Rainy Gray
「それでまた、なんでウォークラリーなのかしら?」
ともえの最もな疑問に、秋人とシャーは顔を見合わせた。
「シャーが人との触れあいや、知らない景色が好きだと言ったから、思いついたのがそれだった」
「ふぅん……それにしたって、ウォークラリーなんて、なかなか出てこないと思うんだけど……」
どこかに腑に落ちないような顔で、ともえはアイスティーを一口ストローで吸った。
どうにか、ともえの了承得て、旅行にいくことまで同意してくれたことで、秋人も少しばかり気が抜けて落ち着きを取り戻していた。
改めてみると、普段みないクラスの女子の私服姿は、少しばかりの違和感といつもは感じなかったそれぞれの個性を感じ取れる。
吉原ともえは、黒髪のショートにヘアピンを刺していた。夏らしく、白に花柄のワンポイント入ったゆとりのあるシャツと、軽そうなダメージジーンズをはきこなしていた。クツはスニーカーだったが、吉原ともえの学校では見えない活発さが見え隠れしている。手首にはシンプルで細いシルバーリングをつけていて、さり気ないオシャレもできる女の子なのだと感じられた。
そして、シャーだが、薄いピンクのキャミソールはふわふわとレースがアクセントになっているが、結構大胆な露出をしていて、白い肌が眩しい。キャミの下には黒のタンクトップを着ている。パンツはともえ同様にデニムだが、こちらも露出の高いホットパンツだった。お尻のポケット付近に妙に沢山バッジが取り付けてあったが、シャーのその姿はまさに似合っていて日本人では成し得ないアメリカンガールの魅力を素直に滲み出していた。席の傍らに麦藁帽子がおいてある事からこちらはシャーの持ち物だろう。
対面のおしゃれな女の子を前に、急に秋人は自分の格好が気になってきてしまった。雨が降るかも、と考えて濡れてもあんまり問題ないようなグレーのTシャツに、ダボっとしたカーゴパンツだった。オシャレな雑誌からは程遠いラフなスタイルで、この場に似つかわしくないのではと我ながら考えてしまう。しかも、ビニ傘付きだ。
そんな秋人の心配をよそに、シャーが楽しそうに、ともえにスマホを見せ付けて会話をつなげていた。
「ウォークラリーはね。『ウォークラリー』してたからカモ!」
にこやかにともえにスマホを見せるシャーはアプリのウォークラリーを立ち上げて教えていた。
ともえは興味深そうにスマホ画面を見て、「なにこれ」とスマホを弄り始める。
「それはね、ゲームのアプリで、『ウォー・クラリー』って言う。実際の地球を舞台にして遊ぶGPSとARのゲームでゴザル」
「ああ、なんかナビっぽいもんね。GPSは分かるけど、ARってなに? 電車?」
「それはJRだろ」
「なにツッコミしてんのよ」
「むう……」
まだまだともえとは、打ち解けたという状態ではないようだ。とは言え、ともえも、シャーの説明する『ウォー・クラリー』に興味は湧いているようだ。シャーの拙い日本語での解説と、それを補足するような秋人の言葉で、ともえはゲームの事をそれなりに理解してきた。
「ははぁ……。なるほど、これで二人は遊んでいたから、ウォーク・ラリーの発想が出てきたって事ね。ふーん……なんであんたたち、二人でゲームやってるのよ。私にも言ってくれたら良かったのに」
ともえは、シャーが友人の自分にこのゲームを打ち明けていなかった事を軽く嫉妬するみたいに問い詰めた。若干からかうような表情を滲ませていたから、責めるような言い方にはなっていないが、シャーはちょっとばかりうつむいた。
「……あんまり、自分のスキを、人に見せたらいけないミタイで……アタシも、『空気』読むの、できるようにしたくて……」
消え入りそうな言葉は、秋人には意外に聞こえたが、ともえはそれでハッとした。過去、シャーがコミュニケーションを失敗してしまったとき、相手から「空気を読みなよ」と注意された事を、彼女はずっと気にしていたのだろう。
シャーなりに『空気を読む』コトに取り組もうと努力しての言葉であると思った。
だから、シャーは今自分が夢中になっていることを、ともえには真っ直ぐに伝える事を控えていたのだ。もう、友達を失いたくないという恐怖もあったのかもしれない。自分を真っ直ぐにさらけ出す事で周囲に嫌な思いをさせたくなかったのだ。
もちろんアメリカ文化でも『空気を読む』ことはあるが、その方法が日本のように『相手に合わせる』という手法に行き着くのではなく、『自分をきちんと伝える』ことで空気を読むことになっている。だから、イエス、ノーをはっきりとさせるのだが、それがこちらでは『我が強い』とか『我がまま』と受け取られてしまう結果になってしまったのだろう。
どちらが良いとか悪いとかではないが、異文化交流のすれ違いは小さな摩擦を生んで、少女を戸惑わせてしまったのだ。
彼女は彼女なりに自分の居場所をみつけるみたいに、考えて行動しているのだろう。
苦笑いするシャーは、秋人にはらしくないと思えた。シャーは天真爛漫に開けっぴろげに対応してくれることが
秋人はいつだって、相手に合わせるように考える。自分がここに居てはいけないかもしれない、などと考えてしまう。だが、シャーは物怖じする自分の前で、いつも腕を広げて受け止めてくれていた。そんな彼女が遠慮をしている姿に、違和感を覚えてしまったのだ。
「はぁっ……! だから、私嫌なのよ、この日本社会の美徳感。いつでも他人の顔色窺ってさ、印象を保つのに必死で、自分が何をやってるのか、自覚ももてなくなるカンジ」
苛立たしげに吐き出した溜息交じりのともえの言葉に、シャーは少しだけ肩をすくめた。ともえからも見放されたのかもしれないと思ったのだ。そもそもこの『ウォークラリー旅行』に誘うことも、ともえにしたら良い迷惑のように思われているのかもしれないと、考えていた。だから、シャーは自覚の外側で、真っ先にともえを旅行に誘うのではなく、イトコのほうを誘うという選択をしたのかもしれない。
先ほども、一緒にウォークラリーしようとともえにせっついていたが、あの時は、また別だった。
アキトとの旅行が、どうしても行きたかったからだ――。
だが、それはシャーの中で、誰にも言えない事だった。
硬くなっているシャーへ、ともえは向き直った。
「あのね、私がシャーの友達でいたいって思うのは、シャーがなんの遠慮もしないからだよ。私は、あんたのそういうとこが気に入ってるんだから、ちゃんとしてよ」
厳しい言葉だと秋人は思ったが、それはともえがシャーに遠慮をしていないから言える言葉なのだと分かった。きちんと、真っ向からシャーの相手をしているのだという意思だった。
「ソウ……?」
「I think so!」
きつめの言い方で、はっきりと英語で答えたともえは、ニヤリと笑って見せた。
「大体、学校の中の『社会』なんて、たかが知れてるわよ。バイトして思ったけど、ガッコの外に出たら、ちっぽけなルールで雁字搦めになったって、埋もれるだけってハッキリしてるからね」
ともえは随分とハッキリした性格をしているようだ。それに、彼女自身も、何か心に持っているものがあるように秋人は考えた。ともえもともえで、何かに悩んでいるのだろう。
「だから、それ、私にも教えてよ。ウォークラリーだっけ?」
「いいよ! いいみたい! トモチャン!」
「だっ、だきつくなってば! 私、ハグ弱いんだからっ」
シャーが嬉しそうにともえに抱きついて、恥ずかしげにともえはそれを引き剥がそうする。まるで、チャオが自分に甘えてくる光景にそっくりだと秋人は思って、ほっこりとその光景を見つめていた。
「何見てんのよ」
「いや……、も、もしお前がウォークラリーをするなら、オレも嬉しいと思っただけだ」
ともえからの視線に、思わず言い訳がましく返事した秋人は視線を泳がせた。もし、ともえもウォークラリーを始めるのなら、仲間が増える事で、またアソビの幅も広まるかも知れないと考えていたのは事実だが。
「ねえねえ! それじゃ今からみんなでウォークラリーしにイコ。トモチャンのクラリー捕まえにイコ!」
シャーが遠慮を吹き飛ばした笑顔で二人を誘った。秋人とともえは、互いに見合わせて、そして、同時に苦笑した。何か二人とも、似たところがあるなと通じ合ったのだ。
シャーという少女を通じて、秋人とともえは、つながりを得たのだ。
「分かった。じゃ、早速行こうか」
ともえが抱きつくシャーからやっと離れて、立ち上がった。シャーもそれを受けて、早々に麦藁帽子をひっつかみ、笑顔を見せた。
「アキト、はよはよ?」
「おう」
二人に続いて、秋人はテーブル席から立ち上がった。どうにか、これで、ウォークラリー旅行の計画は進めていけそうだと、安堵の溜息をつきながら――。
――が。
ザァアァァァァァ――……。
レストランを出て、あっという間に雨が降り出した。結構な土砂降りで、ウォークラリーをするような状況ではない。
「あー……これはツいてないわね」
ともえがガシガシと頭をかきながら雨雲に溜息をつく。
「……お前ら、傘は?」
秋人はビニ傘を持っていたが、二人は傘の類をもっていないようだった。
「すっかり、忘れた」
シャーが肩をすくめるジェスチャーで眉を寄せる。ともえもどうやら、傘を持っていないようだった。
「……こんなことなら、ドリンクバーでもう少し粘ってれば良かった……」
「シカタナイね! ダッシュする? 駅までダッシュ」
ダッシュでどうにかなる雨ではない。絶対にびしょ濡れ確定である。
もう退店してしまったから、もういちどレストランに戻るというのも少々もどかしい。あるのは秋人のビニ傘のみであったため、秋人は提案した。
「オレの傘、貸すよ。二人で使って駅まで行くといい」
「アキトは?」
「別にいいだろ、雨くらいなら濡れて帰るさ。家は近いしすぐに風呂に入ればいいだろ」
その言葉にシャーは「えー」と不満げな声を出した。とは言え、三人ではいるのは流石に狭すぎる。妥当な案であると思えた。
「じゃあ、こうしない? その傘で誰かがコンビニまで行ってくる。そこで傘を買って戻ってくる」
「ああ、それはいい案だな。そうするか。ならオレが……」
ともえのナイスアイディアに秋人が同意し、傘を広げてコンビニへと向かおうとしたとき、シャーが引きとめた。
「マッタ! アタシが買いにいくから、アキトとトモチャンはここにいろ?」
「は? なんで……」
あまりに突拍子がない提案に、秋人は目を丸くした。
「今日、呼び出したのはアタシだから、アタシがヒトハダ塗ろう」
「一肌脱ぐ、ね」
「いや、別にオレがこのままいけばいいだけ……」
と、秋人が言いかけたが、ともえが秋人のシャツを引っ張って止めた。そして、こっそりと告げた。
(シャーが『空気を読もう』としてんでしょ。こういうカタチで、シャーなりに気遣いしてるんでしょうし)
なるほど、と思った。
シャーは遠慮するなと云う言葉には従った。でも、この行為は遠慮からのものではない。気遣いなのだ。シャーなりに、空気を読み、そして二人に対する礼をこめての行動なのだろう。それを無碍にするのも悪いだろう。ここはあえてシャーを働かせる事で、『空気を読む』ことに臆病になっていたシャーへの免罪符的な効果を発揮するだろう。
「じゃあ、シャー。お前と、吉原さんの分の傘を頼むぞ」
「まーかーさーれーたー」
秋人からビニ傘を受け取りながら、シャーはピンクのキャミソールでふわりと舞った。サンダルがぱしゃん、と水を飛ばす。
「ほら、きちんとしなって。それで濡れたら本末転倒じゃない」
「ほんま、つってんと……?」
「あーもう、いいから、早く買ってきて」
「オーキードーキー♪」
嬉しそうに雨の中を行くシャーを見送って、ともえはやれやれと、頭を抱えた。普段から、彼女と色々と付き合っている分、ともえはシャーに対して随分面倒見がいいんだなと思えた。
「…………」
そして、レストランの入り口前で二人きりになってしまった事実があとから襲ってきた。
正直なところ、秋人とともえはまだまだ打ち解けたとは言いがたい関係だ。ぶっちゃけてしまうと、二人きりは非常に気まずくて仕方ない。
(な、なにかを話すべきだろうか)
秋人は、隣でたたずむクラスメートを横目にすら見れず、ただただ、落ちてくる雨をじっと睨んでいた。
横に並ぶとわかるが、ともえはシャーよりは背丈があるようだ。目算で165センチと云ったところか。
「亀山くんさ」
「あ? ああ」
ともえが秋人同様に正面の雨を見つめながら、声をかけて来た。
「ほんとは、シャーのことどう思ってるの?」
声は静かに雨音に消え入りそうなものだったのに、しっかりと秋人の耳に届いてくる意思を感じ取れた。本当の、秋人の真意を探ろうとする声だった。
先ほども訊ねられたシャーへの下心の確認だが、あの時はシャーが居たから言いにくかったこともあるだろうと、そんな意味も込められている感触を受けた。秋人は、「む」とひとつ唸って、それからしっかりと考えて言葉を返していく。
「シャーは、オレの中では『青天の霹靂』だ。いきなりで、眩い。驚かされることもあるが。アイツといると、ワクワクする」
「フーン」
「……え、それだけ?」
「まぁ、その感覚は私もあるし。……聞きたいのはそういうのじゃないって分かるでしょ。シャーのこと、好きかどうかってコト」
直球過ぎる質問で、秋人は流石に言葉に詰まってしまった。ともえの質問はつまり、異性としてシャーを意識しているのかどうか、と聞いているのだろう。
「……シャーのことは、友人としてみている。変な下心は、ない」
硬い表情で秋人はそう答えた。その言葉は自分自身、本当でもあり、ウソのようでもある。自分自身の心が、良く見えなかった。
確かに、シャーは可憐な少女だと思う。好きか嫌いの二択なら、好きを選ぶが、白か黒かだけが人の心模様ではない。明確な色など見つからない今の状況では、シャーを女性として意識しているかは自分でも計りかねる。
「そっか。なら、まぁいいかな」
ともえは、秋人の言葉に満足したというよりも、肩の荷が下りたように言った。
「亀山くんは知らないだろうから、一応言っとくよ。つか、忠告ね」
クギを刺す言い方のともえに、思わず秋人はともえを見下ろした。ともえは変わらず正面の雨を見つめていた。その瞳に映している物は水滴ではなく、別の遠い何かのようだった。
「シャーがどうして日本に来たか聞いた?」
「む、聞いたが、日本が好きとしか聞いていない」
「シャーは、日本に好きな男の子がいるの。そのためにコッチに来てるんだから、変な気、起こさないでね」
――ザァァァアアァ――……。
雨音は強く、周囲を満たしていた。しかし、ともえのその告白は、妙なくらい耳に付いた。
シャーが日本に来た理由――。
(どうしても日本に来たかった――)
そう彼女は言っていた。
それは、好きな男性のためだったのか。なにやら妙に頷ける。世界や人に触れ合う事が好きならば、
納得がいくはずなのに、秋人の血液に何か冷たいものが流れ出したみたいに感じていた。
「そうか」
それだけ返した。
分かっていたはずである。それに、シャーの事はそんな風には考えていないと思っていたはずだ。友達として、見ていると今その口で言ったばかりなのに。
どうしてこうも、灰色に見えるのだろう。
雨に濡れるレストランの駐車場で、奇妙なマスコットが大きな瞳から涙を流しているみたいに見えた。
「わかった」
秋人は、しっかりと、ともえに返事をした。
雨は降り続けているのに、雨音がまるでしないような気がしていた――。自分の瞳も、雨景色を映していないことを自覚できないままに。
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