重奏するわたし

ミステリーの焦点となる「自殺の理由」には、SF的な設定をうまく活かしたやりきれなさがあって感心しました。

自己の多重性をテクノロジーによって外部化したような二人のわたし。引用符に挟まれたわたしたちの対話は何気ない日常的なものであっても深淵を覗くようなスリルがあります。

中でも意識を失い抜け殻となった“わたし”の解説部分が面白かったです。チューリングテストはいわゆる人間らしさを検証するものですが、ここで問われている「意識」の有無を測れるようなものではないでしょう。日常生活にも支障を来さないので不便もなく、問われればその状態を幸せだとも応じる。

これを読者である僕は障害とも欠落だとも思いませんでした。作中にあるようにむしろそれは宗教的な悟りに近いものかもしれない。ともあれ魂を失ったとも呼ばれるその状態はダイアログAIである‘わたし’にとって(普通の人間にとっても?)理解を拒むものであることは間違いなさそうです。

もうひとつダイアログAIが法人格を得るといった部分も個人的には見所でした。社会福祉法人とか非営利法人など人間でないものに人格を仮想的に与える制度は一般的ですが、AIにもそれが適用される未来の制度にも説得力を感じました。

ひとりの少女の極めて個人的な事故の顛末がSF的なアイデアによって、人間とテクノロジーとの関係を示唆する味わい深い作品となっています。すでに多くの評価が寄せられていますが、恥ずかしながら、ここに新たな駄文をひとつ付け加えさせて頂きます。

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