草茂み


 ボールを探し始めて一〇分くらい経っただろうか。


「あっ!」


 前園まえぞのがすっとんきょーな声を上げた。

 皆、期待の面持ちでそちらを見る。若干一名「チッ」と舌打ちしていたのを除けば。


「見つけ………た?」


 前園が自信たっぷりに高々と掲げたボールは、白いテープでグルグル巻きにされたものだった。


「……。それはティー用のね」


 吉川よしかわはそう言うと、作業の継続を指示する。


 ティー用——先の論争を踏まえれば「トス用」でもいいが——というのは、使い古して革の傷んだ硬球を、テープで巻いて補修することにより「ティーバッティング」専用に再利用した球のことを言う。


 硬球というのはとにかく値が張るから、なるべく工夫して長く使わなければ財政的に厳しい。こんなボールを何百球と保有するのだから、高校の硬式野球部は部活動界における金食い虫である。


 ただ、この女子野球部に限って言えば、そんなお金もボールもない。それは創部二年目だからか、それとも「女子」野球部だからなのかはわからないが、その事実は、彼女らをして一球のボールを大事にさせるには十分なものだった。


「あった!」


 再び声が上がったが、よく見るとそれも風雨にさらされたような汚いボールだった。


 このグラウンドは、基本的に他校の男子高校野球部が使っているので、よく硬式ボールが落ちている。


「なんだよ……」


「これ、最後の走るの無くなるっしょ。いけるっしょ」


 多くの人が落胆の声を上げる中、三輪みわだけがウキウキとほくそ笑んでいた。

 吉川は三輪の頭をペシッと叩くと、捜索の続行を指示した。


 高望たかもち先生は、窪地の段差の上から作業を監督していたが、彼女にも多少飽きがきたようで、大きなあくびをひとつした。


「あぁ〜……っん?」


 あくびと一緒に伸びをして足を開いたら、なにやら硬くてゴロゴロしたものを踏ん付けた。草が茂っていてよく見えないので、先生はそれをかき分けて拾い出した。


「ん……? これは……。」


 先生は、窪地に横一列に並んだ部員達に無邪気に手を振った。


「おーい! 君たち! 見つかったぞ!」




 なんというべきか、無事に例のボールは見つかり、不意に獲得したボールもネコババしてしまった。


 吉川曰く「ボールは貴重な資源よ」ということらしく、野晒のざらしで腐ったボールであろうがテープでグルグル巻きにして使うのだろう。


 ネコババに関しても「ちゃんと探さないほうが悪いわ」だそうである。




 結局、三輪の目論見もくろみは外れ、その後無茶苦茶走った。

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