レイドバトル
「ここだよ、アキト、トモチャン!」
シャーが手を振ってこちらを呼びつける。やはりそこは思ったとおり、遊歩道にある公園だった。なだらかな丘が芝生で覆われていて、グラススキーなんかを楽しめる公園で、そこには公園の看板が立て付けられているが、その看板の手前でレイドのファクターが渦巻いていた。
このまま渦をスキャンすれば、レイドバトルへと遷移して戦闘が始まるだろうが、それではさっきの<タキオニウス>同様に瞬殺されるだろう。
「レイドをする時、三人でパーティーを組むの。みんなフレンド登録してるから、フレンドリストから『パーティーにさそう』でメンバーに加われるよ。アキト、アタシとトモチャンを誘ってみろ?」
「よし。こうか?」
スマホを操作し、フレンドリストからシャーとともえを『パーティー』に誘った。すると、自分がリーダーとなり、二人がメンバーとして画面に表示された。
「イイミタイ! これでスリーマン・セルが完成! あとは誰がどんなロールをするか決めるのだ」
「ロール?」
つまり、役割のことだろう。秋人はなんとなく察したが、ともえは首をかしげた。
「ウォークラリーは『体』『知』『美』の三種類のステータスがあるでしょ。それぞれに得意なクラリーを一体ずつ選ぶの。レイドでの役割をキチンとすれば勝てるよ」
「だったら、私の場合『体』のクラリーくらいしかまともなのは育ってないんだけど……」
ともえが見せたスマホの画面には何やら禍々しい形状のクラリーが表示されていた。全体的な見た目は人型で二つの脚で立ち頭部がひとつに腕が一本づつだったが、スマートな体系に似つかわしくない異常に肥大した右腕とその手から伸びる鋭いカギヅメ。全体的に黒で統一されたゴテゴテした鎧を着込んでいる白髪で赤い瞳を光らせている少年のようなグラフィックだった。ぶっちゃけた例えをすると、中二病が好むタイプのダークヒーローという印象だ。
<虐殺者キラ>と名前が表示され、QPは400あった。初めてすぐのともえにしたら、随分と強いクラリーだ。
「いいだろ、強いぞ」
「……吉原さんがこういうのが好きだとは知らなかった」
「そっ、そういうお前はどうなんだよっ」
「む、オレのは……<プリリル>だ」
そう言って<プリリル>を見せてやると、ともえは「え゛」と声を上げて、秋人と画面を見比べた。
「……亀山くん、こういうのがイイんだ?」
「……わ、わるいか。こういうのがイイんだよ」
どうも、秋人とともえは、とことん好みが合いそうにない。
御互い、分かち合えないクラリー評価に表情を堅くしていると、シャーが割って入って来た。
「ナルホドなー。じゃあ、アキトは<プリリル>。『美』が得意みたい。トモチャンは『体』の<虐殺者キラ>だね。なら、アタシのはー……ジャカジャカダーン!」
シャーが奇妙なファンファーレの後、スマホを見せ付けてクラリーを紹介した。
「『知』で育てた<ロケット66>だー!」
ずいぶんと勿体つけて紹介したが、すでに把握していたので、「お、おう」と秋人は返事するのみだった。
とはいえ、これで『体』『知』『美』の三体で出来上がるスリーマン・セルが出来上がった。ゲームの上で最もバランスがいいパーティー構成とされる。
「じゃあ、これでもうレイドに挑めるのか?」
「チョットマッテー! きちんとロールの確認をしろ?」
シャーがレイドに挑む前に、秋人とともえに、戦術説明を行う。
今回の作戦としてはこうだ。
ともえの<虐殺者キラ>は今回アタッカーとして動く。そのため、キラを護るべく、他二人でサポートするのが作戦だ。
敵の攻撃は、『美』のスキルを得意する<プリリル>が、レイドボスの注意を引き、攻撃を散らす。そして、<ロケット66>の『知』のスキルで、相手の弱点分析や、トラップをしかけ、翻弄するという三位一体の作戦だ。誰かひとりかけたら、そこで一気に崩れてしまうから、互いが互いを気遣って戦わなくてはならない。
「イイかな? ダイジなのは1ターン目。最初だよ。それさえしのげば、パーティーは壊れないし!」
「最初が肝心、ね。分かったわ。攻撃は私に任せて」
「アキトの<プリリル>が相手の攻撃を引きつけられるかにかかってるよ」
シャーとともえが、秋人を見上げてきた。思った以上に、重要な役回りだ。バトルはあまり得意ではないが、ここで弱音を吐くほど、男として落ちぶれてはいない。
「任せろ」
「ウン! じゃあ、レイド開始!」
シャーの号令と共に、リーダーである秋人の『スキャナー』でファクターの渦に飛び込んだ。閃光と共にバトル画面に遷移し、画面手前にこちらのクラリー、奥にはボスの天狗クラリーが出現する。
「オー、ジャパニーズ・ゴブリン!」
「天狗っていうのよ」
「テングかー! 鼻デカくね。デカいよね?」
シャーがけらけらと笑っている中、『ターン1、開始』の演出が行われた。先ほどは勝手に動き出していたバトルだったが、なんと、秋人の画面にコマンドリストが出現した。行動を選んで指示できるらしい。
「さっきは、<タキオニウス>が勝手に戦っていたんだが……」
「コレ、アタシのオカゲだよ。<ロケット66>に【戦術指示】のスキル、とってるからナ!」
なるほど、スキルがないと、指示ができないのだろう。そういう意味で『知』のクラリーを含んだスリーマン・セルは必須なのかもしれない。
コマンドリストは、『アタック』『スキル』『ガード』の三つだ。
秋人は作戦通り、<プリリル>があの天狗クラリーの攻撃を受け止めなくてはならない。戦闘用には育てていない<プリリル>だが、まったくバトルで役に立たないかと云えば、パーティー戦に置いてはそうでもない。
理想の可愛い妖精<プリリル>を育成するべく、カリスマ美容室のイベントはほぼ、<プリリル>へと投資した。そのため、<プリリル>は交渉時などに、欠かせない美少女妖精になっていたわけだ。(性格は矯正できなかったが)
その時、取得したスキルに【フェロモン】があった。これは交渉時、成功確率を上げるだけでなく、バトル中に敵の攻撃ターゲットになりやすくなるという特性もあった。
この特性がある以上、他の二体より、天狗は<プリリル>へ襲い掛かってくるだろう。
敵対心は、こちらの取った行動で、様々に切り替わっていく。大ダメージを与えたものがいればそれに対するヘイトは上がるだろうし、強力なスキルを使えば、目を引くだろう。
「吉原さん、1ターン目は、攻撃を抑え目にしてくれないか」
「え、なんで? 一気に攻撃しなきゃ、こっちもやられちゃうんじゃない?」
「敵の目を<プリリル>に引き寄せたいんだ。吉原さんのクラリーはかなり強そうだ。いきなり大技を出されると、敵の注意がそっちに向いてしまう」
「ふーん。まぁ、そういうことなら、最初は大人しめでいくわ。頼むわよ、そっち」
「おう」
ともえは『アタック』。シャーは『分析』。秋人は『ガード』を選択した。
そして行動決定すると、いよいよバトルが動き出す――。
最初に動いたのは<ロケット66>だ。そういえば、以前、自己紹介をしたときに、スピードが速いのが特徴と言ったいたことを思い出した。<ロケット66>が天狗の周囲を走り回り、敵を【分析】していく。
「天狗の分析デキター! 名前は<カラスマル>。風が得意ミタイ。弱点は……あっ、イイミタイ!」
「なんだ、弱点はあるのか?」
「ある! でも、それは、アタシに任せて。作戦ドーリに、トモチャンはアタック。アキトは攻撃をひきつけてー!」
続いて、<虐殺者キラ>が大きな右腕を振りかぶって、カギヅメで引き裂いた攻撃をした。数値などは出ないが、上部に表示された体力ゲージが減少する。先ほどの<タキオニウス>の一撃とは比べ物にならないダメージだった。ゲージの六分の一は削れた。
「うわっ、なにコイツ、めちゃくちゃ体力あるじゃない!」
それでもともえは驚愕の声を上げた。ともえは、これまでのプレイでバトル主体で遊んでいたので、<虐殺者キラ>の戦闘力を良く分かっているつもりだ。かなり攻撃力を鍛え上げた生粋のアタッカーであるキラは、大抵のクラリーをほぼ一撃でやっつけていたので、レイドボスがここまで強いとは想像外だった。
続いて、<プリリル>が防御する。これでこちらの手番は終わった。敵の攻撃フェーズだ。
先ほどのように、天狗が舞い上がり、風が吹き荒れる。真空の刃とも言える攻撃が、計画通り、<プリリル>へ襲い掛かった。しかし、ガードしていた<プリリル>はその攻撃をしっかりと耐えてくれた。ダメージは体力ゲージの半分以上を奪っていったが一撃を凌いだ事は大きい。
「ガードしてもあんなに喰らうなんて……」
「ダイジョブダイジョブ! いけるよ、いける!」
「次は、どう動く?」
「トモチャンは、おもいっきりヤッテ! アキトは、なんとか自分を守ってほしい」
守る、とはいえガードしても体力が半分以上減ってしまった。ここでガードしたところでねじ伏せられてしまうのは目に見えている。
ならば、取り得る手段は二択。『アタック』か『スキル』だ。とはいえ、『アタック』したところで<プリリル>では雀の涙だろう。となると……。
秋人はスキルを選択し、使えるアクティブスキルに目を通した。
そこには、たった一つだけスキルが登録されている。それも、カリスマ美容室で取得したスキルだ。もともと、美容室で引きたかったスキルは【メイク】というグラフィックの色を変更できるスキルだったが、ランダム性のため、それを取得できずに代わりに得た【蝶のように舞い】だった。
奇妙なスキルで、スキル名もなんだか中途半端な印象を受ける。その効果は回避率を高める踊りらしい。これで敵の攻撃を回避できればもう一撃はしのげるだろう。
2ターン目が開始された。
まず、動くのは先ほど同様に、<ロケット66>だ。弱点を突くとシャーは言っていた。そんな<ロケット66>が取った行動は【排気ガス】というスキルだった。天狗の周囲を駆け回る<ロケット66>のモーション後、モワモワと煙が周囲を包み込み、天狗クラリーの頭上に、目から涙が零れるようなアイコンが表示されていた。
「うまくいった! ボスの目を潰したよ。攻撃をかわしやすくなる! コイツの弱点、目潰しだったノデ」
「いいぞ、シャー! これなら、オレのスキルとのシナジーも生まれる!」
相手の命中率が落ち、こちらは【蝶のように舞い】で回避率が上がるのだ。なおの事、回避しやすくなるわけだ。抜群のコンビネーションに二人は笑顔をかわした。
「次、私の攻撃!」
<虐殺者キラ>の右手からバチバチと電撃が迸り、それでもってカギヅメを斬りつけた。スキルのポップアップに【雷神剣】と書いてあった。
中々の一撃だったようで、レイドボスの体力ゲージがいよいよ半分まで減った。本当に、攻撃バカというくらいストイックにともえは<虐殺者キラ>を育成しているのだろう。なんというか、少しばかり和を嫌う彼女には似合っていると内心思ったが、秋人は口には出さずにいた。絶対に睨まれると思ったから。
「いけるかも!」
<プリリル>の【蝶のように舞い】が発動し、回避率が上がったポップアップが画面にフェードアウトしていく。
天狗が攻撃態勢に移った。しかし、先ほどのように舞い上がって風を吹き付けてくるのではなく、手に持っていた扇子で大きく仰ぐと、竜巻がパーティーメンバー全員に襲い掛かってきた。
「うっ!? 全体攻撃ッ?」
せっかくの【フェロモン】も、全体攻撃では意味がないらしく、メンバーは竜巻に飲み込まれた。
しかし、<カラスマル>が目潰し状態になっていたお陰で、その竜巻を<プリリル>と<虐殺者キラ>は回避できた。ダメージを受けずにすんだが、<ロケット66>は直撃を受けてしまい、一気に体力ゲージが残り数ミリという状況まで追い込まれた。
「ちょっ、つよっ!?」
ともえが驚き、当たらなかった幸運に胸をなでおろす。キラが当たっていたらおそらく撃退されていただろう。<ロケット66>は三体の中でもQP上限が550と最も高い。そのお陰か、耐久力もあるようで、どうにか一撃はしのぐ事ができた。
「これは、ヤバイ!」
「次でどうにかできないと、負けるかもな……」
とは言え、ともえの攻撃特化で育成したクラリーでも、残り体力半分を削りきれるかは、今の【雷神剣】が最強の一撃なのだとしたら、無理に思えた。
「何か、ほかに技はないのか?」
秋人は二人に訊ねるが、シャーは『知』でナビと状態異常ができるくらいで、ダメージを稼ぐような技はない。それは<プリリル>も同様だ。
「雷神剣以上の技はないわね。一応、あとひとつかく乱用に持ってる技があるけど……ダメージはあんまり期待できないのよ」
となると、あとは、全員で『アタック』し、少しでもダメージソースにする方法だ。回避率を上げた<プリリル>で回避しながら、チクチク突いていれば、もしかすると勝てるかもしれない……が、泥沼になりそうな感じは否めない。
「……ところでさ、さっき亀山くんが言ってた……『しなじー』ってなに?」
不意にともえが秋人に訊いた。『シナジー』と云う言葉はあまり一般的ではなかったかと、秋人は「あー」と言葉を捜して返事した。
「シナジーは、つまり、相乗効果のことだ。ゲームとかではよく使うのはコンボ、とかか。ひとつだけではあまり役に立たないモノでも、何かと掛け合わせると、効果を発揮する、みたいな……」
「コンボ……、コンボか。それなら分かるわ。ふーむ。……ねえ、ならもしかして、これって使える?」
そう言ってともえが自分のスマホ画面を、シャーと秋人へ見せた。
画面には<虐殺者キラ>のスキル画面で、ふたつスキルが表示されている。
ひとつは【雷神剣】。そして、もうひとつは……。
「これだっ!」
「勝てるかどうかはわかんないけど、試してみる価値はあるかな?」
3ターン目、一筋の希望を見つけ、メンバーはそれにかける。
最終ラウンドとも言えるゴングに、まず動いたのは<ロケット66>だ。エンジンを吹かしながら、赤い車体が『アタック』を仕掛ける。
攻撃は当たったが、やはりそのダメージは微々たるものでほんの少しだけしかゲージは減らなかった。
続いて、<虐殺者キラ>が動きだす順だが、そこで特殊な演出が入った。<虐殺者キラ>と<プリリル>のフェイスがアップにカットインで表示され、その後画面にハデな演出と共に、疾走感ある書体の文字で『
まず、<プリリル>が舞うモーションの後、【蝶のように舞い】が発動――。
そして、すぐさま<虐殺者キラ>が【蜂のように刺す】が発動した。二体のクラリーが共に、<カラスマル>に突撃していき、『クリティカル!』と強烈な一撃を叩き込んだ。
それで<カラスマル>の体力ゲージが一気になくなった。苦痛に倒れこむようなモーションの後、天狗のクラリー<カラスマル>は粒子になって消滅した。
『WIN!』と、勝利を称えるBGMと共に、『宝玉チケット』なるアイテムを取得した。
「お、おおおっ! やった、やったぞ!」
「スゴイスゴイ!
「た、倒せるものなのね。ちょっと白熱したわ」
三人で勝利の喜びを分かち合い、初の協力イベントの成功に夏の暑さも忘れてはしゃいだ。
「ヤッタネ! みんなで、一緒にできて、アタシ嬉しすぎるミタイ!」
「ああ、そうだな」
「折角一緒に遊ぶんなら、まぁ、このくらいは、ね」
たかがゲームで結ばれた友情。そう言ってしまえばそれまでだろうが、友情の芽生え方に、ランクなどない。
三人は始めて、やっと一緒に笑えたのだ。
確かな友情を感じ取り、秋人は思う。
そうだ、この感覚だ。これが友達だ。友情で、やっていける、と――。
この調子で明日の旅行も成功させよう。きっとうまく行く。そして、シャーに日本に来てよかったと言って貰える様に、彼女の目的を果たしてやろう。
弾ける金色の笑顔を見つめて、秋人は考えた。
この笑顔を見られるだけでも、心は充実するじゃないか。そこに、恋愛感情は必要ないと――。友情を育むことで、彼女達とは幸せに触れていけると、そう心に沁み込ませていった。
日差しは高く、青空には大きな入道雲。
明日もいい天気がやってくるだろう。
亀山秋人の高一の夏は、実に充実している。これ以上を望むことはあまりにも高望みすぎると思えた。
<プリリル>の色を変える【メイク】を取らずに良かったかも知れない。
<プリリル>がシャーに似ているからと、その髪の色を金色に変更させなくて良かった。
秋人の気持ちは、ゆっくりと、ニュートラルに切り替えられていく。纏わりつくような湿気を吹き飛ばす、涼しい風が不思議なほどに恋しかった。
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