テクノロジーが人類に問う、「自己とは何か?」

SFには、想像力を開放してエキセントリックな体験をさせてくれるものと、技術的な背景に基づいて陰鬱な内省を迫られるものと、二種類ある。

この『わたし、‘わたし’、“わたし”。』は、完全に後者だ。
デカルト哲学あたりまで、「自己とは何か」と言われれば「それは自己だ」と答えれば完結したのだが、どうも1900年代前半の実存主義の敗北あたりからそうとも言い切れないことが判明する。

そして今、とうとう我々は「自己ではない自己」を創造するテクノロジーを手に入れようとしている。人工知能を巡る議論は、機械に仕事が奪われるなどという極めて低俗なレベルにとどまっているが、本質は、「自己ではない自己が、自己に問う、『自己とは何か』という問題」なのだ。

最初に「陰鬱な内省」と書いた。この極めて暗く難解で、謎に満ちたテーマを物語として成立させるのは至難の業だが、著者の、しっかり芯を持ちながらも軽妙で清潔な文体が、それを可能としている。

こういうものを書いてくれる人が現れるのを待ってました。

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