第3話 蘇った記憶
目に青葉 山ほととぎす初鰹
私は仕事の手を休め、オフィスの窓から街の風景を眺めてみました。
初夏の陽光がキラキラと光り、都会の街並みを輝かせています。そして街路樹の青葉は
そんな新緑の今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
さて、ここでは次に起こった蘇った記憶の奇妙なお話しを紹介させて頂きます。
前話では、魔界都市・京都にある一条戻り橋での出来事を披露させてもらいました。
それは5月の黄金週間に、私の身に起こった奇怪な出来事でした。そしてその後、私、高瀬川龍斗は、まるでミッキッコとは何事もなかったかのように振る舞い、仕事に没頭して参りました。
この第3話での物語、それはなんと言いますか、遠い記憶が蘇ってきて、時空を越え、過去と繋がってしまうという奇怪千万な話しです。
さてさて、皆さまもきっと経験があるかと思いますが、この光景はどこかで見たことがある、と感じたことってありますよね。そう、それはいわゆるデジャヴ(既視感)と言われているものです。私は最近何回かそんな感覚に捕らわれていました。
いえ、もう少し正確に申しますと、ちょっとデジャヴとは違うのですよね。それは見たような気がする、というようなフィーリングではなく、確かにそうだった、という記憶なのです。
私の脳の奥底に眠っている遠い過去の記憶、それが蘇ってきたような思いがするのです。
祖先たちのかっての過ぎし日々の出来事。それらの記憶がDNAに書き込まれ、その時々の時代を経て、綿々と伝達されてきたものではないでしょうか。そして現在を生きる私自身に、それらが時折蘇ってきているのではないだろうか、私はそのように思ったりもしてました。
さて、私の仕事ですが、最近随分と盛り上がってます。と言うのも、ロイヤルクラブ・絆愛、そのさらなる充実と拡大を狙って、つまり会員さまからの忌憚のない要望を反映させ、より満足度を向上させる。そしてその結果としてニューセレブを創生させる。
こんな企画を新しい軸とし運営し、加速充実させて行くため、新組織が設立されました。この新々プロジェクトがスタートしたわけです。
私も一員としてプロジェクトに参画し、毎日猫の手も借りたい忙しさの中で頑張ってきておりました。お陰様でチーム全員が一丸となった努力と奮闘により、やっと先が見えてきました。よりドライブを掛けてやって行こうと全員が燃えているところです。
そんな昨今であったわけですが、今朝、我がプロジェクトチームに一人の女性が派遣されてきました。
私は朝っぱらから猛烈に忙しく、パソ画面の中に脳みそまでもを思い切り埋没させて役員への報告書作りに没頭していました。そんな時に、部長からチーム全員に声が掛かったのです。
「皆さん、おはよう。ちょっと手を止めて、こっちを見て下さい、紹介しまーす」
私は資料作りの佳境に入ってましたので、画面から目が離せません。
しかし、部長は少し間を取って、「今日から我々のチームで、一員として働いて頂きます、新入社員の貴咲佳那瑠さんです。みんな貴咲さんと協力し合って、目標達成のために頑張りましょう!」と。
私はPCに釘付けとなっていたわけですが、この部長の紹介を画面越しに聞き、「なぬ? きさきかなる、って?」とギョッとなりました。
部長の口から歯切れ良く飛び出して、私の頭上をぴゅーんと飛翔して行った名前。
それは――きさきかなる。
私は恐る恐るその名を呟き返し、画面から
それからです。
「今日からチームの一員として、皆さまと御一緒に業務に励みたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
佳那瑠のヤツ、それはそれはフレッシュらしく、
そしてペコリと、可愛らしくお辞儀までして。その後はゆっくりと顔を上げて、何か意味ありげな視線を私に飛ばしてきました。
ホント、私は腰を抜かすほど驚きましたよ。だって、禁断の扉の貴咲佳那瑠ですよ。
今は単なる女友達という位置付けですが、私も個人的には少々お世話になった佳那瑠。そんな女性が朝っぱらから正装して、目の前に突っ立ってるんですよ。しかも、この神聖なる職場で。
「なんで、なんだよ?」
私は動揺で、心臓がパクパクと連打しっぱなしです。
それにしても、友人、槇澤良樹が貴咲佳那瑠を美女鑑定しました。その評価をそのまま借用してくると。
髪の毛は長くって、どこまでも漆黒。そうだなあ、烏の濡れ羽色の艶っぽさがある。
抜けるような白い肌は、静脈が透き通って見えるほどの美肌でね。目は切れ長で、男を誘惑し翻弄させるように見つめてくる。そして唇は、若干肉厚でピンク色。
こんな評に、私が「それってパーツパーツの能書きじゃん。もうちょっと全体的なイメージが湧くような表現にしてくれよ」と文句を付けてやると、槇澤は私の方をきりっと睨み返してきて、言い放ったのです。
「要は、男の一生の間で、一度は抱いてみたいと思うほどの色気がある女性なんだよ!」と。
その佳那瑠が今、この汚してはいけない職場に突然現れたのです。
それにしても佳那瑠にとっては、今日は初出勤日。多分そのせいなのでしょう、初戦への出陣服、それは真っ白なブラウスに、ヒップとオッパイの盛り上がりを強調したダークブルーのピチピチスーツ。さらに有無も言わせぬアクセントは、太めの黒縁のメガネ。その雰囲気は、まるでCEOをこよなくお世話をするセクシー・セクレタリーそのもの、ってな具合でした。
うーん、確かに、槇澤がいみじくもほざいた言葉通り、男の一生の間で、一度は抱いてみたい女性だ。私は再確認致しました。そして朝っぱらからでも、震い付きたくなるような衝動に駆られてしまったわけです。
私はこんな佳那瑠との、ちょっと色っぽい、いや、意表を突く再会を果たしたわけですが、されどもよくよく考えてみれば、ミッキッコが佳那瑠のことについて言ってましたよね。
「佳那瑠は魔界での私の幼友達よ。そして四神の白虎の子孫なの。私たちの四神倶楽部の絆を知ってからはね、多分性根を入れ替えたのでしょうね、禁断の扉で引っ掛けた男たちの清算に、今忙しいのだから」と。
私はそんなミッキッコからの裏情報を思い出しました。
そして、そうなんだ、佳那瑠のヤツ、男とのケリを全部付けて、このオフィスでまじめに働くことにしたのかなあ、と心の高ぶりを抑えました。
しかれども、どこともなく不思議な気分です。
ミッキッコは朱雀、佳那瑠は白虎、そして私は青龍。私たち三人は四神のDNAを引き継ぐ末裔だとか。そして、この四神の内の三神の子孫の私たちは今日からこの同じフロアーで働くことになったのです。
「これってやっぱり、縁は異なもの
私はそんなことを思いながら、またパソ画面の中へ脳みそを放り込むようにして仕事に戻りました。
それからあっと言う間に時間は流れ、昼前のことでした。
悠太は私より三つ年下で、若くて優秀なスタッフです。背はスラリと高く、いわゆる爽やか系のイケメン。そのせいかオフィス内での女性たちからの人気度は高いです。
しかし、残念ながら、いや、不幸なことですが、一つ難点がありまして……。それが何かと申しますと、こいつが話題にする内容はいつも
「龍斗さん、絶対に知ってますよね。角の牛丼屋の先のオアシスビル、そこにあるでしょ、フランス高級レストランが」
私は仕事に追われてましたので、ああまたか、
「龍斗さん、お腹空いてませんか? ランチのセットメニューが、新しくなったそうですよ」
私はこんな悠太の問い掛けが面倒臭くって、「うっせーなあ、何が言いたいんだよ」と一発噛ましてやりましたよ。そしてその後に、「おまえ、昼メシを
だが悠太は、私のこんな嫌みな反応にめげることもなく、「サッスガー、先輩! ごちそうさまです!」と勝手に結論付け、あとは満面の笑みになってやがんの。
私はムカッときましたが、それでも一応先輩ですから、まあたまには悠太をかまってやらないと駄目かなと思いまして、無理矢理優しい表情を作って、「だけどおまえ、何か俺に話したいことがあるのだろ? 女とのもつれ話しか?」と。
これに悠太は普段に見られない真剣な顔付きになり、「女性とのもつれ話しですか、確かにそう言われれば、そうかも知れませんね。だけどホント、奇妙な話しなんですよね」と含みを持たせた言い回しで返してきて、何かわけありのように最後にニタリと笑いました。
それでも私は、奇妙な話し、この言葉が特に耳に残り、「じゃあ今日は、一緒にランチでもすっか」とOKを出してしまったわけです。
昼休みとなり、約束通り、悠太とそのフランス高級レストランへと出掛けました。
いつも昼食と言えば、カレーか牛丼。そして業務に追われている時は、デスクでケータリングの弁当を食べるのが普通です。
しかしこの日は違いました。相手は後輩の悠太、まったく色気はないですが、一年に一度あるかないかの高級ランチです。
お値段は並の昼食の10倍以上。まあ言ってみれば、普段のランチの2週間分ぐらいに相当しますかね。そのためか、そうそうお客さんは入店しておらず、昼時だというのに店内はゆったりとしていました。
私たちは落ち着いた奥の席に座り、お薦めセットランチを注文しました。そして、最初に出されたアペタイザーからエグゼクティブな気分で食べ始めたわけです。
しばらくは取り留めのない男の会話を交わしました。そして私は間を見計らって、先輩らしく切り出しました。
「なあ悠太、何の話しだか知らないが、お前言いたいことがあるのだろ。さっ、遠慮なく言ってみろ」
すると悠太はナイフとフォークをテーブルに、いつも動作が荒っぽい割にはそろりと置きました。それからです、「すいません先輩、……、実はですね、……、僕ちゃん、……、見てしまったのですよ」と途切れ途切れに言葉を並べました。
私は悠太のそのじらしたさえずりが堪らなく、少し強い口調で、「何をだよ?」と目を剥きました。
だけどその後はやっぱり悠太の言いたいことが読み切れず、私はポカーンと口を開けるだけでした。そんな私に向かって悠太は、余韻を残した一言を口にしたのです。
「5月4日に……」と。
私はこの期日を聞いて、悠太が可愛い後輩であるにも関わらず、なぜか急にムカついてきました。
「5月4日? だから、それがどうしたって言うんだよ?」
こうせっついてしまった私に、悠太はまことに申し訳なさそうな顔となりました。
それでも覚悟を決めたのでしょうね、皿に落としていた目線をカッと上げました。それからおもむろに、「京都で、龍斗さんとミッキッコちゃんとが、一緒にいるところを見てしまいました、すいませんでした」と。
別に謝ってもらう必要はなかったのですが、その次は奥歯に物が挟まった口調で言い足します。
「あのう……、あれって、結婚前にする……旅行ですか?」と。
「うっ!」
私は悠太の結婚前にする旅行という持って回ったツッコミに、不用意にも声を詰まらせてしまいました。
5月4日。
確かに私は京都の一条戻り橋で、5月3日を越えられないミッキッコを、お姫様ダッコをして5月4日へと連れ帰ってきました。そしてその後、一緒に
それは、沙羅と言う女性からの突然の一通のメール。そこから始まった一連の出来事。どうして5月4日に、ミッキッコと仲良く京都でデートになってしまったのか、これを話せば長くなります。このランチタイムだけでは語り尽くせません。
私はそれが煩わしいものですから、「ミッキッコとは、京都で偶然に会ったものだから、一緒に観光しただけだよ」とさらりと流しました。あとはお決まりのサラリーマンの魔法の言葉、「業務の一環だよ!」、もちろんこれで
悠太も花のサラリーマン。業務の一環、この言葉の威力のほどを充分わきまえています。
「龍斗さん、そうだったのですか、業務の一環だったのですね。それはそれは御苦労さまでした」と素直に引き下がるほかなかったようです。
それにしても、思い返せば、京都でどことなく背中に視線を感じていたのですよね。それが悠太だったとは。本当にどこで誰に見られているのかわからないものですね。
私はこれからはちょっと気を付けようと反省し、ここは逆襲で、話題を悠太に振ってやりました。
「ところでお前は、なんで、5月4日に京都にいたんだ?」
これがツボに嵌まったようでして、悠太はギュッと身を引き締めました。それからです、悠太はポツリポツリと自分の身に起こった――霊験あらたかな出来事、それを話し始めたのです。
「龍斗さん、実は、ここずっと、なにか遠い記憶が蘇ってきてたのですよね」
私は悠太が明かし始めたこんな話題に興味が湧き、「ふうん、遠い記憶ってどんな記憶なの?」とすかさず聞き返しました。すると悠太は私の顔を見つめてきて、「山の中に
これについつい引き込まれて、私も考えてみますと、悠太が話すような空間ではないのですが、星空をピューと飛んでいるような記憶がありました。それで、「確かになあ、そんな過去の記憶の覚醒もあるかなあ」と答えました。
「そうでしょ、全部はっきりと思い出させないのですが、多分これって遠い昔のことなんでしょうね。それで私、その空間へと繋がる洞穴の在りかは、どこなのかなあと、ここしばらくずっと思い出そうと頑張ってきたのですよ。そうしたらですよ……」
「えっ、思い出したのか? コングラチュレーション!」
私は思わず悠太の手を握ってしまいました。
この突然のリアクションが悠太は嬉しかったのでしょうか、間髪入れずに、「はい先輩、お陰様で、5月の連休前に、ついにその洞穴がどこにあるのかを思い出したのですよ」と言葉をほとばらせました。それから教えて上げましょうかという見え見えの雰囲気でニヤリと笑うのですよ。
「ほっほー、それは良かった。それで、その洞穴とやらは、どこにあったんだよ?」
私は部下に花を持たせるため、それはそれは興味津々風に顔を思い切り前へと突き出してやりました。すると悠太は背筋を伸ばし、私を正面に見据えて、もうドヤ顔で、一言だけ口にしました。
「
私はこれにはホント驚きましたよ。悠太の口から突然飛び出した鞍馬山、まさに、その地名にです。
鞍馬山は標高584メートルの
東側に鞍馬川、西側に
遡ること約1,250年前。時は西暦772年(
唐から戻ってきた
鑑禎はある夜、
鑑禎は夢のお告げ通り、山の上に宝の鞍を乗せた白馬を見て、それに取り憑かれ、山の奥へとさらに入って行きました。
だがその途中で、それはそれは恐ろしい女形の鬼が現れたのです。鑑禎はそれに襲われ、殺されそうになりました。しかしその時、突然に枯れ木が倒れてきて、鬼は
一夜が明けて、鑑禎がそれを確認してみると、その鬼は
私、高瀬川龍斗は学生時代を京都で過ごしました。だから、ここまでは詳しくはないですが、鞍馬山にはこんな神懸かり的な伝説があることは知っていました。
「悠太が言う鞍馬山って、牛若丸が天狗を相手にして剣術の修行した鞍馬山のことだな?」
私は悠太から唐突に飛び出してきた地名の鞍馬山に、少し
「龍斗さん、その通りですよ。それで、僕の脳内に刻まれてある古い記憶、それを確かめるために京都の鞍馬山へと出掛けたのです。だけど、現地で実に奇妙なことに出くわしてしまったのですよ」
「ほう、どんな奇妙なこと?」
私はこんな悠太の話しにどんどんと引き込まれていきました。そして、「まあ、折角の機会だから、こってりと話してみてくれないか」と悠太に催促しました。これで気を良くしたのか、悠太は神妙な顔付きで、その物語を語り始めたのです。
京都の鞍馬山に行くために、僕は5月4日の朝早くに、新幹線に飛び乗りました。そして東京から京都まで移動し、京都駅からバスと電車を乗り継いで、やっとのことで鞍馬に辿り着きました。
まずは鞍馬寺へと、そこへは仁王門から入るでしょ。その門には、
僕は脳の奥底に眠る洞穴の記憶、それをもっと蘇らせたくて、鞍馬寺への入口、仁王門をヨイショと踏み越えました。それにより、まさに結界を越えて、俗界から聖地へと足を踏み入れたわけです。
そして初夏の陽光を浴びて、吹きくる風を感じながら、金堂に向かって
九十九折参道は、清少納言が枕草子の中で、「近うて遠きもの」と評した坂道ですよね。まったくその通りでした。
近うて遠きものだからなのか、充分過ぎるほど汗ばんできました。それでも息を切らせて、僕はフラフラしながらでも登り続けて行きました。
そして坂の途中まで来た時のことでした。一人の
それはまるでここへやって来る僕を、ずっと待ち続けていたかのようでした。
女性には若くて凛とした美しさがありました。そんな女性が何を思ったのか突然に、少し歩き疲れている僕にそっと寄り添ってきたのですよ。
美女の突然の出現、それだけで驚いていたのに、さらにその突飛な行動に僕は唖然となりました。あとは「あっ、あっ」としか声が出てきません。そんな仰天をしている僕に、女性が優しく声を掛けてきてくれたのです。
「悠太さん、何をお探しなの?」
僕はド肝を抜かれましたよ。
なぜって?
だって、その
僕は少し声を震わせて、「そうなんですよ、洞穴をね」と返しますと、その女性が僕をじっと見つめておっしゃられたのです。
「私、貴咲佳那瑠と申します。私も遠い記憶を
私は、悠太が女性の声色で、突然口から飛び出してきた名前にびっくり仰天です。
「おいおいおい、貴咲佳那瑠って?」
ただただそう呟き、あとは絶句です。そんな私に悠太は勝ち誇ったような眼差しで、「その女性って、今朝部長から紹介があった新入社員の佳那瑠さんだったんですよね。確認しましたよ、やっぱりベッピンさんだったんだと。もう恋に落ちそうですよ」と、淀みなくシャーシャーと。
この悠太の発言に刺激されたのか、私は言わなくてもよいことをついつい口を滑らせてしまいました。
「ああ、男の一生の間で、一度は抱いてみたいと思う女性だよ」
「まあまあまあ、龍斗先輩、気を落ち着けて下さいよ」
悠太は私を
私からのこの横槍で、悠太の話しがどうもまずい方向にと思い、「ああ、話しを折ってすまない。悠太、先を続けてくれ」と修正をかけました。
「あっと、そうですね。龍斗先輩からのコメントはまとめて最後にでもお願いしますか」
悠太はグラスの水で口を潤し、鞍馬山物語の先へと進めます。
龍斗先輩、僕ですね、その女性から「私も遠い記憶を辿って、この鞍馬山にある洞穴を探しに来たのよ」と囁かれましてね、「そうですか、何か同じみたいですね」としか返しようがなかったです。
だけど、そんな僕の戸惑いを見てね、佳那瑠さんがさらに話されたのですよ。
「悠太さん、ご心配なく。高瀬川龍斗っていう人、あなたの会社の先輩でしょ。私、龍斗さんとは
私は悠太から語られた──懇ろの間柄になりそうな微妙な関係──こんな男女関係の解釈に、思わず口にしていたコーヒーを、ぶっ! と噴き出しました。
「龍斗先輩、まあまあまあ、落ち着いて下さい。先輩と佳那瑠さんの間柄はとにかくとして、まずは鞍馬山物語を最後まで聞いて下さいよ」
悠太が人懐っこい目で訴えてくるものですから、「うん、そうだったな、話しを続けてくれ」と頼みました。
いいですか、僕は佳那瑠さんが言う、龍斗先輩との微妙な関係がどの程度危うかったののか詮索するほど余裕もありませんでした。それで、「そうですか、龍斗先輩の知人の方なのですか、よろしく」としか答えようがなかったです。
なぜなら、僕は佳那瑠さんの
だけど、そのためだけではないのですが、僕もせっかく鞍馬山までやって来たものですから、「わかりました。私たちの遠い記憶にある洞穴、ぜひとも御一緒に、探させて下さい」と佳那瑠さんからの提案を受け入れました。
「嬉しいわ。悠太さんて、やっぱりあなたの先輩より優しい人なのね」
佳那瑠さんはそんなことを
私はこんな悠太の話しに、佳那瑠のヤツ、なにを適当なことをほざいてやがんだよ、と思わずムッとなりましたが、ここは無言で耐えました。悠太はそんな私の心の葛藤にも気付かずに続けます。
それで僕たち二人は仲良く、さらに上へと登り、金堂へと辿り着きました。
ここでやっとこさの一休みです。川から山へと吹き上がってくる風。それが僕たちの身体を気持ちよく冷やしてくれました。そしてしばらく身体を休めた後、佳那瑠さんが何かに魂を吸い取られたかのように僕に語り掛けてきたのです。
「ホント、この鞍馬山って、人知を越えた神秘な所なのね。今から650万年前に、
僕は今回鞍馬山に来るにあたって、当然インンターネットで下調べをしてきていました。
「サナート・クマラの伝説、ある程度は知ってますよ。ただそれが事実だったかどうかはわかりませんが」
僕はさらりと返しました。しかし、美女から「知ってますか?」と試されて、なんとか「知ってますよ」と答えることができ、正直なところホッとしましたよ。
その後、佳那瑠さんは復習するかのように、僕に説明してくれました。
「ところで悠太さん、鞍馬寺の本殿は金堂と呼ばれてますよね。その堂内の中央には光の象徴の毘沙門天がおられ、そして向かって右側には、愛の象徴の
僕はうんうんと頷くしかなかったです。
「これらの毘沙門天、千手観世音、護法魔王尊が三身一体となられることによって、金堂の本尊である尊天となられるとか。そしてその尊天こそが、宇宙の万物を生かす宇宙エネルギーなのだそうですよ」
こんな説明をしてくれる佳那瑠さん、もう神懸かってましたよ。そしてとても涼やかな声で、「時は650万年前のことよ。尊天、すなわち宇宙の魔王尊のサナート・クマラが金星から鞍馬山に降り立ったのだわ」と。
美女が語るこんな伝説を、僕は木陰で身体を休めながら聞きました。もう、なんと言うか、心地よく、至福の時でしたよ。
だけど、ここで止まっているわけにはいきません。身体も休まり、体力を回復することができましたから、ヨッコラセと立ち上がりました。佳那瑠さんも元気を取り戻したようです。
「さっ悠太さん、私たちの記憶を探しに行きましょ。きっとその洞穴には、サナート・クマラの降臨時の痕跡が残っているはずだわ。その痕跡こそが、きっと私たちの記憶を蘇らせてくれることになるのだわ」
僕はこんな奇々怪々な解釈に、大袈裟に反応するわけでもなく、「うーん、確かになあ。サナート・クマラが降り立った痕跡があるなら、それがキーになるかもな」と一人頷きました。
それから僕たちは、もう記憶が蘇ってくることが当然かのように歩き出しました。そして胸を高鳴らせ、山の斜面を転がったりもし、泥まみれになりながら鞍馬山の奥深くへと入って行ったのです。
それで龍斗先輩、いいですか、苦労の甲斐あって、僕たちはついに見付けたのですよ。洞穴の入口を。
急な山斜面に、大きな岩が二つもたれ合ってましてね。そこに隙間がありまして、そここそが洞穴への入り口だったのですよ。
「ほっほー、悠太、やったねえ! そりゃあ良かったなあ」
私は悠太の話しにいつの間にかのめり込んでしまっていましたから、この発見報告に思わず声を上げてしまいました。
悠太は親指を立てて、自信満々にニコッと笑い、あとは何もなかったかのように話しを続けます。
佳那瑠さんと僕はまさに
そして行き着いた先、そこには巨大な空洞が……。そう、大きく開かれた空間がそこにはあったのです。
どうもそれがですよ、僕の古い記憶に残っていた空間のようでもありました。
しかし、そこにはもっともっと驚くべきものがあったのです。その空間の中央に、どーんと静かに座っていたのですよ。
先輩、それは何だと思いますか?
悠太が突然質問を振ってきました。私は悠太の物語にすっかり引き込まれてましたから、条件反射的に「また大きな岩が二つあったのか? そこがまた入口になってたりしてな」と適当なことを口にしました。
これに悠太は親指を下に向け、「ブー」。
「龍斗先輩、僕の話しをちゃんと聞いて下さいよ、今から話しますから」
悠太は
それは重々しく、地底の大きな空間、その中央に威風堂々と座っていたもの、それが何かと申しますと……、なんと
つまり、直径30メートルはあろうかと思われる──いわゆる未確認飛行物体・UFO──が鎮座していたのですよ。
いや、それは紛れもなくピカピカと輝く空飛ぶ円盤でした。そしてそれを目にした佳那瑠さんは、感慨深く思いの丈をほとばらせました。
「悠太さん、これで私の記憶が何なのかがわかったわ。650万年前に、魔王尊のサナート・クマラが、このフライング・ソーサーに乗ってこの鞍馬山にやって来たのよ。その時に一緒だったのが、青龍、朱雀、白虎、玄武の四神たちよ」
「ふうん、四神ですか」と、僕は佳那瑠さんのこの突飛な謎解きにホント驚きましたよ。
だけどあとは「四神が鞍馬に降りてきた、――きっとそう」と合いの手を入れるのが精一杯でした。それにしても佳那瑠さんが止まりません。
「だから、その時の宇宙の旅、そしてここへ降臨した時の遠い記憶が、先祖のDNAに刻まれて、それが時代を越えて伝達されてきているのよ。私は時々、それをぼんやりと思い出すということなのだわ」
僕は佳那瑠さんのタネ明かしにただ押されっ放しで、彼女が何を言おうとしているのか深く考えず、「ノー・ダウト! ノー・ダウト!」と同じような合いの手を繰り返すだけでした。
それでも、この場の流れからしてちょっと異様と思い、「佳那瑠さん、四神の祖先たちは650万年前に、宇宙の果てからこの地球の鞍馬山に着陸したってこと? それでその時の記憶が今日まで消えることなく、佳那瑠さんの脳の奥底に引き継がれてきたということなのですか?」と再確認しました。
「まったくその通りよ」
佳那瑠さんの確信に揺るぎはありません。だがその後、なぜかわかりませんが、急に静かになられたのですよね。それからしばらくして、佳那瑠さんがぶつぶつっと言葉を発せられました。
「ねえ悠太さん、お願い、ちょっと手伝って下さらない?」ってね。
その時、佳那瑠さんは悲壮な顔付きでした。しかし僕には、この事態がどういうことなのかがわかりません。
さらにですよ、僕は神秘な空飛ぶ円盤を目の前にして、何もかもが上の空で、舞い上がり状態でした。そのためかまったく無思考で、「ああ、よいですよ」と軽く返してしまったわけです。すると佳那瑠さんが「絶対によ!」と強く念を押してくるじゃありませんか。
その後は僕に振り返ることもなく、さっさとそのフライング・ソーサーに乗り込んで行かれたのですよ。
一方僕はというと、これもまったく無思考で、佳那瑠さんに導かれるように、後を追い掛け円盤の中へと入って行きました。
龍斗さん、船内って、そこはまったく不思議なものでしたよ。僕たちが普通想像するコックピットや機械的なもの、そして電子的なものは何もなく、単に緑の草原が広がっていただけだったんですよね。
そこには牧歌的な草の香りが漂っていました。多分僕はそれに癒されたのでしょう、まるで母親の胎内に戻ったような感じを覚えました。
そんな穏やかでほんわかなフライング・ソーサーの船内。そこで佳那瑠さんが突然、服をパラパラと脱ぎ捨て始めたのです。
そして──素っ裸に。
佳那瑠さんはその妖美な肉体を露わにして、僕にねだってきたのです。
「ねえ、悠太さん、こちらにいらして」
「おいおいおい、悠太、それって禁断の扉と同じようなセルフだぜ!」
私は思わず悠太にそう叫んでしまいました。
しかし、これを聞いた悠太は、素早いリアクションで、「えっ、龍斗先輩、その禁断の扉って何なのですか?」と私の顔を覗き込んできました。
「いやいや、なんでもないよ。悠太の空飛ぶ円盤物語を続けてくれ」
私はしまったと思い、触れられたくない禁断の扉、そこへと話しが飛んで行かないように必死でした。
悠太はそんな私の勢いに恐れ入ったのか、「まあまあ先輩、禁断の扉は先輩の秘密としておいて」と、ここは冷静に元の話題へと戻ってくれました。
僕は、佳那瑠さんの「ねえ、こちらにいらして」の囁きに、スケベなめまいがクラクラッと。
これから男と女の
そう、このUFOの船内で起こってしまうのかと、期待で胸がパクパクと。そして心はグワーングワーンとしまして、一気に発情状態に──突入しそうでした。
だけど、まことに残念なことなのですが、男と女の愛欲の世界への御招待、そんななものではまったくありませんでした。
「ねえ、悠太さん、こちらにいらして」
佳那瑠さんから再び甘い誘いがあったのですが、そこから始まった出来事、それは僕にとって、エロスの世界の
僕は胸を高鳴らせながら、「こちらにいらして」とせがむ佳那瑠さんのそばに歩み寄りました。もちろん佳那瑠さんの美しい裸体を、そっと腕で包み込みました。
そんな男と女の秘め事がまさに始まろうとしている瞬間でした。佳那瑠さんがもっともっと切ない声で懇願してくるじゃありませんか。
「ねえ、悠太さん、あなたの手の平を、私の背中に、左右均等にピタッと当てて下さらない。ねっ、お願い!」と。
僕は訳がわかりません。だけど佳那瑠さんに望まれるままに、大きく手の平を開け、佳那瑠さんの背骨の左と右にピタリと貼り付けました。
「うーうん、うーうん」
そんな最中に、佳那瑠が苦しみ始めたのですよ。
僕はこんな事態に真剣に慌てましたよ。なぜなら、そこは鞍馬の山奥にある誰も知らない洞穴。そしてその空間内に鎮座している650万年前のフライング・ソーサー。その船内ですよ。
そこで、現代美女の佳那瑠さんが素っ裸で、うーうん、うーうんと唸り出したのですから。
もちろんケイタイも通じませんよね。それに救急車も呼べません。
「おっ、おっ、おっ、おっ、おー、佳那瑠さん、大丈夫ですか?」
僕は心配で心配で
「悠太さん、裂いて、……、裂いてちょうだい!」
僕は、佳那瑠さんが言うこの裂いての意味がまったくわかりません。
「佳那瑠さん、一体、何を裂けば良いの?」
僕は必死のパッチで訊いてみました。すると佳那瑠さんは、僕の耳元で消え入るように囁いたのです。
「背中を」
佳那瑠さんは今、素っ裸。そんな美女の背中を裂くなんて、僕にはできません。それで僕はもう一度確認のために、佳那瑠さんに尋ねてみました。
「何のために?」ってね。
すると佳那瑠さんは、今度は涙声で一言だけ返してきました。
「脱皮のためよ」と。
僕たち二人の間にしばらく、怪異な沈黙の時が流れて行きましたよ。これ、当然でしょ。
だって龍斗先輩、脱皮ですよ。これって僕たちの日常生活ではほとんど使わない単語ですよね。僕はそんな言葉を受けて、二の句が告げませんでした。あまりの衝撃で、しばらく放心状態です。
しかし、「ああ、そういうことだったのか。佳那瑠さんは、今から脱皮するのか」と、やっとこの事態がどういうことなのかがわかってきました。
そして僕はもう覚悟を決めました。佳那瑠さんの背中に貼り付かせてある左右の手の平に、ぐいっと力を込めました。
その途端のことでした。
ビリッ!。
この世の森羅万象、そのすべてが引き裂かれるような冷たい響きとともに、佳那瑠さんの背中には――縦方向に――実に見事な亀裂が入ったのです。
そして、その開かれた亀裂の奥を覗いてみますと、そこにはきめ細やかで透き通った新しい皮膚がありました。
ここからです、佳那瑠さんの脱皮が、本格始動!
しかしながら、ここからが本当に大変でしたよ。佳那瑠さんはその亀裂をさらに広げて行き、まずは背中から。そして時間を掛けて、足、腕と古い肌を脱ぎ捨てて、最後に顔と頭を、実に細心の注意を払いながら抜け出させたのです。
僕はとにかく献身的な手助けをさせてもらいました。その甲斐あってか、佳那瑠さんは無事に古い皮膚を捨て、新しい肌を身に纏う身体へと脱皮を果たされたのです。
まさに貫徹 & 成就!
されども、その脱皮後、佳那瑠さんは疲れ切ったのか、じっと身体を休めていました。
「悠太さん、ありがとう。魔界の女は、その若さを維持するために、時々脱皮するものだと、きっと私の古い記憶にあったのだわ。なぜだかわからないのだけど、この空飛ぶ円盤を見て、そしてその中の空気に触れてしまったらね、急に、もよおしてしまったのよ──脱皮をね」
佳那瑠さんはこんなことを話し掛けてきて、さらに懇願してきました。
「だけどね、脱皮後の柔肌、これが一番傷付き易くって危険なの。だから悠太さん、私を守ってちょうだい」
僕は、世にも珍しい美女の脱皮を手伝わせてもらいました。しかし、まだ完結していません。佳那瑠さんの願いを受けて、肌がしっかりと固まるまで保護してやる責務が残っていると思いました。
僕は円盤内の草原で、佳那瑠さんが虫に刺されないように、僕が先に刺されるように、フルッチンになって佳那瑠さんにそっと覆い被さっていました。このようにして一時間ほど頑張ったでしょうかね、佳那瑠さんの肌が少し固まってきました。外はそろそろ日が暮れ始めてるはずです。
佳那瑠さんの肌は、まだ赤ちゃんのようにぷよぷよとしてました。そのため外傷を受けないように、そっと抱きかかえながら鞍馬山から下山し、東京へと戻って行きました。 そして、その途中だったわけでして……。
ミッキッコちゃんと龍斗先輩が仲良く腕を組んで、京都駅のコンコースをチャラチャラと歩いているのを、僕は目撃したのですよ。
先輩とミッキッコちゃん、なんでなんだよ!
こっちはこんなに脱皮で苦労してたのに。
あちらさんは、いやらしい結婚前にする旅行か! コンチキショー!
僕はこう心の奥底で叫ばざるを得なかったのですよ。
後輩の悠太は、私とミッキッコの逢い引き現場を目撃し、こんな落ちまで付けて、佳那瑠の脱皮物語を終えました。
「おいおいおい、悠太、さっきも言っただろうが、ミッキッコとは単なる業務の一環だったと」
私はもう一度とにかく否定しました。悠太は脱皮物語で話し疲れたのか、「龍斗先輩、わかってますよ」とすべてを容認したかのような返事をし、大きくふうと一息入れました。
しかし私は、悠太のここまでの話しがどうも眉唾ものとしか思えません。
「なあ悠太、その佳那瑠の脱皮話しって、本当の話しなのか? セミとか蝶々とかの芋虫が、背中をバキッと割って、あとは皮がペロペロとめくれていくやつだぜ。全部お前の作り話しだろうが」
だが悠太は、「龍斗さん、嘘じゃないですよ。こういった非日常的なことって、案外世の中では起こっているのですよ」と、えらく強気。その上に続けます。
「だって、龍斗さんの古い記憶って、宇宙を飛んでる記憶でしょ。多分650万年前に、龍斗さんの先祖が空飛ぶ円盤に乗って地球にやって来た時の記憶でしょうね。だから先輩、摩訶不思議なことって、やっぱり世の中にはあるのですよ」
私も、たとえそれが後輩からだとしても、そこまで主張されれば、なるほどなあと納得するしかなかったです。その頷きを確認した悠太は、フランス料理のセットランチの最後のコーヒーに角砂糖を入れながら、今まで見たことがないまじめな顔付きになりました。
「それでね、龍斗先輩、佳那瑠さんから教えてもらったのですよ」
私は脱皮補助の大仕事を成し遂げた後輩を
「四神ってあるでしょ。佳那瑠さんは白虎の末裔で、意外なのですが、白虎族だけがどうも崇高な脱皮をすることが判明したようです。そして、私の祖先はその玄武だったとかでして、どうも脱皮のお手伝いは玄武族の役目だとか。だから佳那瑠さんは私を本能的に探し出し、その脱皮に立ち合わせてくれたそうですよ」
この長い悠太の講釈にふんふんと頷いてはいましたが、それよりも「えっ、おまえが、玄武だったのか」とびっくりです。
私が探していた玄武の子孫。それが意外にも近くにいました。しかも後輩の北森悠太だと知り、目から鱗状態です。
しかし、これで四枚のカードが揃ったこととなり、私は嬉しかったです。
「悠太、おまえが玄武だなんて、これは実に目出度いよ」とまずは祝し、「それで四神倶楽部というのがあるのだけど、そのリーダーを、俺はやらされてんだよ。役回りは名誉あるアッシー、メッシー、ミツグ君なんだけどなあ。悠太、おまえは佳那瑠さんの脱皮の世話までした英雄だぜ、だから入会してくれないか?」と早速勧誘しました。
「先輩、光栄です。謹んで入会させてもらいますよ」
悠太は京都の鞍馬山への旅で自分の運命に目覚めたのか、快諾をしてくれました。そして早速の提案をしてきました。
「龍斗さんが青龍で、ミッキッコちゃんが朱雀、佳那瑠さんは白虎で、そして私が玄武。同じ会社の同じフロアー、そこに四神の末裔たちがそろったのですよね。だから今夜、その四神倶楽部の発足会をやりませんか?」
私は悠太の入会で百人力を得たような気分となりました。もちろんその提案に即乗りです。
「そうしよう悠太、どこか予約をしておいてくれないか」
「はいリーダー、任せておいて下さい」
悠太は二つ返事です。やっぱり持つべき者は可愛い後輩ですよね。こうして私は、悠太の分も含めて少しお値段は高かったですが、フランス高級レストランでのセットランチ、それは充分満足なものとなったわけです。
その夜、ささやかながらも四神倶楽部の発足会を持ちました。
メンバーは、5月3日を越えて普通の時間に戻ってきた朱雀。そう、ミッキッコこと風早美月子。
一人目は、今回無事に脱皮を果たした白虎の貴咲佳那瑠。
三人目は、可愛いイケメン後輩、だがちょっと胡散臭い玄武の北森悠太。
そして四人目は、ずっとミッキッコに憧れ、禁断の扉では佳那瑠にもうちょっとで危うい関係に陥りそうだった青龍。そう、私こと高瀬川龍斗です。
初めて4人が揃った合コンでした。お陰様で、充分過ぎるほど盛り上がりました。しかしその最後の締めで、またまた奇妙な出来事が起こったのです。
四神倶楽部のこれからの絆愛、つまり強い絆と大きな愛による団結を祈念し、私たち4人は輪になって、手を組み合いながら乾杯をしました。
まさにその時でした。その輪の中心に、ピカピカっと稲光のような閃光が走りました。それは私たち四神の力が収斂して、多分宇宙のエネルギーを呼び込んだのではないかと推察しています。
そしてまことに不思議なことですが、輪の真ん中に、ふんわりと現れたのですよ。四神が慕う五神の麒麟が。
私たちは、それがなんとなく魔王尊のサナート・クマラの化身のような気がしました。そしてそれと同時に、全員が記憶を蘇らせたのです。
「随分と昔のことだけど、私たちの祖先たちは長い宇宙の旅の果てに、地球の鞍馬山に着陸したんだ。その時の祝賀パーティーで、魔王尊のサナート・クマラを中心に、祖先たちは円陣を組んだんだよなあ。あの時のフォーメーションが、これと同じ形だったような気がするよ」と。
遠い遠い古代の記憶。それらは先祖たちのDNAに刻まれ、現代まで綿々と伝え渡ってきました。そして今、悠久の時を超えて、4人にそれらの記憶が蘇ったのです。
650万年前に鞍馬山に降臨した四神の祖先たち、そこから時代を経るに従って、地球に居残る者、宇宙の他の星へと移住して行く者と分かれて行きました。そして私たち4人の直系の祖先たちはどこかの星に移り住んだような気がします。
私には宇宙をピューと飛ぶ記憶があり、どうもそれがその時に祖先が見た宇宙の景色ではなかったかと、ぼんやりと思うのです。
そして、こんな気分になった私たち4人は、なにかを予感しました。うまく言えませんが、650万年前の過去から今日まで、その時々にいろいろな不可解な出来事が起こってきました。そして、これからも同じようなことが起こり、私たち4人はそれらにきっと遭遇し、巻き込まれるだろう。
そして最終的には、四神倶楽部がその摩訶不思議な出来事を解決して行くことになるのではないだろうか。そんなことを予感するのでした。
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