第14話VS佐渡

昔『明日のシュン』というボクシング漫画があった。


俺が子供の頃二巻まででて作者急病でそのまま終わった漫画……。


『あの日』心が壊れた俺は『自分ではない人格』を求めていた。

今の自分でいたら精神が破壊されると思ったから。


俺が『演じる』ことにしたのは明日のシュンの『シュン』だった。


なぜシュンを選んだのかはわからない。


黒木零士は『シュン』になり、『私』は『俺』になった。


これも二重人格というのだろうか?


心が壊れないようシュンになりきることを選んだ俺が死のうとし、ボクシングを始めるとはなんたる皮肉か。


……それが佐渡にバレた。


恥ずかしさと怒りでどうにかなりそうだ。


「……ボーッとしてるじゃみゃーよ!」


「……会長?」


『ラーウンドワン!』


そうだ試合が始まる……俺に比べて佐渡は冷静そのものだ。


「自分のペース!自分のペースだね!」


「おう」


一気に決めてやる。


演技がバレたから何だ!?


ボクシングには関係ねーじゃねぇか。


ゴングがなる。


「うおーー!ら?」


「よろしく」


「……おう」


佐渡が両の拳をつきだしてきたので俺もつきだしてチョンと触れた。


よろしくお願いしますの挨拶みたいなものだ。


なんつーか。


いきなりペースを乱された。





……



「……れ?もう三ラウンド?」


「次で4!」


いつの間にやら第4ラウンド?


スパーをしている気分のまま時間が過ぎていく。


「いつまで相手のペースに乗っとるだね!?全ラウンド僅差だけど取られてる!判定なら負けだーよ!」


「わ……わかってる!」





……



(今までが運が良すぎたんだよ)


(佐渡は油断も慢心もない。こらぁだめか?ロッキー?)


会場の空気は妙に冷め切っている。


「……いってーな!」


「……」


確かに佐渡に慢心はない。

今までの対戦相手はどこか俺を『30過ぎの素人』『テレビにでて調子に乗ってる奴』と俺を舐めていたところがあった。


だが俺は基礎を繰り返し、死ぬほど走り、考え、同級の誰よりも練習してきたと自負するボクサーだ。

相手は自分のイメージとのギャップに戸惑い俺のペースに巻き込まれる……それが俺の勝ちパターンだった。


だが佐渡は……


「シッ!」


「くのぉ……」


長い手でのフリッカーぎみのジャブで牽制。


踏み込もうとすると下がりながらの右。


体重は乗っていないが地味に効く。


拳をブンブン振り回し、パンパン殴られ気がつけばラウンドが終わっている。


倒されるわけではない。


このまま判定になったら僅差で負けるだろう。


そして俺は試合をした実感のないまま……冗談よせや。


(ロッキーも本物と当たったらこんなもんか……)


観客うるさいっ!



……



「俺が甘かったわ……」


「喋るな!」


第六ラウンドインターバル。

本当に甘かった。


佐渡は精神的な揺さぶりなんかかけなくても俺より強い。

『精神的揺さぶりをかけなきゃ俺に勝てないと思っている弱虫』そうカテゴライズしてしまった俺のミスだ。

普段と逆のことをやられた。


冷静になろう。





……



基本基本基本……基礎基礎基礎!


『ロッキー!反撃か!?動きが良くなってきた!』


さすがにジャブが見えてきたぞ!


これなら懐に潜れる……そらっ!


「む?」


「ほいさぁっ!」


アッパーに次ぐフィニッシュ技のボディーブローだ!

やっと当たったぞ!

佐渡は亀になりだした。


「ぬらららら!」


ロッキー!ロッキー!ロッキー!


久しぶりのロッキーコールだ。

のりに乗って……なんだよ!


クリンチしてきた……しかたな……


「いってえ……」


「タイムストップ!黒木!コーナーへ!」


『どうしたのでしょう?』


『クリンチの際、佐渡の頭が黒木の目尻に当たりましたね。事故か故意か……』


事故じゃねぇ。


俺は見たぞ。


あいつ笑ってやがった。


『試合続行です!』


『判定は事故。減点にはなりませんね』



「……まじかよ!?」


丸損じゃねーか。


これでまた試合中ドクターストップがかかったら試合中の事故だから俺の負け。

判定でも負け。


『黒木。追い詰められた形になりました』


わかりきったことを言うな!


再開のゴングがなると俺は突っ込んだ。

ダッシュ力には自信がある。

歯を食いしばる。

ちょっとやそっとのパンチじゃ止まんねーぞ!



「おっととっと……危ないね」


「だー!」


またクリンチかよ。


ペースを掴めない。


ありゃあ……?


『黒木ダウーーン!』



……





「黒木ーー!」


「立ってー!黒木さーん!」


……ダウン?


ダウンしたのか俺は。


「シックス……セブン……エイト……」


「や……やれるやれる!」


慌てて立った。


血が目に入って頭はグラグラしてもう寝たいぐらいだけど。


「黒木!傷口をみてもらえ!」


「平気だって」


「いいから!」


「ヘイヘイ」


二度目のドクターチェック。


「さっきより開いてるなぁ……」


頼む。


ドクターストップはやめてくれ。


「様子をみるか……」


「ふぅ……」


助かった。


しかしあのやろう。


『サミング』か。


クリンチの時グローブで俺の傷をこすりやがった。

ドクターストップ狙いか!

おまけに離れ際耳にフックを打たれて三排気管がやられた。


試合再開と同時に第七ラウンドが終わった。






……




「頼むわ」


「まかせときだね!」


頼りになるわ会長。


止血はお手のものかい?


「佐渡に倒す強いパンチはない。一発当てさえすれば……」





……





……と思ったら。


『ワーン!ツー!スリー……』


こめかみをこするようなパンチでダウンを取られた。


しっかりしろい!


また佐渡をカテゴライズしてしまった。


佐渡は『倒せる』パンチもある。


元日本チャンピオンだぞ!?

格上だぞ!


くそっ!



カウント8まで休んで立ち上がったら再開と同時に佐渡が突進してきた。


嘘だろ!


さっきまでアウトボクサーだったのにインファイトもできる?……また俺はカテゴライズを!


『ラッシュラッシュラーーッシュ!佐渡!全盛期を思わせるラーーッシュ!』


ファントム、破壊王、ダーティハリー。


『全部本当』だ!


なんて臨機応変なボクサー。


亀になれ!ガードを固めろ!


『……あー!?』


「なんでだよ!」


『黒木!スタンディングダウンをとられました!もう後がない!』


「やれるから!」


『ここでゴング!佐渡のKO勝利が現実味を帯びてきました!』


やべ……やべーかも。


輝貴への扉が……しまっちまう。






……


(世界だ)


「芦屋がみえたな佐渡」


「俺ははじめっから世界を見てますよ会長」


(黒木……次のラウンドで終わらせる!)






……





(終わりか……)


輝貴は誰もいない控え室でモニターを見ながら拍手をした。


(頑張ったよ黒木さん。でもゲームオーバー。現実を知れ、おっさんよ。もう出しゃばるな)






……


「しゃべれんか!?」


黙ってくれ会長。


小田と会長が俺の体を氷のうで冷やしてくれている。


ありがたい。


俺は数秒寝た。


残り二ラウンド。


やるしかないよなぁ。


セコンドアウト。


敵地に乗り込む戦闘機に乗り込む気分。

帰りの燃料が積まれているかはわからない。


……ギャンブルだな。






……


「馬鹿か君は!?」


「自覚あり!」


全力だった。


全力で動いて全力で殴って全力でよけた。


『信じられない!黒木!今試合が始まったばかりのような猛烈なラーーッシュ!』


「ぶはぁ……ふぅ……」


「息が切れてきたな佐渡!」


『本当に三度ダウンしたのかわからなくなるほど猛烈だ!佐渡が仕留めるラウンドになると思いきや黒木が攻めるーー!』


「はぁっ……ううっ…を」


「ふむっ!ふむっ!ふむっ!」


息が切れてきた所にボディーが効いてきた!上もいけるか……な。


『黒木!佐渡の振り下ろしの右にダウン!立てないか……跳ね起きたぁ!?』


「休んでる暇はねーんだ!」

 

「カウント1で立つ!?……プロレスか……うおおっ!」


『黒木のリバーブローー!佐渡の体がくの字にまがりマウスピースを吐き出した! 』


ここでゴング。


燃料はまだ残っている。


吐いても吐いても走り込んでよかった……。





……


黒木を甘く見ていた。


黒木を見ていなかった。


芦屋を世界をみていた。


「馬鹿した!」


「パパー!」


「あなた!」


(さゆり……玲奈)


「負けられない」


「そうだ!佐渡!傷口を狙え……いや、判定なら勝ちだ!ファイナルラウンド逃げ切れー!」





……



「寝てるだね」


「寝てますね……」


「黒木の武器を見せつけられた」


「……武器って?」


「回復力よ。呆れるぐらい回復が早い。だからダメージを引きずらな……」


「んあ?寝てた?」


「よく寝れただね?」


「スッキリ」


マウスピースをくわえた。


さー……最後のギャンブルだ。


 

……





ロッキー!ロッキー!ロッキー!


『ファイナルラウンド!逃げる佐渡を黒木が追う!佐渡にはブーイングが起きています!』


「はーーー!んっ!」


あと一分!俺は限界まで息を吸った。


肺もほっぺもパンパンになる。


「んーー!」


『黒木の回転率がどんどんあがる!佐渡の攻撃をものともしないー!止まらない!止まらない!』


「調子に乗るな!」


「ん!」


「……うそ」


『信じられない!佐渡の打ち下ろしの右を左アッパーで迎撃!佐渡の右腕が跳ね上がるーー!』


「ぶはぁ!」


さすがに燃料切れ。


これがラスト一撃!


パ……


ゴンッ!!!


俺の右アッパーがクリーンヒットした。


……ここでゴングがなった。

最終ラウンドはゴングに救われない。




シーックス……セーーブン……


(……立てる)


立てば俺の判定勝ち……ロープを掴んだ。

このまま……立て。

立て俺。


(あなたー!)

(パパー!)


(立てた)


エーーイト……


(……黒木?)


黒木が鋭い目で見ている。


(そうか……『俺はここまでの人間か』……)


(あなたーー!)


(黒木……)


ロープを離した。


(もう……いいや)


佐渡はコーナーポストに寄りかかるようにリングに尻餅をついた。



……






『10!!ノッカウト!』


「……勝ち?」


『勝者黒木!』


「ふあぁぁ……」


「黒木ぃ!」


「黒木さーーん!」


会長と小田が倒れそうになった俺を支えてくれた。


「インタビューはなし!医務室直行!」


ロッキー!ロッキー!ロッキー!ロッキー!


聞こえてるよ……みんな



ロッキー!ロッキー!ロッキー!


『お聞きください!この大歓声!名勝負をプレゼントしてくれた佐渡選手にも拍手を!黒木!日本ランク五位の佐渡を破りチャンピオンへの挑戦権を得ましたー!』





……





「ここまでロッキーコールがきこえるよ会長」


「喋るな」


「……なーーんか気持ちがいいや」


「おみゃー。なーんかやわらかーくなっただね?」


「……そうか?」





●佐渡剛対○黒木零士

ファイナルラウンド三分ジャスト。

黒木零士KO勝ち。


7戦7勝7KO。







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