第6話 紀行2日目 地底都市
「高瀬川龍斗様、グリーンスターの現地時計で午前8時となりました、お目覚め下さい。宇宙カプセルは順調に運航しておりますので、お昼前には到着いたします」
ベッドの中にいた私は、こんなモーニングコールで目を醒ましました。どうも昨日のいろいろな初体験で疲れてしまったのでしょう、ぐっすりと寝込んだようです。その分、目覚めの気分は最高でした。
私はベッドからすり降りて、モニター画面を見てみました。そこには暗闇の向こうで様々な星たちが流れ去って行ったり、突然大きな恒星が現れたりで、いずれもピューン、ビューンと飛んでました。
「ああ、これが宇宙旅行というものなんだ」と、私は感慨深く見入ってしまいました。
しかし、こんなことでいつまでも感心してる場合じゃありません。9時に集合し、レストランで朝食を取る約束をしてました。そこからバタバタと2日目の旅の準備に入り、そして時間となり、レストラン・ギャラクシーへと出向きました。
「おはよう、龍斗、眠れた?」
ミッキッコから張りのある声で挨拶が。
「ああ、バタンキューだったよ」と答えたら、横にいた佳那瑠が「私もねんねこしゃっしゃりませのララバイがどこからともなく聞こえてきて、快眠だったわ、だからお腹すいちゃった。さっ早く」と急かせます。
「じゃあ、みなさん、私に朝食クーポンをかして下さい。先に行って、席取ってきますから」
悠太も随分と気が利くようになったものです。アッシー、メッシー、ミツグ君以外に、セキトリ君もこなせるようになったのかと感心しましたよ。
朝食はバイキング方式。さすが何光年も旅する宇宙ペネトレート五つ星ホテル、その食べ物の種類は豊富でした。
火の鳥のサニーサイドアップに始まり、一本角のユニコーンのBLT、ドラゴンミートのステーキサンドイッチ、そして月のウサギのポシェなどなど。
私たちはすべて味わってみたかったです。しかし、ここはまだ旅の始まり、腹痛でも起こしたら大変と、ここは軽く
しかし、それにもまして驚きましたよ。宿泊客が朝食のために集まって来るのですが、まあいろいろな高等生物がいるものなんですね。
髪の毛が蛇のゴーゴン、それに一つ目のサイクロプスが……、他に女戦士のバルキリーに、黄金の剣を持つクリュサオルも朝食を取ってました。
私たちは四神の末裔でありますが、姿形はホモサピエンス、反対に向こうの目から見て奇異に思われてたようです。じろじろとした目線を感じました。
このような慌ただしい朝食を終えて、しばらくホテル内の土産店などを見て回っている内に時間となりました。そして、私たち4人はチェックアウトし、昨日とは逆に、扉を通ってカプセル内の大きな空間へと戻りました。
そして、すぐさま身体が膨れ上がるのを感じました。するとみるみる内にそびえ立つ壁は低くなり、大きな空間はあっという間に、4人が入ってられるだけの、2メートル四方の窮屈な密室となりました。
そのままの状態で5分ほど待ったでしょうか、ゴゴゴーと音と揺れの中で、宇宙カプセルは停止しました。それからカプセルのドアはシュワーという空気音ともに開きました。
「さあ、行くぞ!」
私はみんなに声を掛け、外へと踏み出しました。
そこでまず最初に視界に入ってきたもの、それは鬱蒼とした森でした。また足下を見れば、そこには深淵な沼があります。すなわち、突き出た桟橋にカプセルは停泊していたのです。
「宇宙カプセルの停車駅って、なんでいつも水のあるところなんでしょうね」
佳那瑠が不思議がってます。
「この沼の水って、多分、ずっと底の底まで水で、筒のようになっていて、そこへカプセルが入り込んで行って、表面温度を下げたり、スピードを落としたりするのかもな」
悠太が一見賢そうな憶測を。だけど、
それにミッキッコは「悠太君、この沼は異次元世界へ通じる底なし沼ってことなのね。なんとなくわかるわ」と、またいい加減な納得をしてました。
こんな会話をしている時です、沼のほとりにある、
「おにいさーん、こちらよ!」
それは私の妹だと名乗る魔鈴からでした。迎えに来てくれていたのです。
「みなさん、グリーンスターへようこそ」
魔鈴は私たちと再会して嬉しいのか、全員とハグして回りました。その後、私たちを気遣って、「宇宙貫通カプセルの旅、お疲れはございませんか? もしそうならば、何なりとおっしゃって下さいね」と。
それに私は謝意を込めて、「カプセルの中は立派なホテルで、お陰様でゆっくり休ませてもらったよ。あんなの初めてだったよなあ」と返しました。
「お兄さん、なに言ってんのよ。みなさんもそうなんだけど、幼い頃に何回も乗ってるのよ」
魔鈴のこんな話しに、そういえば、あの地球東京駅のお婆さんも同じことを言ってたなあと思い出しました。それで私は「ああ、そのようだね」と、ニコッと笑いで返しました。
その後、魔鈴が「さあ、みなさん、まずはグリーンスターのホテルにチェックインしましょう」と踵を返し、先に立って歩き出しました。私たちはその後を誘導されるままに付い行くしかなかったです。
森の中をくねくねと曲がった道を5分ほど歩いたでしょうか、切り開かれた広場に着きました。そこには黒塗りのクラシックカーが停まってました。それにキャリーバックを積み込んで、さあ出掛けようとした時のことでした。
「ギャー!」
ミッキッコの悲鳴が森に響き渡りました。その声に私たちは驚き、叫びの方向を見てみると、――「うわっ!」。
私たちも腰が抜けそうになりました。なぜなら、その先にいたのですよ。大きさは3、4メートルはあるでしょうか、大きな虎が牙を剥き出しにして、こちらを睨んでいるではありませんか。
私たちは恐ろしくって、震え上がりました。
「大丈夫よ、あの子は噛まないから」
あたふたとしている私たちに、魔鈴は落ち着いた口調で、噛まないって、そんなことを言うのですよ。さらに、事もあろうか「こっちへおいで」と虎に手招きをします。
まさに
だけど虎はそれに応えるように、のっそのっそと魔鈴の所までやって来ました。
「たまちゃん、良い子だね、可愛いよ。こちらは地球からのお客さんたち、ヨロチクね」
魔鈴は大虎に話し掛けながら、喉の辺りを
その上に、その虎が、たまげたことに、気持ち良さそうにニッと笑ったのですよ。
「ミッキッコさん、大丈夫よ、この子、何もしないから。ちょっと撫でてやって」
ミッキッコはこんな催促をされ、初め躊躇していたようですが、
その笑顔が可愛くって、虎の親戚筋の白虎の佳那瑠も、亀の悠太も、そして私も撫でてやりました。ホント、可愛い虎でした。
「さっ、もう時間ですから、行きましょう」
魔鈴の呼びかけで、私たちは「バイバイ」と大虎に別れを告げ、車に乗り込みました。そして一路ホテルへと。
森を抜け出し、草原の細い一本道をブルンブルンとエンジンを噴かせ、一応快調に走ってました。だけど謎が解けてません。「ねえ、魔鈴、あの虎はなんであんなにおとなしいの?」と、私は疑問をぶつけてみました。
「お兄さん、もう忘れてしまってるのね。あっそうだ、あの子に会えば思い出すかも。お兄さんがちっちゃい頃、一番気に入ってた子よ。じゃあ、ちょっと御挨拶して行きましょうよ」
魔鈴は慣れた手付きで、横道へとハンドルを切りました。
そこは
すると視界が突然開け、草原の高台にある大きなの木の
それから2、3分待ったでしょうか、ドカドカドカと地響きがし、現れたのです。
体長は10メートル以上はあるでしょうか、生き物が、いや、化け物みたいなヤツが後方の二本足だけで走ってきたのです。それはさっきの虎より、比べものにならないほど恐い顔。
そんなヤツに魔鈴は、「ティラ君、こっちよ。お兄ちゃんが帰ってきたんだよ」と。
怪物はこれに応えるかのように、大きな牙を剥き出しにして私たちに顔を突きだしてきました。
もうミッキッコも佳那瑠も、お漏らしするくらいの驚きで、後退りをしてます。一方悠太と私は恐怖で身体がカチンと固まってしまいました。
なぜなら、そやつは古代恐竜で最もどう猛な──ティラノサウルス──だったからです。
「ティラ君、よしよし」
魔鈴はまったく動じてません。ヤツが突き出してきた頭を撫でてやってるではありませんか。
そして今度は、その恐い顔にキスしながら、「お兄さんも、ハグくらいしてやって」と私をプッシュしてきました。
それにしても不思議でした。なぜか徐々に恐怖心が消えていくのを自分でも感じたからです。
私は覚悟を決めました。ゆっくりとティラ君に近寄って行き、その顔に抱き付いて頬ずりをしてやりました。するとどうでしょうか、ヤツはやっぱりニッと笑ったのです。
その上に、私を潤んだ瞳でじっと見つめてきます。その時でした、私はハッと思い出したのですよ。
さっきの虎もそうだったのですが、こいつも緑目、そう、グリーンアイズだったのです。そして遠い昔に聞いた話しが蘇ってきました。
緑目を持つ動物は──アニマノイドだと。
つまり高等知能を備え持った動物ロボットだということです。
「お兄さん、やっと思い出したみたいね、良かったわ。この子、お兄さんが小さい頃、お気に入りにしていた、ティッチンよ」
私は魔鈴が呼んだティッチンという呼び名、これで急に懐かしい気持ちが込み上げてきました。
「ティッチン、元気にしてたんだね」
私は思わず目頭が熱くなり、もっと頬ずりをしてやると、ニッニッと笑ったんですよね。もうティッチンが可愛くって可愛くって離れられません。
そんな私を、魔鈴は引き裂くように、「お兄さん、また会えるから、行きましょう」とケリを付けてくれました。そして私たち4人は再び魔鈴が運転する車でホテルへと向かいました。
さすがグリーンスターです。地平線が緑の夕焼けに輝いています。そして目を大空へと向けますと、その色彩は虹色であったり、また時間の流れの中で、オーロラのように青や赤、そして緑の光の帯がゆったりと流れて行きます。
さらに目を見張ったのは、翼の開長が10メートル以上はあるでしょうか、数え切れないほどの翼竜、ケツァルコアトルス(Quetzalcoatlus)が悠々と飛翔しているではありませんか。まさに幻想的な大空がそこにあったのです。
一方大地では、大自然がどこまでも広がり、体長40メートルはあろうかと思われるアルゼンチノサウルス、多分体重は90トンを超えるでしょう、そんなヤツらが何頭も草原を闊歩していました。
だが、ここは恐竜時代かというと、これがまた違っていて、マンモスやキリンやライオンまでもが……、そう、ありとあらゆる動物が喧嘩せず、活き活きと暮らしているじゃありませんか。
しかし、様々な動物たちには一つ共通点がありました。それはいずれの動物も緑目です。すなわち、人工知能ロボット、グリーンアイズを持ったアニマノイドだったのです。
こんな超非現実的な大自然の中を、魔鈴が運転するクラシックカーで1時間ほどさらに走ったでしょうか、突然緑色の鳥居が現れました。
そこには「ここからグリーンタウン」という標識が掛かっていました。
相変わらずエンジン音をガンガンと唸らせ、緑の鳥居をくぐると、道路に沿って綺麗な小川があり、さらさらと流れてます。
その川べりでは色とりどりの花が咲き乱れ、さらに進んだところの広場では子供たちが歓声を上げ、楽しそうに遊んでいます。いつか見た風景、私たち全員にはノスタルジックな感傷が。そして、それを振り切りさらに先へと走ると、一面淡いピンク色に咲いた並木道が続き、老人たちが優優と散歩しています。
そんな情景の奥には、煉瓦造りの建物が並び建ち、すべてがアンティークでした。まるで十八世紀の、自然溢れる美しい町へとワープしたような感覚に陥ったのです。
「へえー、ここがグリーンタウンなのね。きっとホテルも年代ものなんでしょうね。ところでシャワーのお湯、出るかしら?」
ミッキッコが突如呟きました。私はなぜ彼女がこんなことを心配げに洩らしたのか、うーん、なんとなく理解できるよな、てなところでしょうか。
多分町は高度に発展していて、そこには空を貫く未来的なホテルがある、そんなことを期待していたのでしょう。きっとアーバンライフ的で快適な宿泊を夢見ていたのだと思います。
しかし、町の様相は中世風。
それに反し、ミッキッコの好みはアンティークより未来型で清潔な町。まあな、ミッキッコの心配もレディだから仕方ないかな、と私はちょっと同情してやりました。
だが魔鈴は、ミッキッコの心の動揺に押し黙ったまま、カタカタ、カタカタと年代ものの車を走らせ続けるだけでした。
それからしばらくして、そこは町の中心となるのでしょうか、赤いレンガ造りの高さ20メートルほどの円筒型のタワーに着きました。
「さっ、みなさん、ここからホテルに向かいます。もうしばらくですから、辛抱して下さいね」
魔鈴から
私たちは4人は魔鈴に誘導されるままタワーへと入って行きますと、そこには階下へと下りて行く階段がありました。そこへと足を踏み入れますと、おもむろに階段が動き出します。そう、それはエスカレーターだったわけです。とにかく私たちは先導されるままにそれに乗りました。
それからです、このエスカレーターでいくつもの階を下りて行きました。言い換えれば、どんどんと地下へと潜り込んで行ったということでしょうか。
10階は下ったでしょうか、そこで乗り換えたエスカレーターはガラス張りのトンネルを長々と下りて行くものでした。そしてガラスのパーティションを通して、私たちが目にした風景、それは果たしてこの世のものなのだろうかと目を疑い、驚嘆したのです。
それは先が霞むほどの巨大な地下空間がそこに広がっていました。そして何本もの高層ビルが建ち並び……、つまるところ、ここの地底に未来都市が存在していたのです。
林立するビルの隙間を縫って、小型の飛行物体がまるで鳥のようにヒューヒューと飛翔しています。
「えええっ、これって、スッゲーなあ。地球の1,000年先を行ってるよ。で、ここは何という都市なの?」
悠太が感嘆の声を上げると同時に、「さっき入口の鳥居に書いてあったでしょ、ここがグリーンタウンなのよ」と魔鈴がさらりと答えてくれました。
「ふうん、ここが地底都市のグリーンタウンか。それにしても割に明るいね、どうして?」
悠太は好奇心一杯です。これに現状解析の早い佳那瑠が魔鈴の代わりに答えます。
「悠太さん、見てごらんなさいよ、天井にいくつもの小さな太陽が輝いてるわ。きっと地上から光ファイバーで光を引っ張ってきてるのよ」
魔鈴はこの佳那瑠の解説に、「さすが佳那瑠さんだわ、理解がやっぱり素早くって、聡明ね」と感心し、顔が思わずほころびました。一方悠太は「その通りだよなあ」とだけのリアクション。
しかし、これって、光ファイバーの話しがその通りなのか、佳那瑠が聡明だということなのか、どちらの話題を肯定したのかわかりませんが、とにかくいつもより悠太は素直でした。
こんな会話を交わしながらも、私たちは超未来的なホテルにやっと着きました。そしてチェックインを終えました。
その後、その日は魔鈴の案内で、私たち4人は地底空間内の散策をさせてもらいました。すべて驚きの中で、旅だってからの、第2日目を過ごしたのであります。
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