第12話 秘密基地

 旅は終わり、私たちは元のネット通販会社の仕事へと戻りました。

 夏期休暇明けで忙しく、あっと言う間に9月となってしまったわけですが、私は業務の都合上、しばらく四神倶楽部の活動から遠ざかるを得ませんでした。


 しかし、魔鈴たちと四神同盟を結んだことでもあり、放っておくわけにはいきません。

 旅も終わり、グリーンスターの地底ホテルを出立する朝、私たちの決意を魔鈴たちに告げました。四神の本来のミッション、愛する星や国を守る、故に日本を守ることにしますと。

 まことに立派な決意だし、それを粛々と実行したい。しかし、具体的に何をして良いのか、まだよくわかりません。されどです、私たちは話し合い、とにかくに備え、下準備だけはしておこうと決めました。


 しかれども、ここで難問が。

 魔鈴たちが準備してくれた私たちの秘密基地、それは京都の御所近くの町屋にあり、なかなかそこへ行くチャンスがありません。そのせいか私はまだ一度も訪ねたことがありませんし、正直どうしようかと迷っていました。

 そんな時に、やっぱり仲間ですよね、佳那瑠が提案してくれたのです。

「龍斗さん、京都って新幹線に乗って行かないとダメでしょ。時間も取れないし、邪魔くさいと思ってるのでしょ。私がなんとかしてあげるわ」

 パソコンに頭を突っ込むようにして、私がパワーポイントで資料を作成していた時のことでした。佳那瑠が画面を覗き込むようにしてそばに寄り添ってきて、そう囁きました。


 私はずっと秘密基地のことが脳の奥深い所にこびり付いていて、佳那瑠のこんな申し出にパッと目を大きく見開きました。

「えっ、佳那瑠、頼むよ。それで、どうするの?」

 私は嬉しかったですが、佳那瑠が何をしてくれるのかがわからず聞き返しました。すると佳那瑠は妖しく笑みを浮かべ、一言だけを口にしました。

「扉よ」


 私はこれを聞いて、これこそが目から鱗が落ちるということなんでしょうね。

 そうなのです、扉は佳那瑠の得意技。京都の秘密基地への扉を貼り付けてもらえば良いのです。

「そらそうだな、お願い、ぜひそうしてよ。ところで、どこへ扉を貼り付けるの?」

 私が尋ねますと、佳那瑠は「ふふふ」と含み笑いをして、オフィスの他の人たちに聞こえないように、小さな声で。

「入口の扉は、私たち4人が住んでるアパートやマンションよ、それぞれの部屋の壁にペタッと貼り付けてあげるわ。もちろん出口の扉は秘密基地の部屋の壁よ。これはいつも開けっ放しにしておくから、いつでも東京の自分の部屋から、基地へと入ってこれるわ」


 私はこれを聞いて、確かに、いつぞや貼り付いた禁断の扉も、ホテルのコネクティング・ドアーのようにこちらと向こう側に2枚の扉があったなあと思い出しました。

 こんな思考プロセスを経て、嬉しく、天にも昇る思いになりました。そして思わず我を忘れて、佳那瑠にギュッとハグをしてしまいました。


 バシッ!

 いつの間にか横に来ていたミッキッコ、彼女から思い切り後頭部を殴られたわけでして……。

「龍斗、佳那瑠ちゃんに手を出さないで。これって、セクハラだよ」

 ミッキッコが大変な剣幕です。私は「ごめんごめん」と当の佳那瑠には謝らず、筋違いのミッキッコに平身低頭です。そんな行動に出てしまった私に、佳那瑠が耳元で囁きました。

「ミッキッコはね、龍斗さんのことを、気に入ってるんだよ」

 私はオフィスの中で、業務中でありながらもそんなことを聞かされて、なにか不思議な気分となりました。


 そんな出来事があった日から1週間が経ち、佳那瑠からメールが入りました。


龍斗さん、悠太、ミッキッコへ

 四神倶楽部の集合をしましょう。

 今日は、朝から京都の秘密基地に行って扉を貼り付けてきますから、

 今夜8時にアパートの扉を開けて基地へと入って来てちょうだい。

 ただし、必ず守り玉をポケットに入れて持って来てね。

 そうでないと、入れないからね、よろしく。

                  佳那瑠より


 1週間前に、秘密基地への扉を貼り付けようと佳那瑠から提案がありました。それでワクワクし、オフィスで思わず抱き付いてしまったわけですが、ミッキッコの主張によると、それはセクハラ事件。そんなミッキッコの機嫌を直してもらおうと、口封じにと大トロ、ウニ、アワビの高級寿司などを奢ったりして、随分と費用がかさみました。しかし、その間、佳那瑠は実に頑張ってくれました。

 私たち4人のそれぞれの部屋に、四神の模様が刻まれた扉を貼り付けてくれたのです。そして最後の仕事として、京都の町屋へと行って、基地側の扉を貼り付けてくるとメールしてきました。


 さらに、今夜の8時にそこを通って、秘密基地で集合しようと連絡がありました。もちろん私たちは了解と返事をしました。そして仕事を早めに切り上げ、アパートで時を待ちました。


 いよいよです。私はテレビで番組が変わり、8時になったことを確認し、壁にある扉をおもむろに開きました。するとどうでしょうか、すでに基地側の扉は開かれていて、向こう側の部屋から佳那瑠とミッキッコの話し声が聞こえてくるではありませんか。私はポケットの中で守り玉を握り締め、「こんばんわ」と大きく声を発し、その部屋へと入って行きました。


「龍斗、こっちよ」

 極上寿司で機嫌の直ったミッキッコから元気の良い声が飛んできました。それと同時に、佳那瑠も「悠太、早くこっちへ来て」と声を掛けています。どうも同じように、今、悠太も扉を通って入って来たようです。

 そしてそこで私たちが見たものは、グリーンスターで魔鈴が案内してくれた地下の基地とまるっきり同様のものでした。

 正面には大きなスクリーンがあり、宇宙全体の画像が順次変わりながら映し出されています。そして十数台のデスクトップのパソコンが並び、また横の部屋では大型高速コンピューターなのでしょう、シーシーと音を発し、作動しています。


「へえ、ここは京都の御所近辺の、町屋の地下ということ?」

 私は初めての訪問のため、一番事情を知ってる佳那瑠に尋ねますと、「龍斗さんに、それにみんな、その通りよ。ここは町屋の、そうね地底100メートルくらいの所にあるかな。ここへの出入りはお婆さんがくれた守り玉を身に着けてないと入室できないようにしておいたから、これからも気を付けて下さいね」と、こんなオリエンテーションが佳那瑠から早速ありました。

「そうなんだ、わかりやんした」と、みんな大きく首を縦に振り、理解したわけです。

「それに、バリアー付き魔界王解析システムのソフトと、宇宙検索エンジン・四神王のアプリケーションソフト、それらをもうインストールしておいたから、そこのパソ、もう好きなように使えるよ」


 まことに有り難い話しです。

 私は「頑張ってくれたんだね、感謝するよ」と礼を述べましたが、それにおっ被せるように、「佳那瑠さん、さすがだね」と悠太が褒め、素早くパソコンのキーボードをポンポンと叩き始めたのです。

 するとどうでしょうか、それに呼応して、スクリーンの画像が瞬時に変わり、私たちが勤めるオフィスフロアーの映像が映し出されたわけでして、それをよくよく見ると、なんと部長がまだ居残っていて、必死の形相で書類の整理をやってるではありませんか。


「コラッ、悠太、お前、何を打ち込んだんだよ?」

 私はそんな見たくもない画像、なぜそれが突然表れたのか不思議で問い詰めました。

 しかし、悠太は声を弾ませて、「先輩、これって、会社名とですよ、それに部長の名前を放り込んでみただけなんですよ。そうだ、このソフトって、所属名と個人名を指定すれば、その個人が今何をしてるのかわかるソフト、そんな解析映像システムなんですよ」と興奮してます。

 それに圧倒され、「へえ、すごいなあ。だけど、ちょっと危険かもな」と、私たちはおっかなびっくりでした。


 しかし、脅えてる場合じゃありません。この秘密基地全体の仕組みや使い方を充分理解する必要があります。そこで私はリーダーとしてみんなに命を下しました。

「これからしばらく、毎日ここに集まり、この基地の使用方法を勉強しよう」

 当然のことですが、誰もこれに反対しません。それよりも、「わあ、どんどんと楽しくなるわ」とミッキッコは興奮していますし、佳那瑠も悠太も「おもしろそう」と同じく胸をわくわくさせていました。私にはそんな高揚感がひしひしと伝わってきました。


 しかし、私は一応親分ですから、ここは舞い上がらず冷静に、この盛り上がりに水を差すことになりますが、みんなに再確認しておかなければならないことがありまして……。

「グリースターの旅の最後の夜に決めただろ、もう一度それを繰り返しておくよ。いいか、俺たちの四神倶楽部の使命は──日本を守っていくことだよ。この目的を忘れないようにね。それと俺たちはグリーンスターの四神倶楽部と同盟を結んだよな、それでこの基地をプレゼントしてもらったのだからね、しっかり活用しなければならないんだよ」と。


 ミッキッコがこんな訓話めいた警告に憮然とし、「わかってるわよ、龍斗、くどいわ、……、ブー」とブーイング。だが、そんな嫌悪感のある気持ちを大人っぽく抑えたのでしょうか、自分の意見を述べます。

「私ね、あれからずっと考えてきたのだけど、私たちの使命は日本を守るということでしょ。でも、それには大きな指針というか、基本的な方針が必要だと思うわ。それでね、それは何かなあって、ずっと考えてきたの」

 私はこんな真剣な眼差しで話すミッキッコを今まで見たことがありません。そのため、ここは真摯にきちんと向き合いました。

「それで、ミッキッコは、俺たちの基本的な方針、それをどう考えたの? 遠慮なく話してみてよ」とさらに意見を披露することを促しました。


「私だって思うのよ、日本の未来について。つまり、掛け替えのない日本の自然は未来へと守られ、そんな中で、日本人が活き活きと生きて行けたらいいなあと、本当にそんな社会になって欲しいわ。そのためにはね、グリーンスターと同じなんだよね。そのキーワードはやっぱりインデペンデンス(independence)とリコグニション(recognition)だわ。あの時龍斗が訳してくれたでしょ、それはだと、私も今そう思うわ。社会として、それらを構築し、根付かせ、そしてより醸成して行くことこそが、スーパーパワーを手にした私たち四神倶楽部の使命なのよ。つまり、日本を守っていくという目標に対し、その方針で舵を取っていくべきじゃないかしら」


 私はこんなミッキッコの熱弁に思わず拍手です。そして、それにつられてか、佳那瑠と悠太からもビッグハンド。これにミッキッコが思わず「嫌だー」と可愛く照れちゃいました。


「じゃあ、これで決まりだ。日本を守るための俺たちの大方針は、日本社会に自立と尊認を構築し、根付かせ、そしてより醸成して行く、ということだね。これに対して邪魔するヤツらは、例えば魔鈴が忠告してくれた土蜘蛛星人、ヤツらはもちろんのことだが、徹底的に排除する、これで前へと進もう」

 私はリーダーとしてこう力強く結論付けました。


 これに「意義なーし!」と、みんな同意してくれました。そして、いつの間に運んできたのでしょうか、佳那瑠がグラスにワインを注ぎ手渡してくるじゃありませんか。

 佳那瑠はなんと手際の良いことでしょうか。しかし、それに誰も文句を付けません。

 それどころか、並々とグラスにワインを注いで、そして高々と上げて、まずは私からの「これで私たちの、自立と尊認のある社会の実現、それに向けての本格的な活動の開始よ。さあ、門出を祝して乾杯しましょ」と調子に乗ったご挨拶を一発。

 これを受けて一斉に声を上がりました。

「四神倶楽部の今後の活躍に、乾杯!」

 こうして私たちの本番の活動が開始したわけです。


 その日から四人は時間を見付けては、自分の部屋から扉を通って京都の秘密基地へと入って行き、そこで作動している様々なシステムの修得に励みました。

 コンピューターの使い方などわからないところもあったのですが、魔鈴とTV会議をしたり、また宇宙検索エンジン・四神王で調べたりして、一つ一つ理解していきました。


 お陰さまで努力の甲斐もあり、基地の使い方など随分と学習でき、自分たちのものとなっていきました。

 その結果、この秘密基地を私たち四神倶楽部の本拠地と位置付け致しました。


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