ジュブナイルとはこんな物語のことを言うのだろう。
主人公はあのジュール・ヴェルヌ。ヴェルヌの小説のキャラクターが登場するパスティーシュではなく、フランスからアラスカに避難してきたジュール・ヴェルヌ本人。
ヴェルヌ作品へのリスペクトもさることながら、氷塞都市アラスカというエモすぎる舞台や、人間を襲うクリーチャーなどが登場するシリアスな世界観で、世界の果てを目指す旅に出る超王道アクション作品だ。
氷の世界が舞台というと、ヴェルヌ作品の中に『毛皮の国』という作品があるが、そのリスペクトなのかは定かではない……が、ともかく、ヴェルヌ好きなら読んでいて損はないだろう。
いや、むしろ読むべきだ。
「スチームパンク」ならぬ「フリーズパンク」の物語がどのような結末を迎えるのか、一介のSFファンとして楽しみである。
最初の一文を目にしたとき、私はそう決意した────いや、させられたのだ。
何も分からぬうちに淡々と描写される主人公の日常は、特異でありどこか牧歌的である。これは知っている。見たことがある。この語り口を、どこかで。
それなのに、謎ともされず物語は進む。奇妙な安心感。人類は瀬戸際に立たされているのに、だ。
私たちは安心して彼の冒険に身を委ねる────まるで幼き頃読み聞かせられたおはなしのように。
しかし違う。
この既視感はそういうものではないのだ。
私はこの素晴らしい小説をスマホで読んでいた訳だが、それが間違っていたのだ。
これは文庫ではないか?
ハヤカワ文庫SFで、あの独特な表紙絵が思い浮かぶ。
いやそれとも、あの鈍器かと思うような分厚いハードカバーの、あのくそ重い本ではなかったか。
とにかくこの小説はその類であり、私はそれに出会えたことを感謝する次第である。
願わくば早く完結し、感動のラストまで導いてほしい。
毛皮を持たない人間が、氷点を遥かに下回る非人間的な寒さを凌ぐには、防寒具や暖房器具や山ほどの燃料が必要だが、多くを必要するだけにそこでは心の奥の何かがむき出しになる気がする。
そういうわけで僕は「冬」や「北」を舞台にした物語が好きだ。
映画では「FARGO」や「ウィンド・リバー」などがいまだ記憶に新しい。小説ではあるけれど、ここに加わった「氷海のヴェルヌ」も案に相違せず、やっぱり大好物だった。
ロジックのあるバトルシーンの妙は見習いたい。用語のカッコよさや世界観の構築にも学ぶ部分が多い。キャラたちも活き活きとしているうえ絶妙な加減に抽象化されており、広い層に受け入れられそうだ。
氷海のヴェルヌにおいては病と敵の襲来とそれにともなう人間たちの決死の闘争がある。
19世紀を舞台とし、実在の作家ジュール・ヴェルヌを主人公にしたのは、素晴らしい発明だと思う。「書く」ことと「戦う」ことを兼業できるヒーローはあまり思い当らない。なぜなら書く人は傍観者で、外側に立つことによってこそ克明な記述ができるからだ。
しかし本作のヴェルヌはそうではない。
彼は戦いつつ――つまり巨大なうねりに巻き込まれながら書くほかない。そこでは精確さよりももっと貴重でかけがえのない鮮血で書かれたような文字が綴られるはずだ。
すでに人気作品だと思うが、まだまだ人気が出そうだ。