第3話 キティ
セバスがさり気なくイタリア系紳士になっているのは、うちの仕様です。
そろそろ年の瀬が見えてくる時期。
もっとも地下に存在するここでは、外の陽気はあまり関係ない。フロアごとに設定された一定の温度であるため、冬だから寒いということもない。湿度も一定なので雨は振らず、ともかく埃がたまるため時々ウォーターの魔法で水を撒いて洗い流す必要があるぐらい変化が無い。
そんなある日、アインズ様がお昼過ぎにお越しになった後、珍しくシャルティア様がご来店された。
「あら、副料理長は?」
「本日は食堂の方を担当されております。いかがなさいますか」
「そうでありんすか」
そういえば、シャルティア様がはじめてご来店されてい以来、決まって副料理長がいらっしゃる日だったのを思い出す。
「せっかく来たのだし、一杯だけ頂きましょうかえ」
「畏まりました。こちらにどうぞ」
そういうとシャルティア様をカウンター席にご案内する。
シャルティア様はどこかつまらなそうに肘をカウンターに突き、その白い指を口元にやり、静かに唇に触れている。
「一杯だけとのことですので、珍しいお酒を準備させていただきます」
「ん」
まずはマンゴージュースにヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックを取り出す。ミキサーにジュースとウォッカを2対1で入れ、氷とフレッシュマンゴーをいれ混ぜる。氷が砕け10秒程でスムージー状になったら、よく冷やしたソーサー型のシャンパングラスに注ぐ。上にミントを添えて、ティースプーンと一緒におだしする。
「マンゴーフローズンにございます」
「まるでお菓子みたいでありんすね」
シャルティア様はオレンジ色に輝くフローズンに口をつける。
「シャーベットのような甘さと口当たりなのに、どこか懐かしい風味がありんす」
「ヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックは、ウォッカの故郷といわれる地方で作られた世界最高峰のウォッカです。いわばウォッカの祖。
「ふん」
シャルティア様は、軽くそっぽを向かれつつもグラスを傾けられる。
一杯だけということで、これ以上は私がおもてなしすることはできないが、いつかその横顔に似合うお酒をお出ししたいと感じるのだった。
******
シャルティア様が来られた夜。
めずらしく常連が来ない夜だったのだが、ふと扉が開く。
「いらっしゃいませ。セバス様。ツアレ様。カウンター席にどうぞ」
この店に来店されること自体が珍しくセバス様が、ツアレ様をエスコートしてあらわれた。お二人は自然な雰囲気で手を繋ぎ席につかれる。
「いかがなさいますか」
「ツアレ、なにが良いかな」
「セバス様と同じものが良いです」
「では、甘く軽めの酒と合わせてつまみを頼む」
「かしこまりました」
セバス様は当たり前のように女性の意見を訪ね、任されると女性の好みのお酒を注文する。ああ紳士とはかくあるべきということだろうか。
まずワイングラスに特製の丸い氷を数個入れる。そしてボルドーワインのラトゥールをグラスの3割。その上からジンジャーエールをグラスの6割。ツアレ様にはワインを少なめに。そして軽くステアしたあと飲み口にレモンを添える。
「キティになります。子猫でも楽しめるワインという意味にございます。ご賞味ください」
セバス様とツアレ様は赤く透き通るグラスを合わせる。
「甘くて美味しいです」
「ああ、甘いのにさっぱりした味わいですね」
つまみにブリー、カマンベール、グラナパダーノ、そしてミモレットをカットしチーズの盛り合わせをつくる。そして三種類のドライサラミにオリーブも合わせてお出しする。
「仕事には大分慣れてきたようですね」
「はい。皆様よくしていただいております。最近は空いた時間に料理も教えていただいているんですよ」
「それは良かった」
「一度、料理を召し上がっていただきたいのですが……よろしいでしょうか」
「ぜひ」
女性をリードしつつ話題を引き出す。そのテクニックは一歩間違えるとイタリア男だが……。
「ああ、グラスが空いてますね。甘口で別のものを」
「かしこまりました」
この気配りである。
シェーカーを出し、ドライジンにウオッカ。そしてクレーム・ド・カカオのブラウンを1対1対1で入れ、リズミカルにシェイクする。その音は独特の音楽となり見るものを引き寄せる。最後にアクセントにシェイカーを一回し、カクテルグラスに注ぐ。
「ルシアンになります。カカオの甘さとお酒の香りをお楽しみください」
ブラウンの液体が照明の光を吸い込み独特の色を醸し出す。飲み口が軽い割にはアルコールが高めなのが玉にキズだが、そのへんも含めてセバス様が対応されるだろう。
みればセバス様のグラスも開いていたので、ナポレオンをブランデーグラスに少量注ぐ。そのあとグラスを回し内側を薄く濡らしマッチの火でアルコールを飛ばす。香りが立ち上らせたあと、再度注ぐ。
「ナポレオンのストレートになります」
セバス様はグラスを受け取ると香りを楽しみ、一口だけ含まれる。そしてほっと静かに息を吐く姿は、壮年の男性だけが醸し出す色気がある。言葉などなくとも、その仕草が私の評価となる。嬉しいかぎりだ。
その後も二人の逢瀬は続き、ツアレ様がほろ酔いになったこと、静かに退店されるのだった。
******
最近、アインズ様の食事に1人守護者が付き添いするパターンが増えてきた。
ローテーションなのだろうか。
そんなある日。アインズ様がひさしぶりにお一人で来店された。
「ようこそいらっしゃいました。アインズ様」
「うむ。今日もたのむ」
奥のカウンター席にご案内する。すでに奥のカウンター席はアインズ様専用となっており、普段は予約プレートを置くようになった。
さて今回は事前に日本の家庭料理とご指定いただいていた。
------家庭料理
普通のご飯にお味噌汁などもあるが、ふと自分がはじめって覚えた料理はなんだったのかを思い出す。たしか学生の頃、共働きの両親に変わり自分と妹の分を用意したとき……。
レタスにトマト、生ハム、コーンをあしらい胡麻ドレッシングをかけたサラダ。そして毎度おなじみの土鍋で炊いたご飯。今回は固めに炊く。そして奥のキッチンから持ってきたのは十分に煮込んだビーフカレーのルー。このルーは昨日から下ごしらえをはじめたもの。クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、ターメニック、チリペッパーなど数種類のスパイスとヨーグルトにビーフ、クラッシュトマトを煮込み一晩ゆっくりと冷ます。そして再度煮込んだため、スパイスの角の強さは抜け、複雑な旨味に変える。
鍋を開けた瞬間、なんともいえないスパイスの香りが店内を覆う。固めに炊いたご飯にかけると、素早くルーを吸い込む。付け合せには小皿に福神漬けとらっきょを出す。
そして飲み物は黒ビールのシュバルツとミネラルウォーター。
「カレーライスに和風グリーンサラダ。それをシュバルツにございます」
「ああ、香りだけで旨いと感じられる」
「ありがとうございます。今回はそれほど辛くはしておりませんので、ぜひご感想をお聞かせください」
どうやら気に入っていただけたようだ。
アインズ様は器用にスプーンを持たれ一口。そしてまた一口。
途中でスパイスの辛さが舌に来た頃、よく冷えた黒ビールが癒やす。そしてサラダが柔らかく味を変える。
「カレーとはこんなにも複雑な味だったのだな」
「カレーライスは、インド料理を本にイギリスで生まれ日本で進化したもの。ラーメンと並んで日本の国民食と親しまれ、逆に輸出されるようになった料理です。歴史の分だけ、味の深みが生まれたのでしょう」
「この一皿にも歴史があるのだな」
感慨深いのだろう、そのあと静かに完食されたのだった。
「そういえば、今度ここで忘年会をと考えているのだが可能か」
「お任せください。人数は?」
「ここなら、そうだな私と階層守護者にセバスぐらいだろうか」
「アインズ様の他に10名様ですね。机を片付けビュッフェ形式なら可能かと」
「いや9名だ。細かいことはあとで伝えるが基本は任せる」
「かしこまりました」
そういわれるとアインズ様は執務に仕事に戻られるのだった。
アインズ様と守護者の方の忘年会ですか。思わぬ大役に身が引き締まるとはこの事なのだろう。
問題はアインズ様が帰られた後もカレーの匂いが残ってしまい、気が付けばいつものヴァンパイアとワーウルフに、残り物のカレーを使ったドライカレーを食べさせることとなってしまったことだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます