凍土に刻む物語

毛皮を持たない人間が、氷点を遥かに下回る非人間的な寒さを凌ぐには、防寒具や暖房器具や山ほどの燃料が必要だが、多くを必要するだけにそこでは心の奥の何かがむき出しになる気がする。

そういうわけで僕は「冬」や「北」を舞台にした物語が好きだ。

映画では「FARGO」や「ウィンド・リバー」などがいまだ記憶に新しい。小説ではあるけれど、ここに加わった「氷海のヴェルヌ」も案に相違せず、やっぱり大好物だった。

ロジックのあるバトルシーンの妙は見習いたい。用語のカッコよさや世界観の構築にも学ぶ部分が多い。キャラたちも活き活きとしているうえ絶妙な加減に抽象化されており、広い層に受け入れられそうだ。

氷海のヴェルヌにおいては病と敵の襲来とそれにともなう人間たちの決死の闘争がある。

19世紀を舞台とし、実在の作家ジュール・ヴェルヌを主人公にしたのは、素晴らしい発明だと思う。「書く」ことと「戦う」ことを兼業できるヒーローはあまり思い当らない。なぜなら書く人は傍観者で、外側に立つことによってこそ克明な記述ができるからだ。

しかし本作のヴェルヌはそうではない。

彼は戦いつつ――つまり巨大なうねりに巻き込まれながら書くほかない。そこでは精確さよりももっと貴重でかけがえのない鮮血で書かれたような文字が綴られるはずだ。

すでに人気作品だと思うが、まだまだ人気が出そうだ。

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