反逆児、米田くん

番外編 反逆児、米田くん

 千葉市立湊高校には、当然、男子野球部がある。


 この学校にいる多くの人がこの野球部を恐れている。

 なにしろ、顧問の殴る蹴るが日常茶飯事だという噂だから、普通の感覚を持った人間は関わりたくないと思うのが自然だろう。


 今日も今日とて、練習中も監督はお怒りである。


「体で止めろよォー! このクソガキがぁ!」


 シートノックでサードを守っていたある部員が、三塁線の打球に対してバックハンドで捕りに行き、球を弾いてしまったのだ。


「すみません!」


 捕り損ねた部員が大声で謝ると、連帯責任ということらしく、守備についている部員全員が掛け声と同時に腿上げジャンプ十回の刑に処される。


「もう一球お願いします!」


 エラーをしたサードの部員は、再び挑みにかかる。


 監督も再び同じコースにゴロを打った。


 しかし、その三塁線の打球は絶妙だった。体を入れて止めようとすれば届かないかもしれないし、だからと言って逆シングルではまた怒られるかもしれない。


 結局判断しあぐねた彼は、中途半端な体勢のままグラブを逆手にしないで捕りに行き、ボールは右足の横を通り過ぎてしまった。


「何回おんなじことやってんだよォー!」


 監督は罵声を浴びせると、次のボールを思いっきりノックバットで叩きつけた。

 ボールはものすごい勢いで三遊間を通過し、外野を転々としてネットまで転がった。


「とってこいや!」


 そう言われたサードの彼は、素直にボールを外野まで拾いに行った。



 次にノックを受けるのは、サード二番手の米田だ。


 監督は再び三塁線の強いゴロを打つ。

 これもまた、どの体勢で捕るか判断が難しいはずの打球だった。


 しかし、米田は比較的余裕を持って右向きに構えると左手一本をバックハンドで差し出し、バウンドの上がりっ端をすくい上げた。


 次の右足で体が流れないように持ちこたえると、ワンステップをとって一塁に送球した。


 完璧だった。


 しかし、監督はそれが気に入らない。


「何片手で捕ってんだよ! なめてんのか!」


 監督は再び次のボールを叩きつけると、ボールは米田の頭上を越えていった。

 監督は「取って来い」と顎をしゃくった。


 しかし、米田は動かない。「何がしたいのかわからない」といった風に、首を傾げて立ち尽くしている。


「おいてめぇ!」


 監督が詰め寄ると、米田がやっと口を開いた。


「監督。拾いに行くことに何か意味がありますか。あと、アウトを取ることが目的なのですから、無理に体で止めに行くより、逆シングルで——」

「やる気が無いなら帰れ!」

「あります」

「いや、同じことを何回もするやつはやる気がないのと一緒だ。帰れ」


 もう何回も見たことがある「やる気がないなら帰れ!」「あります!」の茶番である。

 普通の人はここでやる気はあると粘る。

 しかし、米田は一味違った。


 米田は何回かバックハンドの意義を説明しようと試みたが、監督にとってそこは問題ではないらしく取りつく島もない。


 米田はこちらの主張に耳を貸さない監督を怪訝けげんそうに見ると「そうですか……」と言って、ベンチに向かい荷物をまとめ始めた。


 監督に逆らっていることにドギマギしている部員たちを横目に、彼はグラウンドを出るとき「ありがとうございました!」と律儀に一礼した。


 彼は本当に帰ってしまった。

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白球は春風に乗って 桃李 もも @tarochan

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