム
一週間以上かけて色々な場所で全財産を下ろしバッグにつめて俺は銀行から街にでた。
人の視線が恐ろしくなってしまった俺はサングラスをかけている。
それでも通り過ぎる人皆が俺を笑っているように思えてならなかった。
「……潮時かな」
自殺しよう。
金を下ろした理由はただ一つ。
一文たりともあいつらに渡したくないから。
俺が死んだあと何らかの形であいつらに金がいったら嫌だ。
遺書を残しても弁護士を雇っていくらかはあいつらの元にいくかもしれない。
嫌だ。
結婚式に生活費に養育費。
苦しむだけ苦しめばいいんだ。
どうしてやろうか?この金?
……
「……あのガキ?」
「……あっ!」
向こうも俺に気がついたようだ。
飲み屋街で俺はあの時の売買女と再会した。
ガキは走って逃げる。
そうだ!いいことをおもいついた。
「ちょっ!やめてよ!悪かったから!許しててば!」
「落ち着け!」
全力でガキを追いかけ首に腕を回して口を抑えて捕まえた。
今度こそ通報されたら逮捕だろうな。
「一ノ瀬にこ……まだ高一かよ」
もみ合っているときに生徒手帳を落としたようだ。
ガキの名前は一ノ瀬にこというらしい。
どういうネーミングセンスしてるんだ?
親は?
まあ売買女の親なんてろくでもないだろう。
「これをお前にやる」
「んご……んごごー!?」
バッグの中身は大金。
にこは目を見開いた。
「病気の妹がいるんだろ?病院代の足しにしてくれや。じゃあな」
無理やりバッグを渡しガキから離れた。
スッキリした。
金はあの世に持っていけない。
でもあいつらにわたすのは嫌だ。
街のろくでもない嘘つき女に全財産くれてやった。
愉快なり痛快なり。
「おじさん頭おかしいの?」
「そうだな。これ以上ないくらい」
「いきなりこんな大金渡されても困るよ」
「捨てようと思ってたんだ。遠慮なく使えよ」
「……ちょっときて」
「……おい。なんだ?」
にこに無理やり腕をひかれて古ぼけた建物の中に連れてこられた。
……
そこはバーだった。
多分。
酒瓶はほとんど空のものばかりでバーカウンターの向こうの床でトドのようなババアが寝ているが、おそらくここはバーだ。
「そいつお母さん」
「あっそ」
やはりろくでもない親だった。
なんの驚きもない。
にこは俺を座らせウイスキーを注いだグラスをカウンターに置いた。
俺はそいつを一息で飲み干した。
胃がカッと熱くなった。
「ねえ」
「ん?」
「あなたのことを話してよ」
「なんで?」
「知りたいのよ」
「……」
死ぬ前に俺のつまらない人生を誰かに聞いてもらうのも悪くないか。
俺は包み隠さず話した。
……
「おじさんかわいそう」
にこは俺が話し終わると間髪入れずそう言った。
かわいそう?
馬鹿にされて笑われた方がましだ。
「おじさんは……あっ、零士ってよんでいい?零士は大切な人をみんな失っちゃったんだね」
「身から出た錆だ」
「鯖?わかんないけど零士は再婚とか考えないの?」
身から出た錆もわからないのか?勉強しろ学生。
「できない。俺はもう誰も好きになれない」
これから死ぬのだから。
「絶対に?誰とも?」
にこが今度はグラスに並々ウイスキーを注いだので俺はまた一息に飲み干した。
「そんな飲み方したら死んじゃうよ?」
「いいんだ」
「視線がこわいから?」
「ああ。人類全員が失明すればいいと思うほど。俺は帰るぞ」
にこは俺を引き止めなかった。
俺は大分酔っていたので消え際に俺なりに格好つけてみた。
「にこ。強く生きろよ。どんなときでも自分を信じるんだ。希望を捨てるな。人生いきなり幸運がやってくることもある。今日お前が大金を手にしたように。辛くても後ろを振り返るな。キツくても前に進め!キープ・ムービング・フォワード!」
心で笑った。
どの口がそれを言う?
ギャグだ。
最高のジョークだ!
俺は自殺するというのに!
「……はあ?キモいんですけど?」
「俺は家族を失った。空いた席にお前とそのトドを座らせてやってもいいぞ。ハッ!ハッ!ハッ!」
「……最低」
にこは顔を真っ赤にして激怒した。
それでいい。
同情されるならとことん蔑まれるほうがいい。
「じゃあな」
「零士!」
「ん?……うお!」
酒瓶が飛んできて壁に当たって割れた。
「死ねっ!」
「ウィ・マダーム」
お望み通り。
俺は死に場所を探すためにバーを出た。
……
金を渡してとうとう俺の持ち物はネクタイ一つになった。
佐和子が結婚記念日にくれたものだ。
一年前は……死ぬなんて思ってなかったな。
このネクタイで首を吊る。
嫌な奴だ俺は。
このネクタイで死ぬことで佐和子に『俺が死ぬのはお前のせいだ』とメッセージを遺そうとしている。
「……いいなぁ。ここ」
寂れた木造のビルが目に入ったので侵入した。
うっすら小便の臭いのするのがいい。
俺の死に場所って感じだ。
階段を上った。
どうせなら一番上のフロアで死ぬか。
『プロボクシング協会所属御手洗ジム』
へえ……元はボクシングジムだったのか。
小便臭いビルに御手洗ジムか。
ウケるね。
扉は開いていた。
ドラマで見たようなボクシングのトレーニングマシンたちがそこにあった。
潰れたのは最近か?
「おっ?」
神棚の上にかなり大きなサイズの壁掛けテレビがある。
なんでこんな高級なもん……?
「……どうでもいいか」
踏み台もあるしちょうどいい高さにフックもある。
俺はネクタイを首とフックに結びつけた。
準備完了。
俺の死体はいつ発見されるのだろう?
警察もジムにサンドバックじゃなくて死体がぶら下がっていたら驚くだろうな。
目を閉じて人生を振り返った。
……やっぱり簡単に振り返れるつまらない人生だ。
回想が輝貴と佐和子のベッドシーンまでたどり着いたので俺は辛くなる前に死のうと踏み台を蹴ろうとした……その時だった。
「……誰だ!」
「そりゃーこっちの台詞だて……おみゃーさん。ワシのジムでなーにしとるん?」
ジムの入口に背の高い白髪の髪をポニーテールにした老人が立っていた。
「……」
「なーにしとるときーてんじゃて?」
「……自殺」
老人は左目に眼帯をしていた。
俺は子供の頃に児童館で読んだボクシング漫画のトレーナーを思い出した。
老人は俺と目が合うとこう言った。
「おみゃーさん。拳闘やらねーか?」
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