第8話プロテスト

「今から始まる」


『自信はあるのですか?』


「なくはない」


プロテスト当日。


俺は心を落ち着かせるためイチコに電話をかけた。

彼女との友人関係は今も続いている。


イチコといると癒されるし話をすると落ち着く。


「30以上は脳の検査をしないといけないんだ。全くじいさん扱いしないでほしいよな」


『……フフフ』


「おっと。さすがに時間だ。準備していってくる」


『頑張って』


「うん」






……



筆記テストはある意味小馬鹿にされたような……まともに生きてちゃんとボクシングを習っていれば当たり前のように解ける問題ばかりだった。


今はヘッドギアをつけてパイプ椅子に座り、実技テストの順番が回ってくるのを待っている。


「あの……」


「なんだ?」


垂れた眉に垂れた目尻。


なんとも優しそうな顔の男が声をかけてきた。


「失礼ですが結構……お年ですよね?」


「本当に失礼だな。31だからまあこのなかでは間違いなく最年長だろうな」


「私は田中といいます」


「黒木だ」


「少し私の話を聞いてもらっても?」


「ながら聞きでよければな」


俺はリングから視線を外さない。

……大丈夫だ。

俺はあいつらと比べても遜色ない。

いける。


「私は27で」


「……」


田中も受験者のなかじゃ若くないな。


「年下ばかりのなか黒木さんがいて助かりました」


そうかよ。


「ラーメン屋の店長だったんですよ私。でもボクサーの夢を諦めきれず店をたたんで……」


「逆だな」


「はい?」


「普通脱サラしてラーメン屋だよな」


「ハハハッ!そうですよねー!確かに逆だ!逆ですかぁ?ハハハッ!」


緊張しているんだな。


これで少しほぐれたならいいな。


「おっさんらよ。余裕あるじゃんよ?」


「うひゃ!」


「……」


「受かる気あるの?」


「そうそう。散々スパーで俺たちにボコられたくせに」


全員金髪坊主のチンピラにしかみえない三人組。


藤田と高野と那須。

一富士二鷹三なすび。


確かに俺はこいつらのジムにスパーリングにいき、この三人組に散々ボコられた。


「おっさんらが相手なら当たりだよなー」


「なー?」


「……」


田中はまた緊張してしまったらしい唇が青い。


「田中。気にするな。倒してしまえば結局いい思い出だ。」


「……は?」


「ちょい待ちよ!なんのジョーク?倒すって俺らを?」


「他にいるのか?先に謝っておこう。痛い思いさせてごめんな」


「てめぇ!」


『次!15番と16番』


「……はいっ!」


「うい」


俺の相手は藤田か。


「おっさんボコにしてやるよ」


「うるせえ糞蝿だな。ウンコ食ってろ」


「……殺す」


リングにあがる前に田中に声をかけた。


「田中文亮。サウスポー。パンチ力平均スピード中の上。それぐらいしかデータはないがそこの二人よりは間違いなく強い。自信をもて」


「……えっ?私のこと知ってたんですか?」


ボクシング経験の乏しい俺はそれをカバーするためジム巡りをして同階級のボクサーを観察し、時にスパーリングをしてデータ収集に努めた。

ちなみに藤田のデータはノート一冊ぶんはたっぷり頭に入ってる。

プロテストや試合で当たることを想定して一度も勝たなかったが今日は『俺の』スパーリングにつきあってもらおう。





……


「あれ?あれ?いてっ!」


脚を使い左ジャブで牽制して藤田を近寄らせない。

こいつはベタ足のパワーファイターだ。

俺のスピードについてこれないのは想定済みだ。


「ふぅわっ!」


右ストレート。


実技テストはどれだけ基本ができているかを見るらしい。

ワンツーとフットワークはアピールできた。


次はディフェンスだ。


「うらっ!くらぁっ!」


「どうした?ブンブンうるさいぞ糞蝿」


足を止めてパリングとスウェーで藤田のパンチを処理した。


「ぶへっ!」


「……やべ!」


調子に乗ってボディストレートを打ったら藤田はうずくまって動かなくなった。


おい立てよ!


こんな速く終わったら審査員の印象に残らないだろ!


やばい!


『速く終わりすぎたね。15番は残って17番と続けて。16番。お疲れ様でした』


「……マジ?」


よかった続けられる。


藤田がリングからおりて次に入ってきたのは……高野かよ。


「おっさんきたねぇぞ……実力隠してたな?」


「脳ある鷹は羽を隠すんだ」


「それは俺が言うべきセリフだろよ……」


「あっ……タカだからそうだな」


「……ちくしょう!」


いきなりラッシュを仕掛けてきた高野を俺はまた一分足らずでKOしてしまった。


……根性のない奴ら。






……



「お疲れ様でした」


「ああ」


出口で一緒になったのでなんとなく田中と帰ることになった。


「黒木さんのおっしゃるとおりでした」


「な?」


田中の相手は那須。


時間一杯使ったスパーだったがダウンも奪ったし誰の目から見ても田中が優勢だったのは明らかだった。


「よろしかったらおききしたいのですが……黒木さんはなぜボクシングを?」


「……さあね」


「あっ……変なこときいてごめんなさい。お互い受かってるといいですね」


「そうだな」






……


田中と別れたあと会長に電話報告し、すぐにイチコにも電話した。


「受かったと思う」


『本当ですか!?すごいです!』


「まだわからないけどね」


『受かってたら是非お祝いさせてください』


「いいね」


あとはとめどなくくだらない話をした。


「それじゃあまた」


『お疲れ様でした』


切れた。


『黒木さんはなぜボクシングを?』


田中の言葉がリフレインする。


怒りと憎しみで始めたボクシング……最近では純粋にボクシングを楽しんでしまっている気がする。


いいのかそれで?


俺から怒りと憎しみを消したら……これ以上は強くなれないんじゃないか?

それにイチコ。

イチコといると穏やかになりすぎる。


「……保留ってことで」






……



「もっかいみせてみるだねー」


「何回見るんだよ」


「あの自殺寸前のおみゃーがにゃー……感慨深いんだね」


「あんたらのおかげだ……ほら」


「おととと。投げたらだめだね」


俺は会長にライセンスを投げ渡した。







俺はプロボクサーになった。



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