サプリメント07 5月の柏餅
カレンダーは5月になる。
気が付けば年が変わってから結構な時間が経った。
それはさて置き、最近セバス様の外での任務が増えている。日替わり週単位で夜を共にする女性が変わるという噂をアインズ様が耳にして、対策として外の任務を増やした
さて、そんな最近ですが、変わったことと言えば、ツアレ様、いやツアレさんがBARのアシスタントに入ったことでしょうか。
上司のセバス様が外出されている間は、ユリ様などが代行して指示を出していたようです。しかし先ほどの通りセバス様の外出頻度が上がったため、ある程度メイドとしての仕事を割り当て、余った時間はBARに詰めることとなりました。
以前、アインズ様が私に弟子を取っては? と提案されたこともありました。そこまで行かなくても私の酒や料理を
「そういえばツアレさん。外の風習で5月に母の日やこどもの日、端午の節句というものはありましたか?」
「この時期ですと、子供の成長を願うという村々の祭りがありました。ほかの風習とはどんなものですか?」
「母の日は、日常の苦労に感謝を示す日。こどもの日は、子供の健康と幸福を祈る日。端午の節句はこどもの日とリンクしています。起源を遡るといろいろ長いのですが、私の良く知る頃の話では、家の世継ぎとして生まれた男子が無事に成長していくことを祈り、一族繁栄を願う行事の日でしたね。まあ、家という概念がだいぶ変わってしまい、男の子全員を祝うようになってはいましたが」
そういうと、私はちょうど蒸しあがった生地を布巾ごと取り出し、なめらかになるまでよく練りはじめる。人間であれば手を使えない温度も、異形種なら気にせず扱えるのは便利なのだろうか?そんな行動を、ツアレさんはノートを取る。
「ああ、熱いので人手なら道具を使って練るほうが良いですね。粗熱が抜ければ手で扱えますが」
「はい。追記します。あと両親や祖父母、年長者を敬うのは当たり前のことではないですか?」
「もっともな指摘ですが、祭り好きな民族の性。そんな当たり前のことも記念日として祭りにしてしまうのですよ」
さらに白玉粉を水でとき、生地を加えてゆっくり練っていく。次第に質感がかわり餅特有の柔らかさと粘りがでてくる。
「急ぎ過ぎると、玉になってしまうのであせらずゆっくり作業することがコツでしょうか。さて、準備していた餡をとってください」
「はい。私はまだ甘い豆というのは慣れません」
ツアレさんの言葉は確かにその通りだろう。日本人が米を甘く煮てデザートにするインド方面のデザートに違和感を持つようなものだ。
さて生地で餡を包み、最後に軽く蒸す。そして水洗いし水切りした柏の葉で包む。
「さて、柏餅ができました。葉の香りが移る数時間後が食べごろです」
「手間がかかるのですね」
「何事も、準備をおろそかにして良い物はできませんよ。私は魔法で酒を再現していますが、元は数十年から数百年の研鑽の上で生まれた味もありますから」
「この地の作物でその研鑽を再現できるか、気になるところですね」
ふと見ると、店の入り口には、磨きぬかれた直刀の刃のように美しくもどこか危険な雰囲気を醸し出す紳士、デミウルゴス様が立っていた。
「これは申し訳ございません。作業に集中していたようですね」
「いえいえ、料理の研究とそのレシピ化はアインズ様からの指示。それに私も興味があるので問題はありませんよ」
そういうと、自然な身のこなしでカウンター席に軽く足を組み、若干リラックスされた姿で座られる。
「本日はお食事ですか?それともお酒をお出ししますか?」
「いえ、今日は一つ相談といったところですよ」
「守護者の方に、いちバーテンダーが貢献できるとは思えないのですが?」
「いえ、この話はあなたを含めて三名しか対応できないものです」
「三人ですか? というと他は料理長に副料理長として、料理スキルをメインで扱うモノということでしょうか?」
「ええ」
大きめのワイングラスに氷を二つ。そしてスパークリングウォーターを注ぎデミウルゴス様にお出しする。
ツアレさんは、会話の邪魔にならぬようカウンターの奥に移動し、洗い物を始める。
「私にお手伝いできることであれば、なんなりと」
「まずはこちらを見てください」
取り出したのは、何種類かの穀物。
黄金の実をつけた……小麦、ライ麦、大麦でしょうか。他にも多種の野菜があるような。
「こちらは?」
「以前、王国首都で大量に入手した物資なのですが、正直いえば使い道がないのですよ。素材としての研究も、ユグドラシル金貨への変換テストも終わったのですが、正直価値がない物資なのです」
「価値が無いというのは、各種マジックアイテムなどの素材に適しておらず、金貨に変換するにもレート的に意味がないということですか?」
「ええ。とは言えこの大量の物資を無駄にするのも良くない。昔と違いナザリックおよび魔導国には、食事をする人員のほうが多い。ならば有効活用を目指すべきかと」
「わかりました。期限などは?」
「特にありません。BARという至高の御方が決められた職務に、アインズ様からの指示もあります。その合間で構いませんよ。もし美味しい料理ができればアインズ様ともども試食させてもらえれば」
「かしこまりました」
要件は終わったのでしょう。グラスを軽くあおると、デミウルゴス様は席を立たれる。しかし何か思い出したように振り返られる。
「物資は後ほど届けさせます。あとアインズ様に今日の夕飯はこちらにとお伝えしておきますね。先ほどの餅ですか?たぶん喜ばれると思いますので」
「はい。お待ちしております」
さて、楽しいことになった。しかし麦の利用はパンを専門に学んだ亡き妻の領分。詳しくないのですが……。
******
デミウルゴス様からの依頼のため、いろいろ試作してみる。料理長に協力を願い、食堂の奥にある各種機材を借り、常連のヴァンパイアとワーウルフにこれでもかというほど試食させ、気が付けば夜となる。
遅くなったためツアレさんを帰らせた頃、アインズ様がデミウルゴス様を伴って来店された。最近、アインズ様の声や仕草の端々から感情が読めるようになってきました。支配者として振舞う姿を見たことがないのでなんともいえませんが、少なくともお店でリラックスされている時は、だいたい空気を読むことができるようになりました。
「ようこそ、いらっしゃいました。アインズ様。デミウルゴス様」
「デミウルゴスからおもしろい料理を作ったと聞いてな」
「はい。カウンター席にどうぞ」
お二人はカウンターに座られる。
フォークと一品目を置く。
本日のお通しは、ズッキーニ詰めのゆでたまご。中を繰り抜いたズッキーニにたまご味の具を詰めるものもあるが、これは逆である。ゆでたまごを半分に切り黄身と分ける。そしてズッキーニと玉ねぎをオリーブオイルで炒め、塩こしょうで味付けしたあと黄身とミキサーにかけてピュレ状にする。このズッキーニのピュレを半分に切ったゆでたまごの黄身の入っていた場所に盛ったものである。
付け合せは赤ピーマンとレタスを使ったサラダ。
そして、普段であればグラスを出すところですが、本日は趣向を変え竹のぐい呑みをお出しする。
「本日のお通しは、ズッキーニ詰めゆでたまごとサラダ。お酒は菖蒲酒にございます」
わたしはガラスの徳利を取り出しおつぎする。中には日本酒に薄い桜色の菖蒲の根をスライスしたものが浮かんでいる。
モモンガ様とデミウルゴス様は、竹のぐい呑みを掲げ乾杯をすると静かにあおる。
「日本酒?銘柄はわからぬが、清々しい、いや爽やかな香りだな」
「はい、モモンガ様。本日の日本酒は加賀鳶。そして、本日は5月ということで菖蒲酒にさせていただきました」
「菖蒲酒とは?」
「はい、デミウルゴス様。菖蒲酒とは菖蒲の根を香り付けに利用したお酒です。厄払いの意味もございます」
「異形種の我らに厄払いとは。しかし、この香りは良いな」
静かに食は進む。
二杯目は、ライウィスキーにスイート・ベルモット、アンゴスチュラ・ビターズを数滴入れ軽くステア。チェリーで飾った、赤褐色透明が特徴的なカクテル。
「マンハッタンにございます」
「これも香りがよい。なにより甘めの味はズッキーニともあうな」
「マンハッタンは香りも良く見た目も美しいのですが、やはりさっぱりとした甘さと口あたりの良さが特徴です。カクテルの女王と呼ばれるものですので、本当であればアルベド様のような方にこそお似合いかもしれませんが」
「今日は女性がいないから、カクテルぐらい女性でも良いと思いますよ」
店内はアインズ様にデミウルゴス様。大量に試作料理を食べ、腹が膨れて動けなくなっている常連が二人。そしてバーテンダーの私。まったくもって男ばかりですね。
「そういえば、今日デミウルゴスから外の穀物の調査を依頼されたと聞いたがどうだった?お前のことだからもう手をつけたのだろう?」
「はい。まず、こちらをごらんください」
そういうと私はカウンターに小皿に盛った白い粉と黄色い粉をお出しする。
「アインズ様。小麦といって予想されるのはどのようなものですか?」
「料理は知らんがイメージなら白い粉だな」
「はい。それは日本における小麦の一般的な認識です。麦といっても種類があるように、小麦にも種類があります。この黄色いものはこちらの地方で採れたもので、デュラム種と思われます」
「デュラム種? 聞いたことが無いが」
「ではこちらをどうぞ」
取り出したのはシンプルなペペロンチーノ。2・3口でなくなるほど少量をお皿に盛る。
「オリーブオイルとにんにく、唐辛子の香りが食欲をそそるな」
「先程の甘さとの対比もあり、シンプルながらとても舌を楽しませてくれますね」
「デュラム種は、このようにパスタに適した小麦の品種です」
「そうか。ん? しかし外でパスタ料理を見たことがないぞ」
「それはツアレさんに聞きました。パスタは大量の水を必要とします。貴族の料理にはあるそうですが、このあたりは水が豊富で無いことから、庶民にパスタ文化が根付かなかったのかもしれません」
「なるほど、そんなところに違いがあるのか」
「あと、頂いた穀物には稲種がありませんでした。たとえばカレーやパエリアのようにご飯を使ったものも無いと聞いております」
「言われてみればそうだな」
実際、緯度などを調べていないが、王国の南に位置するこの辺りでも稲は自生しているか微妙というところでしょう。
もっともプレイヤーの話を聞く限りだと、中身は多くは日本人。きっと白米を求めてさまよった人もいることでしょう。
「では。試作品の二周目としてじゃがいものガトーです。お飲み物はブラウンビールをどうぞ」
じゃがいものガトーは、ゆでたジャガイモを潰し、カットしたボローニャソーセージと卵、バターをチーズ、塩、胡椒をまぜ、軽くオーブンで焼き目をつけたもの。
お二人はビールとともにじゃがいものガトーを口にする。
「このような料理であれば、外でも再現可能かと。レシピは後ほど、ツアレさんが書き起こしたものを届けさせます。また先ほどお飲みいただいたマンハッタンのライウィスキーはライ麦、ブラウンビールは大麦が原料となります。こちらは私の能力で再現しておりますが、研鑽次第では外でも作ることが可能かと」
「なるほど、先ほどの飲み物にも意味があったのですね」
「酒については、知識はありますが技術がありません。外の酒職人に研鑽させるのがよろしいかと」
「いっそ冒険者に食材を探させるのも面白いか」
「それは素晴らしいことかと。付け加えるならば、国家運営には食料政策はかかせません。増産に普及など早めに手を付けなくてはならないかと」
「そうだな。っと、仕事の話をしてしまった。せっかくのうまい酒がもったいない」
お二人は、苦笑いをしながら食事を再開される。その間に先ほどつくった柏餅を、小さな紙箱に詰める。
「お帰りの際はこちらをお持ちください。柏餅が入っております。甘いお菓子になりますので、アルベド様や嫉妬様と共にお召し上がりください。葉の部分はあくまで香り付けなので、食されないように」
「最近、ここがBARであることを忘れてしまうのだが?」
「エントマも、時々、おやつをここから貰っていると言っているし」
「お酒を楽しむには甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの。いろいろな料理と合わせる必要があります。お菓子もその一環です」
と、グラスを磨きながら応える。しかしテーブル席で、ソフトドリンク片手に山盛りの柏餅を食べはじめる常連二人の姿が目に入る。ここがいつからスイーツ店となったのだろうか。まあ、そんな日もあることでしょう。
たとえ後日エントマ様が柏餅を強奪しに来たとしてもここはBARであることは変わらないのだから。
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