第17話闘い

「……」


イチコは一番前の席で見てくれて……いや、感じてくれている。

彼女がここにいてくれるのはありがたい。


「両者前へ」


「ふー……」


リングの中央で輝貴と向かい合う。

こんな日が本当にくるとは。

長かったような短かったような。


「1ラウンドです」


「やってみろ」


「勝てるとでも?」


「勝てるさ」


「無抵抗な僕を殴れなかったあなたが?」


「今日は殴る」


「無抵抗じゃありませんよ?」


「それでもだ」


グローブを合わせてコーナーに戻った。


異常な盛り上がりだ。


ロッキーコールと輝貴コールが交錯する。


「ラーウンドワーン……」


……


「ファイッ!」






……



「馬鹿かてめーは!?」


佐渡はトラックをコンビニに止めて車内テレビで中継をみていた。


「そこまで明日のシュンを真似することないだろ!?お前にノーガードカウンターなんかできるか!」



……




『おー!黒木!芦屋相手にノーガード戦法!これは芦屋選手も驚愕!そして警戒している!……どう思いますか?特別ゲストのAJさん?』


ゲストは現ライト級世界チャンピオンの『アレックス・ジュニア』通称AJ。


『黒木さんはすごいからだしてるね?ヘラクレスみたい。芦屋さんダビデ像。対照的。アウトボクサーとインファイター』


『えっと……AJさん?ノーガードについて……』


「なんだ同情してるのか!?打ってこい!お前は無抵抗な相手を殴れないのか!?俺とかわらないじゃないか!」


「ば……バカにするな!」


『芦屋がいったーー!』


歯を食いしばれ!目を閉じるな!


左からの右の大砲。


歯が削れる。


首の筋繊維がブチブチ音を立てた。


マウスピースが落ちた。


耐えた。


「どうした!これが1ラウンドKO男のパンチか!こんな中年一人倒せないか!?お前はよわい!もう一度こい!次はカウンターだぜ!」


「……嘘だろ」


輝貴は動揺している。


効いてないと思ってるか?


そんなことないよ。


視界はゆがんでるし、足は震えるし口の中は鉄の味がする。

今すぐ気絶したいよ。


『黒木さん。クレバー』


『どういうことでしょう?』


『芦屋さん今まで最初のクリーンヒットでみんな倒した。黒木さんわざとうけた。芦屋さんの自信を殺すため。芦屋さんまだわかい。黒木さん本当にきいてない思ってる。黒木さん本当は倒れそう。押せばいけるよ』


『な……なるほど!』


1ラウンドは輝貴のジャブをグローブと額で受けてなんとか乗り切った。


観客が沸いた。


輝貴がはじめて1ラウンドKOに失敗した。



……





「1ラウンドからむちゃして!」


会長がふくらはぎをもんでくれた。

ありがとう。

次のラウンドもやれそうだ。


「次の目標は奴の顔面にクリーンヒットだ」


難しいのはわかってる。


プロ、アマふくめて輝貴は顔面にパンチをもらったことがない。


「やるだけやってみらぁ……」


バケツにうがいした水を吐き出した。


歯が二本ぬけてたことに気がついた。



……




第4ラウンド。


ここまで差があるとは思わなかったよ。


輝貴のジャブをかいくぐってボディ……すらも当たらない。


もっとだ。


もっと一瞬で距離を縮めなければ。


『一方的な展開になってきました』


『輝貴さん作戦かえた。獲物が弱るまでまつヒョウのよう。ジャブ。ストレート。どれもよく当たる。このままじゃ黒木さん倒れる』


『芦屋をヒョウにたとえましたか?さしずめ今の黒木はバッファローですか?』


『ノー』


『ではイノシシ?』


『黒木さん。ライオン。とても雄々しく……ストロング』



『ライオ……ストレート!黒木効いたー!腰が落ちた。ガードをさらに固める!芦屋チャンス!ラッシュをかける!』


『それはとてもデンジャー!』


『あーー!』


……





俺はガードを固めながら少しずつ腰を落としていった。

力を右足にこめる。


輝貴がラッシュを仕掛けてきた。


らしくないがむしゃらなラッシュ。


よほど俺を倒したいらしい。


単調になってきてるぜ?


右ストレートをかわして足にためた力を爆発させ一気に接近した。







……


「う……」


『黒木の左ボディが芦屋にヒットー!この試合はじめて有効打を取りました!』


『最初から黒木さんねらてたね!excellent!』


すぐに長い腕で押し返されたが収穫あり!

懐に潜り込めた!

でもこの手は二度と通じないな……おっ?


「……」


見逃さなかったぞ。


輝貴。

今腹をさすったな?


ここでゴングがなった。






……



「……嘘だろ?」


黒木のボディはクリーンヒットしてなかった。

腰骨のあたりに当たっただけだ。

それでも拳のあとがしっかりついているし、衝撃はボディまでしっかり届いた。


「会長!次のラウンドは!?」


「5!」


……嘘だろ。


素人に毛が生えたような中年にここまで手こずるとは。


僕の……僕のこれまでの努力と経歴に泥を塗られたのと同じだ。





……



『第8ラウンド終盤!ロッキーコールが輝貴コールを上回った気がします!しかし黒木!タフだ!タフすぎる!』


ボディが効いたのだろう。


輝貴のハンドスピードが僅かに落ちた。


相変わらずボカスカパンチをくらっているがたまに近づいてボディがヒットするようになった。


『シンネン……シンネンです。シンネンで強くなれるボクサーかぎられる。つまり黒木さん選ばれシボクサー』


「ふうっ!ふあっ!」


「おふっ!おあー!」


『ボディ攻撃で芦屋がコーナーに追い詰められたー!ボディが当たる!』


『モンスターパンチだ!黒木さんボディフック打つときフェイントしてる』


『フェイント?』


『芦屋さんプライドたかーい。顔絶対打たれたくない。黒木さんアッパーのフェイントちらつかせて芦屋ガードあげたあとボディうってる。芦屋きづいてるけどプライド邪魔してガードしない』


「舐めるなー!」


「やべっ!」


さすがのテクニックだ。


クルリと体を入れ替えられて今度は俺が逆にコーナーに追い詰められた。

輝貴は長い腕で俺のでこを押したり、両腕を広げてコーナーから脱出させまいとした。


……けどな。


「お前の腕一本に吹っ飛ばされてた俺じゃねぇぞ!」


『でましたー!佐渡戦で見せたパンチにパンチを合わせる妙技!吹っ飛ばされたのは芦屋の右!パワーは完全に黒木が上!』


「おかえり!コーナーへ!しばらくそこにいろ!」


「きさまぁ!」


再びコーナーに輝貴を追い詰めた俺は何ダースもボディを打って打ちまくった。


『黒木さんハードパンチャー。なのにカウンターの目もいい……芦屋おどろきだね』


『AJさん。いつの間にか芦屋を呼び捨てに……?ゴング!第8ラウンド終了!この試合!はじめて黒木がラウンドを取った!』



「だっしゃあ!」


俺は吼えてコーナーへ戻った。


気絶したいのは相変わらずだったが。





「……輝貴」


佐和子が中学生の輝貴に『男』を求めてきたときはどうしていいかわからなかった。


佐和子は不幸体質だ。


一人目の夫は自殺し、二人目も覚醒剤で暴走して死んだ。


佐和子は悲しいことがある度に輝貴にセックスを求めた。


輝貴は佐和子に捨てられるのを恐れ必死にそれにこたえた。


嫌で仕方がなかった。


「はじめまして私は黒木零士と申します。君のお父さんになる。よろしくお願いします輝貴くん」


佐和子の三人目の夫。


零士は輝貴にとって救世主だと思った。


真面目に働き生活費を入れ、佐和子の性欲も満たしてくれた。

はじめて父親と呼べる存在が現れたと喜んだ。


輝貴は零士を父親と認めようと努力したがどうにも照れくさくギクシャクした。


零士から声をかけてくれてるのを待っていた。


だが。


「私は君の父親にはなれません。年が近すぎるからね。お互いお互いを置物だと思いましょう。大丈夫。君がちゃんと大人になるまでお金はだしてあげるから」


零士は輝貴の父親になることを拒んだ。


その後零士はインポテンツになり佐和子は性欲を満たすため芦屋と不倫の関係になった。

芦屋も「立ち」が悪かったが零士よりはマシだった。


佐和子は黒木と別れ芦屋と再婚することを決め、これが最後だと輝貴を求めた。


……それを零士に見られた。


だが今、輝貴は幸せだった。


佐和子は輝貴を求めなくなり、芦屋は輝貴を受け入れ、輝貴もまた芦屋を父親と受け入れた。

やっと普通の家族を手に入れた。


そんな輝貴の前に再び零士が現れた。


目障りだった。


こいつがいるかぎり僕は……


輝貴は過去を殺すため、黒木も殺すつもりいた。





……



スポーツバー『Rocky』。


黒木に貰った金で営業している小さな店である。


店内には黒木のブロマイド。

記事の切り抜き、等身大パネル……。


店内の客は皆テレビの試合に夢中である。


(いつか直接あってお礼がしたいな……ロッキー……)


「今日はロッキーを一番応援したひとはお勘定タダだよー!」


にこの母親零子が叫ぶと店内は大ロッキーコールに包まれた。



『ロッキー!ロッキー!ロッキー!』


「ほら!あんたは働く!」


「はーい!ママ!」


従業員は零子とにこだけ。


忙しくても試合からは目が離せない。


試合は第10ラウンドに突入しようとしていた。



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零士 スタコーン @konh

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