第2話 二人の宴

 暦


 私の感覚であれば365日。

 春は柔らかい日差しに朝露に濡れた花々。

 夏は夜の落ち着いた月明かり。蛍舞うきらびやかな夜。

 秋はきたる冬を感じさせる風と夕暮れ。

 冬は早朝の寒さ。火の暖かさを感じながら見る雪。


 四季の美しさを感じ、さらにその時期に合った酒と肴があれば幸せだ。


 しかし、非常に残念なことに地獄。いやナザリックは地下のためそれら四季を感じることができない。そして疑問に思うのは、時計があるように暦がどのような経緯で生まれたのか不思議でならない。




 12月。

 師走と呼ばれるように、守護者の方々を含め多くの方が忙しそうに仕事をされている。その意味では、バーテンダーの仕事は後方の兵站であり数少ない娯楽の1つにあたる。けして疎かにはできないものだ。古来より兵站や士気の管理を疎かにした国や組織の末路など、わざわざ語る必要も無いほどの常識である。


 そんなある日、デミウルゴス様がコキュートス様を連れ立って来店された。


「いらっしゃいませ。デミウルゴス様。コキュートス様」

「いつもと違う時間ですが、席は開いていますか」

「はい。カウンター席が開いております」


 今日は、常連のヴァンパイアとワーウルフ、サキュバスと鬼女の二組がテーブル席に居るぐらいだ。いつもは酔って暴れて叩きだされる奴らも、直属ではないが上役があれば自重してくれると……思いたい。

 さて、お二人をカウンター席にご案内し、いつもの一言からはじまる。


「本日はいかがなさいますか」

「最初は軽めで」

「マカセル」


 お二人の姿・雰囲気から今日の気分を考える。テーブル席で飲んでいる常連のように表情だけで読み取れる程、簡単ではない方々だ。声のトーン、歩き方、席に座るときのタイミングから普段との違いを読み取る。

 まず、背の高いグラスとシャンパンを準備する。シャンパンといってもグレードはほどほどのものをチョイス。そして100%オレンジジュースと1対1で割り、軽くステアする。酒が甘めなので、肴は塩を振ったナッツとクルミを小皿に盛る。


「ミモザでございます」


 チン


 お二人のグラスを合わせる音が響く。

 言葉なく静かにグラスを傾けるお二人の姿には、長い付き合いから生まれる阿吽の呼吸を感じさせる物がある。

 邪魔にならぬよう、手の進みを見ながら次の準備をすすめる。無論テーブル席で管を巻く者達にも目を配る。パプニカやカブ、人参、きゅうりなどピクルスの盛り合わせ。イベリコ豚の生ハム。林檎・オレンジ・キウイフルーツなどカットフルーツの盛り合わせをお出しする。


「どうですか?リザードマンの集落を組み込んでしばらく経ちますが」

「フム。アノ者達ヲ見テイルト、自分ノ考エ方ガイカニ硬直シテイルカヲ反省サセラレル」

「それは良かった。私も勉強させてもらっています」

「ホー。ナザリック1ノ知恵者ガ、更ニ学ブカ」

「ナザリック1と言われましても未だアインズ様のような深謀遠慮には程遠い。それに私は対外的な統治を、恐怖を軸に行うべきと考えていました」


 そこまで言うと、デミウルゴス様はシャンパンを飲み干しグラスを置く。


「しかし、アインズ・ウール・ゴウンの威光を理解し恩寵を受けるに値する者達であれば、我々と同じように信奉による統治を検討しても良いのではないか。そのように考えるようになりました」

「ナルホド」

 

 なかなか重い話となっているようだ。普段に比べデミウルゴス様の飲むペースが遅い。ならば、ゆっくり飲むものに変える。木の香りが鼻腔をくすぐるスコッチ・ウィスキーをロック。あわえてミネラルウォーターをチェイサーとしてお出しする。ついでに後ろの飲兵衛共には、静かに飲むように言い含めビールをピッチャーで出す。

 

「それに育ててみれば成長という驚きを見せるものもいます」

「ソウダナ、アインズ様ノ下僕ペットモ魔獣デアリナガラ、新タニ武技ヲ身ニ付ケタナ」


 デミウルゴス様は、静かにグラスを傾ける。コキュートス様のグラスも開いたようなので、クラッシュアイスをグラスに入れ、カルーアとミルクを3対7で合わせる。そしてよくステアし、ココアパウダーで味をととのえる。


「カルーア・ミルクにございます」

「この店のように、いつも驚きを提供してくれる場所が外にでもあるならば、ぜひとも加えたいところですね」

「ソウダナ」

「お褒めいただき、光栄にございます。次はどのようなものをお出しいたしましょうか」


 急なお褒めの言葉にも、一礼をもって対応する。今日のお二人は長くお話されるようなので、お酒や肴を少しづつ変化をつけてお出しする必要があるようだ。






******



 最近アインズ様がお忍びでよく来店される。

 地獄の最高権力者。ふと1人になりたい時があるのかもしれない。そのようなことを考え、アインズ様が来る時間は準備中の札を扉に掛けておく。これで入ってくるのは、どうにでもなる常連ぐらいなものだ。一度いつものヴァンパイアとワーウルフが無視して入ってきて蹴りだしたことがあった……。


 さて、暦の上では冬。

 そこで、いわゆる「お一人様鍋」を準備してみた。昆布だしに日本酒、魚のアラ。白菜、舞茸、しいたけ、ネギ。これを火の通りにくい順に鍋に入れていく。そしてポン酢といっしょにお出しする。それと先日、アインズ様でも「酔」を受けるバットステータスアイテムを復数下賜されたので、日本酒の八海山を熱燗にする。


「いかがでしょうか」

「ああ、温まるな」


 日本酒を飲みつつネギ、舞茸などをゆっくりと食される。気がつけば箸で器用に食されているあたり日本文化もご存知なのかもしれない。またアインズ様の食事に対する感想は、言葉を重ねない率直なものが多い。しかしその一言はとても的確で支配者のカリスマを感じさせる。


「最後は雑炊にしますので、スープと具を少々残してください」

「わかった」


 アインズ様はオーバーロードということで骸骨のお顔である。随分長い間食事を取られておらず、ごく最近になり口唇虫を利用することで味を楽しむことができるようになった。だからこそ、格式など関係なく様々な食事を楽しみたいとおっしゃっていた。その考えに、不敬にも昔の自分を重ねてしまう。だからこそ……。


「一点ご質問してもよろしいでしょうか」

「なんだ」


 鍋が空き一度さげさせていただき、固めに炊いたご飯と追加の出汁を入れ一煮立ち。とき卵を螺旋を描くように落とし雑炊を作りお出しする。


「アインズ様はいつも美味しそうに食されておりますが、ときどきふと冷静というか覚める瞬間があるように感じます。なにか粗相でもございましたでしょうか」


 アインズ様が雑炊を食べつつ、すこし考えられる。


「そうだな。よく気が付いたと褒めるべきなのかもな。アンデットの種族スキルに、精神作用無効がある。本来はテラーなど精神攻撃を無効化するものなのだが、普段の生活の中では一定以上の感情に抑制がかかり冷静になってしまうのだよ。その意味では抑制がかかるほど、ここの料理は旨いという証左でもあるのだがな」


 食事が終わるころ、アインズ様はすこし自嘲されるようにお答えいただけた。


「それは、光栄であると同時に残念に感じますね」


 そう残念なのだ。せっかくの美味しいという感情が途中で強制的に抑制されているというのだ。料理人としては残念としかいいようがない。


「たしかに残念だ。心ゆくまで味わいたいと思うこともある。その枷を無くすことができるアイテムもあるが、効果時間が半日ほどだ。そうそう利用できん」


 半日。

 地獄の支配者が半日冷静でいられなくなる。とてもではないが、毎日の利用など不可能だと予想できる。


「厳しいですね。年に1・2回。なにかお祭りのような日ぐらいは……しか思いつきません」

「良い。そなたの料理は十分に私を楽しませている。それに祭りか。すこし考えてみようか」

「はい。ありがとうございます」


 アインズはそういうと両手をあわせ、席を立つのであった。しかし扉に手を掛けた時。


「ああ、そうだアルベドを誘いたいのだが良いか」

「いつでも最優先でご対応させていただきます」


 そう言うと満足そうに、アインズは外に出られたのだった。

 



******


 アインズ様からアルベド様のことを聞いてから、厨房の者や副料理長に話を聞くなど調べて幾つかのことが判った。アルベド様は、本当に少し前まで全くというほど休まず、食事もとらず、お仕事に邁進されていたようだ。最近になり紅茶やクッキー、ケーキ、サンドイッチなどを取られているようだが……。


 妙齢の女性。

 アインズ様の后候補。

 お酒などはほぼ初めて。

 アインズ様が招待する方。

 

 初デートのラスト直前の飲み。その認識で良いのだろうか。

 人間の感覚であれば、多少下心もあり酔ってから……などと考えられるが、地獄ではそれこそ状態異常から回復した瞬間に「酔」はさめる。むしろアルベド様はサキュバスと伺っているから逆か?

 そのようなことを、つらつらと考えながら数日が経過した。


 アインズ様より本日夜にと連絡があったので準備をすすめる。

 

 準備が万端に整ったころ、扉が開かれる。そこには威厳の象徴ともいえるアインズ様がアルベド様を連れて来店された。美しい黒髪、大きく肩を出し、腰や足のラインが見えるものの下品にならないドレスと装飾の数々。一歩引きアインズ様に手を引かれる姿に、私はバーテンダーにあるまじきことに一瞬見惚れてしまった。


「ようこそいらっしゃいました。アインズ様。アルベド様」

「今日は頼む」


 アインズ様はアルベド様をエスコートし、カウンター席に座られる。


「本日はいかがなさいますか」


 私が声をかけると、アインズ様はアルベド様に顔を向けられる。それを受けてアルベド様は何も言わず小さくうなずかれる。この二人の間には言葉は不要なのだろうか。


「まかせる。いろいろ趣向を凝らしているのだろう」

「かしこまりました」


 アインズ様はやはり部下を使うのが上手い。このように期待されては、答えざる得ないではないか。

 背の高い冷やしたコリンズ・グラスにクラッシュアイスをいれる。そしてドライ・ジン、ウオッカ、ホワイトラム、テキーラ、ホワイト・キュラソーなど多数の酒・ジュースを組み合わせステア。最後に薄くスライスしたレモンとチェリーをカクテル・ピンで差し飾る。


「ロング・アイランド・アイスティーにございます。紅茶を最近楽しまれていると伺いましたので、紅茶を使わずにアイスティーの風味が楽しめる魔法のカクテルにございます」


 お二人は静かにグラスを手にする。


「乾杯」

「乾杯」


 ガラスの音とともに、二人だけの宴がはじまる。




「あら、本当にアイスティーのような風味なのね、でも不思議な味わいだわ」

「ああ、紅茶を使っていないのは見ていたが……。まさに魔法のようなカクテルだな」


 カクテルを飲みながらお話が進む。

 次の準備に入る。薄くスライスしたヒラメとタコに塩を振りしばらく冷やしたものを取り出す。そしてレモンを絞りホワイトバルサミコ、オリーブオイルをからめる。色合いにバジルとトマトをあわせ胡椒を振る。

 そしてもう一品、新鮮な野菜ステックにバーニャカウダソースと岩塩を合わせて出す。


「ヒラメとタコの冷製カルパッチョと野菜スティックにございます。スティックはお好みでバーニャカウダソースか岩塩を付けてお召し上がりください」


 アルベド様はヒラメのカルパッチョを一切れを口にはこぶ。その濡れた唇はどこか艶めかしく、アインズ様も食事よりもアルベド様を見られているようだ。その姿はまさしく恋人の姿を心に止めようとする大人の男の姿であった。


「さっぱりとした味わいね。あまり食べたことが無かったけど美味しいわ」

「そうか。私も1ついただくとするか」

「でしたら」


 アルベド様は、自然な動きでカルパッチョの一切れをフォークに差し、アインズ様の口元にはこぶ。


「どうぞ」

「あ……」


 アインズ様も一瞬呆けられる。私は、後ろの冷蔵庫からワインを取るべくお二人に背を向ける。

 取り出したワインはコルトン・シャルルマーニュの白。そしてカシスリキュール。

 気がつけばアインズ様はすでにカルパッチョを食され、カクテルも開いていた。

 そこでフルート型のワイングラスを出し、白ワインとカシスを5対1で絡めるように注ぐ。


「キールにございます」

「あら、赤が綺麗ね」

「甘めの飲み口は女性の優しさ、その色は女性の唇。そんなカクテルにございます」


 キールをアインズ様にお渡しする。グラスをかたむけるその動きは先ほどのダメージがあるのか、どこかぎこちない。


「アインズ様も、アルベド様という女性がいるからこそ、そのカクテルを甘くおいしく感じるのかもしれませんね」

「そ……そうかな」

「男として羨ましいかぎりです」


 そして静かに笑みを浮かべながら、シェイカーにウオッカ、ピーチ・リキュール、ブルーキュラソー、グレープフルーツジュース。そしてパイナップルジュースを入れシェイクする。小気味良い音が静かな店内に響く。そのパフォーマンスはアルベド様もアインズ様も珍しそうに見られている。そしてオールド・ファッショングラスに大きめの氷を入れシェイクした酒を入れる。


「青か」

「はい、古き海の色を題材にしたカクテル。ガルフストリームにございます」


 美しい青は海を白い泡は波を感じさせるカクテルをアルベド様にお渡しする。


「グレープフルーツかしら、あとほのかな甘味があって飲みやすいわね」

「パイナップルの甘味かと。海は男のものと古来より言われておりますが、その海を行く船は女性の名前を冠します。男はいつまでたっても女性が近くにいないとダメな存在なのかもしれませんね」

「あら、私の隣の方はそんなダメな男ではないわよ」


 そういうとアルベド様は、口元を隠し静かに微笑まれる。


「どんなに素晴らしい方でも男。美しい女性には勝てないことがあるものです。それが意中の方であればなおさら。ですよねアインズ様」

「ああ、そうだな」


 アインズ様も、少し落ち着かれ波を掴まれたのだろう。

 話題が弾む。

 ここまでくればバーテンダーは静かに給仕に徹するのが常。

  

 ああ、素敵な女性と男性の幸せそうに酒を飲み言葉を交わす姿。その一瞬を切り取り、永遠に残したいものだ。

 お二人だけの宴か夜遅くまで続くのだった。


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