All’s well that ends well

「ミッション、コンプリート!!」

 ウォークラリー最後のチェックポイントは洞くつだった。あの頃とは違い、もうAKITOの旗はない。汚くなったから捨ててしまったと母親は言っていた。

 洞くつをスキャンすると、その奥からクォンタムの輝きが迸り、そして<プリリル>の姿を形作る。


『よくここまでたどり着いた! 出会いの洞くつは、『夏の幻』の出会いの地。このミッションこそが、キミ達にとって、ステキな夏の思い出となるだろう』


 コングラッチュレーションの文字とファンファーレ演出がはいり、参加メンバーはチャレンジ『ミッションをクリアした』を獲得し、称号として『夏の幻』を入手したのである。

 四人は微笑みあい、スマホをしまった。


「ステキな夏の思い出、ねェ……。『夏の幻』のオチは、青春の思い出ってか?」

 ニタニタと笑いながら栄太が秋人に意地悪く視線を投げた。

 その友人の表情に、顔を赤くしてそっぽを向く秋人は照れ隠しのように答えた。

「しかたないだろう。オレ自身、『夏の幻』の正体を知らなかったんだ。ミッションを作った以上、それらしいオチを設定しておいたほうがいいと思ったんだよ」

「その用意したオチも、ムダになっちゃったわね。ホントに『夏の幻』を見つけちゃったんだから」

 苦笑するともえは、隣のシャーを見て、くくっと噴出してしまう。

「むう……」

 正直、どういう顔をしてシャーを見ればいいか分からない。まさかという真実に、秋人はシャーを正面から見ることが出来なくなっていた。

 ずっと思い続けていた妖精が、実在した女の子で、しかもそれが留学生としてやってきたシャルロットであろうなどと、想像できるだろうか――。


「アキト、アタシのこと、妖精だと思ったんだ……」

「う……それはもう言うな……」

「アタシ、そんなに小さくナイが!!」

「わ、分かってるよ。オレの勘違いだったんだ」


 ――言えるものか。妖精のように可憐だったから、などと――。


「ね、ちょっと再現してみせてよ」

「おっ、いいねそれ。折角当時の場所にいるわけだし?」

 面白そうに二人が茶化してくるが、秋人からすればこれ以上この件でつっつかれることは恥ずかしくて仕方ない。

「今のオレの身長じゃ、このほら穴には入りきれない」

 そんな言い訳をするが、栄太がぐりぐりと秋人の背中を押して、穴へつっこませようとする。

「丸まればイケるって、ほれ、ちょっと屈んでみろ」

「お、おい。やめろ。シャーも何とか言え、さらし者だぞ」

 救いを求めるようにシャーへと言葉をかけるが、シャーは背中のバックパックをごそごそとやって何かを探しているようだった。

「おっ、ほれ、丸まればはいるぞ」

「むうう……」

 洞くつの入り口は一メートル。秋人の身長は百八十センチ。丸まってほら穴に収まる姿は、まるでダルマ人形みたいに滑稽で珍妙な光景になってしまった。

「あははは! ナニコレ、御神体? 凄く霊験あらたか!」

 ともえまで大きな声で笑っていた。小さなほら穴の中で蹲る秋人の姿は、まさに何かの守り神だか、モアイ像のようであった。

「さ、妖精さん。出番だぜ」

 シャーを入り口のほうへと誘うような仕草で恭しく礼をした栄太。ともえも、にっこりと微笑み、シャーを見た。

 秋人は、もう好きにしてくれと観念した思いで、諦めの境地から、入り口に立った少女を見上げる形になった。


「アキト」

 シャーは胸元に何かを抱きかかえるようにしていた。先ほど、バックパックから取り出したものだろう。

「ハイ」

 そうしてそれを両手で、秋人のほうへ差し出した。秋人はそれを見て、はっとした。シャーが秋人に突き出してきたものは、ポテトチップの袋だったのだ。

 再現をしようと、彼女は言っているのだ。秋人は、暫しの沈黙のあと、静かに袋を受け取った。


「水鉄砲はないんだ」

「アタシも、羽はないヨ」


 二人は思わず吹き出してしまう。こんな再会があるだろうか。ずっと前からとっくにめぐり合っていたのに、御互いすぐに近寄れなかった。そしてこの状況を作り出した奇跡が、まるで想定どおりみたいにも思えてくる。

 秋人はポテトチップの袋をバリリと開けて、そしてそれをシャーへと渡す。


I am lostアタシ まいごなの

 ポテトチップを受け取った少女は、柔らかく微笑んだ。その顔は、間違いなく、夏の幻であった。

「ずっと、探してた」

「アタシもだが?」

 悪戯に笑むシャーが、どうにも眩しい。秋人には、彼女には敵わないと思い知らされてしまう。気持ちのギアなんて、シャーの笑顔が簡単に壊してしまうのだから。

「そうだな、すまん。お前には負ける」

「んふーっ!」


 シャーは満足げにブイサインで自慢げに笑う。秋人も、笑ってしまった。なんだこれ、なんだこれと思いながら、楽しくてしょうがない。胸が踊る――。


 その日の夜。

 ミッション、ウォークラリーは滞りなく終わり、思わぬ真実さえも解き明かしてのお祝いとなった。

 亀山家の縁側で花火ををすることになり、四人は西瓜を食べてからの花火にテンションを上げて目一杯楽しんでいた。


「おおー。やっぱ山で見る星空は一際綺麗に見えるな」

 縁側から空を見ていた栄太が天文部らしくアステリズムをなぞりながら指を指していた。

「あ、夏の大三角ってやつ?」

 ともえもならって見上げる。よく光っている三つの星を確認できたが、天体はそこまで詳しくない。どれがアルタイルで、どれがベガなのかさっぱりだ。


「えっと……あれがデネブだから……、こっちがベガ。そっちがアルタイルだなー」

「こっちってどっちよ」

「だから……、ほらこっち来てみ?」

 栄太がともえを手招きして、自分と同じ視線にあわせるように隣に呼んだ。二人して縁側から天を指差し、「あれがどれだ」と言い合う姿はどこか御似合いだった。


 庭で互いに線香花火を灯していた秋人とシャーは、二人の話題から織姫と彦星を思い出していた。

「たしか、アルタイルが彦星だよな」

「エー? ナニソレ?」

「七夕だよ。知らないか? 織姫と彦星の話」

「タナバタはしってる。夫婦がハナレバナレになるの」

 ぽとん、と、シャーの線香花火が落ちた。秋人のはまだちりちりと小さい火花を飛ばしている。秋人はまじまじとその火花を見つめていたが、シャーは秋人を見ていた。


「その織姫が、ベガなんだよ。日本じゃ七夕に雨が降ると、二人は会えないって言われてるな」

「あめ、降らなくてよかったね」

 ポツリと零すようにシャーが鈴虫のような声でつむいだ。

「今日は七夕じゃぁないぞ」

「……うん……。降らなくて、良かった……」

 今日、雨が降っていたら――。

 きっとウォークラリーは中止していただろう。そうしたら、夏の幻には再会できなかったはずだ。

 シャーは、今日の晴れを、きっと世界中の誰よりも感謝していた。


「アキト?」

「ん?」

「ずっと、会いたかった」

 小さな、すぐ傍にいないと聞き取れないような小さな声だった。普段の天真爛漫な彼女からは似つかわしくないほどに、儚げな声に、秋人はどきんと胸を高鳴らせた。

 しかし、すぐに瞳を閉じて、心を平静に落ち着けようと深く息を吸い込んだ。


(シャーは、好きな人のために、日本に来ている。子供の頃の思い出と、今の恋愛感情は別の話だ)

 秋人は胸に渦巻く火炎のような熱い思いを押さえ込み、『友情』で塗りつぶそうときつく瞳を閉じ続けた。

 震えてしまった指が、線香花火を落としてしまう。

 二人を包んでいた暖かな光は消えてしまい、夜の空気が包み込んだ。


「シャーと出会えて、嬉しかったぞ」

 ゆっくりと瞼を開き、低い声を囁くように、シャーの音色に合わせる。

「ホント?」

「当たり前だ。長年のナゾも解けてすっきりしたしな」


 ――ウソだった。ちっともすっきりしない。

 過去に出会っていたからどうだとか、そういうのはもう秋人にとってどうでも良い事だった。

 ただただ、今のシャルロットが愛おしかったのだ。

 この気持ちを塗りつぶす事の苦しさと切なさが、耐え難いほどに重い。心臓に鉄球でも括りつけられてしまったようだ。てんで素直な笑顔を作れない。


「アキト、もういちど、手、つなご?」

 シャーが白い手を秋人に差し出してきた。あの頃のような手ではない。すらりと細い指に、柔らかい手。美しい爪は、立派な女性だった。

 秋人は、もうその手を取れない。

 取ってしまえば、男と女を意識してしまうから。

 二人はもう子供じゃない。


「恥ずかしいから、よそう」

 そんな言葉しか選べなかった。どうして成長してしまったのだろう。幼い頃ならその手をなんの躊躇なく取れたはずなのに。なぜ、自分はこうも大きく成長したのだろうか。体だけ大きくなって、心はどんどん臆病になっていくようだった。

 秋人の言葉で、伸ばされたシャーの指先がぴくりと反応し、そして、引っ込んでいった。

 秋人は、思わずシャーの表情を見てしまった。


 どうしていいか、分からずに、戸惑い、不安で崩れてしまいそうになっている少女は、かつて迷子の妖精と出会ったときと瓜二つだった。


「そっか。空気、読むの、またデキナカッタ。ヘタクソだから、ごめんね」

 少女は、不安そうな表情を頑張って笑顔に作り変えた。

 それがたまらなく秋人の胸を締め付けた。


(こんな顔をさせるのか、オレは――)


 あはは、と困ったように笑うシャーの作り笑顔は、日本の文化のそれだ。合わせようとして、自分を見失う。

 あるがままを許されない世界が、本当に美しく大切な宝石を汚していく。


(こんな顔を見たいんじゃない――)


 秋人は、自分も体が震え上がりそうなほどに、物怖じしているのだと分かる。しかし、それでも、今動かなくては、傷さえも残らないと思えた。空中分解するように消えていく幻を、今度こそ幻にしてしまう。

 彼女は、幻ではないのだ。

 妖精ではない。シャルロット・フィリップスは、女の子なのだから。


「シャー」


 繋ぎとめたくて名を呼んだ。そこから何を伝えればいいのか、しっかりとした言葉は出てこない。だから、気持ちにしたがうしかなかった。


「空気を読めないのは御互い様かも、しれん」

「……え?」

「お前が、好きな人のために日本にきたことを知っているのに、オレはそれを無神経に乱そうとしてる」

 震えだす体に、力を込めた。言葉を吐き出す事がこんなにもパワーを必要とする事が生涯、今まであっただろうか。汗が浮かび、心臓がバクバクいっている。呼吸も息苦しく、どうやって空気を吸っていたのかやり方がわからなくなりそうだった。


「好きだ」

 今度は秋人から手を伸ばした。

 この手を取ってくれなくても、それでいい。大事なのは、空気を読むことではない。気持ちを伝えて、認め合うことなのだから。

 そこに不和が生まれても、相手をきちんと知ることこそが、『付き合い』だと思いたい。うわべだけでいい関係なら、ここまで気持ちをコントロールできなくなるはずもない。


「え? イミわからんが?」


 ………………。

 決死の思いの告白は、シャーが無情にはたきおとしてしまった。

 秋人は、手を伸ばした姿勢のまま、凍り付いて固まってしまう。灰の塊のように、風でサラサラと体がふきとばされていきそうだった。

 シャーは、頭を捻るみたいに、「えー? えー? えー?」と首を傾げていた。


「いや、だからな、シャー。これはつまり、告白であって……」

「アー、わからん! 説明するの、ムツカシイから、アタシも言うね」

「は……、はあ……?」

 生まれて初めての告白だったのに、なんなのだろうこのゴチャゴチャ感は、まったく格好がつかない。ドラマや小説のようには世の中やっぱりうまく行かないものだ。


「アノネ! アタシ、日本に来たのは、アキトに会うためダカラ」

「……オレに?」

「ソダヨー。それでなんで、アキトが『空気を読めない』かが、ワカランので、困った」

「お、おい、吉原さん。どういうことだ?」


 思わず状況整理に頭が追いつかず、元々情報をくれた吉原ともえに解説を頼むことになってしまった。

 ともえも栄太も呆れ顔でジト汗を垂らしてこちらを見ていたが、縁側から立ち上がって、腰に手を当てて説明を加えてくれた。


「シャーは私に、大好きな男の子をさがして日本にきたって、言ってたの」

 その後ろから、縁側の栄太がやれやれと呆れた表情のまま続いた。

「で、今回のウォークラリーで、その男の子が『アキト』。つまり、お前だったって気が付いたんだろ」

「え、いつからそうなった……?」

 二人の解説を踏まえ、秋人は相も変わらず手を伸ばした体勢のままにもう一度シャーへと聞き返した。


「えー? アキトが小川に連れて来てくれたとき。アキトが『アキト』だってハッキリわかった」

「……つまり……?」


 溜息を吐き出しながら、ともえが首をふる。

「だから、空気を読んでないどころか、相思相愛ってことでしょ。ごちそうさま」

「いやーこれこそ青春だな、うんうん」


 そんなばかな。だったら、これまで懸命に自分の慕情を誤魔化そうと切ない気持ちに溜息をつき続けていたのはなんだったというのか。

 今度はまったく違う種類の溜息で、秋人はどっと疲労感が襲い掛かってきた。


 そんな秋人の手に、そっとシャーの掌が重なってきた。


「アキト」


 柔らかい掌は、昔のままだった。そして、繋いだ手から、素直な気持ちだけが伝わってくる事も、何も変わっていない。


「I love you」





 ◆ ウォークラリー ~粒子妖精戦争~ 終 ◆

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ウォークラリー ~粒子妖精戦争~ 花井有人 @ALTO

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