ダグアウト!(番外小話)

ティーバッティングvsトスバッティング

 吉川と前園はペアを組み打撃練習をしている。


 吉川が前園の構える左前方よりボールを下手で放り、前園が左打ちでそれを数メートル先のネットへ打ち返す。


「八重……前から思ってたんだけどサ……」

 前園が口を開く。

「これって『ティーバッティング』なのかい」


「……そうよ」


 何を今更聞くのかといった顔で吉川が答える。


「『ティーバッティング』ってサ……、ボールを置く『ティー』を使うから『ティーバッティング』なんじゃないのかね」


「それも……そうね……。体育でやるのは『ティーボール』だし……」


 「ティー」というのは、打撃練習用にボールを固定する台座の事だ。逆さまにして見ると、形がT字に見えるから「ティー」と呼ぶ……のかもしれない。


 体育の授業では、素人の投手ではストライクが入らず、それを打ち返す技術も無いため、しばしばティーを用いて静止した球をバッターが打つところからプレイが始まったりする。この競技は野球ではなく「ティーボール」と呼ぶこともあるらしい。


「ティーがないのに『ティーバッティング』はおかしいねぇ。じゃあ、これは『トスバッティング』かね」


「うーん、でも、前から投げてピッチャーに打ち返す練習を『トスバッティング』って言わないかしら」


 吉川が言うものは、キャッチボールの片方の人がグラブでなくバットを使っているような練習のことで、投手が投げた緩いボールをバッターがワンバウンドかそこらで投手に打ち返し、投手がそれをまた投げるというものだ。


 男子高校野球の試合前の練習などでよく見かけるかもしれない。


 投手に捕り易い球で打ち返さないといけないので、ある程度のバットコントロールが要求される。まあ、この練習が実戦的な意味で役に立つかどうかは賛否が分かれるかもしれないが。


「でもあれ、『ペッパー』って呼んだりもするヨ。中学の時はそうだった」


「ペッパー……けいぶ…………」


「君は一体何歳なんだ……」


 どうやら正式名称の決着は付きそうにない。


 前園は何か思いついたように三塁ベンチ横の倉庫へ走っていくと、中からティーを引っ張り出して来た。


「しかしあれだ。ティーを使うと片方が待っている時間がなくせるね。アメリカではトスよりもティーが主流だって聞いたことがある」


 前園は得意げに話す。


「そう……なら、私も」


 吉川も倉庫に引っ込むと、なにやら奥をゴソゴソと漁り、黒い箱のようなものを取り出してきた。


「そ、それは! トスマシン!」


 これがあれば、ひとりでにこの機械がボールをトスしてくれる。


「ずるいヨ! あたしもそれが使いたい!」


「あら、モモはアメリカ流でいくのではないのかしら」


「クーッ!」

 

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