ウォークラリー旅行

「うわぁあ~……ぁあー……」


 なんともかんとも、電車で二時間半揺られてたどり着いた駅で、栄太とともえは形容しがたい声で感嘆の溜息を吐き出した。

 朝七時に駅で集合し、一同電車の長時間移動。電車内では和気藹々とやっていたが、目的地に到着してそのド田舎っぷりに栄太とともえはぎこちない表情で口を開けていた。


「駅のホームがひとつしかない……。逆行きの電車、くるのこれ?」

「来るに決まってるだろ。まあ、一時間に一本とかだが」

「どこに停車するんだ?」

「いって、もどって、いってを往復してるんだ」


 改札なんかもあってないようなものだ。無人の駅でキップを入れるハコが置いてある。途中乗り換えで買ったキップをそこに入れることで、改札を抜けた。


「スイカとか、カードいけないんだ」

「そうだ。だから、途中でみんなにキップを買ってもらっただろ」


 そうして抜け出た改札の先、駅前の風景は、田園風景のみどり一色である。いや、みどり一色は言い過ぎた。脇にはいくつか商店が立ち並んでいる。酒屋の看板があるが、これがこの駅のキオスク兼、コンビニのようなものだ。

 道路もアスファルト補整されておらず、なにもないがある、という様子のこの場所から、今度はバスに乗り換え、祖父の家までいかなくてはならない。


「お前の爺さんっちって、遠いの?」

「バスに乗り換えて移動になるが、ここから見えてるぞ」

 秋人が指先を伸ばした先に視線を向けると、そこには大きくそびえる緑の山があった。夏の山は青い空と白い雲の下で青々と緑を光らせていたが、その中腹に何やら大きな屋敷が見える。パッと見ると、旅館かはたまた神社のようなその建物が、亀山家の屋敷だった。


「えっ!? あれが、亀山くんの実家なの!?」

「ああ、すごいだろ。地主でもあるんだ。この辺りの土地のほとんど、亀山の土地らしい」

 それには流石に二人も素直に驚きの声を上げていた。

 しかし、最もオーバーリアクションをすると思っていたシャーが先ほどからずっと大人しい。辺りの風景を眺めては、何やら探るようにじぃっとそこから視線を動かさないでいるような、そんな感じだった。まるでネコみたいな様子で秋人はちょっと気になって声をかけた。


「どうした、シャー」

「ンー。ニホンの風景ってカンジ! と思う」

「そ、そうか? お前の日本のイメージって、田舎なのか?」

 確かに、古きよき日本の原風景といった趣のある光景ではあるが、それをシャーが感じ取ってしまうのがなんだか面白かった。

「バスが来るまで少しあるから、そこの店で何かほしいものは買っておくといい。じいさん家まで移動したら、店はないぞ」

「……だろーな……」

 栄太がもう一度、山のほうをみた。目だった建物は、御屋敷以外に何もない事は明白だった。

 ともえがシャーを連れて、酒屋に入っていく。それに続いて秋人も行こうとしたが、栄太が「ちょいまち」と引き止めた。


「な、今回はマジでお前の御手柄だよ、まさかあのシャルロット・フィリップスと旅行できるとは思わなかった。最高にいい思い出になるぜ」

「そうか。少しは喜んでもらえてよかった」

「でもさ、結局あれから、なんで『アキト』なのかは判明してないんだろ?」

「うむ……。だが、まあそれはもうどうでもいい。オレもお前と同じく、この旅行で『青春』を謳歌したいだけだ」

 秋人はそう言って、シャーの入っていた店の入り口を見つめていた。


「そかそか、フィリップスさんもだけど、吉原さんもいいカンジだよな」

 普段、学校ではつっけんどんな態度の吉原ともえを見ているから、こうして学校外で共に活動することに新鮮さを感じていた栄太は、楽しそうに笑顔を見せていた。

 ウォーク・ラリーをするためにやってきたので、今日のみんなの出で立ちは動きやすい服装に包まれていた。

 秋人は、半そでのシャツと、綿パンを膝下あたりで巻いている。クツはスニーカーで動きやすいものだ。栄太もシンプルな肌着の上にチェックのシャツを着ている。ボトムズはジーンズだが、ゆとりのあるもので、動きやすそうだった。天体観測で登山する事もあるらしく靴は結構しっかりとした重厚なつくりの登山靴トレッキングシューズで割とこうしたキャンプスタイルに慣れているのだろう。下と合わせたデニムキャップが似合っている。

 対して女性陣だが、二人ともアウトドアに決めているのは当然ながら、それぞれに好みをちりばめられた服装が、栄太の目を悦ばせていた。

 シャーはお気に入りなのか、前に会ったときに持っていた麦藁帽子ストローハットを被り、コミカルで可愛らしい馬のイラストの入ったシャツにライトブルーデニムの上着を七部袖でまくっていた。ダークブラウンのフリル付きョートパンツと黒のレギンスはハイキングスタイルで、身の丈にあったバックパックは彼女がアウトドアを好んでいるのだと良く分かる。手首には黒のリボンが巻かれているように見えたがどうやらそれはシュシュのようだ。

 ともえも基本的には動きやすい服装を好むのだろう。明るい赤のパーカーに、少々胸元が開いている白のタンクトップは、谷間がちらりと覗いてセクシーだった。スレンダーな体にフィットするようなスリムなハーフパンツと黒いレギンス。シューズも履き慣れた物のようで身軽な印象だった。


「いやあ、楽しくなりそーじゃん。おまえにゃ、感謝してるよ」

「気にするな。いつもの礼だ」

「何律儀なこといってんだよ、オレらもなんか買おうぜ」


 一行はドリンクやお菓子などを適当に買い、やってきたバスに飛び乗った。

 バスはゆったりと進みながら山のほうへ進んでいく。ぐねる山道を登っていき、停車駅から歩いて十分、ついに到着した亀山の実家に、一同「ふー」と疲労の溜息を吐き出した。

「門構えすご……」

 ともえが『亀山』と書いてある表札を見つめ、立派なつくりの門に瞳を丸くしていた。

「おまえんちって金持ちなんだなあ」

「いや、金持ちじゃない。土地が広くて家がデカイだけだ」

 普段、ベッドタウンで暮らしているともえと栄太は、アパートやマンションばかりを目にしているせいだろう。立派な和風建築の古めかしい屋敷に改めて驚いていた。秋人は謙遜していたが、実際のところ、地主でもある亀山家は並よりは上の潤った生活をしているのは確かかも知れない。


「アキト?」

「む?」

 隣でちょこんとくっつくように、寄り添ってきたシャーに、秋人は内心の鼓動を押さえつけるようにしながら、視線を落とした。

「このへん、川あるかもしれない?」

「川……? ああ、あるが……」

Wellふぅん……」

 川は確かに、ここから更に登ったところにある。せせらぎは静かで魚を手づかみできるくらいの小川だ。幼い頃、よく遊んでいた場所でもある。

「なんだ、川に行きたいのか?」

「いきたいかも」

「……まぁ、行く予定はあるから、後でな」

 暑い日ざしの中、軽く登山したので、涼しい水辺に行きたいのかもしれない。川へは、ウォークラリーで寄ることになっているから、シャーの望みはかなえてやることもできるだろう。ともかく、今は移動の疲れを癒すべく、家で一休みだ。

 秋人は先頭に立ち、門をくぐった。広めの庭を進めばすぐに玄関だ。

 鍵などはかかっていない事を知っている秋人はガラガラと引き戸を開け、一行を中へと招待した。


「じいちゃん、きたぞー」

 玄関から声を上げて奥へと挨拶する秋人はそのままクツを脱ぎながら上がっていく。玄関には、木彫りのクマやら、なにやら古めかしい絵画、それに大きな水槽に金魚が泳いでいたりする。シャーやともえたちは、キョロキョロとそれらを眺めながら玄関の広さにまた感心しているようだ。

 秋人の声を受けて、奥から『のしん、のしん』と床が軋む音がしてきた。

 秋人のおじいさんがやってきたのだと、シャー、ともえ、栄太は姿勢を正してそれを待ち構えた。

 やがて、『のしん』と、奥の角から姿を現した亀山屋敷の大黒柱は白い髭を豊かに伸ばし、皺のある額は見事なまでに禿げ上がっている。それだけなら、歳相応の老人という話で終わるのだが、秋人の親類と納得するだけの巨漢であったのだ。

 ぬぅっと顔を出した秋人の祖父、亀山清かめやまきよしは齢六十後半であるにも関わらず、身長が秋人よりも大きい。もしかすると、二メートルに届くやもという大柄であった。


 それを見た三人は、表情を固めて『オセワニナリマス』とカタコトで挨拶をしてしまうのであった――。


「うちの家系は、昔から男はデカいんだ。オレもまだ成長痛がしてるから、伸びてるみたいでな」

「まだ伸びてンの!?」

 とりあえず通された居間で一休みしながら、亀山家の神秘に驚嘆する栄太とともえ。シャーは、アメリカで育ったためか、大柄な男性は良く見ているだろう。二人ほどの驚きはないらしい。それでも秋人の祖父を見た時は流石に驚いたが。

「ひとまず、昼間ではゆっくりしてくれ。ばあちゃんが、昼食は弁当を用意してくれたらしくて、それを持って、いよいよウォークラリーだ」

「私、ウォークラリーって始めてやるわ。具体的にはどうするの?」

 ともえが秋人に訊ねると、シャーも興味深そうに視線を重ねてきた。

 栄太は小さな頃、キャンプに行った時、経験したことがあるようで、「スタンプラリーとかしたことないか?」とともえに返していた。

「ああ、そういえば子供のころ、駅のスタンプを手帳に押して集めるゲーム、やったわ」

「そんなかんじだよな」

 と、栄太が秋人に確認するように改めて訊ねる。それに秋人はひとつ、頷いてから、満を持して発表するに至った。


「今回のウォークラリー旅行は、一泊二日の短いもんだが、これからやるのは、『ウォークラリー×ウォークラリー』だ。つまり、アプリのウォークラリーをしながら、実際のウォークラリーをやってもらう」

「あっ、それでオレにもウォークラリーを勧めたのか」

「ああ、みんながウォークラリーをプレイすることになったから、どうせなら、これを活かしたいと思ってな。そこで、ウォー・クラリーの事を調べていたらいい機能がある事に気が付いた」

 秋人は、シャーとウォークラリーの約束をしてから、どのようなウォークラリーをやろうかと悩んできていたが、そんな時に彼にアイディアを与えたのは『ウォー・クラリー』の公式Webサイトだった。

 ランク5まであげたプレイヤーが可能になる機能に、『自作ミッション』というものがあったのだ。

 これは、パソコンから『ウォー・クラリー』のサイトにアクセスし、ログイン手続きすることで行える、自分で考えたウォー・クラリーイベントをゲーム内に実装する事ができるという機能である。

 自作ミッションを作成し、プレイヤーがそのミッションをクリアすることでチャレンジも達成することになり、トークンを入手できるため、二重に御得だと思った。


「自作ミッションなんてできるのか、すげえなコレ」

「アキトがミッション作ったの!?」

「ああ、まず、ここからウォークラリーを立ち上げて、マップで一番近い『ネスト』を検索してくれ」

 秋人の言葉でみんな、スマホを操作し、ナビを検索すると、一番近くの『ネスト』は『御堂』だった。この屋敷から南西に400メートルの位置にあるらしい。

「そこが、このミッションの開始ポイントだ」

 秋人はニヤリと笑って見せた。


「ミッション名、『夏の幻を探せ』。ウォークラリーの始まりだ」


 こうして、夏のウォークラリーが始まった――。

 一行は、スマホを片手に、始まったイベントに胸を躍らせていく。

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