第2話墜ちるとこまで
俺は中学生のように荒れた。
酒を飲んで、煙草を吸い始め、上下黒のレザーで街を練り歩いた。
『おじさん。私未成年なんだよ?大きな声でおじさんに犯されたって叫んでやろうか?わかるでしょ?お金だしてよ。私には病気の妹がいて治療費がさあ~。ね?おーかーね!』
トラブルに巻き込まれることもあった。
真っ赤に髪を染めたケバい化粧をした15のガキに脅された。
俺は刑務所に入り檻の中で生きるのも悪くないなと思っていたし、自分で犯罪を犯す勇気もなかったのでこれ幸いと
『叫んでくれ。俺はどうなってもいい』
と言ったらガキは俺の予想もしないリアクションにたじろぎ『バカじゃねーの?クルクルパーかよこいつ』
と捨て台詞を残し逃げていった。
仕方がないので俺は自分で
『俺は……俺は中学生だか高校生だかわからねぇような女を抱いたぞ!レイプした!誰か俺を通報しやがれ!早く来いよ警察!この税金ドロボーが!』
と叫んだ。
レイプもできないインポのくせに。
あまりにも長いこと叫んだので誰かが通報したようだ。
俺は駆けつけた警察官にパトカーで連行された。
……
「私たちもね?暇じゃないんだよ?帰ってくれないかな?」
「……逮捕してくれよ」
予想に反して警察は俺に好意的(?)だった。
話をするともういいから帰れという。
「痴漢冤罪に強姦冤罪。多いんだあの辺はクソガキどもが。目に付いた男を脅して金を奪う。あんたも災難だったな」
「違う!俺は本当に……」
「……警察舐めんなって。それに被害者がいないじゃないか」
「……うっ」
俺より年下であろうこの男の迫力に怖じ気づいて何も言えなくなってしまった。
……消えてしまいたい。
「黒木零士……犯罪経歴無し。職歴も立派。第一あなた不能治療してるんだってね?どうやってレイプしたのさ?」
「……くうぅ」
そんなことまで調べることないじゃないか。
「何があったか知らんが自棄になって経歴に味噌つけるような真似するなよ。奥さんが迎えにきてるぜ?早くいってやんな」
「……え?」
佐和子が?
……
俺を待っていたのは佐和子と輝貴……そして見知らぬ貧乏くさいハゲた中年男だった。
「あの……零士さん?」
佐和子は俺を零士さんと呼んだ。
俺は勘が良すぎるのかもしれない。
この一言だけで佐和子は俺と別れるつもりだと思った。
もう『あなた』と呼ばれることはないのだ。
そして俺と離婚したあとこの中年男と……
「……もしもし?」
パニックを起こしそうになった所でタイミングよく携帯がなった。
俺は3人に遠慮なく電話にでてやった。
『もしもし?課長?』
後輩の時定だった。
「なんだ?」
『なんだじゃないですよ!急に辞表なんかだして!それにその喋り方……本当に課長なんですか!?』
時定は可愛がっていた高校からの後輩だ。
当然俺はこいつにも敬語を使っていたし心配するのも無理はない。
『俺、先輩に一生ついてくって言ったじゃないっすか!?』
「すまん。社長に俺の後釜はお前を推しておいた。Bプロジェクトの佐藤には負けるなよ。頑張れ。今までありがとう」
『せんぱ……』
「むんっ!」
俺はスマホを地面に叩きつけ、石で何度も叩いて破壊した。
「またせたな……それじゃあいこうぜ。俺に話があるんだろ?」
「……ええ」
佐和子と中年男は俺に怯えていたが輝貴は相変わらず無表情だった。
『僕を殴れなかったくせに物には強気ですね』
そう言われているようで腹が立った。
……
近くのファミレスの席に着くと俺はすぐに煙草に火をつけた。
禁煙席だが誰もなにもいわなかった。
まるで俺が透明人間かのように。
「この方……芦屋誠一さん。ハッキリ言いますと私はこの方と不倫関係にありました。私、この人と一緒になりたいんです……ごめんなさい。私と別れてください」
「そうか」
本当に俺はなにも知らなかったんだなぁ。
くそっ!
「……あぁっ」
俺は芦屋が差し出した名刺に煙草を押し付けた。
「芦屋さんはよ?この淫売がそこの息子とズッコンバッコンしてるのは知ってるのか?ん?」
俺は何を言っている?
俺はまだ佐和子を愛しているのに。
「……そのことは存じております。私は年のせいか『アッチ』の方面がめっきりなのでむしろ助かっていると思っています。私は佐和子の全てを受け入れて愛するつもりです」
「……てめぇ」
めっきりってもたまには勃起するんだろ?
俺への当て付けか!?
ちくしょうめ。
全てを受け入れて愛する?
……格好良すぎるじゃねぇか。
「もちろん黒木さんには納得していただけるだけの慰謝料をお支払いしますし……」
「……」
上の空だった。
俺は精力溢れる若い輝貴に佐和子の肉体を。
そして心はどこまでも冴えない中年男の芦屋に奪われたわけだ。
「最後にきかせてくれ。佐和子……俺の何が悪かった?」
「あなたは何も悪くない。とてもいい夫でした」
「答えになってない。俺の何が悪かったんだ?」
「悪いところなんて本当にない……『なにもなかった』だけで……」
「クソ女!」
「……キャッ!」
信じられないことに俺は佐和子の顔面を拳で殴ろうとしていた。
……が。
「……いてぇ?」
何が起きた?なぜ俺の頬が熱い?
輝貴が俺を見下ろしていた。
……カウンター?
「ごめんなさい。でもこれ以上母さんを侮辱するのは許せない。母さんを傷つけるのは許せない……皆さんお騒がせしてごめんなさい!ちょっとした親子喧嘩ですから!」
他の客へのフォローも忘れない。
輝貴は大人だった。
「……ふざけんなよバカども……特に佐和子。ガバマン女……性悪女……クソ女。一発ぐらい殴らせろよ」
「やめなさい!」
「……ひっ!殴らないで!」
俺は俺の半分しか生きていない少年の言葉にビビって懇願までしてしまった。
「……僕のことは殴れなかったのに母さんは殴れるのですか?あなたは最低です」
「輝貴!よしなさい!悪いのはこちらなんだ!黒木さんが怒るのは当然なんだ!謝りなさい!」
「……お父さん」
「……」
芦屋……もう輝貴って呼び捨てなんだ。
輝貴も芦屋に懐いているようだ。
仲良しだな。
お前ら二人とも……なんかカッコイいよ。
……
そのあと俺はうけとった離婚届けにサインと判を押し。
「金もなにもいらない。これは円満離婚なんだ。そのかわり……二度と俺にかかわらないでくれ」
街中で土下座してやった。
ざまあみやがれ。
お前たちは大悪人に見えただろうぜ。
なにも癒やされなかった。
皆が見てるぜ?
……皆が見てる?
誰を?
俺を?
惨めでダサくてどうしようもない俺を?
「……見るなぁ!」
俺は急に視線が恐ろしくなり、走り出した。
輝貴も……佐和子も追いかけてきてはくれなかった。
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