おんなともだち

 イヤホンから電子音と共に機械音声が聞こえてきた。

「『ネスト』に到着しました」

 スマホを取り出し『スキャナー』を立ち上げて、『ネスト』をカメラに収めた。


「まさか、これが『ネスト』だったとは……」

 秋人のスマホが向けられている対象は駅前にあるハンバーグレストランのマスコットキャラの人形だった。駐車場入り口に設置された一メートルほどの人形で、雨風にさらされて、けっこう汚れが酷く、塗装などもはげていて本来なら可愛らしい外見のクマのマスコットは、どこか不気味である。夜中に見たら、ぎょっとするだろう。

 『スキャナー』の画面、奇妙なクマのマスコット人形から粒子が飛び散り、画面が白く瞬くと、そこに現れたのは、まさに可愛いアニメチックな女の子の妖精だった。小柄な身長、ピンクの髪の毛、大きなグリーンの瞳に背中には蝶々のような透明の羽。そして魔法少女的ドレスを着込んでいた。


「こ、これは……! まさに、妖精じゃないか」

「おー、それは、たしか<プリリル>だったと思う。割とレアなクラリーだよ?」

「そ、そうなのか、これは交渉、絶対に失敗できんな」

 操作ミスをしないように、交渉画面で<タキオニウス>を選択した。前回、スキル【良い姿勢】で<ラムラー>を無事に仲間にできたこともあるし、かわいいもの好きとしては、こんなに可愛らしい妖精のレアクラリーを見逃すわけには行かない。

 <プリリル>を前に、<タキオニウス>が出現し、交渉の場になった。相変わらず、<プリリル>も<タキオニウス>もどういう会話をしているのかは不明だ。

 シャー曰く、【通訳】技能を取得したクラリーがいれば、詳しい会話内容が分かるそうだが、まだそういったスキルは持ち合わせていない。

 ほとんど運任せだが、四つの交渉の選択をどうするのかで仲間にできるかどうかがかかっている。

 選択肢は、前回同様の、『攻撃的/威圧』『協力的/真面目』『皮肉的/冗談』『クラリーに任せる』の四種類だ。

 シャーも秋人の画面を覗き込んできて、考える。


「<タキオニス>のほうが強そうだし、<プリリル>は気弱そうだから、脅しちゃえば付いてくると思う」

「……お前、過激なヤツだな……。こんな可愛い妖精を威圧なんてできないだろう」

「アキトは可愛いの、スキなんだね。でも見た目が可愛いくても、性格はどうかワカランのがクラリーだよ」

「性格?」

「クラリーには、『性格』があるよ。同じクラリーでも、性格はそれぞれ違うカラ、交渉もムズかしい。通訳できたら、相手がどんな性格か、チョッピリわかるけど」

 驚いた。てっきり、そのクラリーの外見に合わせて対応すればなんとかなるかと思っていたからだ。

 では、この<プリリル>もこんなに可愛らしい外見でも、実は性格が残虐、なんてこともあるのだろうか。

「せ、性格は今考えても分かりそうもない。ここは、<タキオニウス>に任せてみるか」

「ヤレー! <タキオニウス>、Hold up!!」

「それだと、結局脅しになるだろう」

 <プリリル>の性格は分からないが、シャーの性格はどうも攻撃的だなと苦笑しながら、秋人は『クラリーに任せる』をタップした。

 なにやら、<タキオニウス>と<プリリル>の間で会話がやり取りされるが、何を言っているかは分からない。

 テキスト枠がポップアップして【良い姿勢】が発動した。そして、<ラムラー>の時、同様に<プリリル>に『!!』と噴出しが表示された。興味を惹いたということだろうか。前回はこれで仲間になってくれたが、今回はなにやら動きが違った。

 これまで<タキオニウス>と対面していたピンクの髪の妖精がカメラ側を向いて、正面に向き合うような状態になった。

 なにやら、フラフラと舞うように飛んでモーションをする。言葉を発しているようだが、通訳ができない。

 すると、画面下部にテキストが表示された。


 『何か欲しがっているようだ』


「ん、何? どういうことだ」

「あー、<タキオニウス>の交渉で興味は湧いたケド、なんか欲しがってるんだよ。プレゼントを上げると仲間になりやすくなるネ」

 画面には選択肢のアイコンがまたいくつか出現した。『QPを与える』『プレゼントを与える』『つっぱねる』の三つだった。

「プレゼントなんて、何も持ってないぞ」

「ソウね。イベントで貰ったり買ったりできるけど、まだアキトはプレゼントできるもの、ナニもナイ」

「……うーむ、突っぱねるのは流石に……ここはQPを渡すか」

「アキトは可愛い女の子になら、お金あげちゃう人なんだ?」

「ばっ、違う! これはゲームだろう」

「あはは! ジョーダンだから! なー!」

 ぱしぱしと、小さな掌が、秋人の大きな背中をはたいた。こんな下らない冗談を言うシャーに、少しばかり親近感を感じ、秋人はやれやれと一息ついて、『QPを与える』のアイコンを決定した。

 すると、『QP487、与えた』と表示され、自分のQPが減少していく演出の後、<プリリル>が笑顔で飛び回るモーションが行われた。どうやら、交渉として、賄賂ではあるが上手くいったようだ。

 続いて、『<プリリル>が仲間になった』と表示され、無事に自分のクラリーリストに加わってくれたのである。

 ほっと一安心して、秋人はシャーに拳を作って向けた。それを見て、シャーも小さな拳を作って、秋人の拳にコツン、とぶつけて見せた。


Well doneよくやった!」

「見ろよ、シャー! こいつ、QP上限が350あるぞ!」

「いいみたい!」

 二人して、はしゃぎ喜びを分かち合う。二人の笑顔が溶け合うみたいに混ざり合って、感覚を、感情を共有するのが幸せに感じていた。同じもので喜んで、楽しんでができることのシンパシーは、性別も人種も超えるのかもしれない。ひょっとすると、それを知っていたから、シャーは険悪な関係のイトコを誘うつもりだったのかも知れないと、秋人は思った。

 画面には、<プリリル>が加わった事に加え、更にキラキラと光り輝く演出の入ったテキストで『チャレンジ達成!』と表示された。

 『クラリーを三体仲間にする』とどんなチャレンジを達成したのかも記載されていた。演出の後、コインだか、メダルだかが出現し、『トークンを入手した』と表示が続いた。

「お、これがトークンか。これでランクを上げるんだな」

「ソウ! いっぱい集めてランクアップだよ、アキト」

「分かった、お前とフレンド登録もしたいしな」

 その言葉で、シャーは頬を少しだけ赤らめて、むず痒そうな表情で、はにかんだ。

 スマホの画面の中の<プリリル>は可愛らしい妖精だったが、今こうして傍に居る少女の表情は、そんなものすら霞ませてくれた。シャーとは、すでに友達フレンドなのだと、そんな風に感じた。自然とほころんだ笑みが浮かんでくる。心が軽く、ワクワクと騒ぐ。

 今年の夏休みは、暑くなると、なんとなく予感した――。



   **********



 夏休みに入って三日目がやってきた。あれからシャーとは会っていないが、ウォークラリーはちょくちょくやっていたので、秋人のウォークラリーランクは4まで上がっていた。シャーの言う通り、序盤はサクサクあがるのだろう。チャレンジもいくつか簡単なものをこなしてトークンも集めていた。もうすぐランク5になるだろう。

 ウォークラリーは順調だったが、問題は『ウォーク・ラリー』計画の方だ。シャーはあれから、ともえを誘うとは言っていたが、今のところそれに対する連絡を受けていない。そろそろ気になってきた秋人は、シャーと連絡を取るべきかと午前中、自室で扇風機に当たりながら考えていた。

 今日は曇り空で少々じめっとした空気が纏わり付く天気だった。もしかすると雨が降るのかもしれない。窓から空を見つめて、『ウォーク・ラリー』の日は晴れの日であってほしいと願った。

 シャーからの連絡を待っていた秋人だったが、こちらからアプローチするべきか暫し悩んだ。シャーからの連絡を待つと言った以上、こちらから催促するみたいに連絡するのは、少しばかり彼女にプレッシャーを与えてしまうかもしれないなんて、余計な気を揉んでしまっている。

(やれやれ、オレはどうも気を回しすぎなのかもしれんな――)

 口下手で、人付き合いはあまり得意とは言えない方だ。いちいち人と会話するときに、こんな事を言わない方がいいかもしれない、とか自分の言動を吟味してから動き出す性格のせいで、秋人は自然と口下手になっていた。元々、その外見から口下手というよりも、寡黙で硬派という印象を周囲に抱かれてしまったが。


 悩んでいると、都合よくLINEの着信でスマホが震えた。

 画面を確認したらシャーからの連絡で、チャット文字にこう表示されていた。


『今日、会ってほしいかも。昼にあのレストランで』


 あのレストランとは、例の不気味なクマのマスコットのハンバーグレストランだろう。

 随分急な誘いだが、何かあったのだろうか。少し気になったが、チャットではそこに関して踏み入らないようにした。秋人は『OK』とだけ返し、外出の準備を整える事にした。

 一応天気予報を見てみたが、案の定夕方からは雨のようだ。傘は持って行った方がいいかもしれない。


 昼、とはいえ、レストランでの合流時間は十四時になった。店内に入っていくと、店員がすぐさま声をかけてきて「お一人様ですか?」と訊ねてきたが、秋人は「いえ」と返して、ざっと店内を見回した。お昼のピーク時はすんでいるためか席はちらほらと空きが目立つ。ざっと見ただけだが、秋人はすぐに目当てのものを発見した。すなわち、金色のアタマだ。

「待ち合わせてて」

「はい、あとで御伺いします」

 そう言って、ウェイトレスは引っ込んでいった。秋人は金色目差して歩を進め、シャーの座っている席へとやってきて、「む」と思わず声を出していた。

 金色にばかり眼を奪われてしまったせいでその隣にだれかが座っている事に気が付かなかった。

 目の前まで来て、シャーの隣に座っていた吉原ともえに気が付いた。


「アキト、来たね。座れ?」

「おう……」

 シャーとともえの座る対面席に大きな体をねじ込むみたいに座り、改めて、ともえとシャーへ向き直った。


「こんにちは」

「お、おう」

 ともえが冷ややかとも言える声色で挨拶してきた。あんまり歓迎している雰囲気ではない。まるで面接会場の状況だ。

「吉原さんがいるとは聞いてなかった」

「私がいると、何かマズかったのかな?」

「い、いやそういう意味ではない。すまん」

 どうにもやりにくい雰囲気だった。ともえからは明らかにこちらに友好的とはいえない視線を向けられている。

 シャーとともえはドリンクバーを頼んでいるようで、コーラとアイスティーがテーブルに並んでいた。

「いらっしゃいませ」

 秋人がどうしたものか、居心地の悪い席でもぞもぞとしていると、先ほどのウェイトレスがオーダーを取りに来た。秋人もドリンクバーを頼んでウェイトレスはさっさと引っ込んでいく。


「あーその、なぜオレは呼び出されたんだ?」

「ドリンク、取ってきてからでいいわよ?」

「ぬう……、分かった……」

 すっかりあちらのペースだと思った。ともかく、言われるままにドリンクバーへと動いて、適当にウーロン茶を注いでくる。

 どうやら、シャーが用事があるというより、ともえが秋人に対して物申すための場を設けられたのだと、なんとなく察した。

 やはり、ウォーク・ラリー旅行を止められる話だろうと想像はつくが、女子と口論で勝てる気はまったくない。いや、男子相手でも、口下手の秋人は説明やら説得は苦手で上手くできないのだ。


「さて亀山くん。シャーから聞いたんだけど、旅行を計画しているんだそうね?」

「ああ、そんな遠くに行くわけじゃないが……」

「どういうつもりでシャーを誘ったの?」

 鋭い視線であった。氷でできたナイフで突き刺されたみたいに、さあっと体温が奪われてしまう感覚だった。吉原ともえは、友人であるシャーの心配をして、亀山秋人という人物がどういう下心を持っているのか調べに来たのだとハッキリ確信した。

「トモチャン、アタシも行きたいんだって言ったんだよ」

 シャーがフォローするみたいに、添えてくれた。だが、その言葉に、ともえは細い眉をキリっと更に釣り上げた。

「それよ。前も気になっていたけど、シャーと亀山くんってどういう仲なの? なんで、彼のこと、名前で呼んでるの?」

 それは秋人も知りたかったナゾのひとつである。秋人もその視線をシャーへと向けたが、シャーはばつが悪そうな表情で、ヘタクソに誤魔化す。

「ナントナクだよ? ムツかしーところあるから、アタシもよくわからんなー!」

 変に引き攣った笑顔で言うシャーであったが、ともえは結局尋問の相手を友人シャーから秋人へと切り替えた。

「ともかく、あなた達がどういう仲なのかは置いておいても、亀山くん、あなたがシャーを旅行へ誘った事実は本当なんでしょう」

「う、そ、そうだが……」

「どういうつもりで、シャーを誘うの?」

「んぐぅ……」

 鋭い視線にどこから説明して、どう話を運べばいいか分からない。しどろもどろになり、シャーへ視線を投げかけるが、シャーはコーラをちゅうちゅうやっていて、その視線を回避していた。


「お、オレももちろん、シャーと二人で旅行に行こうとは考えてない。だから、シャーには友達を誘ってくれと頼んだんだ……こっちも栄太に声をかけている」

「あの青春バカ? じゃあ、これってアイツの計画?」

「いや、違う……。これはシャーが出歩くのが好きだと言っていたから、オレが考えた旅行で……」

 そこまで説明して、ともえは「つまり……」と言葉を切り、割って入って来た。

「シャーと、んだ」

 確信を持った言い方だった。標的として見定めた、という眼を向けていた。お前は敵だ、と宣戦布告にも似た気配を感じた。

「ちょ、ちょっとまて吉原さん。オレはシャーに対してよこしまな気持ちはない」

「ソウ! タテシマだから!」

「シャーは黙ってなさい」

「Oh God」

 ばっさり切られたシャーがまたコーラをちゅうちゅうやりだした。どうにもともえは誤解をしているという感じだった。なんとかして誠意を見せなくては、彼女を説得する事は難しいだろう。


「あのね、亀山くんは知らないと思うけど、シャーは本当に嫌がってるの。男子の好奇の視線で、ありもしないことで酷い目に合わされたこともある。だから、気軽にシャーに近寄らないで」

「ち、ちがうよ、トモチャン。アキトはほんとに……」

「いいから、シャー。大切な事なんだよ。もう、あんなのイヤじゃん」

 二人は向き合って、苦々しげに眉をしかめた。何か、過去にあったらしい。そういえば、ともえが『男子は金髪が好きだから、気をつけろ』、と前にシャーに警告したという話も聞いた。なんらかの男女間問題があったのかもしれない。


「何かあったのか――?」

「シャーは見てのとおり、目立つでしょ。綺麗で可愛いし」

「……あ、ああ」

 確かに、いまレストランの席を探す上でも目印にしてしまうくらいには、目立つ。それに確かに、彼女は可愛いし美しい女性だ。こと、日本という国においては、西洋の顔立ちと透き通るブロンドの髪は眼を惹く。

「ナンパも何度もされて困ってんの」

 そういえば――、シャーとの出会いも妙な男にナンパされているところだったはずだ。なるほど、確かにありえることだろう。

「だから、オレは今回、女子の友達を誘って欲しいと……」

「だからね、亀山くんはホント知らないんだって。前に何があったか――」

 ともえの気遣うような言葉は、シャーに向けられていた。どうやら過去になにかあったようだが、それをシャーが隣にいる状況で説明するのも心苦しいのかもしれない。

「アタシ、春に、失敗したンだ」

 いいにくそうにする友人に代わって、シャーが言葉をつなげた。


「シッパイ?」

「アタシ、ここに入学して、春はいっぱい友達いたんだよ。みんな優しかった」

 それは秋人もなんとなく知っている。このクラスになったとき、真っ先に誰しもシャーを見た。自分のクラスにアメリカ人がいる! この特異性に惹き付けられたのだ。

 男子はその可憐な金色に好意の視線を飛ばしていたし、女子も誰もが仲良くなろうと歩み寄っていた事を今でも思い出せる。だから、秋人はシャルロット・フィリップスの事を学校一の人気者なのだという認識でいた。

 対して、自分は口下手で巨大な体と強面が災いして、ほとんど言い寄ってくる人はいなかった。唯一、後ろの席の栄太だけは気さくに話してくれていたのだ。

 まるで自分とは正反対と思っていたシャーに、当時の秋人は別世界の人間という認識を持って、あまり接点を持たないようにしていた。


「……でも、アタシ、ニッポンのこと、良く分かってないカラ、出来なかったんだ……」

 寂しそうに言うシャーは小さな体に溜め込んでいた悲しみを零しかけて、少しだけ瞳に涙を滲ませていた。

「……何ができなかったんだ」

「空気を読むってやつよ。日本社会に沁み込んだ、相手を思いやるって美徳感……。今はそれも行き過ぎてちょっと窮屈すぎるくらいだけどさ」

 話を聞いていくと、明らかになったのは、春、一学期が始まった頃はシャーはクラスの、いや学校の人気者だった。

 廊下を歩けば誰もが振り返ったし、街を歩けば、声をかけられた。そんな彼女の特異性に惹き付けられたミーハーな人たちが最初は彼女を取り囲んで、さながら御輿のように担いでいたわけだ。

 だが、それは六月の梅雨のころ、破綻することになった。

 女子の一人がシャーに彼氏を奪われたと言い出したのだ。

 確かに、年頃の男子なら、彼女を見れば、瞳を奪われる瞬間があるだろう。それに対して、彼女のほうが我慢ならなかったらしい。

 もちろん、シャーはその男子と付き合ったり、何かあったりという事はなかった。彼氏の男子が一方的にシャーに見蕩れただけだが、そんなことは彼女の女の子には無関係だったようで、彼を奪われたという話が広がりだしていった。

 すると、暗に広まりだしたその悪意が、徐々に伝染していったというのだ。

 クラスの女子たちも、いつも男子からチヤホヤとされいるシャーの姿を見ていた。いつか、自分も好きな人を奪われるかも知れない、そんな風に考え出したのだろう。シャーはシャーで、日本の学校生活に不慣れな事もあり、そういった空気が全く読めなかったのだ。

 特にアメリカの社会は自分をアピールして評価される世の中であるがゆえ、尚更シャーの魅力が外側へ撒き散らされることにブレーキはかからなかったようだ。

 彼女の独特のオーラは、人を惹き付けながらも、それに嫉妬する人間を生み出したのである。


「だから、段々シャーの周りからは人がいなくなったの。今はもう、私くらいね……」

「それで、シャーに言い寄ってくる男を払いのけるようにしていたのか?」

「……シャーはさ、良い子なんだよ。だから、私が言い寄ってくる人間を判断してやらないと、シャーは日本を嫌いになりそうで……私、それが嫌だったの」

 秋人も、事情を理解するに至った。

 以前、栄太からも『バイトモ』だとかの女子社会の価値観を聞かされていたが、日本の中でもとくに女子社会というのは尚更、空気を読むことをダイジにするのだろう。対してシャーはアピールこそが、社会に認められる行為であると思っていたから、異文化交流のすれ違いが発生したのだ。


「そうか……すまん……」

 秋人は辛い過去を語らせてしまった事を頭を下げて侘びた。それを見て、ともえもさすがに、完全につっぱねるという姿勢を少しだけ緩めた。

 秋人の人間性は、すくなくともチャラチャラしたミーハーなものではないと信じられそうだったからだ。

「まぁ……分かってくれたらいいのよ。あんまりシャーに対して不誠実な人を近づけたくないの」

「そうか、吉原さんは本当にシャーの事を考えているんだな。安心した」

 太く野太い声が地響きみたいにする秋人の言葉に、ともえは少し赤くなった。

「私は、別に……せっかく日本は好きって言ってくれる海外の人に冷たく当たる日本人がイヤだっただけで……。だから、お国のためよ!!」

 なんだか戦前の日本兵みたいな事をいうともえに、秋人は苦笑した。いい友達がいるんだと知って、安心もできたのだ。これなら、態々自分がウォーク・ラリー旅行など企画などせずとも、いつか彼女たちの友情が実を結ぶだろう。

 自分の役割はこのあたりで十分だと、秋人は身を引くことを決意した。


「分かった。なら、旅行計画はやめる。シャーのこと、よろしく頼む」

「えっ、え……、ええ……、言われなくても……」

「やだあっ!! やろうよ、ウォークラリー! なんで、トモチャンやろ? なんで?」

 大人しく秋人が身を引き、これにて物語の幕は終わりを迎えるかと思いきや、そこに異議を唱えたのはシャーだった。

「なんでって……だから、男子と女子で一緒に旅行なんて……」

「オモシロイよ! それに、アキト、優しいんだよ。トモチャンと同じくらい」

 そこまで言われるほど、秋人はシャーに優しくしたような覚えはなかったが、シャーは懸命にともえに訴えていた。ともえがシャーを想う力は立派なものだと思ったし、誠実な精神を感じ取れた。彼女ほど、秋人は思いやっての行動を取れるか分からない。回りの女子を敵にまわす事になりえるのに、それでもともえは、シャーの友達であり続けたのだから。

 懸命に伝えてくる友人に、ともえは艶やかな黒いショートヘアをガシガシとやって、参った表情で対応に悩んでいた。


「な、なあ、シャーに日本を嫌いになって欲しくないって言った吉原さんの言葉、オレも同じなんだ。この旅行も、そういう気持ちから始まってる。オレとシャーだけじゃ問題だと思って、何度かやめようと話もしてたんだが、シャーが行きたいって言ってるんだ。吉原さんが来てくれれば、何の間違いも起きないと思うし、来てくれないか」

 秋人の精一杯の説得だった。これ以上の言葉はもうしゃべれそうにない。シャーのためにも、ともえにはどうにか旅行参加にOKと言って欲しかった。

「……そりゃ、ほんというと、私もちょっと面白いかもって思ったけど、私、お金ないの……。旅行なんて……」

「それなら、安心していい。旅行とはいえ、宿泊先はタダなんだ。交通費だけでいいぞ」

「えっ? タダって……どこに泊まる気なのよ?」

「オレのじいさん家だ」

 秋人は大きな体をゆすらせて心底マジメな表情を見せつけ、サムズアップした。

 自分に抱きついて青い瞳を潤ませているシャルロットを見て、もう、断る理由が見つかりそうにない事に、吉原ともえは降参するみたいに微笑んだ。

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