真実の『Boy Meets Girl』

 その日は雨上がりで、じめじめした空気がまるで密林を想像させるような気温だった。

 太陽は高く、強い日差しで雨に濡れた土を乾かしていくのだが、まだまだぬかるみは足跡を残すほどにはべっちゃりとしていた。


「今日は、オオモノが現れそうだ!」

 腰に巻きつけたベルトのホルスターにはメイン武装の水鉄砲を入れており、戦闘準備は万端だった。

 夏休み、祖父の忍者屋敷に遊びに来ていた秋人少年は家を飛び出し、そばの御堂に駆けて行く。そこは冒険の準備を整える『拠点』だった。御堂の脇には、秋人が用意していた様々なアイテムを保管する保管箱がある。そこからバケツと釣竿(と言っても、木の枝に毛糸を巻きつけた自作の竿)を選択し『装備』した。


「アキトは釣竿を装備した!」

 高らかに宣言してから、秋人はバタバタと御堂から駆け出していく。今度はその脇にある下り坂をまっすぐに行き、突き当たりにあるカエルの像をぱしんと叩いて、わき道からそれる雑木林の中を突っ切っていく。カエルの像は異世界の住人である『ゲロリアン』という名の村人だ。彼はアキトがこの祖父の実家にいない時、代わりに近辺の平和を守ってくれている。

 ……という設定のもと、六歳の日に焼けた少年は山で『冒険』していた。

 最近はやっているVRゲーム機で、異世界に召喚されて冒険するソフトが巷をにぎわせていた。テレビCMを見るたび、親にVRゲームを買ってくれとせがんだが、秋人にはまだ早いといわれ続けてきた。だから、彼は代わりになる遊びを見つけた、というか空想しはじめたのだ。

 それが祖父の家の山で遊ぶVRゲームゴッコだった。

 毎日、御堂から冒険は開始され、カエルのゲロリアンに挨拶をして、秋人は雑木林やら貯水池、向日葵畑や小川、近頃はなんと洞くつまで発見していた。大人が見ても、ただのうっそうとした山の景色に少年は幻想を重ね、駆け回っていたのだ。


 貯水池の入り口はきちんとゲートが閉められているが、そのゲートの下は頭がくぐるくらいの隙間がある。大人では到底入り込むことはできないが、身長百十センチの秋人には少しばかりの汚れを気にしなければ這い蹲って潜り抜けることができた。

 まるで、キケンなモンスターの棲家へと侵入するため、見つからないように移動する冒険者のようではないか。秋人は泥だらけになりぬかるみの上で匍匐前進していくが、それさえ彼にはまるで勲章のように思えていた。


「この湖には、伝説のレッシーがいるはずだ! 今日こそ釣り上げるぞ!」

 魚を釣る事など不可能な釣り針すらない『釣竿』で、秋人は貯水池に向かって糸を投げ込む。

 彼にとっては本当に釣れるかどうかは問題ではない。彼の目の前に広がっているのは、異世界の広大な湖であり、落ち葉が水面に作った波紋が、巨大な怪獣の出現に映るのである。


 空想と想像のイマジナルワールドで遊ぶ事で、秋人の毎日は充実していた。いつも、家に帰ると親に叱られていたが、そこはそれ、寝て起きればすっかり頭はリセットされてしまうのが子供だ。

 今日も、あまたの冒険を潜り抜け、モンスター退治(という名の蝉取り)を行う。そんなはずだった。


 泥だらけのまま、貯水池から抜け出て、秋人は最近お気に入りの秘密基地、洞くつへと向かおうとした。

 そこには、いくつかの玩具とお菓子を置いている。いざという時にそこで暮らせるようにだ。自分の基地という目印のため、タオルを巻きつけた枝を土に突きさして、旗にもしている。タオルには大きく『AKITO』と名前を書いてもらった。

 書いてくれたのは母親だ。タオルに自分の名前を書くくらいは秋人もできるが、六歳の彼には平仮名が精一杯だった。当初は『あきと』と書いていたのだが、秘密基地に建てる旗にするとかっこ悪いと思った。

 だから、秋人は母親に「かっこよく書いて」と発注したのだ。そして返ってきたのが『AKITO』の旗だった。これを秋人はとても気に入った。アルファベットも知らなかったが、まさに『異世界の文字』のように見えたのだ。そんなわけで、旗の裏面には『あきと』表面には『AKITO』と書かれてあった。


 雑木林を駆け抜け、小川の傍をなぞるように登っていけば、そこにはひっそりとしたほら穴があった。入り口は一メートルちょっとという程度で、奥行きもあんまりないが、秋人にはこれがダンジョンに見えてしまう。そして、ココこそが異世界探索の秘密基地に相応しいとして、おやつや弁当を持ち込んでは暫く休憩し、腰を落ち着けたりしていたのである。


「あった」

 ほら穴の奥に、昨日置いてあった未開封のポテトチップの袋を見つけた。彼の『保存食』だ。それをばりりと口を破いて、ばくばくと食べ始める。母親がちゃんと水を飲む事、と口うるさく言い持たせた水筒には凍らせた麦茶が入っている。程よく溶けてキンキンに冷えた麦茶を飲むと、そこはもう異世界の冒険者ギルドのようだった。

 水筒がカラになったら帰ってくること、と言い付けられていて、秋人はこれをきちんと守っていた。『冒険』にルールが加わる事で、『ゲーム』はより面白くなると考えていた。水筒の中がなくなる頃にはおなかも減りだしていて、遊びのひとつのサイクルとして馴染んでいたわけだ。


「まだ、お茶あるな。よし、まだいけるぞ」

 ポテチをバリバリと喰い散らかして、今度はどこに行こうか考えていた時だった。

 じゃり……と、入り口のほうから何かの足音がした。

「むっ! まさか、テキのしんにゅうかっ?」

 すぐにホルスターの水鉄砲を抜き、入り口のほうへ構えた。

Yipeひぃ!?」

 日差しを遮る暗いほら穴から、入り口を見れば、そこには光を受けて金色に煌めく小さな女の子がいた。秋人が構えた水鉄砲に驚いたらしく、奇妙な言葉で小さく悲鳴を上げていた。

 暗いほら穴の中の秋人の目には、日差しの後光を受け、金色の髪をキラキラとさせ、青い瞳を震わせた白い肌の女の子は、まさに異世界の住人だった。淡い水色のワンピースを首の後ろで薄い生地のリボンでまとめていて、リボンが大きいためか日差しに照らされた姿は羽が生えているようにも見えた。


「な、な……、えっ……。だれ……?」

 流石に面食らった秋人は、突然現れた『妖精』にどうしていいやら、その場から動けずにいた。

 一方あちらの少女も、酷く怯えていて、腰が抜けたのか、そこに尻餅をついてしまった。

「あっ、ごめん!」

 秋人は、水鉄砲を向けていた事を慌てて思い出して、ホルスターへとしまいこんだ。そして、女の子の方へと駆けて起こしてやろうと手を差し出した。

「No help……」

 かすれるような小さな声で脅えきってしまったらしい少女は、身を守るみたいに両手で顔を覆ってうずくまると、訊きなれない言葉でなにやら懸命にこちらに訴えていた。残念ながら、秋人にはその言葉がさっぱり理解できなかったが、この妖精を完全に怯えさえてしまった事だけは分かる。そして、それは自分のせいでもあると理解している。

 大きな瞳を揺れさせ、目じりに次第に涙を浮かべていく。泣き始める妖精をどうしたものかと慌ててしまい、秋人は、敵意はないことを伝えるため、ポテトチップを差し出した。


「な、なくなよ! わざとじゃないんだ……ほら、これやるから」

 差し出してきたポテチの袋を妖精は恐る恐る見つめて、じぃっと、袋に描かれたイラストを見つめた。


「Crisps?」

「え、え? いやポテトチップ……」

「Potato chip?」

「は? いいから、ほら……食っていいから……」


 怯えている女の子へ、ずいと袋を差し出して、どうにか機嫌を取ろうとする秋人は、とりあえず、妖精が泣きやんでくれそうで安心した。

 座り込んでしまっていた少女がぺたんと女の子座りのまま、ポテトチップの袋を受け取ると、おずおずと袋の中のチップスを一枚つまんで袋から取り出した。

 そして、またまじまじと秋人のほうへと青い瞳を向けてくる。

 食べていいのかと訊いているみたいだったので、秋人は「うん」と頷いた。そしたら、やっと妖精はポテトチップを食べてくれた。


「はぁ、焦った。……ねえ、お前名前は?」

 秋人もほっと一息してから、水筒のお茶をもう一杯飲み、ナゾの妖精に訊いてみた。

 しかし、秋人の声を受けて妖精は難しげな表情をして「Ah well……」と聞き取れないほど小さな声を零す。まだまだこちらを警戒しているのかもしれない。


「んー?? なんて? あ、オレ秋人。亀山秋人、六歳」

「Where am I now?」

「う、な、い、な、ええ? 何、何言ってんのかわかんねえ……」

「I am lost!」

「お、おちつけって!」

 妖精がなにやら必死に訴えてくるがさっぱり言葉が通じない。まさか異世界の妖精に言葉が通じないとは考えもしなかった。次第にまた泣き出しそうになってくる妖精に、秋人は困りながら、落ち着かせようと、水筒のお茶を差し出してやる。


「コレ飲んで、とりあえず」

 水筒のコップを差し出して、妖精に手渡す。妖精はコップを受け取って一口お茶に口をつけた。すると、泣き出しそうだった顔がぱっと切り替わって、一気にコップの水をガブ飲みした。

「Cold and delicious」

「まいったなー、何言ってるか分かんない」

 秋人が頭を抱えていると、妖精も少し落ち着いたらしく、暫し互いにどうしたものかと悩みこんでしまった。

 二人で仲良く腕組してると、妖精のほうがなにやら思いついたらしく、立ち上がって、洞くつの入り口まで出て行った。

 そして、秋人を手招きする。言葉は通じなくてもジェスチャーは伝わる。自分を呼んでいるのだとわかって、秋人は一緒に洞くつの入り口まで出てきた。

 すると、妖精が例の旗を指差して「アキト!」と言った。

 そこで、秋人もしかめていた眉をぱっと持ち上げて、妖精のほうを見た。

「そ、そう! オレ、アキト」

「My name is Charlotte」

「まいねず……?」

 どうやら、あちらはこちらの名前を分かってくれたらしい。しかしながら、妖精の言葉はまるでツラツラと流れる歌のようで、発音的に「え」といったのか「あ」と云ったのかも分からないし、自己紹介したのかもあやふやだった。

 ただ、なんとなく分かったのは、この妖精は困っているということだ。

 何に困っているのかは、分からない。しかし、彼女は間違いなく不安に怯えているのだと分かった。


 突然に現れた言葉の通じない妖精。その彼女が困っているのだと分かれば、勇者としては救ってやらなくてはならない。秋人にとっては今日のこの出会いもやはり冒険の一部なのだ。


「分かった。オレがなんとかしてやる」

「What……?」

「いいから。困ってんだろ。オレが絶対、お前のこと、助けてやる」

 目の前の泥んこまみれの少年に、自分の言葉が通じないのは少女も分かった。だが同時に、少年が優しい男の子だということも、分かった。お菓子をくれて、冷えた飲み物も分けてくれた。このほら穴で暮らしている日本の『ヨーカイ』というものかもしれないと、妖精も妖精で勘違いしていたのである。

 さっと差し出された掌は、小さいのにとても頼もしく見える。

 妖精は妖怪の手を握り返した。言葉が通じずとも、不思議な親近感が二人の手を自然につながせた。

 二人して並ぶと、背たけはほとんど同じくらいだ。きっと年も同じくらいなのだろう。

「よし、いこうぜ! 大冒険だ!」

「アキト!」

「そうそう! オレは勇者アキト! お前は妖精な!」

「Y-you say……?」


 互いに言葉は通じない。しかし、つなぎあった掌が、どうしてこうも温かいのか。二人の間に不安はあれど、手を引き駆け出した少年に、少女は金色の髪を揺らして、笑顔をこぼしてしまう。

 彼についていけば、大丈夫だと、なぜだかそう感じてしまうのが不思議だ。


 二人はこうして夏の山で、大冒険を始めた。

 秋人は自分のお気に入りである向日葵畑に連れて来て、背の高い向日葵の下を駆け回る。それはまるで向日葵でできた迷路のようで、勇者にとっての迷いの森であった。

「離れるなよ、ここは迷いの森なんだ」

「A lot of big sunflowers!」

「やばい! 銃がタマギレしてる! いま襲われたらキケンだ! オレからはなれるな!」

 背の高い向日葵に囲まれながら、妖精の少女は眩しい笑顔を振り撒いていく。秋人は水鉄砲を構えて彼女を手を引いて行く。水鉄砲に水が入っていないことに気がついて、秋人は神妙な顔をして、ドラマの刑事みたいに警戒しながら、向日葵の下をかけていくのだった。

 不思議な妖精の少女をヒロインに、勇者は迷宮へと挑んでいく。強く握られた手が、迷子の女の子を不安から支えていたことなど、本人には分かっていなかったが、ブロンドの少女は手を引く少年を頼もしげに見つめていた。


「アキト」

「だいじょうぶか、水筒飲むか?」

「Please help me……」

 ぴったりと寄り添ってくる妖精を庇うように、秋人が水筒を開けて渡してやる。冷たく美味しい麦茶は、心地よく体にしみこんでいく。

 休憩を挟みながら、秋人と妖精は、向日葵畑を駆け回り、手をつないでくるくると踊るみたいに楽しんだ。

 夢のような世界だった。

 今、自分の目の前にいる不思議な子は、言葉による意思の疎通も不十分だというのに、自然に気持ちが伝わってくるみたいに感じていた。繋いでいた手が、まるで心を繋げているみたいだった。

 純粋な二人は、あっという間にうちとけていたのだ。


「アキト! アキト!」

「気をつけろ。かまきりがいる!」

「OH! Its COOL!!」

「ほりゃ、つかまえた!」

「Let me have a feel!」

 かまきりを捕まえた秋人に少女は楽しそうに手を差し出す。物怖じしない女の子だなと秋人は意外に思いながら、かまきりを妖精に手渡してやると、少女はきゃっきゃとはしゃいで跳ね回った。

「女子って、ムシ嫌いなやつ多いのに、妖精だからへいきなのかな……」

「アキト!」

「んぁ?」

「I love insects. I want to see it a lot!」

 かまきり片手に満円の笑顔ではしゃぐ少女が何やら言ってくるが、内容はやっぱり把握できない。しかし、大体の空気で分かる。

 たぶん、この子は虫が好きなんだろうと考えた秋人は、蝉取りをやってやろうともう一度少女の手を取り、迷いの森から連れ出していく。

「まかせろー!」

「マカセロー!」

 向日葵畑から雑木林のほうへ入っていけば、沢山の昆虫に出会える。蝉はもちろん、早朝ならカブトムシやクワガタも発見する事ができるのだ。

 夏の暑さもなんのその、子供二人は夢中になって、木々の間で虫探しに夢中になった。蝉の抜け殻を見つけては嬉しそうにはしゃぐ。まるで宝探しが上手く行ったみたいに、汗を煌めかせて笑い合う。

 いつしか秋人の水筒は、二人分の消耗であっという間になくなっていった。飲み物がなくなったことで、水鉄砲の補充をしなくてはならない事を思い出し、秋人は近場の小川を目差す事にした。


 ――やがて水鉄砲の弾を入れるため、近くの小川にやってきた時、金色の少女が弾かれたみたいに駆け出した。

 突然の事で、今度は秋人が逆にうろたえていた。ついさっきまで自分からぴったりとくっついて離れようとしなかったのに、小川に到着したら、まるで舞うように走り出した。

「おいっ、急に走んなってば!」

「Its here! Thanks for showing me around!」

 少女が駆けて行く先にはテントが張られている。誰かがキャンプをしているのだろう。どうやら、そこが妖精の棲家のようだ。無事に今回の冒険は達成できたというわけだ。


「アキトー!!」

 テントまで駆けて行った少女があちらから大きな声と共に手を振ってくる。

「よーし、冒険成功だ! もう水筒なくなったし、帰らないと」

 秋人は、向こうで手を振っている妖精に、手を振り替えして、「じゃあなー!」と叫び返してやった。

 面白い出会いができたことに、秋人は喜んでいた。明日もここに来ればまた遊べるかも知れない。そういえば、結局妖精の名前はわからず仕舞いだ。一緒に遊ぶ以上は名前が分かっていないとお誘いにもいけない。


「おーい! おまえ、名前なんだっけーっ?」

「アキトー! Chaoまたねー!!」

「ちゃお……? チャオっていうのか……」

 なんだか、実に妖精みたいな名前じゃないか。妙に納得行く名前だと秋人は一人、うんうんと頷いて、もう一度手を振り返した。


「ちゃおー、またあしたー!」

 川の水を水鉄砲に汲み入れて、秋人は川辺から駆け出していった。おなかも随分減っていた。早く帰ってゴハンを食べよう。そしてお母さんに、この妖精『チャオ』の事をジマンしてやるのだ。

 秋人は夏の山を駆け回り、またも泥だらけになりながら家路につく。

 帰ってくると共に、母親にまた叱られてしまった。怒られるのはいつものことなので、秋人はそんなことより聞いてくれと妖精の話を家族に伝えるのだが、全く取り合ってもらえなかった。


 明日、もう一度川にいけば、会えるだろう。そしたら、今度はウチに招待してしまおう。そしたら、親も妖精のことを信じてくれるはずだ。

 そんな風に考えて、くたくたの体を休ませた。

 毎日全力で遊びまわったヤンチャな体があっという間に睡魔に包まれ、眠りに落ちる。

 夢の中で、秋人は羽の生えた妖精と共に、またも大冒険へと出かけていた。奇妙な光の粒子を集めて、一緒に冒険をする夢だった。


 翌朝目覚めてから、あの川辺に行っても、もう二度と妖精が姿を見せることはなかった。秘密基地のほら穴で一日、ずっと待っていたこともある。それでも妖精は、秋人の前に現れることはなかった――。

 寂しさが心を締め付けて、ひとり洞くつでわんわんと泣いた。

 そうして、いつしか、それは夏の日の幻だったのだと、脳が整理していった。幼いころに見た夢のひとつで、妖精と出会ったという事実だけがいつまでも秋人の胸に残り続けていくのだった。


 少女も同様に、夏の日に日本で出会った泥んこ妖怪をずっと想っていた。やんちゃで、ちょっと強引で引っ張っていってくれる少年に、大きな感謝と、「またね」と云った言葉を叶えるために。十年が経ち、それでも少女はずっと想い続けた。虫が好きで追いかけていたらいつの間にか迷子になった山の中で出会った少年の事を。

 アキトという名前だけしか分かっていない。泥んこで、やんちゃで強引だけど……とても優しい男の子を忘れないように、繋いでいた掌の大きさをいつまでも覚えていた。

 誤算だったのは、その少年が想像以上に大きくなっていて、出会ったころには、そのやんちゃさも、強引さも息を潜めてしまっていたことだ。


 クラスでみんなから『仁王像』だなんてあだ名を付けられ、怖れられていた同級生の名前を見た時、――『カメヤマアキト』の名前を見た時――、夏の妖怪と同一人物とは思っていなかった。

 しかし、アキトという名前はシャーにとって、とても大事だったから、シャーはいつしかアキトをいつも目で追っていた。


 だから、思い出の少年とは似ても似つかない亀山秋人に、少し興味を持ちながらも遠巻きに見ていた。

 そして、少しだけわかった事がある。

 似ても似つかないと思った秋人が、本当はとても優しいのだということに。

 そこは、あの思い出のアキトとまったく同じだと思った。

 だからシャーは、あの日しつこいナンパオトコに言い寄られて困っていた時、視界に入って来た亀山秋人に思わずこう呼んだのだ。


「アキト!」――と。

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