BOY MEETS GIRL

「よしDL完了」

 シャーが秋人のスマホを返す。画面を覗き込むと、新しくアイコンが追加されていて『ウォークラリー』とあった。

 タップすると、登録画面が開く。

「む、登録がいるのか?」

「ソウ! メールアドレスで登録。お金はかからないから、大丈夫」

 ほんの一瞬躊躇したが、秋人は登録を済ませた。

 ここまで来て、やっぱりやめるというのも、興ざめだと思ったからだ。

 登録が済むと、チュートリアルが始まった。

 ゲーム説明を読むと、宇宙から飛来した謎のエネルギー生命体『クォンタムフェアリー』は地球上の至る箇所に『ネスト』と呼ばれる住処を作っているらしい。

 このアプリは、その『ネスト』を見つけ出すナビゲーターである。

 まずは、ナビゲーターを頼りに『ネスト』を探せ――。と、画面にテキストが表示されていた。

 『OK』の文字をタップすると、バードビュー視点のマップ画面に切り替わった。

 先ほど、シャーのスマホの画面で見たものと同じだ。この付近の地図そのままで知らない人が見るとカーナビの画面そのままである。

 中央に現在地を示す矢印アイコン。周囲に、粒子がいくつか浮かんでいる箇所が表示されている。

 一番近いところは先ほどの公園の石碑のようだ。

「おお、出たぞ。光だ」

「じゃあ、『ネスト』に行こウ。お勧め『ネスト』があるんダ」

「ん、さっきの公園じゃダメなのか?」

 マップを見る限り、南西に百二十メートルと、表示されている。

「あそこのネストより、お勧めなのがあるからー」

 シャーが言うが早いか歩き始めた。

 チャオも居るし、あまり遠くにはいけないのだが、彼女のあの嬉しそうな笑顔を見ていると、付いて行かざるを得ない。

「やれやれ、あまり遠くには行けないぞ」

「大丈夫! マップみて! 北に三百メートル」

 言われて、マップを確認する。

 しかし、マップ範囲が狭いのか、北三百メートルは画面内に表示されていない。

「シャー。三百メートル範囲が映らないぞ」

「ピンチしろ?」

「ぴ、ぴんち?」

「アキトは、スマホだめだなー」

「す、すまん。まだ買って貰ったばかりなんだ」

 シャーがまた駆け寄ってきて自分のスマホの画面をみせてくる。

 その画面を人差し指と親指を当て、つまむような動きでタッチした。

 そのまま指を狭めると、地図が縮小されて表示された。

「おお? なるほど」

 秋人もそれに習って操作する。

 すると、マップの範囲が広がる。操作してみたところ、最大五百メートルまでマップを広げて表示する事ができた。

 北の三百メートル範囲には、確かに粒子が輝いている。

 そこは確か、団地だったはずだ。

「あんな団地に『ネスト』があるのか?」

「ある。お勧め。いこ」

 シャーに導かれるまま、スマホを片手に北に向かって歩き始めた。

「画面、ズット見てなくてもイイよ」

 シャーはすでにスマホをポケットにしまいこんでいた。

「む、そうか……。ちょっと物珍しくてな」

「歩きスマホは、アブないから、やめろ?」

「そうだな」

 割と、しっかりした事も言うのだなと秋人は素直にその言葉に従った。

 そのシャーはスマホをポケットにしまった後に、片耳にイヤホン取り付けた。

 チカチカと青のライトが瞬いている。流線形のデザインで、無線型らしく線などどこにもつながっている様子は無い。おそらくブルートゥースを利用したイヤホンだろう。

 また、短く下に伸びた白い管がマイクらしく、シャーはそれに向かい、語りかけた。

「ネストナビ、開始」

 ブルーのライトが一瞬オレンジに切り替わったと思うと、またすぐにブルーに戻る。

 シャーは、そのまま歩を進め、北三百メートル地点にあると思われる『ネスト』へ向かっていく。音声操作でゲームアプリを動かしているようである。なるほど、あれであれば歩きスマホの防止に一躍買ってくれるだろう。

 秋人もその後ろを付いていく。

 シャーのブロンドが揺れるのを見ながら、内心の胸の高鳴りを隠せずにいた。

 そう――、久しぶりに味わうこの感覚。ワクワクしているのだ。

 それは、このウォークラリーという革新的なゲームに触れた事もあったが、目の前の小さな金髪少女に、気持ちが高鳴っているのかもしれない。

 そのためか、自然と足取りは軽やかになっていく。

 百八十センチの巨体を跳ねさせて、百五十センチの金髪少女の後ろをついて行く光景は、傍から見ると面妖極まりなかった。


 数分歩くと、目の前に団地のアパートが見えてきた。

 どうみても、ただの団地でしかない。

「アレだよ」

 シャーが指差す方向に、塔が聳え立っていた。

 大きさは五メートルほどだろうか? 頭頂部が楕円形に膨らんだ塔で黒ずんだ石壁は作られた年代がうかがえた。

「これは、貯水塔か」

「スマホだして、ウォークラリーのスキャナモードを使うんダ」

 秋人がスマホを操作し、ウォークラリーの画面を見ると、マップ画面の目の前に粒子が輝いていた。

 画面の右上に『MeNu』という項目があり、そこをタップすると様々なメニューが表示された。

 中に『スキャナー』とあったので、それを選択し、タップする。

 すると、画面がマップモードからカメラ撮影のような画面に切り替わった。

 先ほど、シャーが公園の石碑を写していたモードだと分かった秋人は、スマホカメラを貯水塔へ向けた。

「おおっ?!」

 思わず感嘆の声が出る。

 画面には貯水塔が映し出されて、その貯水塔が光を放っているのだ。

 やがて、光の粒子が集まり、形を作っていく。

 おそらく先ほどのような小動物の姿になるのだろう。

 激しく画面が白に包まれると、貯水塔から大きな人型ロボットが出撃したのだった。

「ぬおっ? ロボットだと!」

「ソウ! カッコいいだろ! やっぱりジャパニーズ・ロボット・アニメーションはトランスフォームで、クール!」

 ロボットの造型は、スリムなスタイルのツインアイのカメラに角と思しきアンテナがある。右手にビーム・サーベルを持ち、左手は大きな盾を構えていた。色は蒼を基調にしたものだった。

「お、おい。これもクラリーなのか? フェアリーというには、デザインがなんというか……機械的だぞ」

「クラリーは、動物ばかりじゃない。ロボット、植物、人間みたいなのもいる。あとは、モンスターみたいなのとか、乗り物の形とか、イッパーイ!」

(……なんとカオスな設定だ)

 秋人は、内心ツッコんだ。

 そして改めて、画面内のロボットを眺めると、上部に名称が表示されていた。<タキオニウス>というらしい。

 名前の下部にはなにやら数値が表示されている。QP200とあり、その更に下にゲージがある。ゲージは真っ黒で何の光も宿していないようだ。


「QPというのは、なんだ? 200とあるが……」

「QPはクォンタムポインツのコト。クラリーの大まかなキャパシティを表してル」

「強さみたいなのか?」

「んー、強さだけじゃない。全部でクォンタムポインツ。アタシのミロ?」

 細い指を華麗に操作して、シャーは自身のスマホを秋人へと手渡した。ずいぶんと容易く自分のスマホを手渡すものだな、と秋人は内心思いながら、シャーのスマホを覗き込む。

 画面にはシャーのウォークラリーの画面が表示されていた。秋人の画面同様に、中央にクラリーの姿、そして上部に名前とQPが表示されている。

 シャーの見せてくれたクラリーは、真っ赤なロケットだった。とは言っても、形状はロケットのような尖がった流線型をしているが、底部には四輪の車が着いているし、先端の上部には運転席らしき部分がキャノピーに覆われていた。

 そう、簡単に例えると、妙にとんがった真っ赤な四輪の新幹線みたいだった。

 名前は<ロケット66>とあり、QPは550と表示されている。その下のゲージも、真っ黒ではなく、なにやらエメラルドに煌めく力で満たされていた。

 秋人がスマホを覗き込んでいるを確認しながら、シャーは金髪を一房振って、解説を開始した。

「QPの下のゲージがいっぱいまで溜まってるダロ。それはQP550点、満タンまで成長したってコト。そのクラリーは、それ以上は成長できないノ」

「ああ、なるほど……? じゃあオレの<タキオニウス>は、QPを200点まで貯蓄できるのか?」

「ソウ。成長の限界が200。だから、あんまりいっぱいの事はデキない」

 シャーのスマホ画面と自分のスマホ画面を見比べて秋人は、ふんふんと頷きながら、クラリーの基本情報を頭に落としこんでいく。

 どうやら、このゲームはクラリーを成長させるために、様々な事をしてクォンタム・ポインツを集めるのが基本的な遊び方になるようで、ナビゲーターを起動させて歩くと、世界に散らばっているクォンタムを回収できるようだ。

 そして、集めたQPは時折、偶発的ランダムに発生するイベント利用するらしい。つまり、QPはゲーム内通貨であり、クラリー育成のための経験値でもあるわけだ。

 最初に手持ちに来たクラリー<タキオニウス>だが、これは200点のQPを貯蓄すると、成長限界に達してしまうのだろう。


「ふーむ、こうやってクラリーを強くして戦わせるんだな?」

 秋人は、大体このゲームの事を察したようでシャーにスマホを返しながら言うのであるが、シャーはその言葉を柔らかそうな黄金の髪を振り、否定した。

「チガうよ。チガウだけじゃないけど。もっとイッパイ、イロイロできる」

「色々ってなんだ。回復系とか補助系とかに育成できるのか?」

 秋人のゲーム知識から大体の想像で、舌足らずな金髪少女の説明の負担を減らしてやろうと言葉を添えてやったが、またしてもシャーは「Nop!」と首を振るのであった。

 そして、ちょっとばかり暑かったのか、先ほど秋人から貰ったポカリをクイっと飲んで、一息つく――。

 小さなシャーの細い喉がコクンと動いてブロンドが日差しを透き通らせる。まるで、テレビのCMの一場面のように様になっていた。美しさすら煌めかせてから、シャーは「ぷぁ」と呼吸を整える。


「クラリーは戦わせることもできる。デモ、戦わせるダケじゃないのが、このゲームの面白なトコロ。人それぞれに育成の仕方がある」

 シャーが大きく胸を張って、ずずいと自慢げな表情で秋人を見上げてくるが、身長差のためか秋人からみると、どうにもちんまりとしたフランス人形がクリクリ青い瞳をさせているように見えて、可愛らしいとしか思えなかった。

 可愛い、とは思っても、同年代の女子にそんな事を言えるはずもない。それに可愛いというより、そう――。

 足元でころころと動き回る愛犬のチャオに対するそれと似た感覚の可愛いだった。

「アタシの<ロケット66>は凄くアタマイイの。会話デキルように育てマシタ」

「会話?」

「フフーン! 見せてヤル」

 シャーがドヤ顔でウィンクしてから、「Hey Rocket 66」と流暢な英語で発音した。それから、暫しの無言の後、シャーのドヤ顔が更に強まった。「どうだ!」と言わんばかりの眉根と笑顔を向けてくるが、秋人はチャオと共に、金髪少女をぽかんと見つめているしかなかった。


「会話?」

 改めてもう一度同じ単語で、秋人はシャーに聞き返した。すると、シャーがぽっと赤い顔をして、「Damn……」と小さく零して耳元につけていたイヤホンを取り外した。

「ん!」

 そしてそのイヤホンを秋人に差し出して口を尖らせる。どうやら、イヤホンをしてないと、クラリーの声は聞こえない設定らしかった。それを失念していて、シャーはドジを踏んだのだろう。照れて赤い顔する青の瞳の少女がドヤ顔をくずしてイヤホンを突き出す姿はちょっとばかり、秋人の表情を綻ばせてしまう事になった。


「なんだ、付けろと言ってるのか?」

「ツケロー!」

「わ、分かったよ。ほ、ほら。これで、いいか」

 半笑いの秋人を見て、シャーは恥ずかしさが際立ったように照れ隠しにイヤホンを押し付けて秋人の耳をぐいぐいやった。どうにかこうにか秋人はイヤホンを取り付ける。耳にかけるような形で装着するタイプで、耳を覆った機器の下部には白い管があり、ここがマイクになっているようだ。

「耳のボタンを押しながら、呼びかけてみろ?」

 言われるままに指先をイヤホンの外側をなぞるように動かす。すると、押し込めそうなボタンがある事に気が付いた。それを少し力を入れて押し込むと、「ピピ」と短い電子音がした。

「あー……。ロケット66」

「ピピ! マスターではありません。対応を拒否します」

 イヤホンから電子音の後、機械音声が返ってきた。会話というか、ばっさり通話を断られたようで、秋人は暑い日ざしにジト汗を垂らし、もう一度シャーを見下ろした。

「拒否られたぞ」

「オー。アタシの声しか聞かないように設定されてる。スゴくない?」

 凄いとは思うが、会話をさせてくれるのではないかという期待はどこへいくのだ。秋人は、このマイペースなアメリカンガールのペースに乗り切れず、頭をカシカシ掻いた。

「ちょっと、座れ? あ、えっと、座れじゃない。あーんー? しゃがれ? んー、チガう。しゃがまれ?」

「しゃがめと言いたいのか。こうか……」

 シャーの言葉をどうにか汲み取りながら、秋人は長身を折り曲げて膝を少し曲げる。すると、シャーの視線と真っ直ぐぶつかるように互いに向き合う形になった。

「ヤー」

 シャーが秋人の顔に寄り添うみたいに、くっついてきた。流石に秋人はどきりとして、表情を固まらせてしまう。

(おいおい。誤解を受けそうな構図じゃないか?)

 暑くて掻いていた汗がまた別の意味で垂れ始めそうだった。シャーの白い肌と大きな蒼の瞳。そしてふわりとしたシャンプーの香りがするブロンドがすぐ傍に来たのだ。

 クラスの女子と会話すらしたことがなかった秋人には現実とは思えない状況であった。汗を掻き捲くった自分は臭くないだろうかとか、口臭すら意識してしまって、秋人は呼吸すら止めて、シャーの横顔と密着する状況に固まっていたのである。

 そんな秋人の耳のイヤホンにシャーの指が伸びて、可憐な爪先を見せ、くっとボタンを押し込む。そして秋人の頬の付近で流暢な英語が流れた。

「Hey Rocket 66」

「ピピッ! なんでしょう」

「自己紹介して」

「はい。私は<ロケット66>。マシンタイプのクラリーです。素早いことがジマンです。成長は限界まで達しています」

「ホラー! 凄くない!?」

 すぐ傍の白い肌がはじけるみたいに笑顔の青い瞳を寄せてきた。

 呼吸を止めていた秋人は、真っ赤になっていた顔を少女に見せつけながら、強張った表情でブロンドガールと視線がぶつかる――。

 それに気が付いたシャーも、はっとして、慌てて秋人から離れた。

 超速接近のボーイミーツガールは、ここから始まる。夏も半ばの七月。奇妙な量子の妖精と、柴犬チャオの間で――。

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