登校
——高校生の朝は早い。
しかしなぜこんなにも眠いのか。
太陽の光を浴びたところで眠い。
春休みは、それはもう春眠暁を覚えずとばかりグースカやっていたから、まったくもって体が対応できていない。
通勤時間帯の電車はバカ混みである。座ってウトウトすることさえ、日本の社畜運搬船は許してくれないのだ。
千葉に出るために、必ずしもこの私鉄を使う必要はないのだが、なんせ外房線の最寄り駅までチャリで二十分弱はかかってしまうので、多少割高でも駅まで徒歩三分の私鉄を使わざるを得ない。
途中駅で目の前の席が空きそうだが、ぶっちゃけもうすぐ降りるので、座りに行ったりはしない。譲ってあげるべき人がいるのではないかと思うと、我先にと座る気もしない。
しかし、空いた瞬間、右隣に立っていたいかにも健脚そうなスーツのお兄様が、電光石火の如く素早い動きを見せて間髪入れず座ってきた。
まあ人それぞれ事情はあるからね……。
ドアガラスのシールで「ドアにご注意!」と乗客に注意喚起している、この私鉄のゆるキャラらしきパンダと目が合った。
視線を捉えられてなんとなく目が離せなくなり、そいつの目をまじまじと見つめる。
キモカワってやつなんだろか……。
ものすごく三白眼なうえ、目が半開きである。
よく見ると、周りの有象無象のビジネスパーソンたちも同じような目をしている気がする。
特にこれといった成長の期待できない社会に、皆疲れ切っているようにさえ思える。
それにしても、今日からの新学年も何ら生産性が期待できないし、何のやる気も起きない。特に変わったことすらない。唯一の変化と思われる新しいクラスでは誰一人顔見知りがいない。
一から友達作らなきゃいけないとか、もう今から疲れてくる。
俺もパンダと同じような眠い目をしながら、そいつとにらめっこをして千葉駅まで立ち続けた。
あ……このお兄さん千葉で降りるのね……。
教室に入ってからもホームルームまで特にすることもないので、廊下側のマイ机に陣取って動かない。
すると、もうすでにちらほら談笑しているやつらが出現し始めた。
なんというコミュ力!
しかし、前年からの仲という可能性もあるのかもしれない。
彼らは、この一度偶発的に形成された輪の中で、今後クラス内での行動をとり続けるのだろうか。
ひょうきんで面白いやつとか、派手でいかにも「リア充」そうなやつとかすぐ友達ができるんだろうな。
前途多難。
窓際の生徒が窓を開けて、風に吹かれ心地好さそうにしているが、是非即座に閉めていただきたい。
しかし、初対面の人間に注文をつけるだけのコミュニケーション能力は俺にはなかった。
それにしても瞼が重いのは睡眠不足のせいか、それとも花粉のせいか。
ただひたすら瞼が重い――。
————バシィ!
「はうああああっ!!!!」
ハッと気がつくと、目の前に見覚えのある触覚女子が若干引いた表情で座っている。
「あの……大丈夫かい?」
状況がよくわからず周りを見回すと、皆凍りついてこちらを見ている。
「なんかうなされてたから机叩いたんだけどサ……悪かったね……」
よく見ると昨日の……えっと……前園だ。
自分が何をしてしまったのか理解した途端、極度の恥ずかしさが襲ってきた。
せめて仲のいい人たちとなら笑い話にでもなっただろうに、
「もっと穏便に起こしてくれればよかったのに! てか、なんでおまえここにいるん?」
「いや……あたしこの席だよ?」
「…………ん?」
言っていることがにわかに理解できない。
「だから! この席なのサ。あたしの席。」
寝ぼけた頭をフル回転させる。
この席がこいつの席で……ってことは……。
「ちょっと待てぇ! なにおまえここのクラスなの!? てか昨日もいたの!?」
「いや、普通にいたよ……。始業式もあんたの前に並んでたのに、気づかない方がおかしくないかい……」
そう言われると確かに異常だ……。相当ボケっとしていたのだろうか。まあ鼻かむことに必死だったからな。
「あー、そういえばいたような、いなかったような……」
「いたんだヨ!」
「それより気づいてて黙ってたのかよ!」
前園が不意を突かれたとばかりに少したじろぐ。
「いや……そんな特に触れなくてもいいことだしね……。それよりもうちょっと静かに話さないかい……。みんなに見られてるよ……」
「えっ!? そんな——」
前園が横目で見る方へと顔を向け教室全体を見渡せば、クラスメイトたちはチラチラとこちらを気にしている。なんだかさっきよりも静かになった気がして、より俺の声だけがまぬけに響いていた。
踏んだり蹴ったりだ。
一挙にクラス全員からの視線を集める、見世物小屋の珍奇な動物に成り下がってしまった。
もうだめ……消えたい……。
その時、ガラガラッと音を立てて教室の前のドアが開き、人の良さそうな若い男性が入ってきた。グッジョブ先生!
前園も素早く前を向く。
「じゃあホームルーム始めましょうか」
とりあえず「ぼっち」になることだけは避けられたようだ。
でも、注目を集めるというのはどこかむず痒い。
「起立」
不安要素がなくなったわけではない。
さっきのみんなのチクチクとした視線のせいかどうか。
僕は思わず——
ヘェーックショイ!!!!
——大きなくしゃみをした。
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