妖精との交渉
散歩を続けながらシャーが語ってくれた説明で、色々とウォークラリーのことが分かってき始めた。
ウォークラリーをプレイするのに、その画面をずっと見ていなくてもいい設計がされているようで、基本的にはマイク付きイヤホンを装着する事を前提に作られているようだ。
シャーはいつも片耳にブルートゥースのイヤホンをつけ、音声操作とイヤホンから聞こえるナビでウォークラリーを楽しんでいる様だった。
イヤホン付きマイクはスマホを購入した時についてきていたはずだ。今回は持ってくるのを忘れたが次回は持ってこようと考えた。
イヤホンをつけていない場合は振動でイベント発生やネスト接近報告をしてくれるようで、秋人のスマホはクラリーの反応があればヴヴヴ、とバイブが短く始動していた。
「クラリーは何体まで持てるんだ?」
「クラリーは六体までストックできる。その内、スターティングメンバーでメインになるのが三体」
「スターティングメンバー?」
「クラリーは、バトル、会話、ナビ、いろんな遊び方ができるケド、メイン三体と控え三体のうち、メイン三体がカツヤクする。ダカラ、アキトは早めに最低三体集めた方がイイね」
「なるほど。だったら、クラリーを仲間にするために『ネスト』へ行くべきなんだな?」
秋人の質問に、シャーは「ソウ!」と跳ねて返事をした。ブロンドの髪がキラキラと舞う光景は暑い日ざしの中の清涼剤にすらなりえそうだった。
そんなわけで、チャオの散歩のコースは『ネスト』探しを兼ねて行われる事になった。ナビを確認すると、北、西、東とそれぞれ『ネスト』反応がある。もっとも近い場所はシャーと出会った公園だった。
「あの公園の『ネスト』はあんまりイイの出ないヨ」
「そうなのか?」
「ソウ。オススメは、あの貯水塔! <タキオニウス>みたいな、クールでビッグでエクセレントなクラリー出てくる」
どうやら、『ネスト』によって出現するクラリーの傾向が片寄っているらしい。
シャーは貯水塔を勧めるが、ビッグなクラリーということで<タキオニウス>のようなロボットが出やすいのかも知れない。
秋人としては、実のところ公園の『ネスト』のほうが気になっていた。あの公園でシャーのスマホから見せてもらったクラリーはウサギのような外見の可愛らしいクラリーだったからだ。
秋人はそのガタイに似合わず、小さく可愛いものが大好きだ。できることなら、そういう可愛いクラリーで六枠のクラリーを埋め尽くしたいとすら考えていた。
「シャー。公園の『ネスト』でクラリーを探したいがいいか?」
「ソウ? アキトの好きにしたらイイよ? アタシはジャイアントなのがイイと思うナ?」
「オレはな……その……小さくて、……可愛いのが……まぁ……うん」
チャオを見ながら秋人は言葉を濁しつつ、シャーに自分の好みを伝えた。シャーはどうやら大きくてゴツいものが大好きらしい。シャーの持つクラリーは<ロケット66>もそうだが、乗り物や巨大な怪獣のクラリーを持っていた。
それで、シャーを勧めた貯水塔から入手した<タキオニウス>はロボットだったのかと納得した。シャーとしてはかっこよく大きな迫力あるクラリーを見せて秋人を喜ばせたかったのかも知れない。
二人と一匹はやがて公園の石碑までやってきた。そこまで行くと、秋人のスマホがヴヴヴと振動し、『ネスト』に接近した事を伝えてくれる。スマホをポケットから取り出すと『スキャナー』を起動して石碑へ向けた。
すると、石碑から光が舞い散ってから画面が白く瞬き、粒子がクラリーを形作る……。
出現したクラリーはなんとも小さなワタアメみたいにモコモコの毛むくじゃらだった。四足の脚と白いモコ毛からぴょこんと飛び出た尻尾は巻いている。頭部はつぶらな瞳と小さな耳で、全体的な見た目としてはヒツジのようだった。
「おおっ、前にみたのとは違うクラリーだな?」
「うん、『ネスト』は決まったクラリーが出るわけじゃないから、いつも違うの出てくるヨ」
「なかなか、可愛いじゃないか……」
「Mary had a little lamb♪ little lamb, little lamb♪」
シャーが軽やかに流暢な英語で歌った。歌詞だけではぱっとわからなかったかもしれないが、そのメロディは秋人も聞き覚えがあった。『メリーさんのヒツジ』だ。
歌う少女は無邪気にチャオを愛でながら、可憐な笑顔を振り撒くようだった。秋人はそんな彼女を見て思う。シャーは『プリティー』ではなく『キュート』であると。女の子として可愛いというよりも、ペットや赤ん坊に対するそれに似た感覚だと思えた。
ともかく、今は目の前に出てきたこのヒツジのクラリーだ。
ヒツジをタップすると、そのまま手持ちに加わるかと思ったがなにやらテキストが表示された。
『交渉スタート!』と大きく演出の加わったテキストがフェードアウトすると、『交渉するクラリーを選択してください』とクラリー一覧が出てきた。<タキオニウス>しかいないため、選択の余地はない。<タキオニウス>を選択すると、ヒツジクラリーの手前側にこちらに背を向けた状態の<タキオニウス>が出現した。
「シャー。交渉が始まったようだが……どうしたらいいんだ?」
「交渉は、クラリーを仲間にするためのイベント。最初の一匹目だった<タキオニウス>は無条件で仲間になるけど、これからは『ネスト』にいくと、クラリーと交渉して仲間にすることにナル。うまくクラリーの気を引くように交渉すれば仲間になってくれるケド、最初は好きにシテミロ?」
「そ、そうか。ふぅむ……?」
画面を確認すると、ヒツジのクラリーが『メェメェ』と鳴いている。それを<タキオニウス>がうんうんと頷いているようで会話をしているようだった。何を喋っているのか分からない。
するとテキスト枠に選択肢が表示された。
四つのアイコンが並んでいて、『攻撃的/威圧』『協力的/真面目』『皮肉的/冗談』『クラリーに任せる』とあった。ヒツジのクラリーにどう対応するのか指示する選択らしい。この選択で相手がどう印象を持つか変わってくるのだろう。
可愛いヒツジのクラリーに対し、『攻撃的/威圧』はありえないと秋人は思った。選ぶならそれ以外だろう。しかし、相手の性格も良く分からない状態で真面目に対応するか冗談染みて対応するべきなのか分からない。
「交渉に出したクラリーがアタマがいいと、通訳してくれるケドー、<タキオニウス>はスキルが【良い姿勢】しかないカラ、チョッカンで選ぶしかないネッ」
「む。そうか、その【良い姿勢】は交渉する時にクラリーを惹きやすくする効果があったはずだ。なら、ここは……」
秋人は『クラリーに任せる』を選択した。
<タキオニオス>がモーションして【良い姿勢】が発動したらしいエフェクトとテキスト表示がポップアップした。
すると、ヒツジがまた一鳴きしてから、『!!』と噴出しが表示された。うまく行ったのかは分からなかったが、次の瞬間、ヒツジはうんうんと頷いたのち、『<ラムラー>が仲間になった』とあり、手持ちのクラリーリストに加わってくれたらしい。
「おっ! 仲間になったぞ。<ラムラー>だとさ。QPは……100か。最初だからそんなものなのか?」
「ソノウチ、QPイッパイなのも出てくる。とりあえず、そんな感じでクラリーを集めるんダ」
「最低三体のメインって言ったっけ。どんなクラリーでもいいのか?」
「好きにするといいけど、一応セオリーみたいなのもアル」
シャーがクラリーの構成をするにあたってのセオリーを教えてくれた。
どうやら、クラリーはスリーマン・セルで動くのが基本らしい。バトルをするにしても、イベントをクリアするにしても、三体は最低メンツに入っている前提で進むようだ。
その三体だが、クラリーのステータス構成同様に、『体』に育てたバトル向きのクラリー、『知』に育てたコミュニケーション型クラリー、『美』に育てた交渉型クラリーが一体ずつ配置されているのが最もバランスがいいといわれている。
もちろん、プレーヤー次第では『体』だけ三体のバトル特化タイプや、『美』に特化させて、着せ替えを楽しんだり自分好みの見た目に育成させるタイプもいるらしい。
今の秋人の手持ちはカリスマ美容室で鍛えた美1の<タキオニウス>に、まだ育成していない<ラムラー>だ。
「うーむ、見た目的には<タキオニウス>をバトル向きに育てるべきだったかもしれんが……<ラムラー>を『体』で育てるのはあまり気乗りしないな……」
「フゥン? じゃあ『知』で育てる? あんまりセオリーにこだわらない方が楽しめるヨ。アタシ、『知』で育ててるの多いノダ」
「そうなのか? 『知』で育てると、どんなクラリーになるんだ?」
「アタマが良いクラリーは言葉を覚える。交渉の時、通訳してくれたり、ナビのガイドになってくれたりー……チャットで会話もできるようにナルんだネ!」
<ロケット66>が会話ナビをしていたのを思い出した。なるほど、どうやら<ロケット66>は『知』で育成したクラリーなのだろう。
しかし、会話できたり、チャットできたりと中々面白そうだ。常々、チャオと会話できたらなあと考えていた頃もある。犬の声を通訳するなんとかリンガルというものがあったが、それに憧れを持っていたこともある。チャオと会話できない分、この<ラムラー>と会話してみるのも面白いかもしれない。
「よし、<ラムラー>は『知』で育ててみるか……」
「でも、なかなかオモウヨーにいかないのが、ウォークラリー。育てたい内容のイベントが中々でてこなかったりする……だから、気長に遊ぶか、いろんなところに出かけるのが良いネ」
そういえば、『チケット』系アイテムが課金アイテムだった。手早く好みの育成をさせたい場合は課金したほうがいいのかもしれない。
しかし、課金は親から全面禁止とされている。そうなると、気になるのはシャーのいう『いろんなところに出かける』という部分だ。
チャオが早く散歩を続けようと言わんばかりにリードをグイグイやりだしたので、二人は公園の石碑から移動し、チャオの散歩を続行しながら、ウォークラリーの情報を話し合った。
「色んなところに出かけるって、どういう意味だ?」
「ウォークラリーは現実の地球を舞台にしてるゲームだから、その地域によって、クラリーの傾向やイベントの内容もちょっとずつ違うミタイ。だから、色んなトコロにいくほど、色んな場所のクォンタムを吸って、ナビが地球を覚えていく。そしたら、どんどんイベントやクラリーが影響を受けていくの」
「す、すごいな……。じゃあ、極端な話、日本以外でも、アメリカに行けばアメリカのクォンタムを吸って、オレのウォークラリーナビがパワーアップするのか?」
「ソウ! だからアタシのウォークラリーはアメリカとニッポンのハイブリット! アタシ、いろんなとこ行くの、好き」
そう言って面白そうに煌めかせる青い瞳は、夏の太陽にも負けないくらいに強く光っていたように思える。遥々アメリカからやってきた少女には格好のゲームアプリとも言えたのかもしれない。
「だから、シャーはこんなにウォークラリーが好きなんだな」
「んー、ウォークラリーはオモシロイけど、アタシは元々ゲームはあんまりやらなかった。てゆーか、好きじゃなかった」
「え?」
意外な言葉に秋人は思わず少女の顔をじっと見つめてしまった。その表情に答えてかシャーは言葉を続けていく。
「アタシ、外にでかけるの、好き。色んなところにいって、色んな人に会うのが好き。だから、ゲームは家の中から出てこなくなるから、嫌い」
その表情は明るい太陽のようだった先ほどからうって変わって陰がさしていた。まるで何か過去にあったような顔だ。シャーの言う通り、ゲームは最近VR物が盛んになってきていた。バーチャルリアルを体験できるヘッドマウントディスプレイの没入型ゲームだ。
それは大抵自室の中でのみ遊ぶものだ。もちろんオンラインにつないで人と会話したり遊んだりはできるだろうが、シャーの言う『人と会う』という部類には含まれないのかも知れない。
「空気とかね、風や臭いが好き、なの……。人のね、体温が、……好き」
「……シャー?」
何か心の奥に隠れてしまっているブロンドの少女の言葉は、秋人を困惑させた。今の秋人には、シャーの内側の声までは聞き取る事ができなかったのだ。
会話すら、昨日したばかりの外国人の少女の心など、秋人に分かるはずもない。
だけど、少しだけ分かったのは、シャーはペットや動物じゃない。やはり、人間の、同年代の女の子なのだということだ。
多感な思春期の少女の心の中にある
「アキトは、夏休み、どうするの?」
「えっ、いや……特には……」
不意に聞かれた夏休みの予定。そういえば、昼の学校でもシャーは栄太の提案に一時悩む姿勢を見せていた。
(もしかすると……)
栄太は、最初山や海にいこうと誘った。その後、それがダメならカラオケでもいいからと提案しなおして、シャーは行く気を無くしたのだ。
色んな場所に行きたい、と云ったシャーの言葉通りだとすれば、シャーはそれこそ、この夏休みで旅行をしたいのかもしれない。色々な場所へ行き、人と触れ合いたいのかも知れない。
「……シャー。オレは、夏休み、特に用事らしい用事はないんだ」
「ウン」
「だから、ウォークラリーをしようと思う」
「オー! イイネ! クラリー育てたら、一緒に遊ぶ事もできるヨー」
「いや、オレの言う『ウォークラリー』はコレの事じゃぁない」
秋人はポケットの中のスマホをぽんと叩いてそう言った。
シャーはきょとんと、可愛いかんばせで首を傾げて秋人を見上げた。
「ウォークラリーってのは、オリエンテーリングのひとつでな。コースを決めて、歩き、そこの風景を楽しみながら課題をクリアしていくってゲームなんだ。オレは小さなころ、オヤジに連れられてスタンプを探すってウォークラリーやったことがある」
「へええ! それ、どうやったらできる? アキトって小さい頃あるの? ウケるー」
萎んでいた笑顔が帰って来た。自分の小さな頃だってあるに決まっているが、シャーからすれば巨漢の自分が小さな頃を想像したとき、面白おかしい面妖なクリーチャーのようなものが出来上がっていたのかも知れない。コロコロと笑うシャーに、恥ずかしげに赤ら顔で秋人は言ってやった。
「オレが……作るから。シャー、一緒にやるか。夏休みの自由課題になるだろ」
思いつきの提案だった。秋人たちの通う学校には自由課題がある。よりクリエイティブな人材を育成するためのカリキュラムとしても認められ、近頃は生徒の柔軟性を育成するため、ガチガチの学問縛りではなくなっている学校が多い。
「ウォークラリー! イイネ! 好きかもー! イイミタイ!」
「そうか、喜んでもらえるなら、オレもやりがいがある」
思いつきでもなんでも、『ウォークラリー』を教えてくれたシャーに何かお返しをしてやりたかった。そのお返しが『ウォークラリー』なのも、何か面白いじゃないか。秋人はそんなふうに考えて、シャーの喜ぶ姿ににんまりと笑顔を作っていた。
「アキト、夏休み、ヨロシクオネガイシマス」
「こ、こちらこそ」
手を差し出してきたシャーに、秋人は一瞬戸惑ってしまった。白い掌は自分の物と比べて小さく、華奢だった。指先が細く、爪は美しい丸みを帯びている。
秋人はその手を取るべきなのか、恥じらいながら躊躇したが、――体温が好き――と云った少女の言葉がリフレインした。
だから、秋人はその手を取った。
柔らかく、そして暖かい。小さいが、シャルロットの存在を強く伝えてくる彼女の掌に、秋人は胸の高鳴りを感じ始めた。
(……え……)
秋人は戸惑った。たしかに、シャーは可愛い。可憐であり、学校のマドンナだ。誰もが振り向く美少女だろうが、秋人はどこかそれを別の感覚で見ていた。
異性として意識していなかったのだ。
だが――。
芽吹いた感覚は、誤解なのか、迷いなのか、困惑なのか。秋人はその感情に蓋をするように、シャーの手からそっと離して歩みを進めだした。
「アキト?」
「なんでもない……」
窺うように上目遣いで覗き込んでくる蒼の宝石に眼を合わせられない。視線が泳いで、彼女のブロンドを見つめてしまう。
(……違う違う。女子に耐性がないだけなんだ、オレは。落ち着け、落ち着けオレ……)
しかし、彼女のブロンドを見つめていると、初日のあの密着した瞬間が想起されてしまう――。
「~~~~~~っ」
赤くなる巨漢の表情を見つめていたシャーが思いついたみたいに言った。
「Ah! ニオウゾー!」
「誰が仁王だ」
照れ隠しは稚拙だと思う夏の夕方であった――。
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