サプリメント最終話 終わる年、始まる年

ナザリック地下大墳墓 第九層 BAR


 主観時間では数十年。このBARのカウンターでグラスを磨き、様々なお客様をもてなして来た。


 お客様の心がすこしでも癒されればと、その日の表情や話題からお酒やおつまみ、お食事をチョイスする。ときには話題を提供したり、お話を聞きしたり。それら行動に疑問は無く、またいつか終わるなどと考えることはなかった。


 しかし、あの時からもう一年が経過した。


「もうそろそろ忘年会の時期だな」


 ナザリックの最高支配者であるアインズ様が、ソルティ・ドッグを片手に言葉をつぶやかれる。私は油の乗った鎌倉サラミ、熟成され十分にやわらかなブリー、そしてイベリコブタをスライスしながら、話題をつなげる。


「そうですね。十二月も中頃。年越しを控えた慰労にちょうどよい時期ですね」

「この一年を思い返してみれば、いろいろな事があったな」

「アインズ様がご来店なされるようになって、ちょうど一年でしょうか」

「そうか。もう一年か」


 つまみを盛り合わせた皿を出すると、アインズ様はフォークでチーズの一つを口にされる。


 表情こそ変わらないが、ゆっくりと咀嚼される雰囲気から、十分に味を楽しまれているのだろう。


「最初、この甘さとしょっぱさの相まった酒の味も、蕩ける濃厚なチーズの味も、ただただ感動していた。しかし今では風味や食感、香りの違いを楽しみつつ食すことができるようになった。これも一つの成長というのかな」

「心の経験値が溜まって、また一つ成長できたのではないでしょうか? 昔の食生活もあるかとおもいますが、なにより今を楽しんでいただけるのであれば、バーテンダーとして本望にございます」


 アインズ様はグラスを傾ける。


 聖書に載る背徳の一つに暴食があるのは、今も昔も変わらぬ極上の娯楽の一つであるから。その意味では、アインズ様は着実に悪に堕ちているのだろう。


「次はいかがなさいますか? もう一杯同じものをお出しいたしましょうか?」

「それも良いが、すこし甘いものをもらおうか」

「かしこまりました」


 油の味が強いサラミとさっぱりとしているが濃厚なブリー。ならばと、取り出すのは背の高いコリンズグラスに氷を少々。赤く艶のあるルジェ・クレーム・ド・カシスを三。そしてオレンジジュースを七。赤とオレンジのグラデーションを崩さぬように軽くステア。最後にカットしたバレンシアオレンジを添える。


「カシスオレンジにございます」


 アインズ様はグラスを受け取ると、軽くグラスを振り、氷を回す。そして当たり前のようにゆっくりと口につける。


 アインズ様が来店されるようになって一年。


 多分、一番変わられたのはこの方だろう。主観で人間から突然アンデットに変化し、サラリーマンから一国家元首に等しい支配者に。立場、環境、能力などなどリアルと現在の様々な差異に悩まれていた。


 だからこそ、食というものを楽しまれたのかもしれない。

そんなことを、下げたグラスを洗いながら考える。


「では、本日は夕食と兼用ということですので、少しお腹にたまるものでもいかがでしょうか」

「そうだな。そういえば奥に石窯があったな。あれでなにか作れるか?」

「はい。では準備いたします」


 そういうと私は奥の石窯に薪と火を入れ準備をはじめる。石窯は温まるまでそれなりに時間のかかるものだが、幸いナザリック製。それほど時間をかけずに適温まで温まる。この辺もアインズ様的に言えばゲームのご都合主義な箇所なのだろう。使う側としては便利この上ないの。


 まず時間経過が止まる冷蔵庫から取り出したのは発酵させたピザ生地。これを軽く三十センチ程度の円形に伸ばす。そしてトマトソースを薄く延ばし、イタリア産モッツァレラチーズ、香辛料で辛めの味付けにされたナポリサラミ。オリーブ漬けした黒オリーブ。最後にンドゥイヤサラミを乗せ、石窯で一気に焼き上げる。


 アインズ様は、ゆっくりと料理のできるさまを、まるでショーを見るような趣で眺めていらっしゃる。バーテンダーとはシェイカーを振るときも、料理をするときも、お客様を楽しませるという一点では変わらない。


「料理にしろ、酒にしろ、本当に魔法のようにできるな」

「料理は見た目という要素以外にも、突き詰めれば化学反応の集大成ともいえます。レシピ通りに調理することで、個人差はありますが、ある程度同じ結果を生み出すことができます」

「まさしく法則にのっとってMPを運用する魔法と変わらぬな」

「過去、錬金術は料理となぞらえて語られたこともあるそうですよ」


 そんな会話をしていると、石窯の香りが変わり、焼き目が付いたタイミングで取り出す。そして素早くピッツァをカットしてお出しする。


「ディアボラにございます」


 トマトソースの赤と溶けたモッツァレラチーズの白が絡まり、絶妙なコントラストを生み出す。その中で自己主張する辛口のサラミたちと黒オリーブが躍る。


 アインズ様は、一切れをゆっくりと口にする。


「ああ、トマトソースとチーズの味わいの中、香辛料の辛さが空腹を刺激する。昔、ビザ風味やステーキ風味の栄養チューブなどには戻れないな」

「そうですか。ではもし、リアルに戻れる方法が見つかって帰られる時は大変そうですね」

「んっ」


 私の何気ない質問に、言いよどまれる。


「たとえ話としましょう。もしリアルに帰ることができるとします。私にとっての創造主を含むプレイヤーの方々と再会できるなら、どうします? ただしもうここヘは帰ることはできない条件で」


 バーテンダーらしからぬ質問。


 しかし、一年という節目。今この時をおいてもう聞くことはできない質問。ふとした感傷から、そんな風に思い投げかける。


「お前でも、そんな質問をするのだな」

「意外ですか?」

「いや。お前のことだ。お前自身が知りたいのではなく、客の心境を推し量ろうとしたのであろう」

「どうでしょうか。存外、私も一緒にリアルに連れて行ってほしいと言うかもしれませんよ」


 アインズ様はピッツァを食べながらカシスオレンジを飲みほす。そんなお姿を見ながら、私はつなぎにハートランド・ビールをお出しする。

そしてピッツァを食べ終わった時、アインズ様が口を開かれる


「お前との話は基本おもしろいが、今日のネタは笑えんな」

「そうでしょうか?」

「ああ、私が家族を捨てて、もう一度人生の苦行に戻るか? と問われているのだからな」


 アインズ様はまっすぐ私の方を向きながら、しっかりとした口調で宣言される。けして怒っているような雰囲気も、それらの感情を腹にしまわれている素振りもない。


「ただ、お前の言葉はBARを訪れる客が……、きっと私が家族と思っている者たちが、本当は聞きたくて聞けないものなのだろうな」


 そういうとゆっくり天井に目を向ける。


 そこにはシーリングファンが、そって揺らめくように回っている。


「では、そろそろこんなお酒はいかがでしょか」


 私はそういうとシェイカーを取り出す。


 その中にブルガル・エクストラドライを二、ホワイトキュラソーを一、フレッシュレモンジュースを一。リズムを付けてシェイクする。


 シェイクするリズムば、BARを満たすJAZZアレンジされたL.L.L。


 そしてカクテルグラスに踊る色は白。


「XYZにございます」

「最後という意味かな」

「これ以上はないという意味もございます。ですが……」


 アインズ様はゆっくりXYZを口にする。甘さとさわやかな酸味が溶け合い、ラムの香りが包み込む。


「終わりを決めるのはいつもお客様にございます」

「ああ、そうだな」


 そういうと、アインズ様はカクテルを飲み干し静かに立ち上がられる。


 立ち上がった姿はいつも通り。しかし纏う雰囲気が違う。それは意思を決めた男の立ち姿であり、これから私たちが敬愛してやまない王(父親)の姿であった。

きっとこの後は、アルベド様をはじめに多くの家族に会われるのだろう。そこでどのような話をされるのかはバーテンダーである私はあずかり知らぬこと。


「ああ、今年の忘年会も期待しているぞ。細かいことはアルベドと調整せよ」

「かしこまりました」

「ではな、■■さん」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 アインズ様は静かに扉から出ていかれる。その姿を私は扉が完全に閉じるまで腰深く礼をしながら御見送りする。


 気が付けば、また一人となり食器を片付け、グラスを洗い、ほこり一つ、グラスの曇り一つないようにゆっくりと掃除をする。


 そこにあるのはひと時の癒しをどう演出するかの思いだけ。


 気が付けば常連のヴァンパイアとワーウルフが訪れテーブル席に付き、様々な注文をする。毎度のことながら、メニューにもない酒や料理を和洋中関係なく注文し、飲んで騒ぎ始める。


 そしていつもの喧騒が始まり、いつものように叩き出す。


 ゆっくりとした時間が流れていく。



 ここはBARナザリック ナザリック地下大墳墓 第九層の一室にある小さなBAR










 人外の楽園である。




 ―――― 了

 

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