第13話 悪への義憤
時は流れ、秘密基地に初めて入った日から3ヶ月の時が経ちました。
そんな時期のことでした、世の中が急に騒がしくなってきたのです。
「龍斗、今日のニュース、観た?」
ミッキッコが顔を曇らせています。私はもちろん知ってましたので、「ああ、4人の幼稚園児が誘拐されたのだろ」と答えました。
「そうなのよね、子供たちはどこへ行ってしまったのでしょう。神隠しだとも言われてるわ」と心配そうに首を傾げてます。
幼稚園児、4人が誘拐される。
それとも……神隠し?
こんな見出しで新聞はセンセーショナルに報じていました。またTV報道番組でもひっきりなしにそのニュースを流し続けています。
その内容とは、8人の園児が送迎バスで帰宅する途中、まず4人はバスから降り家へと帰りました。その後、バスは残った4人の園児たちを乗せ、次の地区の停車場へと走り出しました。
しかし、住宅街の角を曲がった所、少し死角になっている場所ですが、そこで4人の園児たちは忽然と消えてしまったのです。
その上に、バスには運転手と一人の保母さんが同乗していましたが、彼らも同じように消えてしまいました。
そして幼稚園バスだけがそこに残されてありました。
これは誘拐か、それとも神隠しかと世間は大騒ぎとなっています。
当局は必死の捜索をしていますが、目撃者もいなく、まったく手掛かりがありません。
それから3日が経ちましたが、相変わらず解決の目処が立っていない状況が続いています。そのためか世の中の母親たちの不安は増幅し、社会全体が騒然となってきています。
その後、幼稚園児の事件から1週間も経過しない時のことでした。第二の事件が起こったのです。
それは関西地区の若き政治リーダーの坂本氏が講演会の壇上で、突如演説中に消えてしまったのです。
坂本氏は実行なき民主主義、今の日本の動かない政治の原因はその仕組みにあるとし、現在の中央集権のあり方にアンチテーゼを唱えてきました。
その変革の一つは東京の一局集中を壊し、道州制を導入すること。最近ではさらに考えを膨らませ、地方の独立を主張し始めています。
確かに現状の日本、地方は病み、国土は荒廃し、経済も、そして人の心も疲弊し切ってます。坂本氏は、地方の人たちから見て、世直しをしてくれる新星であり、期待が持たれています。
だがその反面、既得権益を守ろうとする人たちや、中央集権下で現状維持を標榜する人たちの中に、あまたの敵がいます。
そんな坂本氏が聴衆の面前で、なんと神隠しに合ったのです。国民はこれには驚きました。
この一連の出来事、4人の幼稚園児は跡形もなく消え、また若い政治リーダーは聴衆の面前で忽然と消えてしまったのです。
マスコミはこれらの事件を連日大々的に報じてます。そのためか、もう社会全体が浮き足立ってきました。
そんな状況下で、もう一つ大きな出来事が起こりました。それは富士山が突如として白い噴煙を噴き上げたのです。
富士山は、かっての位置付けで言えば休火山。とは言え、ある程度の年月のスパンでみれば、噴火は起こるでしょう。
確かに前回の噴火は1707年の
それからは随分と月日が経ってます。だから歴史から見れば、1,000年に10回の噴火のペースという事実もあり、今の時代に噴火の可能性は充分あるとも推察できます。
それにしても、人たちはなぜこの時期にと恐れおののいています。
二つの神隠し事件、それプラス富士山が噴煙を上げました。これらのことがまるで互いに関係があるかのように呼応し、連続的に起こったのです。
世の中、これからさらに何が起こるかわからない。突き詰めれば、日本の崩壊が間近いのではないだろうか? そんな気持ちが国民の心にまん延し始め、社会は騒乱状態に陥りかけています。
結果、この事態を受け、市場は敏感に反応しました。株価は大きく下げ、さらにどんどんと下げて行くネガティブ・スパイラルに陥ってしまっております。
「ねえ、みんな、今の日本、ちょっと危ないんじゃない?」
ミッキッコが京都の秘密基地に集合した全員に、心配そうに表情を曇らせます。
「そうだなあ、誰も彼もが不安がっていて、仕事どころでなくなってきたよな。でも、なんとかなるんじゃない」
私がそんな無責任な返事をしたら、ミッキッコがぎゅっと睨み付けてきて、「龍斗、私たちのミッションは日本を守ることなのよ。その正義と大義はどこへ行ってしまったの。四神倶楽部のリーダーとして、もっと責任を持ちなさい。どうするのか、明確な指示を発しなさいよ!」と噛み付いてきました。
こんな剣幕に、横にいた悠太は乗せられたのか、「そうですよ、先輩、どうするんですか?」と迫ってきますし、佳那瑠は「いよいよだわ」と一人頷いてます。
そうなのです、みんな何をすべきかわかってるのですよ。
私はみんなの心の内を読み、自分なりの覚悟を決め、「いよいよ俺たちの出番になったのかもな。さあ、みんないいか、俺たち四神倶楽部の行動を具体的に開始しよう」と全員に号令を掛けました。
「了解!」、全員は力強く返してくれました。そこからです、現実のミッション遂行が始まったのは。
3ヶ月前に、この秘密基地に初めて入り、それからというものは、私たちは毎夜、それぞれのアパートやマンションの部屋の扉を通ってここへ通いました。そして私たちなりに一所懸命訓練を重ねてきました。したがって、もうどのように動けば良いかはわかっています。
まずは徹底した現状解析。早速、コンピューターにインストールされてる魔界王解析システムを使って、幼稚園児と若きリーダー坂本氏の二つの事件の解明に入りました。
早速、佳那瑠から「みんな、ちょっとこれ見て、なにか変よ」と呼び掛けがありました。私たちは一斉にパソコンの画面にある映像を覗き込みました。そこには坂本氏が演説の壇上で、一瞬に消えてしまう動画がありました。みんなそれが不可解で、目はまさに釘付けです。
「だけど、なにか変よ」
佳那瑠がこう呟きましたが、その意味がよくわかりません。
「佳那瑠、どこがおかしいと思うの?」
私がそう聞き返しますと、佳那瑠は画面に真っ赤なマニキュアが塗られた指先を持って行き、「ようく見ていてね、一瞬だから、……、今よ」と声を発しました。あとは「わかった?」と訊いてくれたわけですが、確かに私はそれに気付きました。
そしてミッキッコも一瞬のことですが、見て取ったのでしょう、「そうね、ホントにおかしいわ。坂本氏が消える瞬間だけど、ちょっと影があるように見えるわ」と答えました。私も瞬時ことですが、同じものが目に入りました。
「佳那瑠さん、その映像を前のスクリーンに映してくれない。それからその瞬間だけを、目一杯に時間スピードを落としてみて」
佳那瑠は私の要求にすぐさま「了解」と答え、パソコンのキーボードをトントンと叩きます。そして30秒も待たない内に、若きリーダーの坂本氏が消える瞬間が映し出されました。
時間スピードが極端に遅い映像、それはまるで静止してしまったように見えます。しかし、1コマ送りのように画像が微妙に変化して行ってます。
そんな一瞬の画像でした、時間がゆっくり流れて行く映像の中で、私たち4人は腰を抜かすほど仰天したのです。
そこには赤と黒の縞模様の……、背丈は2メートルくらいでしょうか、やけに頭の大きい2匹の蜘蛛が現れ出てきたのです。そいつらはほぼ静止している動画の中で、普通の速さで動いているじゃありませんか。
そして事もあろうか、その蜘蛛野郎が坂本氏を両側から挟み込み、まるで銅像を動かすように、あっと言う間に連れ去って行きました。
私たちみんな、しばらく声が出ません。しかし、私はこの驚愕から気を静め、佳那瑠に尋ねました。
「この映像って、時間を、どれくらい伸ばしたの?」
佳那瑠は当然そういう質問はあるだろうと思ってたのでしょう、明解に返してくれました。
「龍斗さん、この解析ソフトのマックスで、50万倍よ。イメージとしては、そうね、1分の長さを1年くらいの長さに引き伸ばしたことになるわ」
私はこれを聞いて、こんなことってあるのかと思い、言葉を失いました。そんな私を気遣ってか、悠太がその現象の解釈を説明してくれます。
「龍斗先輩、俺、聞いたことがあるのですが、多分、この蜘蛛男たちは私たちが今いるタイムワールドとは異なる時界に侵入したのですよ。だから私たちのタイムワールドのスケールで1分、それが異時界のスケールで測ると1年くらい、そんな時間を歪めた世界にヤツらは侵入しやがったんですよ」
私は徐々に理解できてきました。
「なるほどなあ、ということは、ヤツから見た我々は……、時間が止まったようなもの。そんな異時界に潜り込んだということになるのかな?」
「その通りですよ、先輩、だからヤツらは、我々から見て時間が止まったような、一瞬の時間の隙間を縫って、銅像を動かすように、あっと言う間に坂本氏をかっさらって行ったのですよ。見て下さい、こちらの映像も、幼稚園児が同じように消えますよ。これが我々から見たら神隠しで、実のところは、この蜘蛛野郎たちが犯人なんですよ」
こんな悠太の奇怪千万な分析、しかし証拠映像もあり、起こった出来事は決して神隠しではありませんでした。
すなわち蜘蛛野郎たちによる誘拐事件だと判明したわけです。
そして、それにミッキッコが言葉を加えます。
「ねえ、龍斗、この蜘蛛って……、ひょっとしたら、土蜘蛛星人じゃない?」
私はこれを耳にして、脳内に電撃が走りました。
「こいつらこそが、俺らの宿敵の──土蜘蛛星人だったのだ!」
私は我知らずにそう叫んでしまいました。
そしてミッキッコに、「宇宙検索エンジンの四神王に、この野郎の画像を貼り付けて、どんな連中かもっと調べてみて」と依頼しました。
「あいよ」
機嫌良く返してきたミッキッコ、すぐに魔界王ネット百科事典で情報を見つけ出しました。それから、みんなにわかるようにスクリーン上にその記述を映し出してくれました。
そこには次のように情報が公開されていたのです。
――土蜘蛛星人(つちぐもせいじん)――
太陽系から10.5光年離れた位置にエリダヌス座がある。その恒星・イプシロン星の惑星にスパイダー星がある。
土蜘蛛星人はその星の住人。
通常地中に洞穴を掘り、地底生活を好む。
大きさは女王蜘蛛が5メートル、それ以外の土蜘蛛は2メートル前後。赤黒の縞が身体全体にあり、大きな頭と8本の手足を持つ。
女王蜘蛛が社会を支配し、女王を中心にして、多くの働き蜘蛛と兵士蜘蛛で組織構成されている。
知能レベルは高度。
女王蜘蛛が活動のすべてを指揮し、女王蜘蛛単位でガバナンス体制が組まれている。
そのことにより、女王蜘蛛が死亡した時、従属していた組織内の土蜘蛛星人たちは労働意欲や闘争意志をなくしてしまう。
つまり腑抜けた状態となり、ただの生命を維持するだけの星人となる。そして時間の経過とともに死亡する。
大きなパワーを持つ土蜘蛛星人の女王蜘蛛、女王蜘蛛だけが火の鳥を食すことが許されている。また、それを好む。
その理由は、そのパワーを維持行くためには火の鳥を頻度よく食べ、火から放たれる
また土蜘蛛星人の最大の特徴は、女王蜘蛛の意志の下、通常の他星人と異なる時界(タイムワールド)、つまりスケールとしてモーメント(一瞬間)、そんな異時界に入り込む能力を有す。
これまでこの技法を用いて、様々な悪行を働いてきた。したがって、宇宙界では嫌われている。
一方、聴覚能力や電磁覚能力は高いが、近場の視覚能力は低く、大きさ1センチメートル以下の物の視覚識別ができない。
この弱点を衝いて、戦うことが可能。
最近は他惑星への移住をも進め、女王蜘蛛の宇宙覇権欲望から凶暴となるケースが増加している。
いろいろな問題を引き起こしおり、四神界の宇宙駆除星人に分類されている。
私たちは一字一句見落とさないように、この百科事典の解説を読みました。
「ああ、そうか、やっぱり仕業は土蜘蛛星人だったのだ。そして誘拐犯は、女王蜘蛛に操られた兵士蜘蛛だったんだよ」
私は合点がいきました。他の3人も、「これで納得したわ、うーん」と唸ってます。
「だけどね、これで土蜘蛛星人の悪逆非道だとわかっても、なかなか手強そうだし……、それに悪の支配者の女王蜘蛛はどこにいるのかわかってないでしょ。どこに潜んでるんでしょうね?」
ミッキッコが首を傾げます。
それに応えて、佳那瑠は勘を働かせました。
「私ね、富士山が噴煙を上げたでしょ、あれも土蜘蛛星人の悪行だと思うわ。2件の誘拐事件で世間を騒がし、そして富士山の噴火で日本を騒乱状態に落とし入れる、そんな
「佳那瑠、さすが鋭いわね。と言うことは……」
ミッキッコはその答を見つけたようだが、その続きを佳那瑠に委ねました。
「ねえ、みんな、ひょっとしたら、女王蜘蛛は富士の樹海、青木ヶ原の地底で、噴火させるための穴掘ってるんじゃないの」
私はこんな佳那瑠の発言に一旦は驚きましたが、可能性は充分あるなと思い、
横にいた悠太もそう感じたのでしょう、早速解析ソフトを走らせました。そしてさほど時間の経過をみず、「いたぞ! 土蜘蛛の女王が!」と大きな声を上げました。
「どこにいたんだよ」
私たちはもう興味津々です。これに悠太は「ここです」と応答し、スクリーン上に地図を映し出しました。
「青木ヶ原樹海は富士山の北西に位置していて、その中に
私たちは悠太の説明にそって、それぞれの場所を地図上で確認していきます。それを悠太は見定めて、さらに続けます。
「それら三つの洞窟を結んでできる三角形、その中心に未発見の
悠太はこう説明をしながら、地図を拡大していきました。私はこんなじらした語りにイラッときて、「結局、女王蜘蛛はどこにいるんだよ?」とせっつきました。すると悠太は、その百鬼洞穴の入口辺りの画像をさらに拡大し、「この入口から入って行き、その地底深くにいます」と自分でも納得するように断言しました。
しかし、木々が生い茂っていて風穴の入口がどこにあるのかよくわかりません。それに悠太は気を利かせ、さらに映像のポイントを絞ってくれました。そして、やっとのことでした、私たちは穴がそこにあることを視認することができました。
「土蜘蛛星人はこんな所に巣を作っているのか。だけど、どうやったらそこへ行けるんだよ?」
私がこれはどうしたものかと考えていると、ミッキッコは早速、「富士樹海って、磁石が利かなくって、入ったら二度と出てこられないんでしょ。私行かないわ」と予防線を張ってきました。
「まあまあまあ、ミッキッコ、まだどうするかは決めてないんだから」
私はとりあえず
これに悠太は「先輩、どうしたら良いって、どういうことですか?」と意味がよく飲み込めてないようでした。
これに対し、私は雰囲気が重くならないように軽く答えたのです。
「つまり、退治するか、退治しないかだよ」
これを聞いて、みんなしばらく静かになってしまいました。しかし、さすが佳那瑠です、明解に言い切ってくれました。
「それって、私たちが女王蜘蛛を……、殺すか、殺さないかですよね」
「その通りだよ。俺たちは日本を守るというミッションを掲げたんだぜ、だからいよいよそれを──決行するかどうかだね」
私はこう言い放って、みんなの表情を窺いました。しかし、みんな割にあっけらかんとしてます。
「そんなの、もちろんよ。やっちまいましょう!」
ミッキッコが、さっきは樹海には行かないと明言していたにもかかわらず、今度は意外にも威勢が良いです。やっぱり退治するだの殺すだのの言葉を耳にして、四神の朱雀として、悪への義憤がたぎり立ったのでしょう。
それに加えて、悠太も佳那瑠も「退治しましょ」と続けました。さすが私たちは四神の末裔なのでしょうか、血が騒いできました。
「よし、土蜘蛛星人の女王蜘蛛を抹殺してしまおう」
私はみんなの同意を得て、力強くこう結論付けをしたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます