第5話 人外の楽園【本編完結】
アインズ様からいつものように予約のご連絡が来た。
よくよく考えれば、守護者統括のアルベド様やメイドの方々から連絡がくるなら分かるなら、アインズ様は基本自分でご連絡される。なにか意味があるのだろうか。
さて今回もお1人で、可能なら1・2時間ゆっくりすごしたいとのこと。そこで夜の少し遅い時間を調整させていただく。アインズ様も仕事が一段落つき、店の方もその時間までに他のお客様が退店するように段取りすることとなった。丁度忘年会のプランも何パターンかできたのでご相談もさせていただくことをご了承いただく。
その夜。
いつも通り威厳あるローブ姿で来店されるアインズ様をお迎えする。しかし、若干普段と雰囲気が違う。固い。疑惑。思い悩む。結論はわからないが、そうであることを頭の片隅に置く。
「ようこそいらっしゃいました。アインズ様」
「うむ。あとエイトエッジ・アサシン。今日だけは店の外の表・裏口で待機せよ」
普段は来店されるとすぐに奥のカウンター席に座られるのだが、だれも居ない虚空に声を掛けられるのだった。そして驚くことに、その方向から声が帰ってきたのである。
「しかし……」
「これは命令である。店の出入り口を抑えればよかろう」
しばらくすると姿は見えない存在が出て行ったのだろう。扉が締り店内に静けさが戻ってくる。
「あの、大変申し訳ありませんが、先ほどの方々は……」
「ああ、あの者達は護衛である。普段は1人で来ているようでも、最低限の護衛がついていたのだ」
「お答えいただき、ありがとうございます」
考えれば地獄の最高権力者。
透明になることができる護衛が居ても不思議ではない……と納得することにした。むしろ普段、護衛に食事も出さず、目の前でお預け状態の飯テロをしていた事実のほうが私には問題だったのだが。
「さて、一杯貰おうか。焼酎はなにかあるかな。カクテルなどでなく水割りで」
「かしこまりました」
アインズ様のオーダーに対し、まず千年の孤独を取り出し、氷を少々、グラスに3割。そして水を6割いれてステアしお出しする。
アインズ様は受け取られると、グラスを傾けられる。しかし、焼酎など自分は一度も出したことがないのに指定される。はて……。
「今日、ここで話すことは私以外に漏らすことは許さん。良いな」
「かしこまりました」
お客様との会話は基本外に出さないのは鉄則。その上でアインズ様が言明されるのだから、それは墓まで持ってゆけということなのだろう。
「あと、支配者にふさわしくなく、滑稽な話をするだろうがそのことも……」
「胸の内に秘めさせていただきます」
たぶん、護衛を外させたことにも関係するのだろう。
「お前の能力は近接格闘スキルや料理スキル、バーテンダーなど接客スキルあと魔法による水や酒、スープなど液体を作る能力。インキュバスとしての申し訳程度の能力だけだな」
「はい、その通りにございます」
手を止め、アインズ様の正面に背筋を伸ばし立つ。世界征服宣言をされた時のような強烈なオーラこそ発しておられていないが、やはり強い畏怖の念を感じさせるお姿に職務を忘れ跪きたい衝動にかられる。
「質問だが、なぜ日本料理をはじめ、それほどまでに酒や料理を再現できるか」
「この仕事を専任させていただいているため、スキマ時間をつかって研鑽をさせていただいているからにございます」
「では先ほど焼酎といったが、すぐ対応できた。すくなくともナザリックで焼酎を知る者は居ないはずだが」
なるほど。この質問が本命の1つですか。無論誤魔化す事もできる。しかし、嘘を付くということはばれないことが前提である。この仕事をする以上、言わないという選択肢はあるものの、嘘は全てを狂わせる。なにより、最高権力者に嘘を付くことなど出来はしない。
「滑稽なお話かもしれませんが、私がインキュバスとして創造された時から、各種料理やお酒などの知識を持っておりました」
「では、日本などリアルの世界のことをそれほど詳しく知っているのはなぜだ?」
「リアルでございますか?ここは死後の世界の地獄ですよね?リアルの世界の情報というのは、あくまで生前の記憶が残っていたということかと思っていたのですが」
「え?」
「はい?」
情報の行き違いがあることが分かる。しかし、どんなことが間違っているのかが分からない。
気がつけば焼酎がなくなっているので、同じものをお出しする。合わせて、ミックスナッツをお出しする。
「私の認識をお話してもよろしいでしょうか」
「ああ」
若干生返事のアインズ様に、私は嘘偽りなくお伝えする。
私が日本で生き2060年頃死んだこと。その後インキュバスとして創造され体感で約数十年程この店で働いていること。創造された時から、生前の経験や記憶があるため料理やお酒を知っているし作ることができること。アインズ様がおっしゃる日本のこともそのため知っていることなどを、掻い摘んでお話した。
アインズ様は静かに耳を傾けられ、時折驚かれるような仕草をされる。
「本当に死後の魂が異世界転移の時にNPCに入り込んだのか。設定に転生者として書かれていたのかはわからないか。管理画面に名前が表示されていたから、NPCであることは事実か」
NPC?異世界転移?
なかなかファンタジーな単語が。
「お前の主観では、日本人として一度死んだ。復活したらインキュバスであった。そして割り当てられた仕事がバーテンダーであり、生前の知識を活用しつつ生活をしている。ということか」
「はい」
「次の質問を答えよ。最悪回答次第ではお前の記憶を操作する」
「かしこまりました」
「もともとこのナザリック地下大墳墓はユグドラシルというゲームのギルドであった。私はそのギルドのプレイヤーでありギルマスだった。お前はギルドメンバーであるプレイヤーによって、ギルド内のNPCとして作成された。しかし今年の夏。ユグドラシルのサービス終了のタイミングで発生した異世界転移の後、私も含めてお前も今の存在となった。そのように言われて納得できるか」
「若干現実感はありませんが、納得できます」
「なっ……」
よく考えても問題がない。
しかしアインズ様はその回答が意外だったのだろう。すごく驚かれているのがわかる。
「お前は少し前まで、命のないゲーム内のデータの固まり。人形のような存在だったのだと言われているのと同じなのだぞ」
「納得できます。私の主観としては一度死んでいるのです。それこそ、死後の夢なのか胡蝶の夢なのか、正直いえばわかりません」
カウンターの裏においた水を一口。
やけに冷たく喉を流れる。
「至高の御方、いやプレイヤーへの忠誠は定められた思い。しかし皆様に、酒と料理でひとときの癒やしを得て欲しいという望みは私の発露。であるならばその願いが叶えられる今こそが全て。一日一日を精一杯生きましょう。それがたとえ仮初の命であったとしても」
「お前は……」
ここまで話せばわかる。以前感じたアインズ様の仕草に日本人を感じたのは、まさしくそのままの意味だったのだろう。なにが理由で今のアインズ様になったのかはわからないが、しかし根底に日本人としてのナニカが今でも息づいているのだろう。
「もし、アインズ様のことをお話いただけるならば、受け止めさせていただきます。それがアインズ様の癒やしとなるならば本望にございます」
「……そうか」
「はい」
そういうと私はアインズ様に一礼する。
その後アインズ様はいろいろお話いただけた。まさか年下でさらに未来の青年だったとは……。
**************************
12月31日
ナザリック地下大墳墓でも、特別な日となる。
18:00
店にはアインズ様をはじめ、アルベド様、シャルティア様、コキュートス様、アウラ様、マーレ様、デミウルゴス様、ヴィクティム様、セバス様、パンドラズ様をお迎えする。
店の配置を大きく変え、9名が座るロングテーブルを準備する。机には美しいテーブルクロスで飾られ、机の上には花を模した氷細工が置かれる。無論溶けるなどと無粋なことはなく、そのあり方は不変。ナザリックの華やかな席を飾るにふさわしいものであった。
また店内はいつも通りジャジーなBGMが流れる。先日アインズ様より教えられたことだが、どうやらユグドラシルのBGMのJAZZアレンジだったそうな。
「ようこそいらっしゃいました皆様」
「うむ。今日はたのむぞ」
「かしこまりました」
アインズ様よりお言葉を賜り深く頭をさげる。
アインズ様が上座となり守護者の皆様は席次に従い席につく。見るものが見れば、その様相は不吉なたとえであるが、神の子を囲む最後の晩餐のような荘厳さがあった。
「皆様。本日の会をはじめるにあたり、このアイテムを使わせていただきます」
取り出したのは完全なる狂騒。もともとステータス異常無効対策アイテムなのだが、今回は別の意味合いで使わせていただく。
「アインズ様より事前にお話があったと伺っておりますが、ステータス異常無効は、精神的高揚さえ抑え込む状態にございます。それは常に冷静沈着であることを示しますが、同時にあらゆる楽しみも奪い去ることとなります。そこで本日はアインズ様に心ゆくまで楽しんでいただくため、このアイテムを利用させていただくこととなりました」
「許す。本日は無礼講である。私も多少の醜態は晒すだろうからな。皆のもの許せ」
アインズ様が厳かに宣言する。守護者の皆様もすでにご納得なのだろう。静かにうなずかれる。
私を含む、無冠のメイドと副料理長が皆様の机にルイ・ロデレールクリスタル・ロゼのシャンパンを配る。その後、メイドたちは完全なる狂騒をもち待機。
「では、これよりナザリックの忘年会を開催させていただきます。乾杯の音頭を我らが至高なる最高権力者のアインズ様にお願いいたします。アインズ様どうぞ」
「うむ。ではナザリックに栄光を。乾杯」
「「「乾杯」」」
皆様の乾杯の声に合わせて、一斉に、パン。パン。と完全なる狂騒がどうみてもクラッカーのような音をたてて引かれる。
「ああ、なんと美味いのだ。感情の抑制がなければ、ここまで味を楽しむことができたのだな」
「口に含んだ瞬間に広がる強い香り。しかし舌と喉のなめらかに流れる甘美な風味。しかし口あたりが軽い」
アインズ様とデミウルゴス様が味の感想を語られる。クリスタルはシャンパンとして出されているが、実態はピノ・ノワールとシャルドネのセパージュされたもの。いわば、完成されたカクテルの1つとも言えるのだ。
さて、今回はカットフルーツの盛り合わせ。磨いた苺や林檎、オレンジ、ぶどうを中心に冬が旬のものをお出しする。とくに林檎やオレンジは飾り切りをして、華やかさを演出する。
「イツニモマシテ、美シイフルーツダ。食ベルノヲ戸惑ッテシマウナ」
コキュートス様とヴィクティム様がフルーツに手を伸ばされる。ちなみにヴィクティム様にはメイドが一名専任でフォローしている。
サラダだが、エビとクルトン、レタスに玉ねぎ。チーズを多めにかけたシーザーサラダをお出しする。そして鴨の燻製のスライスにオリーブの付け合わせ。サーモンと玉ねぎにバジルのアンチョビ。
「アインズ様。この鴨とてもおいしいですよ」
アルベド様は自然な動きで、鴨の一切れをアインズ様の口元に運ぶ。アインズ様もシャンパングラスを置き最近なれたのか素直に食べる。
「ああ、たしかに旨いな」
アインズ様の言葉に、アルベド様もニッコリを微笑まれ隣に座るマーレ様との会話に戻られる。しかし、その姿をみていたのは私だけではなかった。
「あ……あ……アインズ様ァァァ何を」
シャルティア様が金切り声をあげ、席を立たれる。しかしアインズ様はは何も無かったと言わんばかりに静かに回答する。
「どうした。シャルティア。酔うには少々早くないか」
「先ほどのはいったい」
「ああ、鴨だな。深い味わいなのにサッパリとしてうまかったぞ。ああシャルティアに鴨の追加を」
「かしこまりました」
「いえ……そんなことでは」
どんどん小声になるシャルティア様。アインズ様は気付かず美味しそうにオリーブとアンチョビを召し上がりつつ、隣のデミウルゴス様と日本酒について語られているようだ。最近はお二人共日本料理を楽しまれているからだろうか。
私は鴨をシャルティア様の近くに置くきつつ小声で話しかける。
「騒がれては心象がよろしくないかと。そこで……です。いかがでしょうか」
「わかったでありんす」
だされた鴨を食べずに小声で話しているシャルティア様を目ざとく見つけたアウラ様が
「シャルティア。食べないなら私が食べてあげるよ」
「ちょっ。その鴨は、わざわざアインズ様が私のために」
さてメインが始まる。まずはバケットをスライスしたものに、数種類のハーブをまぜたミートパテ。柔らかく煮たあと出汁を染み込ませた大根に火を軽くとおしたフォアグラをのせ、同じく出汁で煮たアスパラを添える最後にフォアグラに火を通した際にでた油と醤油、塩、日本酒で味を整えたソースをかける。そして日本酒の黒龍をお出しする。
「メインは世界三大珍味といわれるフォアグラを、最近アインズ様がお気にめされている日本食風にした料理にございます」
皆様はさすがに見たことない料理に驚かれているようだ。メイドたちが、おちょこを皆様の席にお届けする。そしてお酒ををそそぐ。そしていつのまにか席を立ったシャルティア様はアインズ様にお酌をする。
「こちらの日本酒は、千年以上もの長きにわたり続く尊き家に奉じられたというお酒にございます。ナザリックの新たな時代の幕開けにふさわしい一品かと」
皆様、日本酒を飲みつつフォアグラを楽しまれる。
いつも新たな味に、敏感に反応されるデミウルゴス様さえ静かに食される。その気持ちはわかる。創造主よこの能力を授けていただきありがとうございます。
メインが終わり、デザートや飲み足りない方向けの時間となる。先ほどテキーラにジンを加えライムをしぼったものを持ち、デミウルゴス様とセバス様が乾杯されていた。けして相性がよろしくない二人だが、楽しい場のために一時休戦でしょうか。
「このシャトーブリアンはこのワインに合うな。アルベドもどうだ」
アインズ様は、先ほどから凄いペースで飲まれている。酔っているのかもしれない。自分のフォークで一切れをアルベドに。
「あ〜ん。あら美味しいですね」
そういうと過剰反応せず、小さく微笑まれる。あ、アルベド様酔ってませんね。
対抗馬のシャルティア様はと言うと。
「やっぱり私なんて、ダメ守護者なんだわ〜」
「あーほら、シャルティア。涙拭く。このモンブランケーキもおいしいよ」
なぜか泣き上戸状態。それを必死になだめるアウラ様。マーレ様というと。
「これも美味しいよ」
ヴィクティム様にひたすらご飯やらつまみを食べさせまくってる。といかヴィクティム様の体積越えてそうで、すでに無言なんですが。マーレ様酔ってます?
パンドラズ様はスタートからひたすら無言で飲み続けてますよね。えっ次はジントニックを大ジョッキでですか。かしこまりました。
そしてコキュートス様は、
「サスガ恐怖公。素晴ラシイ飲ミップリダ」
「ここの酒は毎度すばらしいですね」
なぜいる恐怖公様。最初いませんでしたよね。アインズ様は気にされてないようなので、私も気にしません。普通に注文対応にまわりましょう。
因みに恐怖公様は常連です。眷属が近づかないようにさり気なく対応していただいております。さらに残飯も含め定期的に運んでもらってます。もっとも常連と知っているのは、私とヴァンパイアとワーウルフだけですが。副料理長は見て見ぬふりをされておいでです。
「アインズ様。いかがでしょうか」
「ああ、素晴らしい一時だ。仲間がいた時のような、心の何かが溢れるような」
「ようなではございません。ここの方々は皆様家族ではございませんか」
「家族……か」
「はい。家族です。仲間と同じ様に掛け替えのないものを手に入れられたのです」
アインズ様は静かに飲んでいたワインを置き、騒がしいが温かい喧騒をながめる。
「私は家族を手に入れられたのだな」
隣で微笑むアルベド様は静かに頷かれる。
「はい。アインズ様」
******
1月1日
準備中の札をかけ店で一人、酒を飲んでいる。
泡盛の瑞泉30年古酒。重厚な味わいに対しツマミはマグロとカンパチの刺し身。
忘年会もおわり年は明けた。ふと一人になるとアインズ様との問答をおもいだす。あのように答えたものの、自分がプレイヤー作のNPCだったとは。
自分の記憶とは?
存在とは?
なかなか哲学的な問いになりそうだ。
そんなとき、常連のヴァンパイアのワーウルフが、看板を無視して入ってくる。
本来であれば、飲むのを中断し対応しなければいけないのだが、この2人は何も言わず、適当なビールをカウンターの内側から勝手に取り出しグラスに注ぐ。そして、なぜか私も交えて乾杯するのだった。
昨日はどうだった。誰々がここに居た。やはりアルベド様はうつくしい。などなど私の考えなどを無視して、いつも通りに騒ぐ。
とりあえず山盛りのソーセージを作り食べさせる。ついでにとっておきのA5ランクの肉を取り出し、ステーキにして食わせる。
気がつけば、自分が何を考えていたのかわからなくなる。
それに気が付いた時、二人肩を組んだヴァンパイアとワーウルフがドヤ顔で親指をあげてきた。なんとなくムカついたが、今日だけは蹴りださずに即興のカクテルを作って飲ませるのだった。
ここはBARナザリック。
人外の者共の楽園である。
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